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幕間 その4 続々・ショコラ視点




「はっはっはっ! これほどのモノを隠していたとはな!」

「手の内ってのは隠しておくもんさ! だから、奥の手って言うんだよ!」

「はっはっはっ! 違いない! これは一本取られたな!

 だが、驚かされっぱなしは癪だ。ここは一つ、私もお前を驚かせてやろう」

「ん?」


 吹き荒れる強風とあちらこちらで瞬く雷球。

 ここに雨が加われば、吟遊詩人の歌で聞く南海の嵐の中に居るのかと錯覚してしまうほど。

 スカートが向かい風に音をバサバサと立てながら激しく翻り、背後からはパンツが丸見えになっているだろうが、それを気にしている余裕は無い。


 どうせ、それを見られたところでこの場にいるのは同性の猫族の娘だ。

 もし、彼女が同性を愛する特殊な趣味な持ち主だったら困るが、その心配はまず有り得なし、今は気絶中でもある。

 舞い乱れている埃や小さなゴミから目を守る為、両腕を目の前に翳して、その横にした隙間の中で繰り広げられている叔父様とお祖父様の勝負を一瞬たりとも見逃すまいと瞬きを堪えながら見守る。


「その槍だ。どうして、お前はその槍を選んだ?

 我が家の宝物庫は剣ばかりとはいえ、槍も二十本ほど有った。その中から一番地味なその槍を選んだ理由は何だ?」

「えっ!? 地味かな? 俺は渋いと思うんだけど?」

「くっくっくっ……。渋いときたか。

 なら、聞きたい。その槍の隣に置いてあったのは気に入らなかったのか?」

「ああ……。あの金ピカの奴か」


 叔父様が槍を振る度、お祖父様が剣を振る度、緑と黄色の輝きが尾を引いて描かれる光の線。

 右に左に、前に後ろに、次々と、幾本も幾本も描かれては次の瞬間に消えてを繰り返して、二本の線がぶつかり合えば、より強い白い輝きが辺りを刹那だけ照らす。


 但し、刹那といっても、叔父様の槍とお祖父様の剣の速さはヒトが成せる限界の領域を超えた神速の世界。

 強風によって、二人を照らしていた篝火は崩れてしまい、今は意味を殆ど成していないが、刹那の光が神速の断続的な輝きとなって、ここが巨大な地下空間だと忘れるくらいに明るく照らしていた。


「ほう、ちゃんと憶えているくらいだ。興味は持ったんだな?」

「そりゃね……。どんなものにしろ、金ピカに興味を持たない奴なんて居ないんじゃないかな?」

「だったら、それを選ばなかった理由は何故だ?

 一度、手に取ったら選び直しは無し。そう条件は付けたが、私は好きなものをくれてやると言ったんだぞ?

 マジックアイテムか、どうかなんて、手にとって見るまで解らん。どう見ても、あちらの方が装飾も多くて、価値は高く見えた筈だ」

「いや、好きなものをくれてやるって言われて、それを真に受ける奴はそう居ないよ。

 代価を払っているならともかく、遠慮するのが普通だろ? 他の槍も赤だったり、青だったり、どれも派手に感じたから、俺としては身分相応のこいつを選んだだけだ」


 叔父様も、お祖父様も無から有を生み出す魔術師では無い。

 前方の光が織り成す幻想的な光景を作り出している源は叔父様が持つ槍であり、お祖父様が持つ剣。マジックアイテムである。

 ヒトが成せる限界の領域を超えた神速の世界についても同様だ。それぞれのマジックアイテムに秘められた特殊能力が源になっている。


 遥か古の昔に作られた品でありながら、その製造技術もまた遥か古の昔に失われてしまい、今では再現が不可能だとされているマジックアイテム。

 燭台以上の明るさを部屋に灯す便利な日常品から街を紅蓮の業火で跡形もなく燃やし尽くす戦略級の兵器まで種類は多様に存在するが、一般的にマジックアイテムといったら武具防具を指す。


 騎士、兵士、傭兵、冒険者。戦いを生業とする者にとって、マジックアイテムは憧れの品。

 それを所持する事そのものがステータスシンボルとなっており、一流の証とさえまでいわれている。


 なにしろ、マジックアイテムは遥か古の昔から悠久の時を過ごしているにも関わらず、その輝きは今現在でも新品同様。

 最高の状態を常に維持しようとする魔術が付与されており、多少の損傷は時間の経過で自己修復を行い、刃こぼれをしようが、刀身が曲がろうが、この破損をマジックアイテム自身が勝手に直してしまう。

 破損の度合いにより、ヒトの寿命を超える長い年月を修復に必要とする場合もあるが、常識的な使用で生じる破損と呼べない程度の消耗なら手入れの必要が無い。必要な手入れといったら、せいぜい汚れを拭い取る程度か。


「はっはっはっ! 身分相応か! 知らぬとは恐ろしいな!

