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第04話 新たな師




「一! 二! 三! 四!」


 おっさんがリズムを取りながら槍を右に、左に振るう。

 所謂、それは武術における『型』と呼ばれるもの。時には突き、時には払い、時には巻き、その裂帛の気合いが籠められた一振り、一振りは風斬る音を鳴らして、大地より立ち上る朝靄を斬り払う。


「一! 二! 三! 四!」

「違う! 二で右足は前、左足は横だ! もう一度、やってみろ!」


 その後に続き、おっさんの動作を真似て、槍を負けじと全力で振るうが、おっさんの様な鋭い風斬り音は鳴ってくれない。

 何が違うのか、そう考えていると、おっさんから叱咤が飛んできた。どうやら足の運びが違っていた様だ。


「一! 二! 三! 四!」


 その指摘を踏まえて、同じ動作を繰り返してみた途端、おっさんほどではないが、こんな小さな工夫でこうも違うのかと言うくらい音に鋭さが加わる。

 思わず目を見開いて、その変化した音に感動していると、おっさんは満足そうに笑みを零しながらウンウンと頷いて告げた。


「いいか、小僧。型など踊りに過ぎぬと言う奴も居るが、それは違う。

 型とは先人達が残してくれた技の残照だ。それを必殺の一撃とするか、只の踊りで終わるかは担い手次第、そう心得ろ」


 おっさんが毎朝の鍛錬に口を出す様になったのは旅が始まり、五日目の朝だったか。

 俺自身もそうだったが、おっさんも気になったのだろう。お互いが同じ『槍』と言う武器を手にして隣り合い、鍛錬を行っていただけに。


 もっとも、俺にとって、それは願ったり、叶ったりの申し入れ。断る理由も無く、是非にと受け入れた。

 なにしろ、俺が知っているのは突く、巻く、払うの三動作のみ。それ以外は親父が狩りで使っていたモノを見よう見まねでやっているに過ぎない。

 いずれ、このままでは実力が頭打ちになるのは目に見えていたし、もっと強くなりたいという男としての原始的な欲求もあった。


 無論、本音を言ってしまえば、今となっては槍術なのか、棒術なのか、定かではない親父のソレをやはり学びたかった。

 だが、その機会は永遠に失われてしまったのだからどうしようも無い。


 また、聞くところによると、おっさんの槍術とて、おっさんの家に先祖から伝わる門外不出のモノらしい。

 そんな大事なモノを他人の俺に教えて良いのかと聞いたら、おっさんは三人居た息子さん達を戦争で全て亡くしており、残る血縁は孫娘が一人のみ。

 その孫娘さんも身体が生来弱い為、残念ながら先祖伝来の槍術を伝える者がもう居ないのだとか。俺に子供が生まれたら、必ず伝えて欲しいとまで言われた。


 ある意味、俺とは逆の立場と言えるのではなかろうか。

 当然、何やら運命的なモノを感じて、俺が主役の転生物語が遂に始まったかと当初は頬が自然とにやけたものだが、やっぱり俺は只の村人Aでしかないらしい。


「一! 二! 三! 四!」

「言った傍から違う! 左脚はもっと開け!」

「あがっ!?」

「ほら、もう一度!」


 その理由はと言えば、この通り。

 おっさんの怒鳴り声が飛ぶと共に槍の石突きが脳天に振り下ろされ、その痛みに思わず涙目となりながら悶絶。

 おっさん曰く、才能が無いとまでは言わないが、キラリと光り輝くほどでも無い。強いて言うなら、中の上か、上の下か、微妙なところ。物覚えも今ひとつと加えてもくれた。


『だが、突き、払う、巻く。この三つは見事と言うしかない。

 基礎が身に付いていてこそ、応用とは輝くもの。なればこそ、お前の槍は眩しく輝いている。

 なら、これからも弛まずに鍛錬を積んでさえゆけば、才の乏しさ故に超一流はなれなくとも、その超一流と渡り合えるだけの技量を持てるに違いない。

 即ち、お前の才は一を知り、十を知る天稟に非ず、お前の才は一を愚直に重ね、十まで積み上げきれる我慢強さだ。その才こそ、どんな才にも勝る才。槍の才が無い事など気にするな』


