第02話 奴隷商人
「へっへっへっ……。いかがでしょう?
其方の紙にも書いてありますが、この四人はどれもがお買い得ですよ?」
奴隷商人、つい最近まで平民だった俺にとっては縁遠い存在。
それを見るのは初めてだが、一見して解った。奴隷というヒトを扱う商売がいかに儲かるかと言う事を。
なにしろ、目の前で好きになれない媚びた笑みを浮かべている中年の男を一言で表現するなら、『成金』しか見つからない。
美食三昧の食生活を物語るでっぷりと突き出した腹。ここは暖房が効いた室内とは言え、外は雪がちらついており、厚着をしていても少し寒さを感じるにも関わらず、日常的な動きだけで汗を額に滲ませるなんて相当なもの。
身に着けている衣類は王族や上級貴族が着る絹製のいかにも値が張りそうな高級品。
揉み手をする太い指に大粒の宝石を幾つも輝かせるだけでは飽きたらず、首と腕の肉をはちきらせながら、これまた大粒の宝石を輝かすペンダントとブレスレットを着けている。
「全員、猫族ですね。これはどうしてですか?」
「はい、それは夜目が効くモノ。そう、ご注文を承りました。
でしたら、やはり猫族がお勧めです。
同じ夜目が効く犬族の方が戦奴としては優秀ですが、あいつ等が得意とする場所は草原の様な見通しの良い平地です。
だったら、この辺りの様な森が多くて、起伏に富んだ地は上下に対するしなやかさを持った猫族の方が役に立ちます。
まあ、その両方を兼ね備えた虎族が最も良いのですが……。なにせ、虎族は稀少でして、手に入れるのに時間もかかります。当然、お値段の方も……。」
一方、その奥に視線を移すと、奴隷商人とは正反対の者達が四人。
一繋ぎの鎖をそれぞれの手枷に繋いだ獣人の若者達が壁際に全裸で列んで立たされていた。
獣人特有の体毛に被われた尖った耳と頬から伸びる数本の固くて長い髭。
奴隷商人の紹介によると、いずれもが猫族であり、その利き手の甲には奴隷の証である焼き印がしっかりと刻まれている。
人間でも貧しさ故に自分で自分の身を売ったり、何らかの理由で虜囚となった結果、奴隷として売られる可能性はあるが、それ等全ては突き詰めると自分自身の選択の結果に過ぎない。
だが、この世界では獣人やエルフ、ドワーフと言った彼等『亜人』は昔から生まれながらの奴隷と決まっており、それが世の中の常識になっている。
選択肢を持たずに奴隷。その有無を言わせない問答無用さを考えると、自分が人間として生まれた幸運を感じる。
こんな風にアソコを隠す事も許されずに全裸で立ち、それを品定めされる。人権を全く許されていない証拠に他ならない。
「なるほど……。ところで、右端の彼。
ぶっちゃけ、俺より年下っぽいんですけど、ここに書かれている戦歴は本当ですか?」
「勿論に御座います。こいつ等は我々人間より野蛮な分、成長がとても早いのです。
猫族なら、十も歳を重ねたら、十分に大人。その頃から我々は戦い方を仕込み、初陣を十二で済ませます」
「へぇ~~……。十二歳でか」
見たところ、列んでいる四人は全員が十代の男。
特に右端の一人に至っては、明らかに俺より年下。その鍛え抜かれた肉体には古傷が幾つか有り、正に立派な戦士と言えるが、面持ちはまだあどけなさを残している。人間を基準としたら十三歳か、十四歳くらいだろうか。
ついでに言うと、俺達に注目されて萎縮しているのだろう。お子様なアソコが小指ほどの大きさにキュッと縮こまっており、逞しい肉体とのアンバランスさが妙におかしい。
「ですから、先ほども申し上げました通り、ここに揃えたモノ達はどれもお買い得なのです。
まだ年若く、戦歴から言ったら、一級品と二級品の間……。
しかし、次の戦いか、その次の戦いを乗り越えてしまうと、お値段はぐんと倍にまで跳ね上がります」
ちなみに、このトーリノ関門には様々なモノを売りに色々な商人が訪れるが、奴隷商人が訪れたのは今回が初めてである。
その理由は言うまでもない。今現在、このトーリノ関門に居る騎士の殆どは騎士位を持っているだけの平騎士であり、高価な奴隷を買えるほどの財産を持っていないからだ。
