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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第五章 士爵 十騎長 トーリノ関門門番長編
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第03話 俺達、山賊団



「ヒャッハー! 今だ! やっちまえ!」


 木の車輪をガラゴロと幾つも鳴らして進んで行くロンブーツ教国軍の荷駄隊。

 その兵力はパッと見で百人と言ったところか。


 こちらの兵力も百人ちょっと、数の上ではほぼ同数だが、圧倒的に有利な条件がこちらには有る。

 それはこの場所の地形。街道は急勾配の坂と切り立った岩の崖の合間にあり、奇襲を行うポイントとしては絶好の場所だった。


「な゛っ!?」


 俺のかけ声を合図にして、坂の上と崖の上。その双方向から矢の雨が街道に降り注ぐ。

 完全な不意打ちを食らい、思わず驚きに立ち止まってしまった盾を持たない兵士達が次々と倒れてゆく。

 この第一射を行った時点で荷駄隊は大混乱。荷馬車を引く馬は興奮して嘶き、生き残った兵士達は狼狽えて慌てまくり。


「行くぞ! 野郎共! ヒャッハー!」

「ヒャッハー!」


 その上、坂の上に待機していた者達が雄叫びをあげながら各々の武器を振りかざて、坂を全速力で駆け下り、更なる駄目押しに荷駄隊へ斬り込んでゆく。

 同時に崖の上から丸太を落として、荷駄隊の前後に塞ぐ。もし、一人でも逃げられて、俺達の所業がロンブーツ教国軍に明るみとなったら、面白くない結果を生む。


「こ、こんな所で山賊だとっ!? き、聞いてないぞっ!?」

「えいしゃ、おら!」


 俺の前方にて、荷駄隊を率いる中で最も豪華な装備。リングメイルを身に纏った指揮官と思しき騎士が手綱を懸命に絞り、暴れる馬を落ち着かせて、俺に対して剣を腰から慌てて抜こうとしているが遅い。