 教えてやろう。あの宝物庫の槍はどれもマジックアイテムに違いないが、グレードとしては最も下。

 万が一、不届き者が宝物庫へ侵入した場合に備えて、その槍を見窄らしく見せて、奪われない為だけに用意された囮だ。

 もっと正確に言うなら、その槍が当家の宝物庫に置かれた時から、あそこにある品全てがその槍を守る為の囮。あそこにある品全てと比べても、その槍一本の方が価値は遥かに高い」

「えっ!? ……え、ええぇぇぇぇぇっ!?

 ど、どうして、俺が選んだ時にそれは駄目だって止めなかったんだよ?」

「勿論、止めようとした。早速、お前がその槍を嬉しそうに試しているのを眺めながら何度も返せと言いかけた。

 しかし、好きなものをくれてやると言ったのは他ならぬ私自身だ。それを舌の根も乾かぬ内に反故するのはいかんだろ?」

「そんな割り切りは要らないんだよ! でも、もう返さないからな! これはもう俺の槍だ!」


 自己修復機能。この一点だけでも鍛冶屋要らずの大きな利点だが、マジックアイテム最大の利点は別に有る。

 それが身体能力の向上だ。担い手はより力強くて、より素早い動きが可能になり、マジックアイテムを持つだけで単純に一段階上の強さを得られる。


 この身体能力向上機能が有る為、鍛冶技術は今も日進月歩していながらも非マジックアイテムはマジックアイテムに大きく後塵を拝している。

 その確かな証拠として、マジックアイテムは非マジックアイテムの数倍、数十倍の値が付けられて取り引きされており、市場に現れる事自体が滅多に無い。


 しかも、この二つの機能はマジックアイテムの基本機能でしかない。

 幾つかのグレードに分けられた最下位グレードより上のマジックアイテムには固有の特殊能力が秘められており、より身体能力を向上させる機能とマジックアイテムの真価といえる世界に干渉する力を持ち、それはグレードが上がれば上がるほど強大なものになってゆく。


「ふっ……。それこそ、言わんよ。そうも使いこなしている姿を見せられてはな。

 私の本気を受け止めきれる奴が何人居ると思う? あいつとジェスター殿下、それと東西南北を見渡して、十人も居るかどうか。

 もっとも、お前の場合はその槍の力によるところが大きいようだが……。それにしたって、十分過ぎるほどだ。

 お前にその槍をくれてやってから、十年。……そう、たったの十年だ。

 よくぞ、よくぞ! ここまで練り上げた! 私は本当に嬉しいぞ! この十年、お前が吐いた血の量と流した汗の量! それを考えたら敬意すら抱く!」


 しかし、この特殊能力は先に挙げた二つの機能と違い、ただ所持しただけでは恩恵を得る事は叶わない。

 今、お祖父様が言った通り、マジックアイテムの特殊能力を使いこなすには一朝一夕とはいかず、並ならぬ鍛錬を重ねる必要が有る。


 何度も言うが、マジックアイテムは遥か古の昔に作られた品。

 当時は魔術が一般常識のような存在であり、マジックアイテムの特殊能力を起動させる為の精神力『魔力』の行使もまた誰もが当たり前のように使える技能だった。

 だが、魔術が特別な存在となった今、その知識と力量を積み重ねてきた者ならまだしも、その心得すら持っていない者に『魔力』と呼ばれる己の内なる力を感じ取るのも難しければ、加減調整はもっと難しい。


 解りやすく別の譬えを出すなら、乗馬経験を一度も持たない者が野生の馬に乗ろうとするようなもの。

 当然、近づく事すら出来ないだろうし、上手く近づけて乗れたとしても大怪我は必至。すぐに振り落とされて、後遺症を負う可能性も、死んでしまう可能性も有る。


 実際、私も酷い目に遭った。

 今でもはっきりと憶えている。成人を迎えた十五歳の誕生日、朝食を済ませた直後の出来事だ。


 当主ですら入室に立会人を必要とする三重の扉で守られたレスボス侯爵家の地下宝物庫。

 幼い頃、近づくだけできつく叱られたそこへ連れて行かれ、お母様に『一つだけだぞ』と言われて、ご先祖様達が集めた武具防具の中から選んだ細突剣のマジックアイテムと私の相性は抜群にピッタリだったらしい。


