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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第五章 士爵 十騎長 トーリノ関門門番長編
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第02話 眩しすぎる七光り



「ふぅ……。」


 やるせない短い溜息が漏れる。

 残念ながら、伝令官と峠で擦れ違った際に感じた嫌な予感は的中した。


 評判通り、賑わいをみせるラクトパスの街。

 但し、それは不安に満ちた賑わいだった。


 何処からか、子供の泣き声が幾つも聞こえ、大人達は彼方此方で数人の集団を作っての井戸端会議。街は負の感情で溢れていた。

 どの店は営業を停止。ある店主は頭を抱えて悲嘆に暮れ、ある店主は店員達を怒鳴り飛ばして、何やら引っ越し準備にてんてこ舞い。


 そんな街の雰囲気に飲まれたのか、モラルを失った者が続出。

 街を守る兵士達が殺気だって怒鳴り散らし、幾人もが街を駆け回っている。


 一応、この国に禄を貰っている以上、俺が取るべき選択肢は一つしかない。

 どの道、この直轄領の街を預かる代官の元へ挨拶に尋ねる予定が今日の予定の中にあった。


 ここは任地であるトーリノ関門の後方基地として栄える街。

 なら、今後も色々と世話になるかも知れない。挨拶をするのはタダ、それならと軽い気持ちで当初は代官屋敷を訪ねた。


『レスボス? レスボスと言うと、あのレスボスか!

 では、あの『剣将』と名高いハイレディン殿を認めさせたのか! 

 それは凄い! 君が来てくれたからには百人力……。いや、千人力だ! 一騎当千と言うしな!

 うんうん、それで? 援軍はどれだけ連れてきたんだ! 五千か? 一万か? ……な、何っ!? ふ、二人だけだとっ!?』


 しかし、ここもと言うべきか、代官屋敷は蜂の巣を突いたかの様な大騒ぎ。

 暇人は一人とて居らず、代官との面会を求めたが、軽く半刻ほど屋敷前で待たされた末、代官からは挨拶もそこそこに出て行けと怒鳴られた。


 もっとも、こちらに非が有るだから仕方がない。

 代官はあたふたと慌てふためき、まるで空き巣が入ったかの様に散らかる執務室を右往左往。荷物を纏めるのに忙しく、空気を読めずに挨拶した俺が悪い。


 だが、レスボス家の威光はやはり相当なもの。

 代官は俺が名乗った名前末尾の家名に遅まきながら気付くと、立ち去ろうとしていた俺をすぐさま呼び止めて駆け寄り、満面の笑みで俺の右手を取った後、その右手を両手で包んでの握手。見事な掌返しを見せた。


 ところが、その直後。同行者がネーハイムさん一人だけと知るや否や、再びの掌返し。

 代官は顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら怒鳴りまくり。


『いや、待てよ……。よろしい! 十騎長、君に私の代理を命じる!

 君が持つ権限を大幅に逸脱するが……。何と言っても、君はレスボス家の者! 何の問題も無い! 君なら誰もが納得する!

 うむ! 任せたぞ! この国家存亡の時を守れるのは君しかいない!

 もし、ここを抜かれたら、我が国は喉元を食らい付かれたも同然だ! だから、この街を何としても死守せよ! 

 それに案ずる事は無い! 一ヶ月もあれば……。いや、三週間。いやいや、二週間もあれば、この私が十万の兵を引き連れて戻ってくる!」


 ところが、ところが、舌の根も乾かない内に更なる掌返し。

 思わず唖然と言葉を失っている内に話は一方的にあれよ、あれよと進み、このラクトパスの街の防衛を丸投げされた。


 ふと我に帰った時は既に全てが遅かった。

 この街で儲けたっぽい財産を馬車に積めるだけ積むと、代官は四頭立ての煌びやかな馬車でこの街から逃亡した。

 しかも、子飼いの騎士達と一緒に五百人の私兵を引き連れてである。


「ふぅ……。」


 やるせない短い溜息が漏れる。騎士になって早々、とんでもない災難だと言うしか他に無かった。




 ******




「どうなさいますか?」

「そう言われてもねぇ~~……。」


 代官屋敷前は人でごった返していた。

 この街の最高権力者が逃げてしまったが為、残された者達はどうしたら良いのかが解らず、騎士も、兵士も、街の住人も不安に駆られ、それぞれの代表者達がこの権力を象徴する場所に自然と集まっていた。

