幕間 その2 ハイレディン視点
ニートとネーハイムの二人が新天地に胸を躍らせながら登ったラクトパスの街に通じる峠道。
約一ヶ月後、その道を奇しくもニートの父となった『ハイレディン』が中央軍の軍勢と共に登っていた。
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「はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。」
隣から聞こえてくる荒い息遣い。
思わず短く溜息をつき、視線を向けてみれば、アッシュブロンドの三つ編みを垂らした黒目の少年が馬の手綱を引きながら汗を顎から止めどなく滴らせていた。
但し、その疲労困憊ぶりとは真逆に視線は落ちておらず、ただ真っ直ぐに峠の先を力強く見つめている。
それはまるで今はまだ見えないラクトパスの街を睨み付けるかの様であり、その瞳は義憤に燃え盛っていた。
彼の名前は『ジュリアス・デ・シプリア・レーベルマ・インランド』、この国の第三王子である。
今年の春、騎士叙任式を迎え、その成人の祝いとして、国王直轄領の中から『レーベルマ』領を与えられ、幼名から名を変えて、歴とした大人の仲間入りをした。
しかし、出自を表す『シプリア』、王都の下町を意味するソレはそのまま据え置かれ、王都名に改める事は許されなかった。
また、王族領として、広さだけは申し分ないが、与えられたレーベルマ領はミルトン王国近くの大樹海に面している辺境を越える辺境地。
五年ほど前に開拓が始まったばかりで街一つと村が三つ、その総人口は二千人にも満たない。
その上、騎士に就任して、まだ役職も定まっておらず、何の経験も持っていないにも関わらず、この大任である。
国王より借り受けた五千人の中央軍を中核として、ここまでの道中に合流した領主軍を合わせて、一万人。
初陣にて、その総司令官と言えば、華々しく聞こえるが、王族の初陣とは本来なら半ば必勝が定まっている戦場が選ばれるもの。
トーリノ関門が既に落ちている今、負けをどの程度まで妥協して、相手国と停戦を結ぶか。最初から尻拭いが決まっている戦場など絶対に選ばれない。
何故、この様な不遇な目を遭わされるのか。
それは王都下町の酒場で働いていた美しい看板娘。それが母親であり、殿下は庶子だからである。
そう、殿下は最初から失脚が望まれていた。
その才能に乏しければ、こんな心配は無かったのだろうが、殿下は王としての才能を紛れもなく持っていた。
特に庶子という出自のせいか、どんな身分にも分け隔てを持っておらず、性格も明るい為、民衆と下級騎士に人気が抜群に高い。
兄が二人、姉が一人、殿下の他に国王の子供は居るが、三人とも優秀ではあるが、その一方で欠点が目立ち、殿下ほどの人気は持っていない。
その出自故に誰も口には出さない。
でも、民衆と下級貴族は確実に殿下を次代の王に望んでいる。
殿下自身、関与は全く行っておらず、それが有るとも知らないが、殿下を影ながら支援する派閥は巨大になりつつある。
だから、こんな戦場が初陣に選ばれた。
宮廷のアホ共はロンブーツ教国軍の襲来を知るや否や、王都から船を出航させた。
恐らく、その行き先はロンブーツ教国王都。あと一ヶ月もしたら、ラクトパスの街までの土地を引き換えにロンブーツ教国と停戦を結ぶ気だろう。
そうなったら、芽は摘まれたも同然。
殿下は軍才が無いと処断され、軍務から遠ざけられる。あとは領地の発展に励めとでも言って、辺境に引き籠もらせる思惑ではなかろうか。
だが、この私が相談役として随行してきたからには、ラクトパスの街は最低でも奪還してくれる。
今後の事を考えると、トーリノ関門を敵の手に渡すのは面白くないが、今回は殿下の為に積み重ねる事こそが肝心。欲張って、下手を打つのは避けたい。
それにチャンスはすぐに訪れる。
ラクトパスの街を奪還すれば、停戦を申し込みに向かった連中は面子を失われ、宮廷のアホ共は泡を食い、今度はトーリノ関門を攻めろと言ってくるに違いない。
その頃になったら、兵士の数は今より増えており、トーリノ関門を落とすのに十分な数となっているだろう。
むしろ、戦いを常に備えている中央軍ならまだしも、これだけの兵力が短い期間に集まり、王都からは大休憩を挟まない強行軍。脱落が無いのは大したもの。
これは殿下の人気があってこそ、宮廷のアホ共が殿下を恐れているのが良く解る。
もっとも、今の殿下にとって、そんな企みはどうでも良い事らしい。
その直向きな眼は後ろをこれっぽっちも向いていない。敵の手に落ちてしまった村や街の国民達を心配して、一刻でも早く助けに行くという決意だけしか感じられない。
よくぞ、折れず、曲がらずに育ってくれた。
八歳の頃からは剣を、十二歳の頃からは軍略を教えている師としては誇らしい気持ちになる。
「殿下、肩の力を少し抜きなさい」
「……えっ!?」
「いつか、教えた筈です。
例え、敵が本陣に突入して来ようが、指揮官であるなら涼しい顔で居ろ。指揮官の恐れや動揺は兵士にも伝わり、恐れや動揺は敗北を呼ぶ、と……。」
「ですが、先生……。」
「もうすぐ、峠です。一旦、そこで休憩としましょう」
だが、殿下は気負い過ぎている。
只でさえ、王都からの強行軍。身体的にも、精神的にも疲労が溜まっているのを理解していない。
緊張感をまるで持たないのは論外だが、これでは肝心の戦いを前にして倒れかねない。
「先生! 先生は心配ではないのですか!