 己の中に元々有りながらも、それまで気づけなかった感覚。

 ヒトによりけりだが、感じ取れるようになるまで二年、三年とかかる場合もあるソレ『魔力』を私は剣を鞘から抜いた瞬間に感じ取れたところまでは順調だったが、己の中に有った魔力を瞬時に根こそぎ貪り喰らわれて、その場で気絶。意識を取り戻した時は自室のベットに寝ており、その日どころか、翌日の夕方になっていた。


 その上、酷い倦怠感が一週間ほど続き、周囲に色々と迷惑をかけるハメになった。

 具体的に言うと、まずベッドから起き上がる気になれなかった。空腹を感じても食事を摂る気が起こらず、尿意は感じても『まっ、いっか』とその場で放ち、オネショがなかなか治らなかった弟を過去に散々からかっていた私はここぞとばかりに逆襲された。


 それに『より身体能力を向上させる』といったら聞こえは良いが、その実は無理矢理に限界以上の力を引き出しているに過ぎない。

 そんな事をして、ただで済む筈が無い。限界以上の力を引き出した分、その反動が特殊能力を使った瞬間から身体のあちこちに襲ってくる。


 このデメリットを克服する方法はただ一つ。デメリットを恐れずに使い続けて慣れるしかない。

 それが結果として、肉体的にも、精神的にも鍛えられる事に繋がる。折れた骨が完治した後、折れる前より丈夫な太い骨となるように。


「だからこそ、お前はその槍の価値を知るべきだ。心して聞け」

「あっ……。はい」

「結論から先に言おう。その槍は対城兵器だ」

「へっ!?」

「そして、お前はそれを既に知っている筈だ」

「えっ!?」


 今、叔父様が戦っている姿を眺めていて、自然と思い出した事が有る。

 それは私が叔父様に恋心を抱くようになったきっかけ。強い雨が降る中、晴れの日と変わらず、叔父様が朝の鍛錬に槍を一心不乱に振っていた姿だ。


 お祖父様は私の生きてきた人生の三倍以上を生きている。

 経験は言うに及ばず、鍛錬を重ねてきた時間も三倍以上の開きが有り、その姿を理解する事が出来る。


 しかし、叔父様は私より年上だが、年齢差は二歳だ。

 それも叔父様がマジックアイテムをお祖父様から与えられたのは一年遅れの騎士叙勲後だから十六歳の時。経験差は一年にしか無いにも関わらず、私は叔父様ほどマジックアイテムを使いこなせていないし、自分が一年後に叔父様の域に達している姿を想像が出来ない。


 今の私がマジックアイテムの特殊能力を連続で用いていられる限界時間は百五十を数えるくらい。

 知り合いのマジックアイテムの担い手達に尋ねると、この数字でも多い方だが、叔父様は既に私の倍どころか、三倍を超え、今もカウントを継続中。マジックアイテムが放っている輝きも断然に強くて、周囲に与えている影響も桁違い。


 だからこそ、悟らざるを得ない。

 お祖父様の話を聞く限り、マジックアイテム自体の性能差も有るのだろうが、叔父様とお祖父様が特殊能力を用いて戦う前、私は日々の鍛錬を重ねながらも追いつけない叔父様との実力差に納得していなかったが、それが実に甘ったれな考えだったと。


 叔父様は私の二倍も、三倍も鍛錬を重ねてきたに違いない。

 特殊能力を使った鍛錬だって、魔力が尽き果てるギリギリ一歩手前まで自分を追い込み、鍛錬後の悪影響を前提に重ねてきたに違いない。


 それに対して、私はどうだ。

 最初に気絶したのがトラウマとなり、それを克服しようとせずにその時の醜態を気にして、特殊能力の鍛錬は魔力が半分くらい減ったと感じたら止めていたのだから、この姿勢を一つ取ってみても実力差が離れてゆくのは当たり前である。


