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幕間 その1 ミーヤ視点




 ニートとミーヤの二人が昼も夜も馬をひた走らせて、六日目の昼過ぎ。

 遂に目指していた王都が地平線の先に見えると、ニートは今まで進んできた街道から唐突に外れ、南東へと草原の中を走り始める。

 ミーヤは次第に正面から左手側へと離れてゆく王都に戸惑いを感じてはいたが、不整地の草原で馬上の会話は危険。そう判断して、疑問を飲み込んで黙っていた。




 ******




「ふぅ……。着いた。ここだ」


 男爵が馬の足を止めた時、王都は背後にあり、目の前には森があった。

 その言葉を聞く限り、ここが目的地のようだが、背後の王都はまだ遠い。のんびり歩いて、半日ほどの距離が有る。


「ここは……。」

「さあ、行こう」

「えっ!? でも……。」

「夕方になる前に着いて良かったよ。もし、着くのが夕方だったら、確実に一晩は無駄になるからね」


 だが、私の疑問を余所にして、男爵はさっさと馬から下りてしまい、私も慌てて馬から下りる。

 どうやら、ここが目的地で間違いないらしい。男爵は馬を引いて、森の細道を躊躇いのない足取りで進んでゆき、その背中を追いながら辺りをキョロキョロと見回す。


 この身をミント様に拾われて以来、私は王都どころか、王城の外へ滅多に出た事が無い。

 但し、それは王城に閉じ込められているという意味では無い。私自身が常にミント様の傍に在ろうと考えているからだ。


 むしろ、王城に閉じ込められているのはミント様である。

 王太子様を除き、他のご兄弟達は先王様から成人の祝いに王都貴族街の屋敷を与えられて、それぞれがそこに居を構えているにも関わらず、ミント様だけは違う。


 南宮、東宮、西宮、北宮の順に繋がる王城の最奥。

 本来は国王様の側室様達が住まう北宮の端の端にミント様は居を与えられ、外部との接触を断たれた半ば軟禁状態にある。


 そんなミント様が王城からの外出を許されるのが、半年に一度。

 普段、私とミント様の二人だけの王城北宮が大掃除を行う為、数多のヒトで賑わう一週間のみ。

 要するに人目に触れると厄介だから用事が済むまで帰ってくるなという事実以外のなにものでもない。


 何故、こうも日陰を強いられなければならないのか。

 そう定めたのは先王様に違いないが、先王様がミント様を疎んじていたかと言ったら、それは違う。逆に溺愛して、時にミント様がその甘々っぷりにうんざりと顔を引きつらせるほどだった。


 なら、その理由はミント様に非ず、私に有ると考えるべきだろう。

 長年、王城に住んでいたら自ずと解る。私以外の亜人は王城に一人も存在しない。


 譬えば、トイレの掃除やそこに溜まった汚物の処理など。

 世間一般ではそういったヒトが嫌がる仕事は亜人の仕事と決まっているが、それを王城ではヒトの奴隷が行う。

 国王様と王妃様が住まう西宮に至っては貴族の方々が、王城の外では皆から傅かれるような身分の方々が行っている。


 つまり、インランド王国王城において、亜人は存在すら許されない。

 理不尽と言うしかないが、私の存在そのものがミント様に日陰を強いている可能性があった。


 しかし、その確認を私は何度も喉まで出しかけながらも口から出せた事は今まで一度も無い。

 もし、ミント様がそうだと頷いてしまったら、私はもう絶望と共に生きてゆくしかないからだ。最良解がミント様の傍から離れる事だと解っているだけに。


 とにかく、そういった事情があって、私は王城の外へ出た経験をあまり持っていないにも関わらず、この森に確かな見覚えを感じた。

 だったら、それは必然的に数少ないミント様と一緒に外出した時の思い出になる。それがいつだっただろうと思い出そうとするが、その前に森の細道を抜け、前方に広がった光景が答えを教えてくれた。