 

 隣に立つネーハイムさんが今後の予定を尋ねてくるが、応える言葉を無い。

 強いて言うなら、『どうしようもない』だろう。このラクトパスの街に迫っている状況は完全に詰んでいた。


 ロンブーツ教国が三万の兵を率いて、トーリノ関門に襲来。

 その第一報が十日前の夕方に届いた時、この街の住人達に動揺は全く無かった。

 誰もが『ふ~ん……。それで?』と言って捨て、頭にあった悩みは夕飯に何を食べようかと言うものくらい。


 なにしろ、トーリノ関門に常駐する兵士の数は二万人。

 その高くて堅牢な城壁は全長十キロ以上にも及び、山と山の間の平原を完全にあちらと、こちらに仕切り、六万の敵襲を防いだ実績を過去に持つ難攻不落の要塞。


 三万の兵が襲来したところ、ビクともしない。

 春の終わりを告げるロンブーツ教国毎年恒例の行事。今年は少し遅かったなと、まるで桜の開花宣言の様に捉えていた。


 だが、次の日の夕方。トーリノ関門が陥落したという第二報が入る。

 誤報、誰もがそう考えた。それが出来る前ならともかく、それが出来た後の八年間、一度も落ちなかった要塞がたった一夜で落ちる筈が無いと笑い飛ばした。


 ところが、雨が降りしきった三日を間に挟み、空が晴れ渡った五日前の昼。

 トーリノ関門との間に設置されている幾つもの物見砦から敵襲を知らせる狼煙が上る。


 ここに至り、この街を預かる代官が初めて動いた。

 情報収集を主な目的として、千五百の兵を送り、次の日も追加で千五百の兵をトーリノ関門に援軍として送っている。


 これが大きな間違い。

 この悪手さえ無ければ、今の状況にもっと余裕が有ったに違いない。


 敵襲が本当なら一飲みされてしまう様な戦力を小出しで行うなど愚の骨頂。

 そもそも、情報が不鮮明であるなら、情報収集だけに目的を絞り、代官は援軍を送るべきでは無かった。


 この街に駐留する兵の目的は、トーリノ関門が落ちたとして、王都から援軍を待つ為の時間を稼ぐ籠城戦のもの。

 その大事な数を減らしては本来の役目を果たせなくなる。


 しかも、その後の情報は届かずに途絶える。

 街の住人達の不安を表すかの様に空はどんよりと曇り、小雨がぱらつく日が続いた。


 今朝、久々の太陽が昇ったと知り、この街の住人達は真っ先にトーリノ関門の方角を眺めて、狼煙が一本も上っていない澄み渡る様な青空に安堵した。

 誰もが笑顔を自然と浮かべ、雨が降っていた事もあって落ち着いていた街の賑わいも次第に沸き始め、大路地には幾つもの露店が軒を列べた。


『トーリノ関門は陥落!