 坂を駆け下りてきた勢いが付加された一撃は捻りを加える事によって、凄まじい威力を生み、槍は騎士の右脇腹から突き刺さった後、左肩まで一気に抜けて貫通した。


 しかも、この鉄槍はレスボス家の宝物庫にあった逸品。

 レスボス家は義父がそうである様に剣の担い手の家。宝の持ち腐れとなっている槍など要らんという事で遠慮無く貰ってきた。


 一見すると、柄が薄緑色しているだけの飾り気の無い槍だが、その実は違う。

 おっさんが愛用している赤い鉄槍と同様に魔力が込められており、所謂『マジックウェポン』と呼ばれる奴だ。

 その付与効果として、重さの軽減と斬れ味の増幅があり、他にもこんな事が出来る。


「風よっ!?」


 気合いを込めたキーワードと共に槍を持つ両手に風が集まって、それが柄を伝わって上り、槍先へと砲弾の様に打ち出される。

 その空気砲とも言える見えない砲弾を喰らい、騎士は馬上から持ち上げられ、そのまま勢い良く吹き飛ぶ。


「ぐはっ!?」


 凄まじい衝撃音を鳴らして、その先にあった岩壁へ叩き付けられる騎士。

 敵味方を問わずに注目を集める中、五メートルほどの高さの位置にまるで化石標本の様に張り付いた騎士が目や鼻、口、耳、鎧の隙間から鮮血を一斉に吹き出す。

 そして、岩壁から砕かれて剥がれた幾つかの小石がカラン、コロンと落ち、数拍の間を置いて、騎士は街道に力無く落下。二度と動く事は無かった。


 槍の専門家と言えるおっさんの見立てによると、もう二つ、三つは特殊な効果が秘められているのではないかと言う話。

 この槍を用いて、鍛錬を弛まずに行い、幾多もの戦いを重ねてゆけば、その使い方もいつか解る筈だと言っていた。


 そう、マジックウェポンを用いてとは言え、俺も遂に念願の魔術が使える様になったのである。

 張り切らない筈が無い。最近の鍛錬は以前の二割り増し。


 但し、前世のRPGゲームで例えるなら、MPが減っているのか。

 この特殊能力を使用すると、少なくない疲労感を覚える。初めて使った時など、直後に膝が折れたかと思ったら、そのまま暫く立ち上がれないほどに消耗した。

 その為、正直なところ、今はまだ本格的な実戦で満足に使える代物ではない。


 しかし、この場においては絶大な効果を発揮した。

 辺りは今さっきまでの喧騒が嘘の様にシーンと静まり返り、意気揚々と振り返ってみれば、敵も、味方も驚きのあまり動きを止めている。

 ちょっと違うかも知れないが、『一罰百戒』と言う奴だ。敢えて、一人を大げさ過ぎるくらい過剰攻撃する事によって、残り全員の戦意を挫く作戦である。


「ヒャッハー! おらおら、まだ続けるか!」

「こ、降伏する! こ、降伏するから殺さないでくれ!」


 その狙い通り、近くの別の騎士に槍先を向けて威嚇すると、顔を真っ青に染めながら持っていた剣を慌てて投げ捨て、あっさりと降伏した。

 騎士が降伏すれば、それに従う兵士も降伏する。武器を同様に投げ捨てて、降伏する者達が続々と現れる。


「ま、待て! お、お前達! か、勝手な事は……。ぐおっ!?」


 それでも、果敢に抵抗を諦めない者も存在したが、すぐさま手近な仲間が容赦なく葬る。

 これで勝敗は決まった。ロンブーツ教国軍が遠路を遙々と運んできた酒、食料、酒、武器などの物資は俺達の物となった。


「ヒャッハー! 野郎共、捕虜をふん縛って、凱旋だ!」

「ヒャッハー!」


 槍を大きく掲げながら勝ち鬨を挙げる。それに合わせて味方達が雄叫び、辺りに独特のかけ声が木霊した。




 ******




「お帰りなさいませ! ご無事でなりよりです!」


 アジトに帰還すると、ロンブーツ教国軍の兵士達に加えて、女子供達までもが俺達を笑顔で駆け寄り出迎えた。

 その姿を目の当たりにして、引き連れてきた捕虜達は唖然。誰もが口をポカーンと開け放ち、目を白黒させている。


 其れもその筈、街道と繋がり、この森を切り拓かれて作られた場所はロンブーツ教国軍占領下の村。

 村の出入口を守るのがロンブーツ教国軍の兵士なら、アジトの彼方此方にある備品の全てがロンブーツ教国軍の印入り。アジト中央の広場に掲げられた国旗にだって、ロンブーツ教国の国旗のもの。


 そんな中、ロンブーツ教国軍の騎士隊長が駆け寄ってくる。

 捕虜達の顔に安堵が浮かぶ。お互いに顔を見合わせて、何やらウンウンと頷く。


 しかし、騎士隊長は捕虜達に目もくれず、その前をあっさりと素通り。

 自分達を捕まえた山賊団の親分。熊の頭を剥製にした兜を被り、その毛皮のマントを羽織った蛮族スタイルの俺を労い、捕虜達は驚愕のあまり顎が外れてしまうのではと思うほどに口をアングリと開け放った。


 既にお解りかも知れないが、騎士隊長の正体はネーハイムさん。

 ここはトリーノ関門からラクトパスの街方面に進み、二番目の村。俺達がロンブーツ教国軍から解放した後、そのままロンブーツ教国軍占領下を偽装して、前線基地として使っている『バップ村』である。


