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第03話 朝食はサンドイッチ




「はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。

 ニート様ったら、酷すぎます! 昨日も、一昨日も、私を待たずに出かけてしまうんですもの! あんまりです!」


 足を肩幅に開きながら腰に両手を突き、可愛らしく頬を膨らませてのご立腹な姫様。

 その姿はスカートに非ず、男装。乗馬に適した装い。心の中で『そんな馬鹿な!』と叫ぶ。


 既に陽は昇っているが、まだ朝食には程遠い時刻。

 同時に身体が弱くて、酷い低血圧故に朝の入浴を欠かせない姫様が活動している筈の無い時間でもある。

 だからこそ、普段より早起きを心掛けて、狩りに出かけようと企んでいた。目の前に姫様が居る現実は有り得なかった。


 だが、良く観察してみると、姫様の長い髪は湿り気を感じさせる半乾き。

 また、走ってきた為、肩で息をする姫様の額には汗が浮かんでおり、その女の子の匂いに混じって、ほんのりと香油と石鹸の香りが漂っている。

 もしや、これは約束をしていながら、昨日、一昨日と狩りに連れてゆかず、置いてけぼりをさせたが為、わざわざ早起きをしたのだろうか。


 いや、そうに違いない。

 姫様の左手にあるバスケット籠。その大きさが以前のよりも大きい。

 朝食前に俺が出かけると予想して、昼食の弁当に加えて、朝食の弁当も入っているのだろう。


 これは失敗したと言うしかない。それも大失敗である。

 姫様は侯爵家令嬢であり、本物のお姫様。話を聞いたところ、服の着替えもメイドさん任せらしい。


 なら、姫様が早起きをしたと言う事は、姫様付きのメイドさん達は風呂の準備などで姫様よりもっと早く起きているという事になる。

 つまり、俺は自分の都合を優先したが為、多くの人を巻き込んで迷惑をかけてしまった。あとで謝罪せねばならないだろう。


 ちなみに、この様な苦労が何故に必要なのか。

 それは狩りに出かける手段として、姫様から馬を借りた事にそもそもの発端がある。


 幾度もの戦乱や流行病などで血族を次々と亡くしていったおっさん。

 とうとう唯一の血族が姫様だけとなり、その姫様の身体が弱かった為、おっさんはもう二度と失ってなるものかと姫様をかなりの箱入り娘として育ててきたらしい。


 おっさんとの旅の道中、厳つい顔をだらしなく緩めての孫自慢を耳にタコが出来るほど何度も聞いた俺である。

 さもありなんと予想はしていたが、姫様から実情を聞く内、この城の敷地から外に出るのは年に二回か、三回程度。お祭りなどの特別な行事が有る時のみと知り、さすがにやりすぎだと感じた。


 だから、俺は誘った。馬を借りている御礼にと誘った。

 悪巧みを誘う様に『おっさんが居ない今こそ、チャンスだよ?』と姫様だけにこっそりと囁き、狩りついでの馬の遠乗りに誘った。


 姫様は具合が悪いと寝室に引き籠もるフリをして、捜索の手がすぐ伸びない様に俺だけが狩りに出かけたと装い、馬一頭でのタンデム逃避行。言うまでもなく、それは大問題となった。

 夕方、街に帰ってくると、行方知れずとなった姫様の大捜索網が騎士団総動員で敷かれており、俺と姫様はサビーネさんからこってりと絞られた。


 それでも、後悔は微塵も無かった。

 その日、姫様が何度も見せてくれた嬉しそうな満面の笑顔。それが何よりの褒美となった。

 但し、姫様は誰にも邪魔されない開放感にはしゃぎ過ぎたのか、翌日に体調を少し崩して寝込んでしまった事実を考えると、多少の反省が必要なのは確かだった。


 更に言えば、これで済んでいたら美談で終わっていたが、そうは問屋が卸さなかった。

 どうやら、姫様は俺との遠乗りを大変にお気に召したらしい。二度目、三度目は苦笑しながらも仕方ないと応じていたが、それも何度もとなったら、さすがの俺も懲りる。

 ところが、姫様は明日も、明日もとねだり、俺はあの手、この手を使い、その追求をかわしていた。


「いや、その……。姫様、あのね?」

「もうっ……。また、それ! 私の事は名前でお呼び下さいとお願いしたではありませんか!」

「しかし、姫様……。」

「ティ・ラ・ミ・ス、です!」


 そんな俺の心を知らず、今度は呼び名に対して、姫様のご機嫌は更に傾いてゆく。

 そうかと思いきや、自分の呼び名を一字毎の区切りを入れて訂正すると、唇を尖らせて拗ねながらの上目遣い。


「ティ、ティラミス……。様?」


 その男心を擽りまくる可愛らしい仕草に胸がドッキーンと高鳴る。

 俺より二歳年下とは言え、姫様は早くも出るところが出始めた女の子。たった今まで気にならなかった筈の姫様から漂っている匂いが相乗効果となって、乾いた喉もゴクリと鳴る。

