表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/140

第02話 武人




「こんなもんかな?」


 手頃な石を輪に列べて作った即席の竈の上でグツグツと煮立つ鍋。

 その下、炎で長々と炙っていたナイフの刃先がようやくオレンジ色の光を淡く放ち始める。


「ナイフ、二本とも良し……。ヘロヘロの実、良し……。お湯、良し……。酒、良し……。

 紐、良し……。包帯代わりの布、良し……。バケツの水、良し……。ポーション、良し……」


 準備完了。最終点検に忘れている物は無いか、用意した物を指さしながら呼称して確認してゆく。

 これから行う予定の作業は一度始めてしまったら止められず、その作業時間は短ければ、短いほどに良い。確認作業は怠れない。


 ちなみに、これ等の品々は戦場跡地に赴いて拾ってきたもの。

 前世における日本の戦国時代、近隣住民が戦場跡地に群がり、そこに落ちている品々を勝手に持ってゆく行為。『戦場荒らし』があったのは知識で知っていたが、実に納得だった。

 あるはあるは宝の山。いつ人が来るか解らず、緊張の中での作業だった為、さほど持ち帰れなかったが、荷車でも有ったら商人としての人生を余裕で始められるだけの品々が落ちていた。


 とりわけ、豪華な天幕の中にあったポーションは大当たり。

 前世のゲームなどでは安価なイメージがあるが、この世界のモノは違う。とびきりの高級品である。

 なにせ、栄養補給をした様な気になるドリンク剤の様なあやふやな品では無い。グレードは有るが、最高ランクともなれば、大抵の病気も、怪我もこれだけで事が足りる魔法の品。

 但し、命そのものと言える品だけに値段は最低ランクの物ですら、俺が猟で稼ぐ三ヶ月以上の値段が付いており、まず庶民には手が届かない。


 それがなんと四瓶も手に入った。これだけで一財産である。

 もっとも、売値と買値に差が有るのは知っている。これほどの品となったら簡単に売れず、商人に売るしかなく、足下も見られるのは確実だが、それでも結構な額になるのは間違いなし。


 正直に明かすと、二匹目のドジョウを狙い、今朝も戦場跡地に赴いたが、世の中はそう上手く出来ていなかった。

 あの戦闘があった日から今日で既に三日目。さすがに味方の軍が戻ってきており、戦場跡地に散乱していた物資を回収していた。


「最後に俺の心の準備、良しっと!」

「……何を始めるつもりだ?」


 なら、何故に味方の元に戻らなかったかと言えば、その理由がどうやらタイミング良く目を醒ましたらしい。

 両頬を両手で叩き、これから行う作業に気合いを入れていると、これまた戦場跡地から拝借してきた三角な簡易テントの中から声がした。


「おっ!? おっさん、起きたのか? 丁度、良かった。今、起こそうと思ったところだ」


 おっさん、あの無双野郎である。

 敵軍の騎士であり、フルプレートメイルを身に着けていたところから、その地位はかなりの高位と推測が出来た。

 当然、その首を持ち帰れば、大手柄。奴隷の身分から解放されるのは間違いなし。念願のコゼットとの再会も叶えられると言うのに、それが出来なかった。

 半日ほど迷いに迷ったが、意識を失っている無抵抗の相手の命を取るのはとても俺には無理だった。

 それどころか、苦しそうに呻くのを見ていたら、居ても立ってもいられなくなり、反対に傷の治療を施した。


 その際、鎧を脱がして驚いたが、その正体が初老の域に入りかかっているおっさんだったという事実。

 なにしろ、敵陣の真っ直中を単騎駆けとも言える突撃を行った人物。その年齢で良くやれたなというのが正直な感想であり、その正体を知った今でも信じられない。

 勝手な想像だが、ヘクターくらいの歳だとばかり思っていた。


「ここは何処だ? お前は……。」

「まあ、聞きたい事は多々有るだろうが、それは後にしてくれ。まずはこっちの用事を済ませて貰うぞ」


 しかし、信じるしかない。

 その証拠に意識を回復させたばかりだと言うのに、おっさんは見知らぬ俺を見るなり、すぐさま警戒に上半身を勢い良く起こした。

 しかも、あの気絶中もなかなか手放そうとしなかった赤い槍を探しているのだろう。視線は俺に留め置きながらも、その右手は辺りを懸命に探っていた。

 正しく、武人と言った感じであり、呆れる前にさすがだと感心する。


「何? ……むぐぅっ!?」

「うん、無理して動かない方が良い。全身、打ち身だらけ……。酷いもんだ。

 それと膝に刺さった矢を無理矢理に抜いただろ?