 余談だが、マジックアイテムの担い手達は自分の特殊能力の詳細を明かそうとしない。

 その理由は簡単だ。マジックアイテムが魔術を付与された品である以上、魔術ほど顕著な影響では無いにしろ、魔術に属性相性があるようにマジックアイテムにも属性相性が存在して、マジックアイテムの担い手同士が戦う際に弱点となり得る為だ。


 もっとも、戦いとは最低でも二人が居なければ始まらないもの。

 お祖父様のような有名人だったり、マジックアイテム自体が有名な品の場合、それと知れ渡っている事も有るが、あくまでおおよそに過ぎない。真実は担い手だけが知っている。


 だが、やはり親子と言うべきか。

 叔父様も、お祖父様も他人に厳しくて、自分にはもっと厳しいが、身内には案外と甘くて、女にはもっと甘い。

 飲酒の習慣は持っていない癖にお酒を飲み始めると止まらなくなり、酔いが回ってくると、まずは服を脱ぎたがり、次は口が常日頃より滑らかになる共通点を持っている。


 おかげで、私は叔父様と初めての夜を過ごす前に叔父様のアレを見てしまったし、叔父様の槍とお祖父様の剣に秘められた特殊能力も知っていた。

 叔父様の槍も、お祖父様の剣も秘められた特殊能力の属性はどちらも風。もっと正確に言うなら、お祖父様の剣に秘められた特殊能力の属性は雷だが、雷は魔術の分類で風の属性にあたる。


 叔父様の槍の特殊能力は風を生み、担い手が放った矢は威力と命中度を増し、逆に担い手を狙う矢は反らす『風乙女の恋心』と呼ばれるもの。

 より身体能力を向上させると、時の流れが緩やかに感じるようになり、そのありとあらゆるモノが緩慢になった世界の中で担い手だけは普段通りに動けるらしい。


 お祖父様の剣の特殊能力は小さな雷球を担い手の周囲に散らして、その作られた間合いへ侵入する者の接近を阻んで痛撃を与える『雷王の決闘場』と呼ばれるもの。

 より身体能力を向上させると、身体中を駆け巡る雷が動きを何倍にも加速させて、攻撃を受け止められたとしても、それが金属製の武具防具なら雷撃を相手に伝え、その痛みと痺れで相手の動きを徐々に鈍らせてゆくらしい。


「トーリノ関門を奪還した一年目ほどの爽快さが無いせいか、吟遊詩人達に歌われる事は少ないが、二年目の戦いのクライマックスにあるだろ?

 確か……。若き英雄、風を身に纏いて集め、眩いばかりに輝かせた槍を投げ付ける。それは一条の光の矢となりて、大地を抉り、万の軍勢を貫き、悪の魔術師を打ち破る。だったか?」

「あっ!? ああ……。あれか」

「無論、吟遊詩人の歌だ。誇張はされている。

 だが、たった一人が必敗だった戦況を覆す。その槍を満足に使いこなしておらず、槍を振るというよりはお前が槍に振らされていた時点でだ。

 だったら、今は……。十年後は……。二十年後はどれほどの威力になるんだろうな?

 当然、その槍は私のこの剣よりグレードが上だ。性能を満足に引き出せる者はそう居ないだろうが、存在している事自体が危険でしかない。

 しかし、マジックアイテムを完全に破壊するのは困難だ。一時的に使えなくしたところで勝手に直ってしまう。

 だから、危険すぎるマジックアイテムは国や教会が秘蔵して、まず世に現れる事は無い。その槍とて、元々は知られざる国宝として管理されていた品だ。

 ところが、詳しい事情は省くが、数代前の御代に我がレスボス侯爵家へ下賜される事となり、我が家の宝物庫に収まった。

 家が続く限り、門外不出とせよ。家が絶える時は海へ投げ捨てよ。その戒めの言葉と共にその槍の真価を代々の当主だけに伝えられてな。

 だが、今のお前を見ていると、それが間違いだったと確信する! やはり道具は使われてこそだ!

 宝物庫に死蔵させて、ただ何十年も埃を被せているだけなど、その槍にも、鍛えた製造者にも、お前以前の担い手達にも失礼だ!

