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第03話 新たな道




「これで良しっと……。」


 もうすぐ、夕暮れ。夜に備えて、小川の水をバケツに汲み置き、テントから少し離れた四方に獣避けの葉っぱを山盛りにして燻す。

 おまじない的なもので絶対とは言えないが、まずは一安心。人間の俺達には解らないが、人間より嗅覚が優れている獣達にとっての嫌な臭いが周囲に漂い、もし近づかれてもすぐに解る。


「おい、小僧。喉が渇いた。水をくれ」


 さて、次は夕飯の用意でもするかと思ったら、テントの中から声がした。

 どうやら、おっさんが目を醒ましたらしい。視線をテントに向けると、上半身を起こしていた。


「小僧じゃない。ニートだ」

「なら、ニート。もう一杯だ」


 その偉そうな態度に思わず舌打つが、相手は動きを取れない怪我人。バケツの水をコップに汲んで渡すと、おっさんは引ったくる様に奪い取り、コップを一気に呷った。

 余程、喉が渇いていたらしい。喉を美味そうにゴクゴクと鳴らして、あっと言う間に飲み干すと、お代わりを要求してコップを勢い良く突き出してきた。


「もう一杯だけだぞ? 昨日、何も食べていないんだ。急に水ばかり飲んだら、腹を下すからな」

「解っておる」


 やっぱり、その偉そうな態度に苛立ち、二度目の舌打ちがついつい漏れるも素直に従う。

 何故ならば、未だ名前も知らぬ敵軍の将と思しき騎士ではあるが、俺では絶対に成し得ない苦行を乗り越えた偉大な男。敬意を密かに抱き始めていた。


 そう、おっさんは宣言通り、左膝上の傷の治療中、悲鳴を一度たりともあげなかった。

 歯を食いしばり、脂汗を大量に掻いてこそいたが、俺が心配に視線を向けると、笑みを浮かべる徹底した強がりぶりだった。

 もっとも、治療を終えた直後、張っていた気が抜けたのだろう。すぐに意識を失い、今の今まで半日近くも寝ていたが、もう十分すぎる凄さであり、感動さえした。


 無論、治療は成功している。

 どうやら拾ったポーションはかなり高グレードな逸品らしく、傷口に振りかけた途端、泡立って再生を開始。今や、真新しいピンクの皮膚に覆われて塞がっている。

 但し、膝上の筋に対して、鏃は横に突き刺さり、骨にまで達していた為、数日もしたら歩けるに至るだろうが、おっさんの年齢を考えると、もう以前の様に走るのは難しいかも知れない。

 ポーションとて、万能では無い。自然治癒力を超高速にさせる効果は持っているが、それは服用した本人の治癒力を無理矢理に高めただけ。治した傷が大きければ、大きいほどに老化は進むと言われている。

 恐らく、それは治療を受けたおっさん自身も恐らくは察しているだろうが、その事実が口を重くして会話がどうも続かない。


 手持ち無沙汰に話しかけられて止めた夕飯の支度を行う。

 猪の肉を串に刺して、竈の炎で焙ると、すぐに香ばしい臭いが辺りに漂い始め、肉から滴り落ちた油は火種を更に燃え上がらせて、白煙を上らせながら音をジュウジュウと立てる。

 勿論、肉だけでは胃がもたれる。戦場跡地から頂いてきた芋を沸騰している鍋の中に丸ごと入れて、あとは煮えるのを待つばかり。


「さて、もう良いだろう。教えて貰おうか?

 どうして、儂を助けた? 儂が誰かを知らぬところを見ると、お前は敵兵だろ?」


 あっと言う間にやる事が無くなってしまい、沈黙と共に気まずさが漂い、必死に話題を探す。

 すると俺の言い付け通り、水をゆっくりと飲んでいたおっさんが一息をついて問いかけてきた。


「正直に言うと、その首にナイフを何度も、何度も突き立てたんだけどな。

 だけど、どうしても出来なかった。無抵抗の相手を……。しかも、苦しんでいる相手にと考えたら、もう無理だった」

「馬鹿め。儂の首を持ち帰れば、十年は遊んで暮らせるだけの金は余裕で貰えたぞ?」


 どう答えようかと迷った。強がってみようと思ったが、敬意を抱いた相手に嘘を付くのは嫌だった。

 それに嘘を付いたところで見破るだろうという確信も有り、竈の中で揺らめく炎をぼんやりと眺めながら心の内を正直に明かすと、おっさんは短く溜息をつき、首を左右にやれやれと振りながら苦笑した。