 だが、動揺はしても敬称を付けて呼ぶのは忘れない。


 俺とおっさんは親友同士とは言え、その孫娘の姫様までタメ口を使って良い道理は無い。

 先ほども言ったが、姫様は侯爵家令嬢であり、本物のお姫様。前世で例えるなら、一流大企業の社長令嬢と言える存在。平社員どころか、入社して間もない研修中の新人がタメ口を利いたら採用取り消しになりかねない。


「様は要りません! 友達になろう。そう仰ったのはニート様ですよ!」

「う゛っ……。」


 しかし、その一言が全てを覆す。

 言葉を失い、懸命に言い返そうとするも反論が見つからない。


 そう、友達になろうと、友達なら名前で呼び合うのが当然だと、姫様に持ち掛けたのは俺自身。

 ただ、言い訳をすると、最初に出会った時、姫様はメイド服を着ており、俺はこの城に仕えるメイドさんの一人だと必然的に勘違いした。

 その後、姫様が姫様だと知り、メイド服を着ていたのは花壇の世話をする為に汚れても構わない服として着ていただけと知り、驚いたのは言うまでもない。

 勿論、すぐに態度も、言葉遣いも改めようとしたが、姫様とは既にたっぷりと半時以上も談笑した後、時既に遅しだった。


 箱入り娘として育った姫様の周囲に若い男は使用人と言えども居ない。

 同年代のメイドさんは何人も居るが、その大半は庶民。騎士位を持つ家の娘も居るが、それはおっさんに仕える陪臣の家。この国の直臣たる侯爵家令嬢の姫様と比べたら、その身分は遙かに下となる。

 唯一、対等に近い存在と言えるのはサビーネさんのみ。


 当然、この様な環境下で本当の友達が作れる筈も無いが、あのおっさんが約一年半ぶりに帰還した日。偶然が幾つも重なって、奇跡は起こった。

 城中がてんやわんやの大騒ぎとなり、姫様の傍に誰かしらが常に付き従っている警戒網が一時的に緩んだ結果、俺が一切の制止を受けず、猫と戯れていた姫様の元にするりと近づき、友達になろうと宣言した。