今はその槍をお前にくれてやって、本当に良かったと感じている! その槍だからこそ、お前は使いこなそうと己を必死になって鍛え、私の前に今立っているのだからな!」


 叔父様の槍も、お祖父様の剣もそれぞれに相応しいマジックアイテムと言うしかない。

 お祖父様の話を聞いた今、特に叔父様とその槍の出会いにとても強い運命的なモノを感じてしまうのは私だけだろうか。


 なにせ、我がレスボス侯爵家は初代様が剣一本で成り上がった流浪の剣士だった為、初代様の剣術が家伝として尊ばられており、一族で剣以外の武術を修める者はまず居ない。

 その風潮は陪臣達や領民にまで広がっており、レスボス侯爵家の軍勢は騎兵であっても槍やランスを持たず、領内に剣術を教える道場は有っても、それ以外の武術を教える道場は無い。


 それだけに叔父様の槍が見向きもされず、我が家の宝物庫で埃を被っていたのも当然だろう。

 もしかしたら、それこそが叔父様の槍を当家へ下賜した時の国王陛下の狙いだったのかも知れない。


 だが、叔父様が我が家に現れた。

 レスボス侯爵家の血を受け継ぎながらも成人するまで外で育った為、剣も扱えるが戦う術の一つに過ぎず、槍と弓を得意とする担い手にこれ以上なく相応しい叔父様の手に渡り、日の目を何十年ぶりに見た上、こうも叔父様に使いこなされているのだから、これを運命と呼ばずして何と呼べという話だ。


 ついでに、私の剣の特殊能力も紹介すると、属性は光。

 担い手を淡く光り輝かせて、見る者全てに一瞬後の姿を映して惑わす『天上の赦免』と呼ばれるもの。

 より身体能力を向上させると、鋭くなった勘が一瞬後の未来を教えてくれると共に視界がまるで自分を頭上から見ているように拡大される。


 この視界拡大の優れている点は、所有者を淡く輝かせる光が僅かでも届いてさえいれば、そこが範囲内になるところ。

 その為、背後からの不意打ちは勿論の事、壁の向こう側は無理だが、屋内での曲がり角の先やドアの向こう側の待ち伏せを完全に無効化する事が出来る。


 さて、ここで勘違いして欲しくない点が有る。

 これ等の紹介した吟遊詩人が考えたような背中が妙にむず痒くなる大袈裟な特殊能力名は私が考えた訳ではない。

 マジックアイテムが干渉してくる魔力を担い手が初めて感じ取った時、遥か古の昔に製作者がそう名付けられたと担い手は特殊能力の性能と共に身体で知るのだ。


「ふんぬっ!」

「させるか!」

「ほう……。今の一撃すら凌ぐか」


 不意にぶつかりあった槍と剣が今まで以上に強い閃光を放ち、私の目を焼いた。

 たまらず瞑ってしまった瞼を慌てて開けるが、焼かれた目は霞がかって良く見えず、すぐさま再び閉じた瞼を人差し指と親指で二度、三度と強く押して揉みほぐす。


「だが、しかし……。とっくに気づいている筈だ。このまま続けたとしても、この先に待っているのはジリ貧の敗北だけだと。

 私の剣は潔さを尊び、無駄を嫌う。躱すならともかく、受ければ受けただけ動きは鈍ってゆく。

 それにお前はヒトの倍以上の鍛錬を重ね、私の前にたった十年で立てるようになったが、やはり十年は十年でしかない。

 マジックアイテムの扱いは私の方が一日の長どころか、数十年の長だ。魔力を失い、最初に性も根も尽き果ててしまうのはお前だ」


 失敗も失敗、大失敗だ。どんな宝石よりも貴重な一瞬を見逃した。

 そう、見逃した時間は刹那に過ぎなかったが、再び目を開けてみれば、先ほどまで互いの間合いが触れるか触れないかの接近戦を繰り返していた叔父様とお祖父様は示し合わせたかのように跳び退いたのだろう。決闘場として設定した円の両端、互いの距離を最大に空けて立っていた。


「だったら、どうしろと?」

「待ってやるから、出せと言っている。

 あいつから聞いているぞ? オータク侯爵家伝統の嫁取り儀式だったか? オータク侯爵家秘伝の突き、アレを喰らって凌いだそうじゃないか?」

「……ったく、おっさんめ。随分とお喋りだな」

「そう言ってやるな。あいつは嬉しかったんだよ。今の私のように……。

 多分、膝を悪くして、あいつも自分がもう後は老いてゆくしかないと気づいたのだろうな。

 だから、全力でぶつかった。ぶつかって、お前に託した。己が生きた証を……。武人として、これほど嬉しい事はあるまい?」

「なら、ガッカリしてくれるなよ? アレはタイミングが難しい上に負担が身体にかかりすぎる。

 一応、何度も試してはいるが、数えるほどでモノにしたとは言えない。俺はおっさんほど上手くは無いぞ?」

「構わん! 来い!」


 剣戟は止んだが、逆に風雷はますます吹き荒れてゆく。

 それに呼応して、槍と剣が輝きを増してゆき、その切っ先を互いに向けて、叔父様もお祖父様も離れた間合いを再びゼロにしようと今にも大地を踏み切る寸前に力を両の足に溜めていた。