聞けば、僕と一緒に叙任した彼も……。先生のご子息も、あの峠の向こうで今正に戦っているかも知れないんですよ?」
そう考えての提案だったが、殿下は頷かなかった。
視線を伏して黙り、暫く地面を悔しそうに睨み付けて歯を食いしばった後、視線を勢い良く弾かれた様に上げると、峠の先を指さした。
「ふっ……。ふっふっふっふっふっ!」
「な、何がおかしいんですか!」
「いや、失敬……。殿下があまりに愉快な事を言うものですから」
「……ゆ、愉快?」
思わず失笑する。口元を右手で覆い隠して堪えるが、その隙間から堪えきれなかった笑みが漏れる。
殿下は眉を跳ねさせた後、皺を眉間に刻んで怒りを露わにするが、これを笑わずにしていられなかった。
もう五十年来の腐れ縁を続けているバルバロス、あいつの無遠慮さは出会った時から変わらない。
だから、去年の春の終わり頃、所用があって王都に上り、ミルトン王国との戦争後に行方不明となっていたあいつが我が家に数日前から寝泊まりをして、勝手に飲み食いをしていたのを知っても特に驚きはしなかった。
しかし、その日の夜。酒の席にて、とっておきのブランデーを封切り、その最初の一杯目を即座に一気飲みしたと思ったら、いきなり土下座を行ったのにはさすがに驚いた。
思わず茫然としてしまい、ボトルを自分のグラスに傾けているのを忘れて、その中身を空っぽにしたくらい。
まだ少年と呼ばれる頃に出会って以来、私とあいつはお互いを意識して、武を磨き合ってきた。
決して、親友では無い。実際に命を賭して、己の全てをぶつけ合い、肉を裂き、骨を折り、十戦十引き分け。
それが私達の関係を表すモノであり、どんな時も、どんな事があっても頭は下げない。貸しを作ったとしても、次の機会に必ず返すモノだから感謝はしない。そうやって、お互いに生きてきた。
だが、過去にたった一度、あいつが私に頭を下げた事がある。
あいつの長男が味方のぼんくらのせいで敵中に孤立。それを救おうとしたが間に合わず、その遺体を敵から取り戻した時だ。
そのあいつが頭を下げて頼んできた。
どんな無茶な頼みであれ、それを受け入れない理由は無かった。
「なら、そうですね。……この際、はっきり言いましょう。
殿下、私は貴方との稽古で一度たりとも本気を見せた事が有りません」
「……え゛っ!?」
ところが、あいつが小僧と呼んで入れ込んでいる私の新たな息子『ニート』は新たな喜びを私にもたらせた。
あいつの頼みだけにそれなりの武を持ってさえいれば、認めてやろうと当初は考えていたが、これがとんでもない掘り出し物。
いつも間にか、本気になってしまい、とっておきの技まで抜いたにも関わらず、これを防いだ。その瞬間を言葉で表すなら、ただ一言『歓喜』である。
なにしろ、それまでソレを防げた者はあいつ一人しか居ない。
自分自身の身体にも負担が掛かり、稽古や試合で使える技では無い為、実際に使った回数はそうないが、ソレを抜かせた者は悉くを葬ってきた。
ソレを防いだのである。あいつの弟子とも言える若者がだ。これを喜ばずして何に喜べと言うのか。
一件が落着した後、あいつから『小僧を殺す気か!』と本気で怒鳴られたが、あいつも満更では無かったらしい。