勿論、その中には騎士に成り立ての俺も本来なら含まれているのだが、先の戦いでの活躍によって、俺は莫大な報奨金を得ていた。
その使い道に関して、随分と悩んだ末、俺は奴隷の購入を決意。約四ヶ月ほど前にある商人のツテを頼り、このトーリノ関門に奴隷商人を呼び寄せて、それが今日到着した。
なら、奴隷を購入しようと決意したきっかけは何なのか。
それこそ、先ほど話題となった『夜目』に有る。
先の戦いにおいて、トーリノ関門があっさりと陥落した原因の発端に敵の奇襲が挙げられるが、この奇襲は真夜中に行われている。
残念ながら、その詳細を知る者達はロンブーツ教国の王都に送られてしまい、検証する術は既に失われているが、百人を超える獣人達の集団を見たという目撃情報が少ないながらも存在する。
百人を超える獣人達の集団。通常、これは部隊の編成として有り得ないらしい。
その理由を聞いたところ、以下の理由が挙げられた。
獣人は知性を別としたら、その肉体は人間より圧倒的に優れている。
その上、犬族なら馬を必要としない健脚、猫族なら城壁も平気で上ってゆく登坂力、熊族ならただ一振りしただけで数人の人間が吹き飛んでしまう圧倒的な腕力という様な特性すらそれぞれ持っている。
それ故、一騎当千にまでは及ばないにしろ、獣人は戦場において、一人で十人力の存在となる。
だからこそ、結託しての反乱を防ぐ為、一纏めの部隊を編成するとしても、十人までと言うのが獣人を戦場で扱う者の鉄則となっている。
しかし、あくまで鉄則に過ぎない。それを守るか、どうかはソレを決めた人間自身である。
ロンブーツ教国軍を率いていた敵の総司令官『ハーベルハイト』は先の戦いにおいて、この常識を打ち破り、獣人だけの部隊を編成したのではなかろうか。
本来なら、要塞に対して困難でしかない夜襲。それを見事に成功させたのも、その後に元防衛司令官を素早く簡単に捕らえられたのも、獣人が持つ特性を十分に生かした結果だからではなかろうか。
そう考えたら、今のトーリノ関門に獣人を率いた騎士が一人も居ない事実を知って愕然とした。
もし、俺の考えが正しくて、来年も同じ策を取られたら、こちらは成す術が無い。危機感を抱くには十分な理由となり、せっかくの報奨金を使うのは惜しかったが、このトーリノ関門では使い道も無い為、奴隷商人を呼び寄せる事にした。
「倍? さすがにそれはぼったくり過ぎない?」
「いえいえ……。兵士とて、三戦で一人前。十戦なら、ベテランと呼ばれています」
「そうなの?」
奴隷商人との商談を区切り、右後ろを振り返って、奴隷商人からは見えない角度の右眼をウインクさせる。
その瞬間、ネーハイムさんが目を一瞬だけ見開く。どうやら、こちらの合図をちゃんと受け取ってくれたらしい。
「はい、一般的にそう言われています」
「ふ~~~ん……。でも、それ以前に相場がさっぱりなんだよね。これって、どうなの?」
「な゛っ!? ……っと、失礼を致しました。残念ながら、経験が御座いませんので私には何とも……。」
続けて、顎先だけを小さく頷かせながら、奴隷商人から商談開始時に渡された四人の獣人達のプロフィールと値段が書かれている羊皮紙を渡すと、ネーハイムさんはソレを一目見るなり、身体をビクッと仰け反らせて絶句した。
ちょっと大げさ過ぎる。そう考えながら、視線だけを一瞬だけチラリと向けて、奴隷商人の様子を盗み見る。
すると奴隷商人は心外なと言わんばかりに眉を寄せての憤慨した表情。
どうやら、上手く言った様だ。今や貴族の俺が同じ反応をしても、奴隷商人は恐縮するだけで意味が無い。
ここは平民であるネーハイムさんが四人の獣人達の値段に『法外な!』と言わんばかりに驚いてこそ、奴隷商人は『素人が!』と馬鹿にして憤る。
だが、その値段に対する驚きは事実だったに違いない。
但し、それはこちらが予想していた値段よりかなり安いと言う事に対して。
そう、今先ほど奴隷商人に相場はさっぱりだと言ったが、それはブラフに過ぎない。