「あっ!? ここって!」


 この森は王家所有の狩猟場であり、ここは王家所有の避暑地の一つだ。

 ミント様が『プール』と呼んでいた綺麗な長方形に形作られた石造りの溜池にすぐさま駆け寄り、その水をしゃがんで両手で掬ってみると、これがびっくりするほどに冷たい。


 さすがは王家所有の地だけあって、管理がきちんと行き届いている。

 森の奥にある小さな泉から引かれた水が注ぎ口から常に豊富に流れて、肩まで浸かるプールの底まで透き通っており、その底の白石には真新しい苔がうっすらとしか生えていない。


 満を持して、水を口に運んでみれば、これが只の水とは思えない美味しさ。

 二口目は水を掬って飲むのすらもどかしくて、プールの縁に両手を突き、口を水面に直付けしながら喉をゴクゴクと鳴らす。

 この一週間、睡眠さえも馬上で行い、馬を停めるのは用を足す時くらい。疲れきった身体の隅々まで潤いが染み渡ってゆくのを感じる。


「くっくっくっ……。気持ちは解るけどさ。隠した方が良いんじゃない? 丸見えだよ?」

「にゃっ!?」


 だが、背後からクスクスと笑う声が聞こえ、慌てて上半身を跳ね上げると共にスカートの裾を両手で巻き込んでお尻を隠す。

 パンツを見られた悔しさに男爵を睨み付けたかったが、悔しさ以上に恥ずかしさが勝って俯く。水を飲んで身体が冷えた分、顔が火照っているのが良く解る。


 これでもう何度目になるだろうか。

 しかし、今までは馬に乗ろうとその背に跨る一瞬の出来事。男爵の忠告を無視して、スカートの丈が短いメイド服を旅装に選んだのは自分自身でもあり、仕方がないと我慢する事が出来た。


 だが、今さっきのは違う。

 新鮮な水を前に我を忘れた明らかな失敗である上、口を水面に付ける為、頭を下げて、お尻を逆に上げた四つん這いの体勢。それも結構な時間を余すところなくガッツリと見られている。


 唯一の救いはパンツの色が黒という点だ。

 出発の間際、エステルさんの強い忠告に従い、当初に履いていたピンクのパンツから履き替えて本当に良かった。


 なにしろ、私達は一週間も同じ服を着続けている。

 一応、パンツだけは毎日の洗濯を欠かしていないが、所詮は洗剤無しの簡単な手もみ洗い。やはり完璧とは言えない。


 しかし、黒なら汚れは目立たない。

 乙女の尊厳は守られた筈であり、パンツを見られるのなんて今更の話。どうという事は無い。


「……と言うか、それ以前に安全か、どうかをまず確かめないとね?

 それとも、ここへ来た事が有るのかな? さっき、何か言いかけたようだけど?」

「はい、ミント様と一昨年の夏に……。」


 そう希望を無理矢理に見出して、心を奮い立たせてみるが、やっぱり駄目なものは駄目。

 本音では『それはこっちのセリフです!』と怒鳴り返したいのを飲み込み、俯いたままでただ頷く。


 王家が所有するこの辺り一帯の土地は立ち入り厳禁。

 そもそも街道から大きく外れた位置にあり、特にこの場所は木々に囲まれて、森の外からは絶対に見つからないようになっているにも関わらず、男爵は何故に知っていたのだろうか。


 過去に私がミント様と一緒に訪れたように、男爵もジュリアス殿下と一緒に訪れたのだろうかと考えるが、即座に違うと断定する。

 何故ならば、女性しか愛せないミント様にとって、見た目が完全に美少女のジュリアス殿下は理想の相手である為、ジュリアス殿下が最も信頼する男爵を何故か『穀潰し』と呼んで蛇蝎のごとく嫌っているからだ。