「じゅ、十年っ!? も、もしかしたらとは思っていたけど……。お、おっさん、相当のお偉いさんなのか?」


 その莫大な報酬額に目を剥き、おっさんをまじまじと見つめる。

 赤いフルプレートメイルもそうだが、どう見ても数打ちとは思えない逸品物の赤い槍。

 この如何にも値が張りそうな二つの所持品から、只の平騎士とは思っていなかったが、それほどまでの大物とは思ってもみなかった。


「まあ、今回の遠征は儂が最高司令だからな」

「さ、最高司令っ!?」

「ついでに言うと、領地持ちの侯爵だ」

「こ、侯爵だってっ!? ……そ、そんなお偉いさんが最前線に突撃してくるなよっ!? ぶ、部下は何やってたんだっ!? と、止めろよなっ!?」


 そんな俺に明かされる衝撃の事実。

 思わず興奮して勢い良く立ち上がり、声を上擦らせた上に裏返して叫ぶ。

 なにしろ、戦術どころか、戦略に大きく影響を及ぼす大将首である。今さっき、おっさんは十年は遊んで暮らせるだけの金と言ったが、明らかに過小評価。どう考えても、もっと価値がある。


「仕方あるまい。その部下達が不甲斐無かったのだからな」


 その様子がよっぽどツボに嵌ったのだろう。

 全身が打ち身の為、笑っただけで彼方此方が痛い筈にも関わらず、腹を両手で抱えながら肩を振るわせて笑うおっさん。


「かぁーー! 一番、不甲斐無いのは俺だって!

 おっさんの首を取れる度胸があったら、奴隷の身分なんて簡単に……。糞っ!?」


 しかし、笑われていると知りながらも尚、悔しさは隠しきれない。

 強いて例えるなら、その日の食も困る生活苦をしている中、百万円が入ったバックを拾い、それで生活を立て直そうと一度は考えたが、ネコババするのは良心が咎めてしまい、交番に届けた様なもの。