 しかし、そう褒めてもくれた。それ以外に誇るモノがなく、生きる為とただ惰性ながらも続けてきた鍛錬ではあるが嬉しかった。

 思い返してみれば、前世も合わせて、身内以外の第三者がここまで賞賛してくれた人は居らず、そう言われた後に思わず一人泣いてしまったのは俺だけの秘密。

 だからこそ、我ながら単純なもので鍛錬に対しての熱が今まで以上に入った。


「一! 二! 三! 四!」

「良ぉ~~し! 忘れない内にあと二十回! それが済んだら今朝は終わりだ!」


 なにせ、育った村に戻れず、国を捨てた今の俺は自分の身一つ以外は何も持っていない。ここから始める為、それに備える為、『やる』しか無いのだから。




 ******




「それにしても、デカくなったなぁ~~……。」

「……だな。この調子だと、海まで続いているかも知れん」


 お互い、既に疲労困憊だが、槍を杖代わりにして歩き続ける。

 視線を隣に向けるのさえも億劫で下がったまま。時たま、お互いが隣にちゃんと居るか、その確認の意味合いも含めて会話を交わす。

 朝の鍛錬とは打って変わり、だるだるのだらけまくった雰囲気だが、こればっかりはどうしようもない。


 なにしろ、今日で二ヶ月と十七日目。

 毎日、毎日、朝から晩まで歩き続けて、常に景色は左手に川、右手に森。行けども、行けども、ちっとも代わり映えしない川と森の境目を行く旅である。


 唯一、大きな変化と言ったら、左手にある川だろう。

 最初は四、五メートル程度の川幅でさほどの深さも無く、場所を選びさえすれば、向こう岸に容易く渡れた小川。

 今や、それが幾つもの支流を集めて、川幅は河原も合わせると、百メートルは悠に超える立派な大河へと変貌していた。


「海……。海かぁ~~……。」

「そうか。お前は山奥の育ちだから、海を見た事が無いのか」


 あの選択を問われた夜、俺はおっさんに仕える道を選んだ。

 その理由はおっさんが忠告してくれた通り、軍に戻ったとしても、出世するどころか、スパイ容疑をかけられて謀殺される可能性が高かったからである。


 それならいっその事、おっさんに仕えた方が断然に良い。

 ヘクターの話によると、従士の給金はそう悪くない。プラス、俺の猟師としての腕が有れば、まず生活は困らないだろう。

 むしろ、村で暮らしていた時より良い暮らしが出来るかも知れない。そんな期待もあった。


 だが、問題なのはおっさんの国『インランド王国』と俺が捨てた国『ミルトン王国』が戦争中だという事実。

 コゼット宛に手紙を書き、新たな土地に呼び寄せようとしても、その手紙がコゼットの元に届くまで時間がどれだけかかる事やら。そもそも、届くかどうかも怪しい。


 その上、この世界に郵便局や宅急便と言ったシステムは存在しない。

 それ故、手紙の届け先まで販路を持つ商人に託すしかないのだが、ご存じの通り、俺が育った村は国の端っこにあるド田舎。

 そんな遠方まで手紙を届けてくれ、二国間に販路を持つ商人となったら、それは大商人である。当然の事ながら、そんな伝手が俺にある筈も無い。


 ところが、それをおっさんに相談したら『それなら、心配するな』と言ってくれた。

 それどころか、なんとおっさんは手紙を届ける費用は勿論の事、コゼットを呼び寄せる旅費も出すと言うではないか。


 庶民が旅をするとなったら、それは一生に一度の大イベントである。

 道中の食費や宿泊費。旅の安全を考えて、行商人か、冒険者の一団に混ざる為、心付けも必要となり、莫大な金額が必要となる。

 それでも、今はもう捨てた国だが、王都見物に一度は行ってみたいと夢見て、去年からコゼットと一緒に十年計画でお金を少しずつ貯めていた。


 そんな大金をポンと出してくれるなんて、さすがは侯爵様。太っ腹と言うしかない。

 驚きのあまり言葉を失っていると、おっさんは『命を救って貰った恩を考えたら、この程度はまだまだ安すぎる』と豪快に笑った。


 余談だが、俺は仕えると決めた以上、その呼び方も、言葉遣いもすぐに改めようとした。

 しかし、おっさんは苦笑しながら首を左右に振り、こう言った。


『恐らく、一年か、それ以上……。この先、長い旅になるだろう。

 だったら、堅苦しい旅より、気楽な旅の方が断然に良い。

 第一、今の儂がお前にやれるモノは何も無い。だったら、対等なのは当たり前だ。仕えるのは領に帰ってからで構わない』


 貴族と庶民、その身分差はエステルの事件で嫌と言うほどに実感した。

 それでも、前世の感覚にどうしても引っ張られている俺にとって、その提案は有り難かった。

 

