表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/140

第05話 営業革命




「さあさあ、お立ち会い! 御用とお急ぎで無い方は聞いておいで、見ておいで!」


 商人達が露店をずらりと連ねて、まだ早朝だと言うのに人でごった返している街のメインストリート。

 そんな雑多溢れる音の中、声を負けじと張り上げて、その言葉の合間、合間にテーブルを丸めた羊皮紙で思いっ切り叩き、とにかく注目を集める。


 無論、これだけでは工夫が足りない。

 大抵、人は買い物に出かけた時点で目的の品があり、それ以外は興味を示さない。何事かと視線を向けても、そう簡単に立ち止まってはくれない。


 だから、強引に足止めをさせる必要性がある。

 その際、狙い目はグループ。一人が釣れれば、グループ全員が足を止める。

 それが成功したら、こっちのもの。そのグループ自体が今度は撒き餌となって更に釣られる者が一人、二人と現れて、やがては人垣が出来上がってゆく。


「はい、そこの騎士様!」

「えっ!? ……俺?」

「勿論、貴方様以外の誰が居ります! 出立前のお忙しい時間と存じ上げますが、少しご覧になっては頂けないでしょうか?」

「おう……。じゃあ、そうだな」


 この世界には一目で解るグループが居る。

 そう、冒険者達である。彼等は三人から六人の徒党『パーティ』を組んでおり、そのパーティ内での役割も身に着けている品を見れば、解りやすい為に呼びやすい。


 更に付け加えて言うと、冒険者という人種はヘクターの例で解る通り、すべからく上昇志向が強い。

 なら、パーティーのリーダーと思しき人物に狙い撃ち、その装備品から考えられる上位クラスで呼びさえすれば、殆どの者は気を良くして立ち止まってくれる。

 例えば、戦士だったら騎士、僧侶だったら大僧正、魔法使いだったら賢者という様にだ。


「今日のお勧めはこちら! ほら、見て! 見て、見て! 見て、頂戴!

 南国のラブラジアより更に南の果て! 馬車に揺られて、ゆ~らゆらのゆ~らゆら!

 長い、長い旅をしてきた! 珍しい、珍しい、とても珍しい! 黄色い魅惑のフルーツ、その名もバナーナ!」


 俺達は大樹海を抜けた後、辿り着いた村にて、五日間。森で得た毛皮や肉などを引き換えにして、空き家を借り受け、それまでの旅の疲労を癒した。

 その時、村長さんから簡単な地図を書いて貰ったのだが、やはりと言うべきか、俺達の進路は随分と西に逸れていた事が判明。おっさんの落ち込みっぷりときたら絶望と言うくらいに相当なモノだった。