酒を酌み交わしながら『小僧に秘中の秘を防がれた気分はどうだ? んっ!?』とニヤニヤと笑い、しつこいくらいに弟子自慢をしていた。
「まあ、それはたまに稽古を付けている近衛でも同じ。あまり落ち込む必要は有りません」
「あ、あの……。こ、近衛騎士団ですら?」
もっとも、まだ年若い為、その実力はまだまだ甘い。
年始めに開催される御前試合にて、上位入賞者のみが入団資格を持つ精鋭の近衛騎士団。
その者達と試合を行ったら、勝率は三割も届かないだろう。
しかし、試合に非ず、それが何でもアリの戦場で戦ったら、その結果は大きく違ってくる。
ニートの優れている点は槍を使ってはいるが、それはあくまで得意とする武器であって、槍以外の武器を選ばない事にあり、その武器すら無くとも徒手で敵に向かおうとする諦めの悪さ。
その不屈さは試合での勝敗を覚えてしまった者では育ち難い。
戦場において、決着とは相手の命を奪って初めて着くもの。それに比べたら、試合での決着要素などお遊びであって、幾ら試合で強かろうが偽物の強さ。真の強さでは無い。
試合では無類の強さを誇っていた者が、戦場では呆気なく死んでしまうのは良くある話。
ついでに言えば、偶然なのか、なかなかの目利きらしい。
私が折った槍について、しつこく愚痴って嘆いていたが為、宝物庫に保管してある好きな槍を一本だけくれてやると言ったら、一番の秘蔵品を持っていった。
実を言うと、それは先祖が当時の国王より賜った槍であり、我が家は剣の家でありながら、他は手放してもこの槍だけは手放すなと代々の遺言で守られてきた家宝。
まさか、まさか、それを選ぶとは思ってもみなかった。槍は他にも二十本ほど有り、その質は別として、見た目は埃に被り、最も地味で冴えない品だっただけに。
あいつも目が飛び出すくらいに驚いていた。『本当にそれを小僧に渡して良いのか?』と。
だが、仕方がない。好きな槍をくれてやると言ったのは他ならぬ私自身なのだから。
第一、私の息子となったのだから問題は有るまい。
その家宝だった槍とて、宝物庫に死蔵され続けるよりは戦場で存分に槍働きを行いたい筈だ。
なら、直系ではないが、その槍が剣のレスボス家に連なる槍の担い手に選ばれたのは運命だったと言えるのではなかろうか。
そして、それ以上に期待感がわくわくとして止まらなかった。
その槍で幾つもの戦場を渡り歩き、何十、何百、何千もの血を刃に吸わせれば、吸わせるほど、私の息子は確実に強くなる。
即ち、時が経てば、経つほど、あいつの技を継いだ私の息子はあいつに近づいてゆく。
あと十年は死ねない。死んでたまるものか。十年も経てば、全盛期だった頃のあいつに再び出会える。全盛期だった頃のあいつと再び戦えるのだから。
当然、私の息子にはこんな詰まらない戦いで死んで貰っては困る。
「しかし、私の息子は私を本気にさせた。
そう、この私が本気で殺そうとしたが、あやつめ……。ふっふっふっふっふっ……。」
「せ、先生! ス、ストップ! さ、殺気が漏れています! お、抑えて、抑えて!」
その喜びがついつい漏れてしまったらしい。
殿下の必死な叫び声に我を取り戻すと、周囲の者達は遠ざかっており、私に手綱を持たれて逃げられない馬は泡を吹きながら足下に倒れていた。
「おっと、失敬……。とにかく、私が認めた息子ですよ?