 現在、カンレーの村にて、交戦中! 至急、援軍を請う!』


 しかし、凶報はすぐにやって来た。

 幾本もの矢を背中に受けた満身創痍の騎士は街の入口まで辿り着き、それだけをやっとの思いで告げると息絶えた。

 その彼を乗せてきた馬も泡を吹いて立ち上がれなくなり、主人の後を追うかの様に暫くして息絶えた。


 カンレーの村とは、このラクトパスの街から一日半ほど歩いたところに在る村の名前。

 恐らく、俺が峠で見た煙はカンレーの村が燃えているものだったのだろう。

 それを踏まえて考えると、緊急事態の報を文字通りの命懸けで運んできた騎士には申し訳ないが、既にカンレーの村は敵軍に落ちているに違いない。


 以上、これが集めた情報を纏めた今に至るまでの顛末。

 やはり『詰み』という言葉しか見つからず、その詰み状態を任された有り難さに涙が出てくる。


「憚りながらも申し上げますが……。

 ニート様が代官様より受けた命令は正式なものでは御座いません。ならば……。」


 ネーハイムさんが口元に左手を立てながら、その口を俺の耳に寄せて囁く。

 それは最後までは言わなかったが、逃亡の仄めかし。


 事実、その通りだった。

 俺に命令が出来るのは上官となる筈だったトーリノ関門の門番総長か、その更に上のトリーノ関門の防衛司令官か、北部方面総司令の三人。

 中央軍という同じ枠組みに所属する者同士でも、俺と代官では所属する系統が違い、代官の方が格上に位置しているが、その命令は拘束力を持たない。


 ましてや、俺は騎士になりたて。

 代官は子飼いの騎士達を一緒に連れて逃げてしまったが、先任の騎士はまだ数多に残っており、俺よりランクが上の百騎長の騎士も一人ではあるが残っている。

 どう考えても、新米の騎士である俺がこの街の防衛指揮官を担うのは異常と言えた。


 ところが、重大すぎる責任問題が異常を認めさせた。

 このラクトパスの街はインランド王国側から見たら、この辺り一帯の盆地の入口に作られた街。

 なら、この街が陥落してしまえば、この辺り一帯の盆地の支配権を失う事にも繋がり、それはインランド王国の版図を大きく後退させる事にも繋がる。


 そうなったら、国の一大事である。

 その責任を取るとなったら、責任者は左遷されて、二度と浮かび上がれない。一生、日陰者となる。


 むしろ、それで済んだら御の字。

 最悪、首を物理的に求められるかも知れないし、貴族位を剥奪されるかも知れない。


 だから、代官は逃げた。

 勿論、迫り来る敵に対する恐怖もあっただろうが、それ以上に責任問題から逃げた。

 無論、その先には敵前逃亡罪という罪状が待っているが、この街を守りきれなかった罪に比べたら軽い。


 また、代官と手下達が逃げ出すと、命と責任を天秤に掛けて、半数以上の騎士も逃げ出した。

 この街に残った戦力は、敵前逃亡罪が貴族より遙かに厳しい平民の兵士達とどうするかを迷った末に逃げ遅れてしまった騎士達。

 残念ながら、この街を守る為、最初から逃亡を選択肢に入れなかった騎士は一割も存在せず、その中に俺以上の家格と役職を持つ者は居なかった。


 改めて感じるレスボス家のネームバリューの巨大さ。

 そんなモノは剣の前に何の役にも立たないと言うにも関わらず、騎士達が俺に向ける目は『俺なら何とかしてくれる』という期待が込められていた。


 そして、それは街の住人達にも伝播したらしい。

 門番に立ち塞がれて、代官屋敷を囲んでいる垣根からは入って来ないが、俺が中心に居ると気付き、騎士達とは正反対に不安そうな目で遠巻きに見ている。


「う~~~ん……。」


 その数多の視線から感じる『お前は逃げないよな?』という無言の圧力。

 はっきり言って、暴動一歩手前である。腕を組みながら眉間に皺を深く刻み、口を『へ』の字に結んで唸る。


 もしかしたら、ダメかも知れない。

 思わず見上げた青空にコゼットの顔を思い描いて懺悔する。


 正直に言うと、俺は調子に乗っていた。

 おっさんが仕組んだ茶番劇。それに対する憤りはあったが、直臣騎士になれると聞き、遂に俺の転生ライフはここから始まるのだと有頂天になった。


 なにせ、逃亡奴隷の身から一気に譜代の直臣騎士となり、更には十騎長の階級まで貰った。

 前世で例えるなら、ホームレスから一転して、超一流企業に正社員入社。いきなり係長に抜擢されたようなもの。調子に乗らない方がおかしい。


 この数ヶ月間を思い返すと、長女様は厳しく怖かったが、新たな美しい姉妹達に囲まれて、キャッキャッでウハウハな毎日だった。