「留守中、ご苦労様。何か変わった事は無い?」

「今日も引き続き、物資を送れという伝令がありました」

「うんうん……。こちらの思惑通りの様だね」


 どうして、こんな偽装を行っているのか。

 それを説明するには俺がロンブーツ教国軍と戦うにあたって立てた作戦を最初から説明しなければならない。


 まず俺は援軍の到着まで籠城戦がどう考えても保たないと結論付けた。

 寡兵なら寡兵なりの戦い方が有る。街の防衛に固執して無駄な犠牲を強いるより、ロンブーツ教国軍をラクトパスの街より先に侵攻させない方が断然に良いと考えた。


 そして、考えに考え抜いた末、出した結論が兵糧攻め。

 即ち、ラクトパスの街を敢えてロンブーツ教国軍に占領させて、その中に閉じ込めた後、後方を遮断して、補給物資を途絶えさせるというもの。


 なにしろ、二万人の大軍勢である。その消費される兵糧の量と早さは想像を絶するものに違いない。

 今、俺は三百人の兵士を率いているが、その数ですら、一日だけでこんなに減るのかと驚いたくらいだ。


 当然、この作戦に当たり、ラクトパスの街の住人は邪魔だった。

 残って貰った方が敵に負担を強いる事となって助かるのだが、絶対に恨みが残る。それでは意味が無い為、街から出ていって貰う必要があった。


 それに加えて、兵糧攻めを行うのだから、ラクトパスの街に食料があっては意味が無い。

 街にある全ての食料は街の南門の外に大きな穴を掘って、その上に糞尿を撒いた後に埋めた。

 酒やジュースも、調味料の類でさえも、野良猫や野良犬だって、飢えを満たせる物は全てを埋めた。

 ロンブーツ教国軍にくれてやる物は麦一粒すら街に残さなかった。毒を井戸に撒こうかとも考えたが、それはさすがに悪魔の所業だと踏み止まった。


 無論、この指示に関して、街の住民全員が反対した。

 自分達が所有している財産を捨てろと言っているのも同然なのだから当然である。


 だが、捨てる際に何をどれだけ捨てたかを記録させて、戦争終了後に捨てた物を相応分だけ補償する事で納得して貰った。

 その約束をする時、またしても役立ったのが、レスボス家の威光だった。俺が思っていた以上に義父は庶民にも有名であり、街の顔役達がそれならと従い、街の住人達も続いた。


 それと逃亡するに当たり、歩く速度を少しでも上げる為、街から持ち出す手荷物を制限。両手は空けさせて、背中に背負うのみとした。

 これも反対は多かったが、数少ない馬車や台車は赤ちゃんや老人、怪我人、病人を乗せるのに全て利用するのとラクトパスの街に向かっている援軍とは三日か、四日もしたら鉢合わせる筈だと説き、余計に見積もっても一人五日分の食料を持ちさえすれば、十分だと訴えた。


 ちなみに、それ等の脱出に関する全ての指揮はあの百騎長に一任した。

 その姿を見ていて解ったが、あの人はやはり優秀な人だ。不平不満を言う街の住民達を上手く宥めながら部下達も纏める見事な手腕を見せていた。


 しかし、百騎長としては、こちらの部隊で一暴れしたかったらしい。

 別れ際の最後の最後まで愚痴っており、この戦いが終わったら酒を驕る事で納得して貰った。


 そんな百騎長のおかげで夕方前には準備が整い、街の住民達は百人前後づつの集団を作って、山をぐるりと迂回する平坦ルートで脱出を開始。

 本当なら、俺達が通った峠道の方が断然に時間短縮も出来るが、夜に山を登るとなったら、その松明の明かりが遠くからでも目立つ。

 それが集団となったら尚更、松明の明かりは峠道に沿って光り、確実に街の住民達の脱出が敵に露見する。それは今後を考えると避けなければならなかった。


 だが、ラクトパスの街は辺境ながらも随分と栄えている街。

 その人口はとても多く、脱出は夜通しで行われたが、次の日の朝になってもまだ三割の住民が残っていた。


 挙げ句の果て、その日の昼前、ロンブーツ教国軍が接近しているとの報告があった。

 即座に街の住民達の脱出を中断。次の機会は夜を待たねばならなくなり、俺はたった一夜の時間を稼ぐ為、一か八かの大博打に打って出た。


 前世において、大学時代は戦史研究会というサークルに所属していた俺。

 お遊びのなんちゃって研究会ではあったが、皆が戦史好きと言う点では本物のサークルだった。


 その活動を通して学んだ数多くの知識。

 前世では殆ど役に立たない無駄知識だったが、騎士となり、実際の戦場に立っている今、それ等は有益となり、この絶体絶命の状況下に相応しい作戦を俺は知っていた。


 それが『逃げるが勝ち』で有名な兵法三十六計の一つ、『空城計』である。

 敵を出迎えるかの様に城門を開け放つと、最も見つかりやすいだろう北西の見張り台にて、俺は奇抜な目立つ格好をして踊り、いかにも罠が有りますよという雰囲気を演出した。


 今だから明かすが、踊っている最中は心臓が飛び出しそうなくらい猛烈に緊張していた。

 息を潜めて街に隠れている住民達や兵士達も緊張しまくり。街全体が異様なくらい殺気立って、捕まらずにいた野良犬や野良猫でさえ怯えて、街から逃げ出す有り様。


 なにせ、完全な無防備。もし、敵が攻めてきたら成す術が無い。

 俺なんて、顔だけは黒い牡山羊の仮面を被っていたが、他は無防備同然。当たり所が悪ければ、矢が一本でも飛んできたら死んでいた。


 俺は恐怖に打ち勝とうと夢中で踊った。ラジオ体操を。

 俺は恐怖に打ち勝とうと必死に叫んだ。日本語でリズムを取って。


 もしかしたら、それが成功の一因だったかも知れない。

 見張り台のすぐ下の部屋で控えていたネーハイムさんにあとで話を聞いたら、俺が恐怖のあまり本気で狂ったか、悪魔に取り憑かれたかと酷く心配したらしい。


 この大陸は各地に方言はあっても、基本は一つの言語。

 それだけに全く聞き慣れない日本語を聞き、ただ適当に叫んでいると思いきや、規則性が感じ取れ、神か、悪魔の言葉に思えたのだとか。

 ラジオ体操も同様である。ただ適当に踊っているのかと思いきや、繰り返される法則性が見て取れ、その神か、悪魔の言葉を叫びながら踊るソレは何なのかと敵以上の恐怖すら覚えたと言っていた。


