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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第六章 士爵 十騎長 トーリノ関門防衛司令官代理編
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幕間 その1 ネーハイム視点




トーリノ関門とラクトパスの町、その間を巡回する警備隊が戻ってくる週の頭。

それに便乗して、一攫千金を夢見る商人達もまたトーリノ関門を訪れる。


そうした商人達が商売を行うより前に必ず行うのが、防衛司令官代理たるニートとの顔見せと挨拶。

その今週分の恒例行事は昨日の内に済んでいるが、街道を巡回する警備隊に便乗せず、このトーリノ関門を独力で訪れた商人が珍しく居た。


ニートはその商人、奴隷商人と会う為、『ネーハイム』とジェックスの二人を伴い、トーリノ関門商業区に向かっていた。




 ******




「おはようございます!」

「お疲れ様でした!」


 歩みを進めていると、出会う者、出会う者が声高らかに挨拶をしてゆく。

 それに応えて、我々も挨拶を返してゆく。どうしても返せない場合は笑顔と共に手を軽く挙げて応える。


 数多くの戦場を渡り歩いてきた俺には一つの持論がある。

 それはたった十人の小隊でも、一万を超す兵団でも、その頂点に立つ者の資質の善し悪しは一番最初の挨拶の場で解るというもの。


『挨拶をきちんとする事!

 その日、初めて会った人には昼でも、夜でも、おはようございます!

 その日の仕事が終わり、宿舎に帰る時は、お疲れ様でした! まずはこれを徹底して下さい! 以上!』


 だから、ニート様がトーリノ関門防衛司令官代理としての初心表明の場にて、こう言ってきた時は思わず茫然となった。

 トーリノ関門前の練兵所にずらりと列んだ一万人の兵士達も同様である。誰もが顔を見合わせて、いきなり何を言い出すんだと言わんばかりに戸惑っていた。


 其れもその筈、我々は軍隊である。戦う者達である。一人、一人が戦士である。

 その戦士に向かって、挨拶をきちんとしましょう。それは親が幼い子供を躾る為の言葉に他ならない。


 だが、『代理』の文字が付くとは言え、今現在におけるトーリノ関門の頂点はニート様。

 その言葉は正式な命令として公布され、まずはニート様を中心とする司令部から挨拶の実践が始まり、それに倣って馬鹿にされながらも下にも普及していった。


 そして、一ヶ月が経った頃、ふと気付かされた。

 トーリノ関門全体の雰囲気が明るい。挨拶を交わす者同士が笑顔も交わし合っており、自分自身も挨拶の際に笑顔を自然と描いている事実に。


 それは明らかに『異常』だった。

 数多くの戦場を渡り歩いてきたが、この様な明るい雰囲気を持った戦場は過去に一度も例が無かった。


 この地は国境沿いの敵がいつ攻めてくるかも解らない常時警戒が必要な最前線の要塞である。

 中央軍上層部の見解ではロンブーツ教国軍の今年中の再侵攻は無いだろうと言われているが、あくまで『だろう』に過ぎず、完全な保証など何処にも無い。


 当然、そのストレスは大きい。

 敵の姿が見えない分、それはまるで首を真綿で絞められる様にゆっくりと確実に少しずつ蓄積されてゆく。

 ある日、その限界を超え、精神を病んでしまう者はこういった最前線の地では少なくない。


 今、向かっている商業地区には賭場や娼館といった店まで存在するが、それはモラルの低下を招き、諍いや犯罪を助長する側面も持っており、軍隊としての規律を考えたら本来は好ましくない。

 しかし、それ等に敢えて目が瞑られているのは、兵士達のストレス発散を目的としているからだ。


 早速、気になって調べてみたら、軍内部の保安や犯罪を取り締まる憲兵隊の緊急出動回数が驚くほどに少ない。

 それは諍いや犯罪の件数が少ないという喜ばしい何よりの証拠だが、その要因となっているモノが何なのかは言うまでもない。


 そう、このトーリノ関門に有って、俺が今まで経験してきた数々の戦場に無かったモノ、『挨拶』だ。

 ただ単に『挨拶』を徹底しただけにも関わらず、軍隊という組織が潜在的に抱えていた大きな問題を解消するとは恐れ入るしかない。


『実を言うとさ。前に居た会社……。いや、商隊か。その新入社員研修で……。

 ……じゃなくて、何て言えば良いかな? 他に上手い例えが……。

 まあ、良いや。とにかく、その時に社長が……。っと、元締め? が言った挨拶を咄嗟に真似ただけなんだよね。

 当時は『ヤベっ! ブラックだ!』とか思ったけど、やっぱり挨拶って大事だね。こんな効果が有るとは思わなかったよ』


 ところが、ニート様は自分の功を誇らない。

 その偉業を皆にも知って貰おうと、つい褒め称えたら、苦笑しながら何やら意味不明な事を言って謙遜するばかり。

 

 騎士に成り立てのまだ十七歳の若さだが、実に大したもの。

 トーリノ関門防衛司令官代理という大任を受けるに当たり、本当に自分で良いのかとかなり迷っていた様だが、俺から言えば、その迷っている時点で素晴らしい資質を持っていると言わざるを得ない。