 昔からの諺にも『親が憎ければ、子も憎い』とある。

 もし、男爵とジュリアス殿下がここをプライベートで訪れていたら、ミント様は半年に一度の旅行先にここを選んだりはしない。


 それにこの一週間の強行軍で疲れ切っているのは男爵も同じ。

 過去にここを訪れており、プールの存在を知っていたら、私同様に新鮮な水を求めて飛びついていたに違いない。ここの水はそれほど美味しい。


 その当時の記憶を頼りに視線を右手側へ向けてみれば、思い出がまざまざと蘇ってくる。

 高い塀に囲まれた立派な二階建ての屋敷とプールの間にある芝生が敷き詰められた緩やかな上り坂は、プールで泳ぎ疲れた身体を横にして休め、日光浴を行うにはもってこいの場所。

 そこでミント様に女同士だから、私達以外は誰も居ないから、外から見られる心配は無いからと理由を重ねられて、水着を剥ぎ取られた末、その年の猛暑に負けないくらい何度も熱く熱く愛し合ったのを思い出す。


 ちなみに、女同士で愛し合う関係についてを語ると、最初は強い戸惑いも有れば、強い抵抗感も有った。

 それで尚、ミント様を受け入れたのは、この身を拾って貰った恩もあるが、それ以上にこう言っては不遜かも知れないが同情心からだった。


 きっかけは五年ほど前。海の向こう側の国から縁談がミント様に申し込まれた時の出来事。

 当時の私は抱きついてきたり、スカートを捲ってきたり、胸を揉んできたりとミント様のスキンシップの多さは感じていたが、それが性癖によるものだとはちっとも気づいていなかった。

 それというのも私が亜人狩りに遭う前の生まれ育った隠れ里は全員が顔見知りの小さな村。一人でも多くの人口を増やそうと、お互いの親同士が結婚相手を幼い頃に決めて、早婚と多産が尊ばれていた為、女が女を好きになるなんて概念自体を持っていなかった。


 当然、私は本決まりでは無くても縁談を慶事と捉えた。

 夕飯にちょっと豪華なご馳走を用意して、ミント様が席に着いたところで祝いの言葉を告げた結果、ミント様は予告無しのご馳走を前に戸惑っていた表情を一変。たちまち涙を瞳に溜めて、半ばヒステリック気味にこう怒鳴り返してきた。


『どうして! どうして、いつも傍に居るのに気づいてくれないの!

 私が……。私が好きなのはミーヤ! あなたなの! 初めて会った時からそうだった!

 解っている! ええ、解っているわよ! 自分がおかしな事を言ってるのくらい!

 でも、仕方が無いじゃない! あなたが好きなんだから! どうしても男に興味が持てないんだから! 

 王族に生まれたからには国の為に身を捧げる覚悟は持っているけど……。本当は嫌よ! 嫌、嫌! 男に抱かれるなんて虫酸が走る!』


 勿論、驚いた。その言葉の意味さえ、最初は理解が出来なかった。

 だが、私の胸の中で慟哭をあげて、まるで世界から弾き飛ばされそうになるのを必死に堪えているかのようにきつく抱き着いているミント様が哀れで気づいたら抱き返していた。


 もっとも、その時は元気付ける為の軽い口づけをミント様の額に落とすだけで済んだ。

 しかし、胸の内に秘めていたものを曝け出したミント様は翌日から積極的になり、それまでスキンシップだった行為が次第に度を超えて、いつしか私達は完全に女同士で睦み合う関係になっていった。


 その為、今回の政変はインランド王国という国にとっては不幸でも、私個人にとっては僥倖だった。

 ミント様のもとを離れた事によって、同情から始まり、快楽の波に溺れるまま続いていた関係が正しいのか、正しくないのかを常に心の奥に隠して気づかないフリを重ねてきた迷いの答えをようやく得られたからだ。