 なにしろ、その村が在るのはジェジア公国の西の果て。

 地理に疎く、旅の経験も村を出てからの約五ヶ月間しかない俺ですら解った。この先の旅が年単位の長い長いものになるだろうと。


 特に問題となるのが路銀。人は食わずには生きていけない。

 あの戦場跡地で運良く拾ったポーションを商人に売りさえすれば、莫大な金額を得られるだろうが、その莫大さは定住をしている上での話。


 旅では何をするにしても金がかかる。

 大樹海では選択肢が他に無かった為、常に野営生活だったが、やはり野営生活の連続は疲労が抜けきらない。

 街道途中は仕方がないとしても、村や街に滞在している時くらいは屋根がある場所でぐっすりと寝たいし、美味しいモノを食べたい。

 贅沢をするつもりは無いが、どんなに切り詰めて節約をしても、ポーションを売って得た金など、すぐにとは言わないが、半年もしたら尽きてしまうだろう。


 その為、どうしても金を稼ぐ必然性が生まれる。

 もっとも、俺とおっさんの二人組なら、冒険者として仕事に困る様な事は無い筈だ。


 だが、そんな寄り道をしている余裕は無い。

 おっさんは領主。それも爵位が侯爵ともなれば、治めている村や街は複数になるのではなかろうか。

 その領主が行方不明となり、数年間も不在となったら、その領内がどうなるかなど容易く想像が出来る。


『儂には先祖代々の忠を引き継いで仕えてくれている股肱が二人も居る。その二人が居る限り、何の問題は無い。大丈夫だ』


 おっさんはそう言うが、領主とその臣では権限に大きな隔たりがある。

 領地経営の正常化を大義名分とした欲深い他家の貴族の介入すら予想される。 


 その為の格好の的となるのが、おっさんの孫娘。それも病弱というのだから、口実も揃いすぎている。

 即ち、おっさんの孫娘との婚姻。これを最善手として、欲深い貴族の者達はおっさんの爵位と領土を手に入れようと画策するに違いない。


 いや、既にあの戦いから二ヶ月半が過ぎている。

 おっさんの行方不明はインランド王国の王都に伝わっていると考えるのが妥当であり、欲深い貴族の者達はもう暗躍を実際に始めているだろう。


 詰まるところ、ここまでの旅は過酷な大樹海での生存こそが第一だったが、ここから先の旅は時間との勝負である。

 そのタイムリミットはおっさんの孫娘が今年で十三歳という事から、結婚が世間一般的に許されている十五歳の春。あと二年以内となる。


 だったら、生存報告を伝える手紙を届けてみてはどうかと提案したが、それは悪手と告げられた。

 インランド王国は三つの国と接しており、その三カ国のいずれかと停戦、休戦を行いながらも、その三カ国のいずれかと戦争を常に繰り返してきた国である。

 おっさんの領はインランド王国の南方。アレキサンドリア王国とは紛争地を間に挟んで在り、そのアレキサンドリア大王国とインランド王国はつい五年前に停戦条約が結ばれるまでは戦争を行っていた間柄で今現在は争ってこそいないが、双方共に警戒態勢は解かれていないのだとか。

 当然、おっさんは南方領主の一人として、過去のアレキサンドリア大王国戦に幾度も従軍しており、恨みを随分と買っていると共に結構な有名人で蛇蝎の如く嫌われているとの事。


 それ故、手紙が何処かで見つかりでもしたら一大事。

 アレキサンドリア大王国全域に警戒態勢が敷かれると共におっさんの捕縛命令が出され、村や街の出入りは勿論の事、関所の通過が極めて困難になる。

 おっさんはそう語ると、深い溜息を漏らしながら肩を落とした。


「食べ方はこう! こうだよ! こう! 房からもぎ取って握り、皮を上から下にズズズイッと剥くだけ!

 なんと、なんと片手で食べられる優れもの! 仕事をしながら、ゴブリンと戦いながら、何時でも、何処でも食べられちゃう!

 一口、食べてみれば、まろやかな甘さ。食感はしゃっきりぽんの柔らかさ!

 つまり、老いも、若きも、男も、女も、これを食べたらニッコリと笑顔! 家庭円満、無病息災、笑う門には福来たると言ったもんだ!」


 なら、残る手段は一つしかない。

 帰郷にかかる日数を縮める為、単純に旅の速度を上げる。馬か、馬車を買ったら良いと考えたが、それは甘い考えだった。

 前世の価値観で例えるなら、馬は車、馬車はトラック。いかにポーションが高額とは言え、それと引き換えに買えるのはせいぜい年老いた驢馬一頭だとおっさんに鼻で笑われた。


 その後も二人で色々と悩んだが、名案は浮かばない。とにかく、前に進まなければならず、旅を再開させた。

 しかし、三つの村を経て、この街『カルーダ』に辿り着いた時、俺は遂に活路を見出す。それこそが今正に行っている『商売』である。


 おっさんの話によると、ここ『ジェシア公国』はその昔、南に位置するラブジリア王国が大領を得た際、その王族の一人が半独立して建国した国。

 そう言った事情から、ラブジリア王国とは親子関係の様なもの。南に対する警戒を必要とせず、北のミルトン王国とも半世紀前より不可侵条約が現在進行形で守られている。

 その上、西は険しい山脈が南北を縦断して連なっており、ジェシア公国の驚異は東のアレキサンドリア大王国に対する警戒だけで済んでいる。

 おかげで、この約五十年に渡り、ジョシア公国西方は戦火を怯えずに済み、この『カールダ』の街はミルトン王国とラブジア王国の中間地点にある為、南北の異文化交流が交わる場所として特に栄えており、交易都市として有名らしい。


 ところが、交易都市と呼ばれるだけあって、人の賑わいは大変なものだが、俺の目から見ると商人達の商売はとても稚拙なものだった。

 確かに商店の数は多く存在して、街のメインストリートは朝から市が開かれて、行商人達が隙間無く軒を連ねており、呼び込みを活発に行っているが、その程度でしかない。

 言い換えるなら、街自体の集客力に頼り切っている状態。数多の商人が居ながら、売る為の努力『営業』を一人として行っておらず、これはチャンスと考えた。


 即座にポーションの売り時はここだと判断して、全てのポーションを換金。

 市の露店を全て見てまわり、閑古鳥が鳴きまくって、やる気も失っている店主にほぼ全額を投じて、その露店に列んでいた軟膏薬を二束三文で買い占めた。


 当然、おっさんは唾を飛ばして怒鳴り、猛烈に反対した。

 其れもその筈、それを売るのが専門の商人が売れないと困っている品を素人が売ったところで売れる筈が無いと考えたのだろう。


 だが、前世の俺は営業マン。それを売り切ってみせるという自信が大いにあった。

 おっさんも最終的に渋々ながらも承知してくれた。元々、ポーションは俺が拾ってきたものだからと言って。


 但し、その日の夜の事。

 どう考えても嵩張り、無駄な荷物となる為、あの大樹海を旅立った日に捨ててきたおっさんのフルプレートメイル。

 こうなる事を知っていたなら、無理をしてでも持ってくるべきだった。あれさえ売れば、そこそこの馬車を簡単に買えた筈だと酒を飲みながら愚痴っていた。


「さあ、今日はその幸せのバナーナを特別のお値打ち価格! 大銅貨1枚でどうだ!