 それ故、自分は間違っていなかったと胸は張れるし、後悔は無い。ただ、やはり逃がした魚は巨大すぎた。


 あまりの悔しさに右拳を背後の木に思いっ切り叩き付ける。

 同時におっさんの笑みが止み、どうしたのかと思えば、その目をパチパチと瞬きさせて、俺の伸ばした右手を凝視していた。


「……何だよ?」

「奴隷? お前、奴隷なのか?」

「ふん! 奴隷だから何だって言うんだ! おっさんはその奴隷に助けて貰ったんだぞ!」


 その視線の意味に気付いていながら尋ねると、案の定の答えだった。

 奴隷であるならば、利き腕にある筈の奴隷の証『焼き印』を探していたに違いない。


 王様、貴族、庶民、奴隷の身分制度は、この世界の厳然たる仕組み。

 俺とて、前世の記憶が無ければ、奴隷を蔑んだモノのとして見ていたかも知れない。

 だから、仕方が無いと言えば、仕方が無いのだが、おっさんもまた他と同様に奴隷を蔑んでいるのだろうか。

 俺が奴隷だと知った途端、態度をころりと変えたトリオールの街の役人。あのゴミでも見るかの様な視線を思い出して、ついやさぐれて口を尖らせる。


「勘違いするな。奴隷だから、どうだという訳では無い。

 ただ、お前は奴隷にしてはまるでソレらしいところがないからな。とても、そうには見えなかっただけだ」

「まあ、成り立てだからな。そうかも知れない」


 だが、それは俺の早とちりだったらしい。

 おっさんはただ純粋に驚いただけであり、その苦笑する目を見ると、俺を見る目の色は変わっていない。

 溜飲を下げて、一安心。敬意を一度抱いた相手を幻滅はしたくはなかった。


「ふむ……。面白い。暇潰しにお前の身の上を聞かせろ」

「俺はちっとも面白くないが……。

 まあ、良いか。丁度、肉も焼けてきたし、飯を食べがてら話してやるよ」


 おっさんは身分を既に明かした。だったら、次はこちらの番だろう。

 こんな遠く離れた異郷の地に来る原因となったあのブタ貴族を思い出すのは不愉快だったが、竈の前に溜息をつきながら再び座り戻ると、暇も手伝い、自分の身の上を子供の頃から話し始めた。




「お前、本当に馬鹿だな。

 そのヘクターとやらが言う通りだ。何故、逃げなかった?」


 この世界に生まれて、もうすぐ十五年。それを語り終えた頃、夕飯も終えていた。

 おっさんは聞き手に回り、口を挟まずに相づちだけを重ねていたが、あの俺の人生を一変させたブタ貴族の事件辺りから表情を険しくさせて、ヘクターとの旅を語り終えると、堪らずと言った様子で話に割り込んできた。


「それも言っただろ? もう一度、俺はコゼットに会うんだ。そう誓ったんだ」


 当然、その反応が返ってくるだろうと予想していた。だから、答えも決まっていた。

 それを溜息混じりに告げると、竈を間に挟んで真向かいに座っているおっさんは腕を組んで何やら一唸り。目を瞑りながら厳しい表情となって、皺を眉間に刻んだ。


 その隙に喋り疲れて乾いた喉を潤すべくコップの水を飲む。

 どうしても気になり、つい視線をおっさんの左脚に向けるが、その度にポーションの凄まじい効果を思い知る。

 治療を行ったのは今朝だと言うのに、もう自力で立ち上がり、肩を借りるという条件付きとは言え、歩行すらも可能となっている。

 但し、新しく再生された肉と皮が突っ張るのだろう。座っていても左脚は伸ばしており、右脚だけで胡座をかいている。


 不意に冷たい風が吹いた。

 今さっき、水を飲んだのもあり、身体がブルルッと震えて尿意を覚える。

 おっさんを見ると、未だ厳しい表情で何やら考え込んでいる様子。黙って立ち上がり、用を足しにすぐ隣の河原へと出向く。


「ふぅぅ~~~……。」


 跳ね返りを防ぐ為、腰の高さほどある大きな岩の上の先端に乗って、至福の時を過ごす。

 闇の帳が下りきり、竈の炎だけが唯一の暗闇の中、満天の星空を見あげながら思う。


 村を旅立って、もうすぐ三ヶ月。ここよりずっと北にある村は既に雪が降り積もり、冬ごもりを始めている頃。

 本来なら、コゼットと二人っきり。イチャイチャとキャッキャ、ウフフのムフフな毎日を過ごしている筈だった。

 それが見知らぬ森で見知らぬおっさんと二人っきり。あのブタ貴族を恨まずにはいられない。


 今、コゼットはどうしているだろうか。

 そんな事を考えながらキャンプ地に戻り、竈の前に再び腰を落とすと、俺の帰りを待っていたのだろう。いきなりおっさんがとんでもない事を言い出した。


「今からでも遅くは無い。儂の首を取って、お前の功にしろ」

「な゛っ!? ……馬鹿にするな!