 だから、鏃だけがまだ足に残っていて、傷が膿み始めているんだよ。……ほら、これだ」

「むぅ……。」


 だが、やや間を置き、その表情を歪ませると、おっさんは身体を大きく跳ねさせると共に動きを止めた。

 ソレもその筈。おっさんが怪我をしていない場所は顔と手足の先くらい。フルプレートメイルに守られて、派手な斬り傷だけは無かったが、身体のあちこちが打ち身で痣だらけ。

 おかげで、今のおっさんは全身包帯のミイラ状態。薬草を磨り潰してあてがった湿布の臭いでテント内は充満しており、その青臭さのあまり昨夜は眠れず、俺だけが外で寝ていた。


 また、傷の中でも特に酷いのが左膝上に負った矢傷。

 昨日は色々と手一杯で後回しにしたが、その傷を今改めて見ると、これこそを最優先にするべきだったと思わざるを得ない。

 たった二日間を放置しただけにも関わらず、血と膿みが傷口に混じって、酷い腐臭を発しており、思わず目を背けたくなる様相を見せている。

 おっさんも自分自身のソレを見て、一刻の猶予も無いと知ったのだろう。顔を顰めて押し黙ると、身体を再び横たえた。


「じゃあ、これを早速……。」

「要らん」

「はぁ? 何、言ってるんだ! このままだと左足自体を切らないといけなくなるんだぞ!」

「違う。痛み止めなど要らんと言っている」

「な゛っ!? ……しょ、正気かっ!?」


 そうかと思ったら、おっさんは手渡したヘロヘロの実を一瞥すると、テントの外。遠くに放り投げた。

 慌ててソレを取りに走るが、おっさんが告げた言葉に驚いて立ち止まり、見開ききった目をテントに振り向ける。


 おっさんとて、解っている筈なのだ。これから、どんな治療を行うかを。

 まずは傷全体を酒で洗い、次に鏃を取り出し易くする為、敢えて傷をナイフで切り開く。

 傷口に手を突っ込み、鏃を取り出した後、化膿している傷口を熱したナイフで焼いて塞ぎ、最後にポーションで傷全体を洗う。

 そのどれもが絶叫もの、卒倒ものな激痛であるのは想像に難くない。それを耐えてみせると言うのだから驚く他は無い。


「ふん! 儂を誰だと思っている!」

「知らんがな! 俺があの実を探すのに、どれだけ苦労したのか解っているのか!」

「それは済まなかったな。

 だが、お前だって、こんな老人の下の世話は嫌だろ? 儂だって、そんな醜態は御免だ」

「いや、まあ……。それはそうだけどさ。そんな事を言っている場合じゃないだろ?」


 挙げ句の果て、おっさんは鼻を鳴らすと、寝たまま腕を組み、『さあ、やれ』と言わんばかりに目を瞑った。

 しかし、とてもじゃないが頷けなかった。ナイフを入れる場所は左膝の上、痛みに反応して、少しでも動かされたら筋を切ってしまい、もっと大事になる可能性があった。


 それ故、ヘロヘロの実を結構な苦労までして用意した。

 ヘロヘロの実は名前の通り、たった一囓りしただけで強い酩酊感と多幸感に襲われ、全身の力が抜けてしまう薬草である。

 庶民の間では麻酔薬として扱われており、酷い傷などを外科治療する時に使用されるのだが、たった一つだけ欠点があった。

 痛みを麻痺させるほどに囓ると、膀胱も、肛門も緩みきり、どちらも本人の意思とは関係なく出放題となり、実の効果が切れるまで続く。

 それだけにおっさんの言葉には一理あったが、メリットとデメリットを計り比べた場合、どう考えてもメリットに軍配が挙がった。


 第一、思わず目を背けたくなるほどの傷。それにナイフを入れるとなったら、こちらもそれ相応の覚悟が必要となる。

 その時、おっさんが少しでも痛がったりしたら、こちらとしてはとてもやり辛い。心に生じた弱気な躊躇いを隠して、おっさんに考え直しを図る。


「この程度の痛み、どうという事ない。さっさと始めろ。

 それとも、小僧……。もしや、怖じ気づいたか? それなら止むを得んがな」


 その臆病さを見透かして、おっさんは目を開けると、こちらに横目を向けながら嘲り笑い、口元をニヤニヤと緩めた。

 息を飲むと共にカチンと来て、憤った。臆病風に吹かれたのは確かだが、せっかくの好意で治療してやると言うのに何たる言い様か。


「言ったな! ちょっとでも悲鳴をあげてみろ! 大笑いしてやるからな!」


 最早、躊躇いは無くなった。

 せいぜい、悲鳴をあげて、のたうち回るが良いと心の中で罵りながら、まずは瓶に入った酒を呷り、口一杯に含んだ後、おっさんの傷に荒々しく吹きかけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