だったら、心配するだけ損というもの。例え、死ぬ様な目に遭ったとしても、アレは泥を啜ってでも生き延びる性根です」
この程度で怯えるとは情けない。
慌てて殺気を収めた後、首を左右にやれやれと振りながら溜息をついた。
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「おや? ……変ですな?」
峠を越えると、その殆どを森の緑で染めた盆地が眼下に広がった。
以前、この地を中央軍総司令代理として訪れたのは、トーリノ関門がまだ建設途中だった頃。
だが、思い出に浸る暇も無く、麓に見えるラクトパスの街を中心とした戦場に視線を向けて、その様子が変だと一目見るなり気付く。
思わず腕を組み、顎を右手で支え持ちながら首を傾げる。
「えっ!? 何処がですか?」
残念ながら、殿下はソレに気付けなかったらしい。
視線を交互に戦場と私の顔に二度、三度と向けて、答えをもどかし気に欲する。
その様子から、戦場を目の当たりにして、ますます気が逸っているのが解った。
いつもの殿下なら容易に答えは求めない。まずは自分で考えて、自分なりの答えを探す。
これでは休憩を取った意味が無い。
区切りが良い為、峠での休憩を提案したが、こんな事なら戦場が見えない峠の手前で休憩を取るべきだったか。
答えを教えるのは容易かったが、殿下の気を落ち着かせる為、ここは一呼吸を入れる。
「よろしい。休憩がてらに講義を行いましょう」
手頃な座る場所を求めて、辺りを見渡していたら、殿下の側仕えの者が野営用の折り畳み椅子を用意してくれた。
その者に人差し指を立てて見せて、殿下の分の椅子も用意させると、その椅子を叩いて座る様に促す。
「……はい」
殿下は不満そうに眉を寄せて座るのを拒む。
しかし、再び椅子を強めに叩くと、戦場を少し眺めた後、渋々ながらも椅子に座った。
つい苦笑が漏れる。
王族として、民衆を思いやれる心は大きな美点ではあるが、そう焦ったところで仕方がない。麓に下りるまで半日はかかるのだから。
今、出来る事は限られている。
先を無理に急ぐよりは敵味方に援軍が来た事をまず知らせて、敵には焦りを、味方には勇気を与えた方が良い。
例えば、炊煙が幾つも上がれば、今日の空は晴れ渡っており、ここは峠だけに目立つ。
味方と離れていても役立てる方法は幾らでも有る。それを知って欲しい。
「おい、皆に昼食を摂る様に伝えろ。火を使っても構わん」
「な゛っ!?」
そう考えながら、先ほど椅子を用意してくれた者に少し早い昼食を摂る様に指示する。
その途端、殿下が唖然とした表情を勢い良く振り向かせるが、それを無視して講義を進める。
「さて……。ご覧の通り、我が方は街の北西側に陣を築いています。何故、あの位置だと考えますか?」
無視されたのが勘に触ったのか。
伸びした右手で指さしながら説明して問うと、殿下は絶対に正解してやるぞと言わんばかりに荒い鼻息を一吹き。
しかし、首を何度も傾げている内、考えに没頭し始めて、その瞳から焦燥の色が次第に消えてゆく。
実に素直でよろしい。私の指示と殿下の反対、そのどちらに従って良いのかを迷っていた側仕えに黙って頷き、昼食の指示を改めて出す。
「それは……。いや……。違う。だから……。あっ!? そうか!
高きより低きを見るは勢い既に破竹。街の北西側は丘になっていて、攻め易い一方で攻められ難いからです」
そして、座ったままで肩と首の屈伸を終えた頃、ようやく殿下が目を輝かせながら応えた。
その答えに満足して頷く。以前に教えた内容をきちんと憶えていた様だ。それを目的とするなら、私も眼下と同様の位置に陣を築く。
「その通り……。但し、あの戦場に限っては落第ですな」
「どうしてですか?」
だが、眼下の光景を戦場とした時、私は今の位置に陣は築かない。
それが問題の本質。何故、陣を街の北東に築く必要があったのかが答えとなっていない為、続けざまに首を左右に振る。
「もう一度、良くご覧なさい。
王都に伝えられた報告によると、敵の数は三万……。
まあ、それは大げさな数字として、半分の一万半……。多く見積もって、街に籠もっているのは二万としましょう。
どちらにせよ、あの陣の規模から言って、我が方は一万も満たない。数で劣っている以上、城門攻めを仕掛けるのは無謀。
なら、敵のこれ以上の侵攻を防ぐ足止めが最良と言えます。だったら、陣を築くなら、街の南側にするべきなのです。……っと、攻撃を仕掛けましたね」
その本質についてを説明している途中、件の街北西にある味方の陣に動きが見えた。