この俺がどんな商品であろうと相場を知らずに商談を挑む筈が無い。何人もの商人から事前の調査は行っており、ネーハイムさんと今日まで何度も打ち合わせて、奴隷商人がいつ訪れても構わない様に幾らまでなら出せるという妥協額を既に決めていた。
ところが、奴隷商人が提示している値段は当方が設定している妥協額よりも最初から安かった。
当然、見た目や羊皮紙に書かれたプロフィールでは解らない問題が何かしら有るのではと怪しむ。こちらに向けられたままのネーハイムさんの視線が『どう思いますか?』と問いていた。
だが、奴隷を取り引きした経験どころか、奴隷を扱った経験も持っていない俺である。相場より安い理由についての手掛かりすら見つけられない。
四人の獣人は肉体的にも、戦歴的にも十分だが、利益を追求する商人が、それも目の前の成金趣味な中年が理由もなく値引きを行うなんて有り得るのだろうか。
「どれどれ? ああ……。そうだな。この商人が言う通り、これはかなりお買い得な値段だぞ?」
答えが見つけられずに悩んでいると、ジェックスさんがネーハイムさんの隣から羊皮紙を覗き込んできた。
その奴隷商人を後押しするかの様な言葉に思わず口の中で小さく舌打ちする。ジェックスさんは腹芸がお世辞にも得意と言えない為、この商談に関する事前の打ち合わせに加わっていない。
「はい、それは勿論で御座います。今回の取引をご縁とさせて頂き、レスボス卿とは今後の誼も結びたく、お値段の方は勉強をさせて頂きました」
それが徒となったかと思いきや、その素の反応が意外にも答えをズバリと導き出した。
ジェックスさんの後押しを受けて、奴隷商人は気持ちが悪いほどにニコニコと愛想笑い。揉み手を擦りまくる。
その言葉になるほどと納得する。
この場合、レスボス卿とは俺の事を指しているが、奴隷商人の目的は俺の背後にあるレスボス家そのものに違いない。
侯爵位を持つレスボス家はインランド王国建国以来の貴族である。
そのレスボス家に出入りしている商人達は当然の事ながら古くからの馴染み『御用商人』ばかり。新たな商人が入り込む隙間など全く無い。
もし、その隙間に少しでも入り込めたら、それは大儲けのチャンス。レスボス家ほどの大貴族となったら、一度の取引で動く金額は大きい。
奴隷商人が奴隷以外にどんな商品を扱っているのかは知らないが、今回の取引で値下げした本来の価格との差額なんて、あっと言う間に取り戻せるだろう。
しかし、目の前の成金中年は俺という人間をあまりにも知らなすぎた。
大抵、上級貴族の血筋を持つ者達は己の財産を誇示しようとする面子を立たせる為、ほぼ商人の言い値で取引を行う。
だが、俺は違う。元々、平民の俺に面子など有りはしない。有ったとしても、そんなモノは一小銅貨の得にもならない。
しかも、目の前の成金中年は最も大事なカードを見せ札にするのが早過ぎた。
レスボス家との繋がりを求めているとなったら、この程度の値引きは安すぎる。更なる値引きが可能な筈だ。
「う~~~ん……。これって、経費で落ちると思う?」
「こいつ等の主人を今後の防衛司令官が代々務めるってか?
いや、駄目だろ? そんな話、一度も聞いた事無いぞ? ……もし、買う気なら、大将の財布からって事になるだろうな」
「やっぱり、そうだよね。でも、私費となるとなぁ~~……。」
大手柄なジェックスさんと苦笑を交わしながら、まずは矢合わせの軽い一矢を放つ。
たちまち奴隷商人は目をギョッと見開かせると、その顔色に焦りをやや滲ませた。
レスボス家と誼を持ちたい。それは家の威光を褒めたも同義である。
普通、これで気を良くしない貴族は居ない。奴隷商人は内心でニヤリとほくそ笑み、商談は半ば纏まったと考えていただろうがそう問屋は卸さない。
「でしたら!」
奴隷商人が思わずと言った様子でこちらに右足を一歩踏み出す。
最早、術中に落ちたも同然。口の端を微かにニヤリと吊り上げて笑みを描いた次の瞬間だった。
「……あっ!?」
室内でありながらフードを深く被った子供が隣の部屋からお茶を運んで現れ、俺と奴隷商人の間にタイミング悪く割って入り、奴隷商人の肥満体に跳ね飛ばされた。