第03話 裏切り
「参謀長がさっき言ってただろ?
陛下ですら暗殺したんだから、ジュリアス殿下を暗殺するのに何を躊躇う必要が有る。……ってね?
だけど、そんな話を俺は一言も聞いていない。それとも、実は王都から指示が届いていて、誰か忘れているのか?」
それぞれが意見をあれや、これやと勝手に交わし合って収まらない場のざわめき。
しかし、第十五騎士団の団長が前置きに『まあまあ』と付け加えて、そう問いかけるとざわめきは次第に止んでゆき、第十四騎士団と第十五騎士団の幹部達は隣同士と顔を見合わせた後、第十五騎士団の団長に視線を戻した。
どの様にしたら、第十四騎士団と第十五騎士団をこちらの勢力に引き込めるか。
その説得材料は色々と用意してあるが、今は敵でしかない俺ではどんなに言葉を飾っても角が立ち、それが下手な反抗心に繋がったら頷けるものも頷けなくなってしまう。
なら、ここは第十五騎士団の団長に任せるのも悪くないと考えて口を噤む。
それに彼が俺の言葉をどれくらい理解しているかによって、どの程度の人物なのかも上手い具合に測れる。
「……って事はさ。やっぱり、そうする事を望まれていないんだよ」
「しかし、団長の父君は第一王女派の中核! ここで何もせずにいるなど!」
「なら、聞くけど……。どうして、その中核が指示を送ってこなかったんだ?
コバネンだって、そうだ。あいつの親父は第二王子派の中核だけど、そんな指示が届いていたらトリス砦を放ったらかしにして、ここへ真っ先に飛んで来ているんじゃないのか?」
「それはっ!? ……そうですけど」
先ほどの場のざわめきを流し聞いた限り、第十四騎士団と第十五騎士団の幹部達の意見は反対一色。
副団長の二人がそれぞれの騎士団を代表する様に反対の声をあげるが、第十五騎士団の団長の反論を否定しきれず、幹部達に救いを視線で求めるも次々と逸らされてしまう。
ちなみに、第十五騎士団の団長が呼んでいる『コバネン』とは第十四騎士団の団長の名前だ。
軽く調べてみたところ、第十四騎士団の団長は第十五騎士団の団長より二歳年上。家は第一王女派と第二王子派で仲違いしているが、王都での屋敷が隣り合っている縁と年齢が近い事も有り、お互いに名前で呼び合うくらいは仲が良いらしい。
「まあ、嫌がらせ程度は期待されているかも知れないけど……。要するに俺達は捨て駒なんだよ」
「そんな……。」
そう、勅使もそうだが、彼等は捨て駒だ。
その立場を理解してくれたら俺達の味方になってくれる可能性は高い。
第十五騎士団の団長に任せて正解だった。
さすがの俺もこれから味方にしようとしている本人達を目の前に『捨て駒』とは言えなかった。
だが、説得する為にはそこから始めなければならない二律背反。どう表現するかが問題だったが、仲間同士から言われるなら受ける印象は大きく違う。
「それにだ。さっき、エスカ卿やウィローウィスプ卿の姿が無かっただろ?」
「えっ!? ……あっ!? はい」
「それと参謀長の家の可愛いメイド。ほら、あの胸が大きい……。」
それに周りをちゃんと見ているではないか。思わず眉がピクリと跳ねる。
予想外の勅使が訪れ、急遽の招集。展開が目まぐるしく変わってゆく中、第十三騎士団の幹部達が並ぶ列にルシルさんやジェックスさんが居なかったのを何人が果たして気づいていただろうか。
「エステルですか? あげませんよ?」
「いや、盗らないって……。
……で、そのエステルちゃんもこの一週間くらい姿を見ていない。
これって、つまりさ。この時の為の準備……。参謀長の策だったんじゃないの?