 俺はあんたを殺す為にわざわざ怪我を治したんじゃない! 生きて欲しかったからだ! 今更、そんな事が出来るか!」

「ならば、聞こう。お前、これからどうするつもりだ?」

「そ、それは……。」


 驚愕のあまり目を見開ききり、勢い良く立ち上がって怒鳴る。

 だが、鋭い眼差しを返してきたおっさんの問いに応えられず、たちまち口籠もってしまう。


 それは俺自身も考えていた問題だった。

 果たして、味方の軍の元に戻ったとして、受け入れて貰えるだろうか。

 あの戦闘から、まだ三日間しか経っていないが、もう三日間も経っているとも言える。


 ましてや、俺は入隊審査の途中である。

 そう、俺の入隊届けはあの気の良い面接官の手の内で留まっており、正式な入隊はまだ済んでおらず、軍の名簿に俺の名前は無い。


 更に言えば、あの入隊届けは俺が俺である証の身分証を兼ねている。

 つまり、今の俺は奴隷どころか、住所不定の不審者でしかなく、そんな怪しい者を軍が受け入れてくれる筈が無かった。


 可能性が有るとするなら、あの気の良い面接官が運良く逃げ延びていた場合のみ。

 例え、彼が俺の入隊届けを撤退の最中で紛失していたとしても、あの時の入隊審査でそれなりに印象付けていた筈。きっと俺を憶えていてくれているに違いない。

 ところが、肝心の名前を知らない。彼の行方を捜すのは不可能と言うしかない。


「もし、軍に戻ろうかと考えているのなら、それだけは止めろ。

 軍において、奴隷など所詮は居ないよりマシ程度の数合わせに過ぎん。

 身分がはっきりしている騎士や従士なら話は別だが……。

 あれから三日も経っていれば、奴隷の一人がどうなったかなど、誰も気に留めてはいない。とっくに戦死扱いだ。

 それを何の手土産も無く、のこのこと戻ってみろ。まず間違いなく、疑われるぞ? 敵のスパイなのではないかと。

 なにしろ、奴隷だ。只でさえ、逃亡は日常茶飯事だと言うのに、あの混戦で逃げない方がおかしい。

 恐らく、お前の軍に居た奴隷達の大半は森に散らばって逃げた筈だ。

 猟師だったお前の様に森では生きてゆけないかも知れないが、それでも奴隷として生き方を強いられるよりは何倍もマシだからな」

「……だ、だよな」


 その悩みを見破り、おっさんが今の俺の状況を懇切丁寧に説く。

 予想はしていたが、第三者から、それも一軍を率いていた最高司令官に言われては納得するしかない。同意して、顔を引きつらせる。


 正しく、お先真っ暗。この先、どうしたら良いのかがさっぱり解らない。コゼットと再会する為の手掛かりすら見つからない。

 猟師として生きてゆく術を持っているが、この身以外に自分を証明するモノは何一つすら持っていない俺である。そんな不審者に移住を許してくれる奇特な村はまず有り得ない。


 こうなったら、ヘクターが勧めていた『冒険者』になるしかない。

 即ち、この国以外の大きな街に住み着き、冒険者としての実績を重ねて、市民権を得た後、コゼットを呼び寄せる。

 十年は軽くかかりそうな計画だが、これ以外にないと考えていたら、おっさんが脈絡も無く唐突な問いを尋ねてきた。


「お前、ミルトンという国に対して、愛着や忠誠。そう言ったモノを持っているか?」

「えっ!? ……いや、正直に言うと、これっぽっちも無い。元々が根無し草だしな。

 今回、戦争に参加したのも、奴隷だからで……。それがコゼットと逢う為の一番の近道だと思ったからだ」


 思わず瞬きをパチパチと繰り返して戸惑い、首を傾げながらも応える。

 なにせ、あのブタ貴族の事件があるまで俺の世界は村だけだった。誠実で公平な領主様に敬意は持っていたが、それ以上は考えた事も無かった。


 事実、この国を治めている王様の名前を俺は知らない。

 国という概念を久々に感じ始めたのも、ここ最近の話。ヘクターとの旅を重ねて暫く経ってからであり、愛着や忠誠など問われても困るしかなかった。


 しかし、この問いに何の意味があるのだろうか。そう疑問を感じて、視線を向けると、おっさんは歯を剥き出して豪快に笑った。

 そして、半分だけ胡座をかく右脚を右手で叩き、大きく頷きながら『良し』と呟き、こう繋げた。


「なら、話は早い。お前、儂に仕えぬか?」

「……へっ!?」


 一瞬、何を言っているのかが解らなかったが、『そう言えば、おっさんは領地持ちの侯爵様だったな』と頭の片隅で思い出す。

 数拍の間を空けて、その意味をようやく理解するに至り、遅まきながら目を丸くさせると、森に絶叫を響かせた




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