 そんな二人の気迫に怯えているかのように大地が揺れる。

 地下空間の天井から土や小石が二人の頭上にパラパラと降り注ぐが、叔父様の風が跳ね除け、お祖父様の雷球が音をバチバチと流しながら瞬いて弾く。


 次の一撃がお互いの全身全霊をかけた必殺の一撃となるのは間違いない。

 その瞬間、先ほど以上の閃光が放たれる可能性は目の前の光景から疑いようは無い。もし、その瞬間を見逃してしまったら、先ほどなんて比較にならない一生モノの後悔を私は強く抱き続けてゆく事になるだろう。


 しかし、私には剣が有る。私がこのマジックアイテムの担い手になったのは今日、この日の為だったに違いない。

 視界を拡大する特殊能力『天上の赦免』は属性が光である以上、どんなに強い閃光だろうと二人の姿を見失う事は絶対に無い。


 大きく深呼吸を一つ。

 突き出した右手は柄を握り、左手は剣先を支え、その刀身に自分の二つの眼を映して、意識を深く集中させた次の瞬間。


「光よ! 識れ!」

「風よ! 疾れ!」

「雷よ! 迸れ!」


 私と叔父様とお祖父様の三人の声がぴたりと重なり、眩いばかりの閃光が地下空間に溢れて広がった。




 ******




「ぐはっ!?」

「ふっ……。見事だ! 実に見事だったぞ!」


 叔父様が片膝を突いて崩れ落ち、お祖父様が満面の笑みを浮かべて、その背中へ振り返る。

 瞬きにも満たない一瞬、たった一撃、たった一度の交差。お互いの立ち位置を一瞬前と入れ替えて、決着が着いた。


 これ以上、剣の特殊能力を使い続けている意味は無い。

 剣に吸われ続けている魔力を遮断して、拡大されていた視界を元の状態に戻したその時だった。


「くふぅっ!?」


 唐突に強烈な快感が身体中を駆け巡った。

 私の女の中心がキュンキュンと激しく脈打ちながら急速に潤い滴り始め、勝手に背が弓なりにビクビクッと何度も跳ねる。


 この油断したら快感に塗り潰されてしまいそうになる衝動は何なのか。

 更なる快感を求めて訴える疼きの元を無心になって掻きむしりたくなるが、考えるまでもなく今はそんな時では無いし、そんな場所でも無い。

 内股になりながら腰を引き、せめてもの慰めに股間をスカートの上から両手で強く押さえる。快感に支配されそうな頭を左右に強く振って目を瞑り、今先ほどの光景を瞼の裏に蘇らせる。


「光よ! 識れ!」

「風よ! 疾れ!」

「雷よ! 迸れ!」


 攻めたのが叔父様、迎え撃ったのがお祖父様。

 但し、仕掛けたのは完全に同時。叔父様の突きがあまりにも速すぎた。


 その速さたるや、神速という表現が生温く感じるほど。

 両者の間にあった距離は約二十歩。それを叔父様はたったの三歩で縮めた。

 左前半身の極端な前傾姿勢となり、突き出した槍と共に叔父様自身が槍と化して、さながら投擲された槍が地を這って飛ぶように。


 一歩、二歩、三歩と踏み切った大地が深く抉られて盛大に撒き散らされ、叔父様の後方に土煙が巨大な螺旋の渦を巻いている。

 マジックアイテムの特殊能力を使っているのは間違いないが、それをどのような術理で可能としたのか。残念ながら槍の心得を持たない私には解らない。


 お祖父様はこの時点で一歩目を踏み終えて、二歩目を踏み出そうとしたところ。

 だが、その驚異的な速さは想定済みだったらしい。お祖父様の動きに動揺は見当たらない。


「やるではないか! ……だが!」


 それでも、考えていたよりは速かったのか。眉をピクリと跳ねさせている。

 その事実一つを取ってみても、お祖父様の凄さが良く解る。叔父様の驚異的な動きを完全に捉え、軽く驚くだけで済ませているのだから。


 今にして、つくづく思う。

 マジックアイテムの特殊能力『天上の赦免』を使っていて、本当に良かったと。

 目が閃光に焼かれようが焼かれまいが、今の私では叔父様の驚異的な動きをどう頑張っても捉えきるのは難しかった。


 そして、お祖父様が迎え撃つ手段に選んだのが突きだ。

 剣は槍に間合いで劣るが、小回りで勝る。本来なら、槍を持つ相手が突きで攻めてきたら、それを左右のどちらかに躱して、そのまま相手を側面から斬りつけるのがベストである。