 ウフフなラッキースケベイベントは盛りだくさん。特に長女様の次女からは妙に懐かれて、『いやん☆ おじさまのHぃ~☆』なんて事も多々あった。


 ところが、現実はやはり厳しかった。

 朝に門を開けて、夕方に門を閉じるだけの簡単なお仕事。そう聞いていたが、実際は真っ黒けな仕事場。

 嘘を付いた中央軍司令部という名のハローワークを訴えたいが、この世界に労働基準監督署は存在しない。


 もしもの時の為に遺書をおっさんへ書いておこう。コゼットの世話は頼む、と。

 まだまだ、これから逃げようって人はたくさん居る筈だ。その中には幾ばくかのお金と引き換えにおっさんの所に届けてくれる人も居るだろう。


「早く決めた方が良い。

 逃げるか、戦うか……。どちらにせよ、準備に時間が居る」


 弱気になって、遺書にしたためる辞世の句を考えていると、一人の男が俺の前に現れる。

 彼こそがこの街に残った本来の最上位者たる百騎長。


 人に責任を押し付けておきながら、実に勝手な言い様。思わず殴りたい衝動に駆られるが我慢する。

 そんな百騎長は逃げるか、戦うかの問いに逃げるをまず言っている辺り、やはり逃げたいのだろうか。


 しかし、逃げる事はもう出来ない。

 代官が逃げた時、それがタイムリミットだった。今更、逃げるを選択したら、街の住民達は暴動を起こす。

 例え、街の住民達を守って逃げる事を宣言したとしても、街を守る筈の代官が真っ先に逃げた後では説得力がまるで無い。


「残っている兵士の数は何人ですか?」

「二千と言いたいところだが……。

 恐らく、千五百人くらいだろう。兵士達の中にも目を盗んで逃げ出した者は多い」

「千五百か……。話になりませんね」


 だが、強大な敵と戦うには渡されたカードが貧弱すぎた。

 本来、この街に常駐していた筈の五千人を大きく減らして、現在の戦力は千五百人ほど。

 挙げ句の果て、それを率いる下士官、上仕官の数が足りない。


 一方、敵のカードは情報が当初から更新されていない為、伏せられたまま。

 三万という数字とそれを率いている指揮官の名前しか解っておらず、その情報さえも不確かときている。


 しかし、難攻不落と名高いトーリノ関門を無傷で通過した筈も無い。

 五万でも落ちなかったトーリノ関門を三万で落としたのだから、何らかの策を使ったと予想されるが、それなりに兵数を減らしているに違いない。


 尚かつ、トーリノ関門も含め、この街に至るまで道中に四つの村が在ると聞く。

 だったら、退路を確保する意味合いもあり、少なからずの兵を割いて常駐させていると考えられる。

 これ等を踏まえて、希望的な観測で言うなら当初の半分、一万五千人。多く見積もるなら、二万人の戦力がこちらに向かっていると思われる。


 一応、街の四方は城壁によって囲まれているが、それほど高くない。

 籠城戦を行ったとしても、彼我兵力差は十倍以上。我々など濁流を前にした小石に等しく、大した抵抗も出来ずにあっと言う間に飲み込まれるだろう。


「そうだ! 住民から兵を募るのはどうだ? そうすれば、二千、三千は集まる筈だぞ?」

「その人分の武器は何処から?」

「こんな時だ! 商人達も喜んで提供してくれる筈さ!」

「さっき、めぼしい商人達は代官様より先に逃げたと言ってませんでしたっけ?」

「う゛っ……。そ、そうだった」


 百騎長が左掌を右拳で叩き、さも名案だと目を輝かせながら提案してくるが、言った側からすげなく却下する。

 だが、贅沢は言っていられるほどの余裕は無い。欠点は多々あるが、それ等は度外視して、百騎長の提案を前提に籠城戦を考えてみる。


「まあ、義勇兵を募って、籠城をするとしてです。

 近隣の領主が援軍に来るまでの日数。どれくらいかかると思いますか?」

「そうだな……。バーランド卿が五日後、スアリエ卿が一週間後と言ったところか。

 ただ、この御二方が来たとしても、敵の方が数は勝っているだろう。

 だから、本格的に追い返すとなったら、王都からの援軍を待たなければならない。そうなると、どんなに急いだとしても一ヶ月はかかる」

「……い、一ヶ月」


 しかし、告げられる圧倒的な絶望感。思わず目線を右手で覆い、知りたくなかったと大後悔する。

 只でさえ、『王手』で詰んだ状況だったのにも関わらず、『チェックメイト』の声すら聞こえてきた。


「どうする? やっぱり逃げるか?」

「いや、それが一番の悪手です。