 例えるなら、それは雛鳥が初めて見たモノを親と認識する『刷り込み』に近かったのだろう。姫様は俺にあっと言う間に懐き、その答えがこれだ。


「ねっ!? 私、間違っていませんよね?」


 姫様はニッコリと微笑んで勝ち誇ると、俺の左隣に立ち、その細い右腕を俺の左腕に絡めながら待ちきれないと言わんばかりに厩舎へと促し引っ張った。

 その瞬間、姫様の柔らかいソレが圧迫され、左腕の肘上辺りにブラボーな感触が広がる。


「っ!?」


 過去、コゼットと腕を組んだ経験は数多に有る。

 しかし、そのコゼットでは決して味わえなかったブラボーな感触に思わず眉が跳ねると共に身体がビクッと震える。


「さあ、行きましょう。今日は何処へ連れて行って下さるのですか?」

「解った、解ったから……。でも、その前にサビーネさんの許可をちゃんと取らないと……。」


 久々すぎる女の子との密着。

 ついつい、何度も味わいたくなり、姫様が引っ張る方向とは反対に重心をかけて渋ってみせる。


「それなら、平気です。お姉様には昨日の内に話してありますから」

「えっ!? そんな話、俺は聞いてないけど?」

「きっと伝え忘れたのでは? ……さあ、早く、早く!」


 すると思惑通り、姫様はより腕を絡めて密着してきた。

 その上、俺を力一杯に引っ張るものだから、その度に姫様の柔らかいソレがポヨン、ポヨヨンと弾み、俺のアレはスタンディングオベーション。ブラボーと叫びまくり。


 鼻の下が伸びて、顔がにやけそうになるが、我慢、我慢。

 姫様にとって、俺は初めて出来た友達であり、頼れるお兄さん。表情をキリリと引き締めて、俺のスケベ心を悟らせるヘマはしない。


「なりません! 姫様、なりませんよ!」


 だが、その至福の時は長く続かなかった。

 雷鳴の様な凄まじい怒号が轟き、思わず姫様と二人揃って身体をビクッと竦める。


 一拍の間を空けて、背後を恐る恐る振り返ると、全速力の猛ダッシュで駆けてくるサビーネさんの姿。

 改めて、姫様に視線を向けるが、隣に居た筈の姫様は何処にも居らず、左右をキョロキョロと見渡してみれば、俺の背中に隠れているではないか。


 やはりと言うか、サビーネさんの許可は取ってあると言った先ほどの言葉は嘘だったのだろう。

 しかし、俺のシャツを心細そうに掴んで戦々恐々としている姫様の様子に怒る気は到底なれず、逆に守ってあげたい心境となってくる。


「……ニート様?」

「は、はい!」

「お退き下さい」

「は、はい、承知しました!」


 だが、サビーネさんがいざ目の前に立った瞬間、冷たい汗が背筋を流れ、そんな気は一気に失せた。

 姫様を守る為に大きく広げていた両手を閉じ、人差し指をズボンの縫い目に置いての直立不動。そのまま右側に大きく一歩移動して、サビーネさんに道を譲る。


「二、ニート様っ!?」


 姫様が信じられないと言わんばかりに口をポカーンと半開き、見開いた眼を向けてくる。

 心苦しくはあるが、即座に顔を背ける。


 只でさえ、きつくて鋭いサビーネさんの眼差し。

 今、それがまるで殺気を帯びた刀剣の様に鋭さを増し、いざ目の前に立った途端、心臓にブスリと突き刺された錯覚を覚えた。

 事実、全身の肌が粟立ち、生命の危機を感じたのか、つい先ほどまでスタンディングオベーションして絶賛中だった俺のアレは、吹雪く極寒の直中に居るのかと思うほどに小さくキュッと縮こまっていた。


「さあ、お戻り下さい。もう暫くすれば、朝食の用意も整いますので」

「それなら、用意してきました。道中、ちゃんと食べますから安心して下さい」

「なりません。もし、どうしても遠乗りに行きたいと仰るなら、私達も付き従います」

「それでは意味がありません! 私はニート様と二人っきりが良いんです!」

「一週間前もそう言って、二人で出かけた挙げ句、三日間も寝込んだのをもうお忘れですか!」

「そ、それは……。で、でも、お医者様もたまには運動をした方が良いって仰っていました!」

「ええ、その通りです! ですから、私もたまに! ……なら、許可すると言いました!」

「だったら!」


 そして、俺を間に挟んで始まる姫様とサビーネさんの言い争い。

 お互い、その声は言い合いながら感情のボルテージを上げてゆき、完全な怒鳴り声となってゆく。


「ですが、私の目を盗んでは毎日の様に出かけようとする。それはたまにとは決して言いません!」

「でもでも!」

「黙りなさい! ティラミス!」

「ひぃっ!?」

「そもそも、貴女はニート様にご迷惑をかけているのが解らないの?」

「……えっ!?」

「本来、ニート様は狩りに出かけているのです! だったら、貴女が居ては迷惑でしょうが!」


 この城に仕える面々の話によると、以前の姫様とサビーネさんはまるで本当の姉妹の様に仲が良かったらしい。

 ところが、おっさんが王都に旅立ち、もうすぐ三ヶ月。二人の諍いは日に日に増してゆくばかり。


「う、嘘っ!? ……わ、私、迷惑なんですか! ち、違いますよね!」


 大抵、その勝敗は口が巧いサビーネさんに言い負かされ、姫様が涙目となるのがいつものパターン。

 挙げ句の果て、その矛先が最終的に俺へ向けられて、どちらの味方にもなれず、俺が言葉を濁して詰まるのもいつものパターン。


「えっ!? い、いや……。そ、それは……。そ、その……。」


 最早、これでお解りだろう。

 俺の新たな悩みとは、この城における形式的な最高位である姫様と実質的な最高位であるサビーネさん。この二人の板挟み。

 俺はおっさんの一日も早い帰還を願うばかりだった。




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