「いや、ずっと昔に見た記憶はあるけど、本当にずっと昔で……。もう良く憶えていないな」

「なら、期待するが良い。儂の領には海があるからな」


 つまり、俺達が目指しているのはおっさんの国、インランド王国である。

 本来なら、俺達が出会った場所から東に進む方が最短路なのだが、俺とおっさんが話し合って選んだのは、南に向かって流れる小川沿いに南下する道だった。


 何故ならば、あの日の朝の時点でミルトン王国軍は戦場跡地に集結。インランド王国軍を追撃する気配を見せていた。

 一方、インランド王国軍は行方知らずだが、おっさんの予想によると、東のオーガスタ要塞に向かって撤退しているだろうとの事。


 当時のおっさんは左膝の傷の治療を終えたばかり。槍を杖代わりにして歩くのがやっと。

 撤退中のインランド王国軍に追いつくよりも、それを追撃するミルトン王国軍に捕まる可能性が遙かに高かった為、南下するしか他に術は無かった。

 だが、小川沿いにとは言え、南下するという事は、森の中の道無き道を行くと言う事。その危険度は計り知れない。


 しかも、おっさんの話によると、この森は『大樹海』と呼ばれる人外の領域。

 北西のミルトン王国、北東のインランド王国、南西のジェジア公国、南東のアレキサンドリア大王国の四カ国の中央に跨り、その広さは一国を軽く凌駕するとか。

 それだけに深く入ったが最後、絶対に戻って来られない『帰らずの森』の別名でも呼ばれており、冒険を売り物にしている冒険者ですら立ち入らないらしい。


『水は高きより低きに流れるもの。途切れた川など見た事が無い。

 だったら、南に向かって流れているこの小川はジェジア公国に繋がっている筈だ』


 しかし、おっさんは自信満々にそう言い切った。俺もなるほどと納得した。

 ところが、ところがである。さすがは『大樹海』と呼ばれるだけの事はあって、人里に未だ辿り着けていない。


 その代わり、人外の領域とよく言ったもの。二日と空けずに魔物の襲撃がある。

 酷い時は連日だったり、一日二回だったり、オーガやサイクロプスと言った大物が襲ってきた時もあった。


 もっとも、おっさんはあの単騎突撃を成した無双野郎。そのおっさんと二人で挑めば、どんな魔物も相手では無かった。

 寝食と苦楽、その二つをこの苦界で二ヶ月半も共にしていれば、否が応うにも阿吽の呼吸となり、今では言葉を交わさずとも連携プレイが出来るまでに至っている。


「だったら、魚だ。魚が食べたい……。」

「同感だ。最近、肉を見ただけで吐き気がする」


 幸いにして、水はすぐ隣にある。食料も冬ではあるが、人の手が全く入っていない森だけに困らない。

 だから、前に向かって進んでさえいれば、いつかは人里に辿り着く。そう信じて歩き続けている俺達だが、一つだけ言ってはならない禁句があった。


 それは一ヶ月ほど前の事。まだ川幅が狭くて、流れも緩やかであり、向こう岸に容易く渡れた頃の話。

 川が二つに大きく分岐する地点があり、どちら沿いに進むかで選択となり、俺達はそのまま川を渡らずに進む道を選んだ。

 しかし、二週間前くらいからか、夕方を重ねる度、当初は右手に沈んでいたソレが少しずつ、少しずつ正面に寄り始め、今や完全にほぼ真正面を捉えていた。

 そう、それは詰まるところ、南を目指していた筈がいつの間にか西に向かって歩いている証拠である。

 