 しかし、お祖父様にとって、この戦いは生涯のライバルたるバルバロス様との最後の決着をつけるもの。

 お祖父様の矜持が躱す事よりも真っ向勝負を、それも槍が持つ最大の攻撃手段である突きに対しての突きを手段として選ばせたのではなかろうか。


 だが、突きは突きでも、只の突きでは無い。

 まずは右手に持つ剣で突きを放つかと思いきや、それをそのまま叔父様目がけて投擲。

 次に間一髪を入れず、左手に持つ剣での突きを放ち、その軌道と投擲された剣が描く軌道をピタリと合わせた後、投擲した剣の柄尻を真後ろから突き押せば、これで間合いは単純に二倍。剣でありながら槍とほぼ同等の間合いを持った突きの完成である。


 しかし、自分で説明していても感じたが、出鱈目が過ぎる。

 剣を右手で投げた直後、その投げた剣に左の突きを合わせるなんて、出来る出来ない以前に不可能だ。


 ところが、お祖父様が持つ剣の特殊能力『雷王の決闘場』が不可能を可能にさせた。

 バルバロス様を打倒する。ただ、その一念で出鱈目な術理を発想して、この瞬間に完成させた。


 それともう一つ。私がずっと抱えていた疑問が氷解した瞬間でもあった。

 私はお祖父様に憧れて、剣を両手で扱う二剣使いになったが、そのスタイルで決定的に違うところが一点だけ有る。


 それはマジックアイテムの剣を持つ手だ。

 マジックアイテムは武具であれ、防具であれ、基本的に一品しか持てない。

 これは単純に属性の相性問題だ。せっかくの身体能力を向上させる機能が抑えられてしまい、複数のマジックアイテムを同属性で揃えても身体能力を向上させる機能は一品時と変わらない為に意味が無い。


 だったら、永遠不変であるモノに自分を合わせて使うより自分専用に誂えた武具防具を使った方が手っ取り早い。

 特殊能力を持つ最下位グレードより上のマジックアイテムなら、複数所持は特殊能力の複数所持にも繋がって、大きな利点が生まれてくるが、特殊能力の複数制御は極めて難しい上に消耗する魔力が激しすぎて現実的で無い。


 それ故、二剣使いの私も、お祖父様も一本がマジックアイテム、もう一本が非マジックアイテムである。

 私がマジックアイテムの剣を右手で持つが、お祖父様はマジックアイテムの剣を左手で持ち、敢えて利き手とは逆に持つ理由が今まで解らなかった。

 その理由を尋ねても、お祖父様は『お前なら、その時が来たら解るかもな』といつもはぐらかし、お母様なら知っているかと思えば『そう言えば、お前が生まれる前は右手で持っていたな』と困惑は深まるばかりだった。


 しかし、その理由が遂に解った。恐ろしいほどの執念と言う他は無い。

 全てはこの瞬間の為だった。この瞬間の為、お祖父様は私が生まれる前から打倒バルバロス様の策を己の内に秘め、左腕が利き手同然の力が出せるように、動きが出来るように研鑽を重ね続けてきたのだ。


「えっ!?」

「さあ、どうする!」


 叔父様が目をこれ以上なく見開く。

 無理もない。迎撃される可能性は考えただろうが、槍の突きに対して、なかなか有り得ない剣の突きだ。


 この時、叔父様に許された選択肢は二つ。

 己自身を一本の槍と化して、一撃必殺を狙った突きの真っ最中である以上、身を左右のどちらかに躱すのは愚策中の愚策。お祖父様の剣は躱せたとしても体勢を大きく崩してしまい、その後が続かない。