 私はミント様が好きだ。ミント様が愛おしい。

 ミント様の傍を離れて、三日目で寂しさが、五日目で切なさが、七日目で不安が募り、今では会いたくて会いたくて堪らない。

 だから、王都での政変を伝えさえしたら、即座にミント様の救出に動いてくれるとばかり考えていた男爵から『機会を待て』と言われた時は焦燥に駆られた。


 今だって、そうだ。何故、目指していた王都から離れ、こんな場所へわざわざ訪れたのか。

 男爵の聡明さは空気が読めないジュリアス殿下からミント様のご機嫌と引き換えに何度も聞かされている。きっと何らかの目的があっての事と承知はしているがもどかしいものはもどかしい。


 ミント様に早く会いたい。会って、その温もりを腕の中に感じながら告げたい。

 ずっと求められていると気づいていながらも今まで口に出せなかった言葉『貴女が好きです。貴女が愛おしい』を。


「ぁっ……。」


 胸がドキリと高鳴り、疼きを下腹の奥で感じると共に熱い吐息が漏れた。

 ミント様との思い出に浸り、ミント様を求めてしまった為だろう。気づけば、右手が勝手に疼きを求めて彷徨ってさえもいる。


 その右手を慌てて両足の間から引き抜いて我に返る。

 だが、身体は完全に火が着いてしまっている。疼きが耐え難い衝動となって身体中を駆け巡り、火照りを呼んで息が荒くなってくる。


 このままでは明らかにまずいが、幸いな事にプールが目の前に有る。

 文字通りに頭を冷やしさえしたら、身体の火照りも止んで疼きも治まるに違いない。


 それに昨日辺りから私達が近づくと鼻を摘む者を見かけるようになった。

 この一週間、昼も夜も快晴が続き、暑さを感じる日もあった中、同じ服を着続けて、水浴びも行っていないのだから当然である。私達はお互いに鼻が慣れきって少しも感じないが、随分と臭う筈だ。


 今のままではまずい。臭いをどうにかする必要がある。

 ミント様と再会した時、両手を広げながら駆け寄っても、ミント様は私の抱擁を受け止めずに避ける可能性が高い。

 あまつさえ、鼻を摘みながら臭いとまで言われたら、もう完全に告白する雰囲気ではなくなるし、私は暫く立ち直れなくなる。


 男爵とて、臭いをどうにかしたい筈だ。

 私がミント様を救出しに行くなら、男爵は王妃様と王太子様と王太子妃様の三人を救出しに行くのだから、臭くては格好が付かない。


 そこまで考えが至り、はたと気づく。

 今や、私達の臭いは服に染み付いており、水浴びを行うだけでは不完全。洗濯も行う必要が有る。

 その証拠に私が着ているメイド服の各所を縁取っている一週間前は真っ白だったレースが今ではベージュ色に変わっている。


 しかし、パンツなら手で絞る程度の簡単な脱水ですぐに履けるが、服はそう簡単に乾かない。

 今の季節の陽気なら半日もかからないだろうが、服が乾くまでの間、着替えを持っていない私達は全裸か、下着姿で過ごさなければならない。

 ここまでの旅が順調だっただけに忘れがちになるが、ここは敵の勢力圏内。万が一の事を考えたら、それは危険だし、急報を携えて走る伝令官に扮している男爵が道端で悠長に洗濯を行っていたら明らかに不自然で要らぬ疑いを持たれかねない。


 だが、ここなら安全だ。

 街道から離れている上、森の外から見えず、王家所有の狩猟場である為、平時ならこの地を管理する者達が巡回しているかも知れないが、今は内乱の真っ最中。誰かがここを訪れる事はまず有り得ない。