これで違和感の正体が掴めるかと思いきや、その行動はますます戸惑いを深めるものだった。
この距離からでは兵種をさすがに見分けられない。
しかし、その進軍速度から考えて、陣から出てきたのは騎馬隊。この時点で既におかしかった。
敵は街の城門を閉めて、街の外に布陣はしていない。
だったら、騎馬隊に成す役目は無い。騎馬隊の出番は城門が開いてからであり、その騎馬隊を最初に出す意味が解らない。
その上、騎馬隊は二つに分かれると、片方は北門に、片方は西門に向かい、矢の届かない位置で折り返して、二隊に分かれた位置まで戻って擦れ違うと、お互いに今先ほどとは逆の門を目指す。
ただただ、それを繰り返して、街の北東近くを起点として、北門と西門を回っているだけ。
暫くして、今度は歩兵と思われる部隊が北門を目指して進軍してくる。
だが、これも様子がおかしかった。中途半端な距離を前後するだけで北門に近づかず、城門攻めを本気で行う気配がまるで感じられなかった。
「……挑発か」
「挑発……。ですか?」
それ故、すぐにピーンと閃くものがあった。
騎馬隊の行動も、歩兵部隊の行動も挑発を目的としたものなら、その温すぎる攻勢も納得がゆく。
恐らく、どちらも街に向かって、罵詈雑言を叫んでいるのではないだろうか。
ところが、それは同時に次の疑問を抱える結果となった。
城門攻めは多くの犠牲を必要とする。だから、内に籠もられているよりは外に出てきて貰った方が断然に戦い易い。
但し、それは兵力が敵に勝っている場合であって、兵力が敵より劣っている場合は良い手段とは決して言えない。
下手に藪を突いて、大蛇が出てきたら、大打撃を受けてしまう。足止めと時間を稼ぐのを目的とするなら、こちらも陣に籠もるのが地味な様で最良と言える。
「攻勢に熱を感じません。
そもそも、あの陣もそうです。北西に陣を置くとしても、もっと手前の方が良い。それをわざわざ……。」
その答えはすぐに判明した。
城門を開けて、敵が出撃してきたのだが、勢いが良かったのは最初のみ。すぐに進軍速度を失速させて、あっさりと逃げられている。
挙げ句の果て、もう追いつけないと見るや、まだ敵が存在している戦場の直中にありながら部隊を完全に停止させるという有り得ない光景を見せた。
「ああ……。そう言う事か」
「お解りになったのですか?」
つまり、それは敵の士気が極端に低いという事に他ならない。
それが解ると、味方が街の北東に陣を築いた理由が解り、味方が何を目的としているのかも解った。
本来なら、ロンブーツ教国軍はトーリノ関門を落とすという快挙を行ってみせたのだから、開戦より一ヶ月以上が過ぎているとは言え、士気はもっと高くても良い。
それがここまで極端に士気が低いとなったら、その理由は一つしか存在しない。
そう、昔から『腹が減っては戦が出来ぬ』と言うが、眼下の光景が正にそれだ。
つまり、兵糧攻め。通常、兵糧攻めは侵略されている側が強いられるものだが、ここでは侵略している側が強いられているのだから、実に傑作ではないか。
「ええ……。先ほどは落第と言いましたが、私の誤りです。五十点をあげましょう。
あそこに陣を築いているのは敵に威圧を与える為……。そして、お喜び下さい。殿下」
「……えっ!?」
だが、『しかし』と考える。
この戦場に王都から強行軍を行ってきた我々よりも早く駆け付けられるのはバーランドか、スアリエの二人。
なら、その二人のどちらかが眼下の味方の指揮を執っている筈だが、バーランドも、スアリエも兵法に通じてはいるが、どちらも性格は直情的。これほど大胆な発想の逆転が出来るとは思えない。
また、ロンブーツ教国軍とて、兵糧量を計算して、ここまで侵攻してきたに違いない。
他国の領地に割って入り、その領地を奪いにやって来たのだから、少なくとも三ヶ月分か、時間切れとなる冬までは保つ分を運んできた筈だ。
しかし、敵は明らかに兵糧不足で喘いでいる。
まさか、物資管理を担当する者が計算を間違えたなどという間抜けは有り得ない。後方に備蓄だって行っている筈だ。
ここまで考えれば、答えは自ずと見えてくる。
即ち、これは何者かが策を企てて、何らかの手段を用い、ロンブーツ教国軍の兵糧を消失させた後、後方遮断を行って、補給を滞らせているのだろう。
「この戦い、我が方の勝ちで勝負がもう着いています。
誰が描いた絵図かは解りませんが……。どうやら、我が陣営にとんでもないペテン師が居る様です」
ただ、どうしても解らないのは、その何者かにまるで心当たりが無い。
思わず口元が緩む。せっかく王都から急いで出向いてきた私の出番を奪った奴は誰なのか、今から会うのが楽しみだった。