俺は嫌だぜ? 相手はあの参謀長だ。どうせ、手痛いしっぺ返しを食らうに決まっている。だから、今も俺達の前に居ながら余裕で居られるんだよ」
「ふっ……。そこまで高く評価して貰えるとは嬉しい限り。
まあ、そうですね。皆さんが敵対した場合の策もちゃんと用意して有るとだけ言っておきましょう」
もしや、こちらの策を看破しているのかも知れない。
そう考えて、助け舟を出してやると案の定だった。嬉しさのあまり頬がニヤニヤと綻ぶ。
第十三騎士団の騎士達はミルトン王国戦線に残留させながらも兵士達の大半は帰還させる。
その昨年度の人事令に警戒を覚えたのは正解だったが、その為に講じた対策には人事令に従い、帰還したのは兵士であるが故に陪臣騎士は居ても直臣騎士が居ないという致命的な欠点があった。
つまり、兵士達に命令を下せる最高司令官も居なければ、それを支える上級士官も居ない。
約一万五千の帰還団の内、大部分を占める南方領の兵士達はサビーネさんに従ってくれるだろうが、北方領主達の私兵や中央軍派遣の兵士達は無理だ。
もし、突発的な何かが起きたら確実に指揮系統は混乱して烏合の衆と化す。
只でさえ、第一王女と第二王子の連合軍との戦力差が大きい今、兵士は一人でも惜しい。
だから、更なる一計を講じた。
ミーヤさんが俺の元へ訪れた翌日から元ミルトン王国東部地方の街道巡回を目的に最初はジェックスさん、次にルシルさんという様に帰還団の中核を担える騎士達を一日置きに五回。ネプルーズの街に残した第十三騎士団の五千の兵力を千づつに分けて、サビーネさんが率いている帰還団との合流を急がせた。
勿論、出発を五回に分けたのは理由が有る。
この世界では電話も、無線もまだ発明されておらず、情報の伝達には必ずタイムラグが発生する。
しかし、俺達が勝利を得る為に緒戦で最も重要なのは速さ。
偽王討伐を決意したジュリアスが帰還団と合流するのを待ってから進軍するのでは遅すぎる。今、この瞬間に帰還団は偽王討伐軍として名前と目的を変えて、既に進軍してなければならない。
このネプルーズの街へ向かっている筈がオーガスタ要塞から進まずに駐留しているだろう第十六騎士団を討ち、王都の戦力と合流する前にオーガスタ要塞をこちらの手中に収めていなければならないのが王位争奪戦に勝つ為の最低条件だ。
だが、そうなるとジェックスさん達は大きな不安を抱えての進軍になる。
敢えて説明するまでもないが、王都での政変とジュリアスの決断が無かったら、俺達は只の重犯罪者。自分のみならず、一族全てが極刑に処せられる。
そんな不安を抱えては勝てる戦いも勝てない。只でさえ、仰ぐ旗は違えども同じ国同士の者達と戦う心苦しさを背負って戦わなければならないのだから。
もっとも、その不安を取り除く術は簡単だった。
そう、先ほど第十三騎士団の幹部達を納得させた偽勅の存在だ。
帰還団と合流するまでの道中、このネプルーズの街へ向かっている勅使とすれ違いさえしたら、それが確かな合図になる。
但し、問題が一つ。
ミルトン王国元東部地方の玄関口であるレッドヤードの街からオーガスタ要塞手前のトリオールの街までの主要街道は北回りと南回りの二本が存在する。
道が平坦で距離的にも短く済むのは南回りのルートだが、道中の街や村が栄えているのは鉱山採掘で賑わうミュール山脈沿いの北回りのルートであり、勅使の性格次第でどちらの道を選ぶかが解らず、合流ルートを分けるのと念の為の再確認の必要が有ったからだ。
余談だが、勅使が通ってきたルートは北回り。
俺の予想通りであり、北回りルートは再々確認の三回を割り振っている。
勅使の一団はたったの五人だが目立つ一団だ。千人が三回もチェックしているのだから見逃すなんて事は絶対に無い筈だ。
「だからと言って!」
「まだ解らないのか? 参謀長は俺達の意見を聞くフリをして、その実は俺達を脅しているんだよ?
だって、そうだろ? さっき、参謀長は勅使を捕らえろとは一言も言っていない。
だけど、参謀長が勅使を指さした途端、衛兵達は動いた。
前もって、そういう打ち合わせがあった証拠だ。最初から茶番だったんだよ。
だったら、この状況を予想していない筈が無い。今も参謀長が合図一つを出したら、衛兵達が大挙して押しかけるんだろうさ」
「ひ、卑怯なっ!?」
今現在、そう言った事情により、この街に存在する第十三騎士団の戦力はゼロに等しい。
残っているのは半数に減った騎士達とその従者達。あとは虎の子である亜人隊だけしか居ない。
第十五騎士団の団長が言う通り、この場は問題ないが、ジュリアスを守る戦力としては厳しすぎる。
しかし、少人数だからこその身軽さと速さがある。このネプルーズの街から脱出が出来たら勝ちは決まった様なもの。
それにここで弱気な態度は見せられない。
第十四騎士団の副団長が策士冥利に尽きる最高の褒め言葉を吐いてくれた嬉しさも手伝い、頬をニヤリと吊り上げて笑う。
「まあ、ここを運良く切り抜けたとしても相手は兵士達に人気があるジュリアス殿下だ。