 恐らく、水浴びと洗濯の両方を行う為、男爵はここを訪れたのだろう。

 今から洗濯をして、服が乾くのを待っていたら夕方になる。それから王都へ向かえば、到着は夜半過ぎとなり、王都と王城へ潜入するにはもってこいの時間だ。


「そう、そうだったんですね!」


 さすがは今まで数々の奇跡を成し遂げてきた男爵である。無駄が無い。

 その感心と合わせて、水浴びと洗濯が出来る喜びに笑顔を振り向かせるが、そこにあった光景に笑顔が瞬く間に固まる。


「えっ!?」


 男爵は服を脱いでいた。今正にパンツを脱ぎ捨てて、全裸になったところだった。

 水浴びを、洗濯を行うなら服を脱ぐのも、全裸になるのも当然の事だが、そうも男爵の男爵が雄々しくも御立派なのは何故なのか。


「にゃぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」


 その意味を理解した瞬間、考えるよりも早く立ち上がり、喉が勝手に悲鳴を上げていた。

 即座に男爵から離れようと後退るも大失敗。焦るあまり足を躓かせた上に尻もちをついてしまう。


「い、いや、違う! ち、違うんだよ!」

「な、何が違うって言うんですか! み、見たままじゃないですか!」


 己の間抜けさに泣きたくなるが、泣いたところで事態は変わらない。

 せめてもの抵抗に指を開ききった両掌を勢い良く突き出すと、その強い拒絶の意思表示が効いたのか、男爵が右足を一歩踏み出しながら右手をこちらに伸ばしかけた体勢でピタリと固まった。


「そ、そうだけど……。で、でも、違うんだって!

 こ、これは若さの象徴と言うか、内なる生命のビックバンで……。ほ、ほら、もう一週間もシテないから仕方が無いんだよ!」


 しかし、油断は禁物。安心感を一欠片たりとも抱いてはいけない。

 男爵がどんなに言い訳を重ねようが、私は男爵の色狂いぶりを知っている。目を男爵から決して離してはいけない。


 ただ、贅沢を言うのなら、雄々しくも御立派なソレは隠して欲しかった。

 気をちょっとでも緩めたら恥ずかしさに男爵から顔を背けてしまいそうであり、その一瞬の隙を男爵に突かれそうで怖かった。


 男爵は私達亜人に対する差別意識を持たない稀有な人物だ。

 今日までの旅の中で気心が知れ、気安い言葉を交わし合っているが、男爵は貴族である。本来なら、絶対に有り得ない。


 それこそ、男爵が私を求めるなら、それに黙って応じるのが亜人の生き方になる。

 今だから明かすが、男爵と初めて会う為、エステルさんに取り次ぎを頼んで待っている間、私は不安で一杯だった。

 王都で起きた政変を急ぎ伝える為、王都から一路駆けてきたが、亜人である私の話を信じてくれるか、どうかの以前の問題。私と面談してくれるかが心配で心配で堪らず、当時は気を回す余裕が無かったとはいえども、王城を発つ際にミント様から身の証となる品をどうして受け取らなかったのかと激しく後悔していた。


 ところが、男爵はあっさりと会ってくれたばかりか、私の話を真摯に聞いて、あっさりと信じてもくれた。

 その後に至っては、亜人の私を正式な第二王女の代理人として扱う賓客待遇である。ネプルーズの街では男爵の私室の隣に部屋を用意してくれ、ネプルーズの街を発ってからも自身の天幕の隣に私一人が使うには大きすぎる天幕を置いてくれた。