 即ち、剣を弾き退けて突きを放つか、そのまま捨て身の覚悟で突きを放つか。

 だが、後者を咄嗟の判断で選ぶのは難しい。ヒトは危険が迫った時、身を守る術を本能的に選ぶ上、私達は命の奪い合いの中で自分の命を守る為に日々の鍛錬を重ねてもいる。


 譬えば、どんな武術、どんな流派にも所謂『型』と呼ばれる技の動きが有る。

 決まった動作を決まったリズムで繰り返し行うソレは単なる踊りに過ぎず、実際の場で狙って行うのはまず無理だが、そこには先人が生み出した術理がきちんと備わっている。

 その動作を毎日毎日、何千何万と気が遠くなるほど繰り返す事により、それがいつしか身体に染み込んで『技』となり、必要な時が訪れた際に考えるよりも早く身体が『型』に沿って動くようになる。


 ましてや、叔父様とお祖父様は神速の世界の直中に居る。

 お祖父様の突きが迫ってくると認識した瞬間、叔父様の意識はお祖父様からその切っ先へと切り替えられて、見えていなかったに違いない。

 それが投擲された剣であり、本命はそのすぐ後ろに隠された左の突き。叔父様の認識では右の突きを放った筈のお祖父様が実は左の突きを放っているのを。


「これくらい!」


 その結果、叔父様はお祖父様が仕掛けた罠にまんまと嵌まった。

 叔父様は槍を巻いて、迫りくる剣を見事に弾き飛ばすが、それは最初から弾かれる事を前提とした囮に過ぎない。

 巻いた動作と二つの魔力がぶつかり合った際に生まれる衝撃が槍の穂先をやや上向きにさせると、そこへ現れたのが本命の左の突きである。


「甘い!」

「なっ……。にぃぃっ!?」


 この瞬間、勝負の行方はほぼ定まった。

 槍の穂先がやや上向いたのに加えて、お祖父様が突き出した左腕と共に三歩目の左足を大きく前に出しながら腰を深く沈ませた為、突きの速さは叔父様の方が勝っていたが、切っ先が届くのはお祖父様の方が先になった。


 無論、先になったとはいえ、それは一瞬の差でしかない。

 どちらも深手を負うのは確実だが、先か後かの違いがとても大きい。


 ヒトは痛みを感じた時、どうしても身を固くする。

 叔父様の突きは不完全な形で終わり、お祖父様は叔父様と比べたら軽傷で済む。


「獲ったぞ!」


 しかし、勝利の確信。その油断が大きな隙を呼んだ。

 ほんの僅かだが、お祖父様の突きに緩みが生じ、それを叔父様は神速の世界の中で止まってさえ見えた筈だ。


「まだだ! まだ終われない!」


 叔父様が鮮血を口から撒き散らしながら叫ぶ。

 どれほど鍛えたら、そんな動きが可能になるか。なんと一瞬前に巻いた槍を逆に巻き返したではないか。

 マジックアイテムの特殊能力によって、その出鱈目な動きを実現させたのは間違いないが、普通だったら手首が保たない。


「ば、馬鹿なっ!?」

「槍よ! 翔べぇぇぇえええええっ!」


 斯くして、勝利の女神は叔父様に微笑んだ。

 やや上向いていた槍の穂先が元の角度へ戻り、お祖父様は突きを巻き取られて、剣を弾かれると、胸を仰け反らせながら剣を握りしめたままの左腕を無理矢理に掲げさせられ、その無防備になった左肩へ叔父様の槍が吸い込まれるように深々と突き刺さった。


 ふと重く鈍い音がドスリと鳴った。

 思わず何事かと目を開くと、叔父様の槍に肩を貫かれて身体と袂を分かち、目を閉じる前は宙に高く舞っていたお祖父様の左腕が二人の間に落下。未だ握りしめられたままの剣が切っ先を大地に突き刺して立っていた。


「お前の決意とその覚悟! この目でしかと見せて貰った!

 私はずっと待っていた! お前のような存在を! お前なら殿下を……。ジュリアスを託せる!

 さあ、征け! 振り返らずに進め! 私達の時代は終わった! これからはお前達の時代だ! お前とジュリアスが作るんだ!」


 その光景を目の当たりにして、強烈な快感が身体中を再び駆け巡った。

 背が弓なりにビクビクッと何度も跳ね、その拍子に内股を水滴が二度、三度と伝い流れてゆく。


「んぁっ……。な、何で……。ど、どうしちゃったの? わ、私……。」


 ただ立っているのすら辛くて、剣を杖代わりに自分を支えながら、私は私の身体の中で起きている現象に困惑を深めるしかなかった。




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