 今更、向こう岸に泳いで渡ったところで意味が無いのは解りきっている。とは言え、今からあの分岐地点まで戻ろうとは言えない。

 言える筈が無い。言ったが最後、この一ヶ月間の苦労は全てが無駄になり、その心労たるや計り知れない。お互い、疲労が蓄積しており、半ば空元気で歩いている状況なのだから。


「朝、昼、晩と……。三食、肉ばっかだしな」

「若い頃、肉を死ぬほど食べてみたいと憧れたものだが……。うっぷっ!?」


 そんな焦燥を心に抱えながら、俺達は今日もまた夕陽の光を正面に浴びて歩く。

 だが、いつかは勇気を持って言わなくてはならないだろう俺とおっさんのチキンゲーム。今日も耐えるんだと心に誓ったその時だった。


「しっ!?」


 耳が微かな物音を捉え、人差し指を口に立てながら、その場にすぐさましゃがみ込む。

 ほぼ同時におっさんもしゃがみ込み、視線を何事かと送ってくる。この辺りのやり取りはもう慣れたもの。


 口で告げるのではなく、お互いに決め合ったハンドサインの『待て』を出して、目を静かに瞑る。

 意識の集中と共に研ぎ澄まされた感覚の輪が広がってゆくと、右手前方に確かな気配を感じた。ゴブリンか、コボルトの斥候か、気配は一つ。

 こちらにまだ気付いていない様だが、確実に近づいており、いずれ発見されるのは目に見えていた。


 それを告げようと目を開け、驚きのあまり思わず声をあげそうになった口を慌てて右手で塞ぐ。

 どうしてかと言えば、てっきり身を隠しているとばかり思っていたおっさんが藪から身を乗り出して、そこから顔半分を突き出していたからである。


「おい、小僧……。あれを見ろ」

「あん? 何だよ? ……って、え゛っ!?」


 挙げ句の果て、その有り得ない無警戒ぶりにたまらず左肘で突くと、おっさんは声まで出しやがり、つい憤りから釣られて小声ながらも怒鳴る。

 しかし、おっさんが指さす先を見た途端、息を飲んで今度は口を塞ぐのを忘れて、驚き声を思いっ切りあげてしまう。


 前方、約百メートル先。その木々の合間に見え隠れしている影はゴブリンやコボルトと言った魔物ではなかった。

 辺りの様子を頻りに注意深く窺い、こちらに向かってきている影は手に弓という文明の証を持ち、その身に服という文化の証を纏った人間だった。


 恐らく、この辺りを猟場とする猟師に違いない。

 即ち、それは『大樹海』を遂に抜けて、もうすぐ近くに人里があるという証拠でもあった。


「ぷっ!? くっくっくっくっくっ……。

 あぁ~~はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!?」


 おっさんと顔を見合わせながら腹の底から笑い合う。

 どうやら、人間という生き物は嬉しさが極まると笑ってしまうらしい。

 最早、居ても立ってもいられなくなり、身を隠していた藪から飛び出ると、二ヶ月半ぶりとなる待望の第三者を目指して、馬鹿笑いを森に響かせながら猛ダッシュを駆ける。


 だが、俺達は嬉しさのあまり忘れていた。今、自分達がどんな姿でいるかを。

 今の季節は冬。森を旅する中、風邪でも万が一に煩ったら、それは命取りに等しい為、水はすぐ傍にあっても水浴びは出来ない。

 当然、俺も、おっさんも薄汚れており、髪は脂ぎるのを通り越してのボサボサ状態であり、特におっさんの虎髯は不揃いに伸び放題。

 その上、防寒の為、雨の日の手慰みに革なめしを行った様々な獣の毛皮を全身に纏った所謂『蛮族』なスタイル。


 そんな姿をした二人が馬鹿笑いをあげて、槍を片手に迫ってくる。

 勿論、猟師は逃げた。己の相棒である弓矢を投げ捨てて、悲鳴をあげながら一目散に逃げた。


「ひぃっ!? ば、化け物っ!? た、助けてくれぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!?」

「ヒャッハーっ!? ヒャッハーっ!? ヒャッハーっ!?」


 その結果、猟師を追いかけて、彼が住まう村まで辿り着いたのは良かったが、害獣の侵入を知らす鐘が鳴らされ、俺達は鍬や梳を持つ村人達に追いかけ回されるハメとなった。





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