 んっ!? 何? 高い? ……なら、小銅貨が九十枚! 八十枚はどうだ! 

 ……って、おいおい? どうした、どうした? 声が聞こえないぞ?

 みんな、葬式帰りか? それとも、仕事を首になったか? もっと声を出していこうじゃないの!」


 所謂、Fランクと呼ばれる地方の大学の経済学科を卒業した後、俺が就職した会社は誰もが知っている有名な一流建築会社。

 内定を貰った時は奇跡が起きたと大喜びしたが、配属されたリフォーム部営業課の新人研修が始まった時、ここは地獄の何丁目なのかと絶望した。


 最初の一ヶ月間はこんな秘境が日本にも存在したのか、そう思うほどに人里を離れた山奥の高齢者だけしか住んでいない限界集落にある寺での禅修行。

 炊事、洗濯、掃除の全てを自分達で行い、お釈迦様が見ているただっ広い仏間で百人が男も、女も雑魚寝。朝の五時に起きて、夜の八時に寝る生活。ここで同期の三割が脱落した。


 次の三ヶ月間は他社への出向。

 駅前、デパートの各売り場、催し物会場など、人が集まる場所で様々な実演販売を行い、週末毎にノルマ未達成の場合はぼろくそに罵られ、ここでも同期の三割が脱落した。


 次の一ヶ月間はポスティング作業。

 毎朝、営業車に乗せられて、見知らぬ街に一人ずつ降ろされると共にコピーされた地図と大量のチラシを渡され、各お宅のポストにチラシを入れるノルマが一日五百軒。

 チラシを捨てる事は出来ない。一枚、二枚ならともかく、何十枚も捨てるとどうしても目立ち、会社に通報が来る。ここでは同期の一割が脱落した。


 最後の一ヶ月間は上司か、先輩を伴いながら複数での実地研修。先月、ポスティングした地域を重ねて訪ね、各お宅のチャイムを鳴らしての飛び込み営業。

 もし、先月のポスティング作業をサボっていた場合はここでバレる。ここでは同期の二割が脱落した。


 結局、生き残ったソルジャーは九人だが、その戦友達も営業の難しさとノルマの厳しさに次々と辞めていった。

 最終的に俺一人だけ残ったが、その理由は決して根性があったからでは無い。辞めたが最後、今以上の給料は絶対に望めず、必死にしがみついていただけに過ぎない。


 そんな過酷な戦場で戦ってきた俺が生温すぎる商売しかしていない商人達に負ける筈が無かった。

 専門はお宅を直接訪問する飛び込み営業だが、前記の通り、路上販売のノウハウは新人研修中に嫌というほど叩き込まれている。


「さあさあ! そこの美しいお姉さん!」

「えっ!? えっ!? えっ!?」

「そう、グリーンの服を着た貴女だ! 八十枚が高いと仰るのなら、いかほどで納得して頂けますか?」

「な、なら……。ろ、六十枚?」


 そして、軟膏薬を仕入れた翌日。思惑通り、ちょっと営業工夫をしただけで軟膏薬は飛ぶ様に売れ、お昼を待たずしての完売。笑いが止まらなかった。

 その売上金を見せた時のおっさんときたら、それはもう傑作だった。唖然とするあまり、口をポカーンと開けて言葉を失い、手酌している酒がコップから溢れているのも気付かずに暫く固まっていた。


 最早、これを逃す手は無かった。

 その後も商品が売れずに困っている商人から、その商品を安く仕入れては転売を繰り返して、更なる財を少しずつ増やしていった。


「おっと、こいつは手厳しい! さすがは美人なだけあって、身持ちも固ければ、財布の紐も固い! 固くて嬉しいのは旦那のアソコ!

 だが、このバナーナ! 柔らかいが反りは立派! 旦那に負けないぞ! 甘くて、甘くて、美味しいバーナナ! さすがに六十枚は少し厳しい! さあ、もう一声!」

「じゃあ、六十五枚でどうかしら?」

「良し、売った! まずはこちらの美しいお姉さんがお買い上げ! 他は無いか! 他は!」


 このバナナとて、一つあたりの仕入れ値は小銅貨が二十八枚。

 しかし、その実は見た目の消費期限がギリギリの品。昨日の仕入れの時点でバナナ特有の黒い斑点が在庫の幾つかに現れ始め、在庫全てにソレが現れるのも時間の問題。早いモノは明日、遅くとも明後日には売り物にならなくなってしまう品であった。

 だからこそ、これだけ安く仕入れる事が出来た。これまでの転売商品の中でも、一、二を争う儲け率と言える。


「おっさん! じゃんじゃん箱から出しちゃって!」

「うむ、解った!」


 この調子で行くと、今日も完売は間違いない。

 商売を始めて、約一ヶ月半。予定なら、そこそこ立派な幌付きの馬車を買えるだけの金が今日の売上金で遂に貯まる。

 それを考えると、俺も、おっさんもラストスパートに力と熱が自然と入った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