 しかし、そうした尊敬心を持てる一方、男爵は色狂いという欠点も持っている。

 最初は空耳だと、気のせいだと思ったが、それが毎晩となったら否が応でも理解してしまう。夜な夜な、聞き耳を立てなくても隣から聞こえてくる声の正体が艶声だと。


 それこそ、その日に戦いがあった夜なんて、もう最悪である。

 普段以上に大きくなった艶声が二種類、三種類になり、それが明け方近くまで続く。


『実を言うとね。ニート様って、昔から臆病なの。

 だから、血を見ると興奮がなかなか治まらないんだろうね。 

 本当に凄いんだよ? 何ていうか、こう……。痛そうなくらいパンパンになって、今にもはち切れそうでさ。

 それでね。本当は二人一緒に、三人一緒になんて、嫌なんだよ? そういう時くらいは自分だけを見て欲しいしね。

 だけど、無理。絶対に無理。戦いの後のニート様って、少し乱暴で満足するまで止まらないから、こっちの方が先にダウンしちゃう』


 エステルさん曰く、そういう事らしい。

 だが、一人寝を強いられている私の身にもなって欲しかった。毎晩、色々と持て余して、とても辛かった。


 そんな色狂いの男爵と王都まで二人っきりの旅。身の危険を感じて、警戒するのは当然だった。

 事実、男爵の口から王妃様達の救出を目的とした王城潜入作戦が提案された時、最も反対したのは男爵の奥様と愛妾達である。

 決着がついたのもすったもんだの末、光の教会の神父様が立ち会いのもと、私には手を絶対に出しませんという誓約書を男爵とジュリアス殿下の連名で書かされて。


 しかし、その誓約は野獣と化した男爵には意味が無かったらしい。

 即ち、街道から離れている上、森の外から見えず、誰かが訪れる事はまず有り得ないここで私を美味しくパクリと頂いてしまう寸法だ。


 さすがは今まで数々の奇跡を成し遂げてきた男爵である。気づけば、いつの間にか罠に嵌まっている。

 百戦錬磨の男爵に何処まで通用するか。こうなったら会話を重ねて、男爵の気を少しでも逸らすと共に立て直しを図る時間を稼がなければならない。


「そ、そんなの私も一緒ですよ!」

「えっ!? ……い、一緒?」

「えっ!?」

「えっ!?」

「えっ!? ……あっ!?」


 ところがところが、気が動転するあまり二度目の大失敗。

 とてもプライベートな秘め事をうっかりと暴露してしまい、全てを語った訳では無いにも関わらず、小さな手かがりから真実を突き止めたのだろう。男爵が生唾を飲み込む音をゴクリと響かす。


「そ、そっか……。ミ、ミーヤさん、そうなんだ?」


 気を逸らす筈が逆に煽ってどうするのか。

 男爵のご立派なソレが雄々しさを増して、私を威嚇するように脈動を放ち、たまらず背けてしまいそうになる視線を目に力を入れて固定する。


 ところがところがところが、ここで今更ながらもう一つの大失敗を知る。

 男爵の血走った目が私の視線と微妙に絡み合っておらず、何処を見ているのかと男爵が見ている先を辿り、目をこれ以上ないくらい見開く。


「にゃーーーっ!?」


 慌てて股間を両手で隠すと共に開いていた両脚を固く閉じる。

 恐らく、尻もちをついた時からに違いない。ずっとパンツが丸見えになっていた。

 それも今度は真正面からだ。薄布一枚を隔てているとはいえ、大事なところを見られた恥ずかしさに頭が沸騰しそうになる。


 しかも、私が履いているパンツは黒は黒でも灰色寄りの薄い黒。真っ黒では無い。

 薄い黒の布地は汚れを目立たせないが、水濡れは目立つ。絶対に知られてはならない私の秘密が男爵にバレたと考えるべきだろう。


 改めて言うまでもないが、私はミント様を愛している。

 その想いを存分に語れと命じられたら、半日は余裕で語れる自信を持っている。


 しかし、男爵の雄々しい御立派なソレを目の当たりにした時から身体の火照りは増すばかり。

 下腹奥の疼きもますます酷くなっており、心ではミント様をどんなに想っていても、やはり身体は女だと実感させられていた。


 いや、自分が女だと実感させられるのは今日が初めてでは無い。

 この際だから包み隠さずに明かすと、それを初めて感じたのは男爵と旅を始めて、すぐの事だ。


 狭い馬上では密着する他は無く、男爵が背中から私を半ば抱き締める形での二人乗り。

 男性がこうも息遣いが触れるほど間近に迫ったのは初めてであり、私の胸はドキドキと高鳴りっぱなし。男爵の温もりに慣れるまで随分と時間がかかった。


 挙げ句の果て、男爵の雄々しい御立派なソレである。

 素知らぬ顔をして、私のお尻にグイグイと押し付けてくるのだから堪らない。

 ここに馬が走る揺れが加わり、絶対に見つからないから、絶対に気づかれないからと耳元で囁く悪魔の誘惑に耐えるのが、どんなに辛かった事か。


 そう、男爵が我慢を強いられていたように、実は私もまた我慢を強いられて、今や限界近くに達しようとしていた。

 これ以上の我慢は危険であり、お互いに良くない結果を生みかねない。そうなる前に最終手段の妥協案を選択するべきだと判断する。

 