 恐らく、カンレーの村は落ちている。なら、敵は明日の昼過ぎにはここにやって来るでしょう。

 だったら、今から住民達を連れて、急いで昼夜を問わずに逃げたとしても、女や子供、老人が居てはすぐに追いつかれます」

「……そうだな」

「上手くしたら、援軍と合流が出来るかも知れませんが……。

 そうなったら、野戦です。こちらが数で圧倒的に劣る以上、絶対に負けます」


 それでも、絶対に諦めない。

 三年間の兵役義務を済ましさえしたら、コゼットとの幸せな生活が待っていると言うのに、その始まってもいない第一歩目で挫けられない。


 幸いにして、防衛の指揮権は俺の手にある。

 手札は頼りなさ過ぎるが思う存分に采配を振れる。悔いは残さない。


 目線を覆っていた右手を降ろす。

 すると百騎長は息を飲んで目を見開き、俺の顔をまじまじと見つめた後、真剣な面持ちとなって頷いた。

 こちらの意志を言わずともしっかりと受け取ってくれた様だ。


「なら、戦う。そう言う事だな」

「残念ながら、それしか手段は有りません」


 その途端、百騎長が持つ雰囲気が一変した。

 愛想笑いばかりをする頼りない中間管理職から引き締まった表情の中に静かな闘志を燃やす戦士へと。


 それを感じて、百騎長を見くびっていた自分の目を恥じる。

 同時になるほどと納得もした。


 先ほど俺の名前を知り、恐縮しながら指揮権を一任してきた時の話によると、百騎長の家は継承する爵位も、役職も持たない只の譜代騎士らしい。

 つまり、いきなり十騎長に任じられ、トーリノ関門の門番長を命じられた俺の様なコネは持っていない。その軍歴は役職を持たない平騎士からのスタートである。


 インランド王国の軍における騎士階級は平騎士、十騎長、百騎長、千騎長の四階級。役職と違って、階級は家柄も考慮されるが、それ以上に実力がモノを言う。

 そう、どんなに欲しても、家柄だけでは十騎長までの階級しか手に入らない。


 ところが、家柄を自慢する貴族ほど、自分はどんな事をしても許されると勘違いをしており、それでいて嫉妬深い。

 その上、共通する特徴として、自分より上の者にはペコペコと腰が低いが、その正反対に自分より下の者には苛烈な態度を取る。

 俺自身、叙任式で国王から直々の言葉を貰ったせいか、同期叙任のそう言った輩から庶子、庶子と誰もが知る事実を鬼の首を取ったかの様に何度も、何度も言われて鬱陶しかった。


 なら、百騎長もそう言ったアホ共からさぞや妬まれて、今まで随分と苦労してきたに違いない。

 それで家柄が上の者にはあっさりと譲ってしまう処世術が身に付いたのではなかろうか。


 なるほど、なるほどと改めて納得して、ふと気付いた。

 ひょっとすると、と言う事はだ。あのアホ共と一緒にされてしまったのだろうか。

 実に心外だ。勘違いも甚だしい。ここはきっちりと訂正する必要がある。


 ここまで考えて、ふと更に気付いた。

 逆に言うと、百騎長の家柄では百騎長となるのは難しいのだが、見た目の年齢は二十代中盤とかなり若い。


 つまり、それは百騎長がかなり優秀な能力を持っているのは当然の事。『武運』と『出世運』、この二つに恵まれている事となる。

 戦場において、人生において、それこそが最も重要な要素。誰もが持っているモノでは無い。


「良し! そう言う事なら兵を募って来よう!」

「あっ!? 待って下さい!」

「んっ!? 何だ?」


 貧者なカードばかりが積まれた山札の中から遂に掴んだ良カード。

 百騎長の運にあやかれば、この無茶、無謀な戦いにも少しは勝機が見えてくるかも知れない。

 早速、義勇兵を募ろうと、背を向けて駆け出そうとしていた百騎長を慌てて呼び止める。


 運とは、最大の努力を不安という名の器に詰め込み、それで尚も余った隙間に埋めるモノ。

 最初から努力を全て放棄して、身を流れに任せるのは運とは言わない。それは単なる神頼みに過ぎない。


「敵の指揮官の名前、ハーベルハイトでしたっけ? その人について、詳しい人は居ませんか?

 どんな性格なのか? 経歴は? 趣味は? 好きな食べ物は? とにかく、詳しい人が居たら教えて下さい」


 なら、運を呼び込む為にも最大の努力を行わなければならない。

 籠城戦で援軍を待つなんて、ケチな事は言わず、敵の大軍に打ち勝ってみせる為の作戦。それが最大の努力と言うものだ。




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