 普通、出世するとなったら、嬉しさの方が断然に先走る。

 己の目の前に開かれた華々しい道がいかに素晴らしいかを夢想して、その道を歩んでゆく不安など置き去りにする。

 トーリノ関門防衛司令官代理、その座となったら尚更。これほど高位の役職を得られるのは上級貴族の当主か、嫡男のみ。

 レスボス家に連なる者とは言え、庶子に過ぎないニート様がソレに選ばれたと言う事は実力を認められた証拠であり、その第三王子殿下とご隠居様の慧眼は実際に正しかった。


 トーリノ関門の運営に関して、前任者が殆ど居らず、ほぼゼロからスタート。

 そのおかげで当初は苦情が殺到したり、混乱が多く見られたが、これ等も月日が経つと目に見えて減っていった。


 それと言うのも、ニート様はどんな些細な問題でも起こる度、それ等を全て文章化すると共に行った対処法も一緒に記載して、記録として残したからである。

 この方策によって、その記録を参考とするだけで大抵の問題が二度目以降は簡単に素早く解決され、前例以上に良い結果を出した場合は記録が更新されて、より良い解決法として更に洗練されていった。


 これに伴い、大なり小なりの責任者達が過去の経験則で解決していた問題が誰にでも出来る様にもなった。

 それは詰まるところ、何らかの問題が起こる度、それを糧にして、トーリノ関門全体の練度が高まってゆくという事に繋がっている。


 また、ここが最前線であり、人員と兵員の入れ替わりが一年毎に必ず有る事を考えると、この方策の効果はとても大きい。

 前任者との引き継ぎが簡単に済み、後任者は前任者が残していった問題解決を参考にする事で練度は常に保たれてゆく。


 その事実に気付いた時、愕然とした。

 今はトーリノ関門だけを限定として行っている方策だが、これが軍全体や国の基本方策となったら、実に素晴らしいのではないかと。


『あ~~……。そう言えば、そうかもね。

 でも、これは当たり前の事だよ? ネーハイムだって、同じ事を二度も、三度も聞かれたら苛つくだろ?

 だったら、メモは取らないとね。書いて、読んで、実行する……。新入社員研修の時、散々怒鳴られて叩き込まれたものだよ』


 ところが、やっぱりニート様は自分の功を誇らない。

 今でこそ、その声は聞こえなくなったが、この方策を始めたばかりの頃、記録に大量の羊皮紙が必要となる為、そんなモノより先の戦いで破壊された要塞補修に資金を多く振り分けるべきだと反対の声が多かったと言うのにだ。


 無論、この方策を行うに当たり、当然の事ながら文字の読み書きが出来る者の存在。それが最大の問題となった。

 幸いにして、俺はレスボス家に代々仕える名主の生まれ。村の運営を行う為、読み書きはそれなりに習得させられたが、貴族であろうと、平民であろうと大抵の者は自分の名前しか書けない。


 もっとも、一万人も駐留する要塞である。探しさえすれば、読み書きが出来る者はそれなりに居る。

 但し、軍隊において、文字の読み書きは評価とならない。単なる便利屋扱いに止まり、その煩わしさから読み書きが出来る事を隠している者は多い。


 しかし、ニート様は読み書きが出来る者を募ると、その度合いがある一定の水準を満たしている者に対しては正式な評価を与えて、この方策に伴って創設した司令部直轄の書記部署に抜擢した。

 貴族、平民の身分を問わず、一兵卒だろうが階級も問わずにである。


 将来、ニート様の領民となる者達は幸せだ。

 先の戦いでは軍才の高さを見せて、このトーリノ関門では今、運営力の高さと身分に関係なく能力を公平に評価してくれる観点を見せている。

 その一つでも領主が持っていれば、領民は幸せだと言うにも関わらず、ニート様はその全てを兼ね備えているのだから。


 正直な本音を明かすと、俺はニート様の従士となるのをあまり気乗りはしていなかった。

 三年前、従士の役目を息子に譲っており、今後は畑を耕して、のんびりと暮らしていこう。そう考えていたからだ。


 だが、ご隠居様直々の指名とあっては断り切れず、ニート様の義務兵役が終わる三年間だけという約束で今の役目に就いた。

 その約束の三年間が済み次第、村に再び戻って、畑を耕す。先の戦いが始まるまではそればかりを考えて、これからの三年間を煩わしく考えていたが、今は全く違う。


 いずれ、ニート様はこの国に無くてはならない存在『英雄』となるに違いない。

 先の戦いにて、その片鱗とも言える眩しい輝きを俺は最も間近で見てしまったが為、もう暢気に畑なんか耕す気分には到底なれなかった。

 ニート様の兵役義務が終わっても付いて行くと決めた。ニート様が進む先こそが俺の居場所、この特等席を他の誰かに譲るなんて出来る筈も無い。


「おはようございます!」

「ああ、おはよう! 今日も寒いな!」


 だから、ニート様を副官として支える為、今日も俺は誰よりも挨拶に声を張り上げる。




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