「も、もしかしてさ……。」

「だ、駄目! だ、駄目、駄目、駄目! だ、駄目! だ、駄目ですよ! 

 わ、私はミント様のものです! み、身も心も、全部! だ、だから、駄目ったら駄目です!

 で、でも! で、でもでも! ど、どうしても! ど、どうしても我慢が出来ないって言うのなら!」


 だが、それを女の私から提案するのは恥ずかし過ぎる。

 その羞恥心を最小限に済ます為、男爵が何か喋ろうとするのを遮って、一息に捲し立てる。


 私が奴隷狩りに遭ったのは十一歳の秋。

 斜向いの家に住んでいた二歳年上のお兄さんと婚約していたが、今にして思えば、お兄さんはとても奥手なヒトだったのだろう。

 私が初潮を迎えて、周囲からせっつかれながらも正式に結婚するまではと言って、私の手を握るのも顔を真っ赤に染めて、それ以上は手を出そうとしなかった。


 その結果、私の処女は売値を上げる付加価値となり、奴隷商人に手を付けられずに済んだ。

 最初のご主人様であるタチバナ侯爵様も同様だ。買われた時は色々と覚悟したが、侯爵様は穏やかな性格をしており、私を亜人として扱っても理不尽な仕打ちは一度も行わず、自分の寝室へ呼ぶような事も無かった。


 よって、私は男性経験を持っていない。

 これでは今正に陥っている緊急事態の際、為す術無く美味しくパクリと頂かれてしまうに違いないと考え、私は最終手段の妥協案に関する手ほどきをエステルさんとシスティーさんの二人から受けていた。


 その知識だけで何処まで通じるかは解らないが、男爵はひとまず落ち着いてくれる筈だ。

 私もその時に我慢を解き放ってしまえば良い。見られる恥ずかしさはお互い様であり、大事なのはそれ以上に至らない事なのだから。


「そう、手で! ……って、あれ?」


 しかし、覚悟を決めた矢先、視線を戻してみれば、男爵のソレがみるみる内に萎れてゆくではないか。

 思わず茫然と目をパチパチと瞬きさせた後、視線を上げてみると、男爵が白い眼差しで私を見下ろしていた。


「やっぱりね。生返事ばっかり返ってくると思ったら……。ミーヤさん、俺の話を全然聞いてなかったでしょ?」

「えっ!? ……は、話?」

「もう一度言うよ? この場所にはね。王城の奥まで続く隠し通路の出入口が何処かに有るんだよ。

 ……で、目の前のプールがいかにも怪しいから、まずは俺が潜って調べてみるけど、何か心当たりは有るかな?」

「え、ええっと……。そ、それでしたら、排水口がプールのあの辺りに有りまして、そことお屋敷が繋がっているみたいです」

「へぇ~~、そうなんだ。ありがとう」

「い、いえ……。」

「それとさ。幾ら好みのタイプでも、そのヒトに好きなヒトがいるって知っていたら、さすがに手は出したりしないから……。

 出発前、ルシルさん達もさんざん騒いでいたけど、少しは信用してよ。頼むよ……。あっ、ヤバい。ちょっとマジで泣けてきた。あはははは……。」

「は、はい……。ご、ごめんなさい……。」


 今さっきまでとは違った意味で男爵の顔をまともに見れない。

 取りあえず、私は反省していますという明々白々な意思表示を訴える為、その場に正座する事にした。




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