 もっとも、それ以上にネーハイムさん達の興味は敵が何故に攻めてこなかったのかに集中した。

 ロンブーツ教国軍が陣を構築し始めたのを確認して、胸を安堵にホッと撫で下ろしながら見張り台から下りて行くと、皆に囲まれて質問攻めにあった。


『それは敵の司令官、ハーベルハイトが優秀な用兵家だからですよ。

 しかも、彼は慎重派。決して大きな被害は出さない。そう聞きました。

 だから、色々と考える。戦場を前にした時、どう戦うか、どう兵を動かすか。万が一の場合は何処に退却するか。

 しかし、これだけでは只の用兵家。優秀な用兵家とは言えない。

 優秀な用兵家とは、こう更に考えます。自分が敵の立場なら、どう戦うか、どう兵を動かすか。万が一の場合は何処へ退却するかを。

 だったら、この異常な戦場を目の当たりにして、ハーベルハイトはさぞや悩んだに違い有りません。

 そして、悩んだ末、在りもしない敵を勝手に頭の中に作り出して、これは罠に違いない。伏兵が待ち構えているに違いない。そう結論付けて、攻められなかった。

 もし、これが考えなしの指揮官だったり、義父やおっさん……。オータク卿の様な罠が遭っても噛み破れる武芸の持ち主なら先頭に立って攻めてきたでしょうが……。ハーベルハイトは優秀な用兵家ですからね。危険は犯さない』


 先ほども言ったが、『空城計』を使ったのは大博打。成功率は何パーセントあったのだろうか。

 だが、成功したのだから、それを言う必要は有るまい。そう考えて、さも最初からこうなるのが解っていた様に説いたら、『おおぉ~……。』と静かながらも感慨深い大歓声が沸いた。


 その後、陽が沈んで夜になるのを待ち、住民の脱出を再開させる。

 それとは平行して、兵士達の中から精鋭を募った百人の決死隊を率い、ロンブーツ教国軍の後背より夜襲。作戦の要である敵の兵糧を焼き払った。


 これが予想外に燃えた。風に煽られて、巨大な炎が天を焦がさんばかりに燃え上がり、びっくりするくらいに燃えた。

 それこそ、燃え過ぎて、敵陣後方の森にまで炎が広がり、ラクトパス周辺が森林火災の大事になるのではと焦ったくらい。

 その凄まじい燃え広がり方を眺めて、ネーハイムさんが声を驚きに震わせながら尋ねてきた。


『も、もしや、ニート様は……。や、山から吹き下ろしてくる風と街道を吹き抜ける風を予め読み、この火計を?』


 勿論、違う。それを知っていたら、勢いが有り過ぎる燃え広がり方に焦ったりはしない。

 思わず鼻で『ふっ……。』と笑い、『まさか、違うよ』と返したが、これまた『おおぉ~……。』と静かながらも感慨深い大歓声が沸いて打ち消された。

 どうやら、鼻で『ふっ……。』と笑った仕草が『何を愚問な』と言わんばかりの信満々な姿に見えたらしい。


 しかし、これが思いがけない功を奏した。

 空城計と火計、この二つの成功によって、この場の誰よりも新米騎士でありながら俺は信頼を勝ち取り、住民脱出の指揮を執る百騎長の別働隊となる敵後方を遮断する部隊を率いる指揮官として、皆から本当の意味で認められた。


 あとは部隊の名前が記す通り。

 この盆地の広大な森を利用して、俺を先頭に三百人が潜伏しながら昼夜を問わずに突き進み、ロンブーツ教国軍が百人の兵で守っていたバップ村を三日後に奇襲して、開放。

 村は解放後もロンブーツ教国軍占領下として装い、ラクトパスの街からやって来る伝令は捕まえ、トーリノ関門からやって来る荷駄隊は拿捕するを繰り返す。

 これでラクトパスの街を占領したロンブーツ教国軍の二万人は徐々に干上がってゆくという寸法である。


 これは無線や電話と言った情報を即時伝達する術が無いからこそ出来る作戦。

 唯一の心配は、敵指揮官であるハーベルハイトが慎重になるあまり、予想以上の兵糧が燃えてしまったのを理由に侵攻自体を諦めて、トーリノ関門に撤退する事だった。


 だが、ラクトパスの街という美味そうな餌を前にして、その誘惑には勝てなかったらしい。

 ならば、街を占領後に食料の徴収を期待していただろうハーベルハイトはさぞや愕然としたに違いない。それとも、憤慨か。


 その上、今度はラクトパスの街を占領した事によって、撤退がますます難しくなる。

 トーリノ関門以来、ロンブーツ教国軍は快進撃を続けて、躓いたのは俺達が仕掛けた夜襲のみ。その印象もラクトパスの街を占領してしまえば薄れる。

 どう考えても、ロンブーツ教国軍が圧倒的に優勢。兵糧に悩んでいるのはハーベルハイトを中心とした上層部であり、ここで矛を一度も交えずに撤退を宣言したら、兵士達から大きな不満の声が挙がる。


 この村を開放して、十日が既に経過しているが、ラクトパスからの伝令が持ってくる命令は『兵糧を早く持ってこい』ばかり。

 ここに三日前から『トリーノ関門に配置した守備隊を割いて、援軍を送れ』が加わっているところを考えると、我が方の援軍が到着してくれた様だ。

 あとは百騎長に託した伝言通り、援軍の司令官が動いてくれさえすれば、俺が企てた作戦は完成する。


「それにしても、この戦果……。どうやら、街の住民達との約束は守れそうですな」

「……だね。最初は予想外に補償額が大きかったから焦ったけど、もうこれで十分すぎるくらいだよ」


 おまけに言えば、最大の懸念材料だったラクトパスの街の住人達に対する補償問題。

 それもロンブーツ教国軍から奪った補給物資で十分に賄えるほど溜まり、とっくに村の倉庫は満杯。今や、保管する場所に困っているくらい。


 ネーハイムさんが言う通り、これで一安心。

 今のところ、作戦は順調に進んでおり、まるで世界が俺に笑ってくれているかの様で気分は最高潮。

 もし、誰も見ていないのなら、声高らかに歌って踊りたいほど。顔が自然と緩む、緩む。


 そう、今の俺は無敵。どんな事もへっちゃら。

 面倒な作業だって、進んで行う。と言うか、気力が充実しまくって、身体をとにかく動かしたい心境。

 今日の戦果である物資の運搬を手伝おうと歩き出したその時だった。


「ただ、ニート様……。」

「んっ!?」

「確か、軍で得た物は軍に帰属する。そう、軍規に書かれてあった様な気がするのを思い出したのですが?」


 この作戦を立てた時点から目を敢えて瞑り、ずっと見て見ぬフリをしていた事実。

 ネーハイムさんからソレを背中に浴びせられ、ご機嫌な笑顔を凍らせて、動きをピタリと止める。


 俺の階級は十騎長、役職はトーリノ関門の門番長。

 その俺が持っている階級、役職のどちらにも敵から奪った物資を部隊維持の為に少しならともかくとして、それを大量に使用したり、配ったりする権限は無い。

 勿論、ラクトパスの街の住人達と交わした約束。大量の物資を必要とする補償も権限を大きく逸脱した行為。違法に他ならない。


 但し、『抜け駆け』という言葉がある様に目覚ましい武勲を立てれば、違反も許される風潮が軍隊には存在する。

 その辺りに俺は期待していた。ラクトパスの街の代官があんな奴だっただけに少なからずの心配は持っているが。


 しかし、それ以前にその事実を皆が口を噤みさえすれば良いだけの事。

 その点は既に街の顔役や百騎長を始めとする騎士の面々に了承して貰っている。


 この件に関して、副官であるネーハイムさんに伝えていなかったのは万が一の時を考えて、その責任が及ばない様にする為である。

 更に付け加えて言うなら、この物資に関する軍規は騎士なら知っているのが当然だが、物資に関わる役目を持っていない限り、兵士にとっては知らないのが当然。


「……ネーハイム」

「はい?」

「黙っていれば、解らないって……。みんなで幸せになろうよ?」


 ところが、ネーハイムさんは知っていた。さすが、痒いところに手が届く優秀な副官。

 そんな頼もしいネーハイムさんを讃え、やや俯きながら顔半分だけを振り向けて、口の端をニヤリと吊り上げる。


「で、ですな! ニ、ニート様の仰る通りで!」


 その途端、ネーハイムさんは何か恐ろしいモノを見たかの様に身体をビクッと震わせての直立不動。首を猛烈に何度も上下させた。




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[一言] 「黙っていれば、解らないって……。みんなで幸せになろうよ?」 某警視庁特車2課第2小隊の隊長みたいな台詞、さぞや悪い顔してたんだろうなw
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