ただ命じても疑いや躊躇いを持つだろうから、まずは陛下が暗殺されたところから、次にジュリアス殿下を捕まえる必要性を説く必要が有る。
その辺りを最初にきちんと説明しておかなければ捕まえても逃亡の手助けをする可能性が有る。
でも、それがどんなに難しいか。俺達ですら、まだ半信半疑で……。
……って、んっ!? 待てよ? ……えっ!? でも……。参謀長、貴方はいつから予測していたんですか? 王都で政変が起こるだろうって」
やはり第十五騎士団の団長は優秀だ。皆の説得に言葉を重ねている内、気づいたらしい。
俺達が偽王討伐の兵を挙げたのは王都での政変を知ってから行ったのではなくて、王都での政変を予想していたからだと。
「はい、変だなと感じたのは昨年度末の人事の時ですけど……。
最初に違和感を感じたのは王都を出発する直前。だから、三年前になりますね」
「さ、三年も前に? ど、どうして?」
その問いかけに答える必要は無かったが、出立の準備を急いでいるジュリアス達の時間稼ぎには丁度良い。
そう考えて、ミルトン王国戦線へ出発する直前にオータク侯爵家の幹部達を急遽集めて説いた可能性を改めて語る。
たった三年前の思い出ながらも随分と昔の様に懐かしく感じ、あの時に描いた俺とティラミスとおっさんの三人の肖像画はもう完成したのだろうかと思い出しながら。
「ああ、それはですね。あなたが先ほど自分達の事を捨て駒と表現しましたが、我々もまた捨て駒だったからですよ。
ご存知でしたか? 第十三騎士団が設立された当初、ジュリアス殿下に与えられた兵力はたったの五千。
それが二万を超える大軍に膨れ上がったのはジュリアス殿下が自分の伝手を頼り、私達が私兵を出し合って協力したからです。
言い換えるなら、第十三騎士団はジュリアス殿下の派閥そのものと言えます。
しかし、常識的に考えたら、こんな人事は通りません。
王族の一人を旗頭にした貴族達の私兵集団なんて、一歩間違えたら国を割りかねない勢力以外のナニモノでもありませんからね。
ところが、その異常な人事が通った。……何故か?
第十三騎士団が設立された当初の兵力で解る通り、ジュリアス殿下は負ける事を望まれていたからです。
なにしろ、当時のこのネプルーズの街は名将と名高いブラックバーン公爵が守り、ジェスター殿下ですら落とせなかった街。
しかも、それ以後は戦線がレッドヤードの街まで後退して、そこから無駄な犠牲を払うばかりで一歩も進めない状況に陥っていました」
「あっ!? そうか!」
第十五騎士団の団長が柏手を打つ音が鳴り響いた。
どうやら、この時点で答えが解ったらしい。その輝いた表情がそれを物語っている。
だが、他の者達はまだ理解半分といったところ。
柏手の音に釣られ、第十五騎士団の団長に集わせた視線をすぐさま俺に戻してきた。
「ところが、ネプルーズの街は落ちた。
その上、我が国の版図は更に広がり、ミルトン王国の広大な穀倉地帯を手に入れる事も成功した。
これでは思惑と完全に逆だ。ジュリアス殿下がトーリノ関門で得た声望を下げるどころの話ではありません。
まあ、私もジュリアス殿下の評判が上がる様に手を色々と打たせて貰いましたが、その辺りは皆さんの方が詳しいかと思います。
随分と長い間、王都はお祭り騒ぎだったそうで……。第一王女派の方々も、第二王子派の方々も面白くは無かったでしょうね。
第十三騎士団以上に兵力が投入された陛下の親征ですら、ジュリアス殿下が拡げた版図の半分にも満たないのですから。
兵士として男手を駆り出される国民からしてみれば、国は、宮廷は、軍部は何をやっているんだという不満の声になる。
しかし、今以上の西進は望めない。
私が戦線を前に進めないでいるのを許している理由は宮廷も、軍部も今以上の西進が害悪にしかならないと理解しているからです。
詰まるところ、メレディア殿下も、ジェスター殿下もジュリアス殿下以上の戦果をどう足掻いたって得られないんですよ。
なら、北に進み、ロンブーツ教国に攻め込む? あんな雪深い土地を奪ったところで何の意味が有ります?
では、南に進み、アレキサンドリア大王国に攻め込む? バビロン砂丘が有る限り、無理ですよ。南方領を統括する私が言っているんですから間違いは有りません」
いつしか、この場に居る全員が食い入る様に聞き入っていた。
そうなってくると俺の舌も熱を帯び、最初は淡々とした口調だったものに強弱が付いて感情も乗り始める。
「もっとも、ここで声望を得たからと言って、ジュリアス殿下の立場がすぐに変わる訳ではありません。
メレディア殿下とジェスター殿下に分がまだまだ有ります。高かった国民の人気がより高まるくらいですか。
しかし、五年後、十年後、二十年後……。今、言った事が時を重ねてゆく毎に意味を持ち始めて違ってきます。
その時、国民の目には誰が次の国王に相応しいと映っているか。高齢になった陛下はどう考えるか。
それを頭の良い者達ほど頭に思い描き、恐らくはこう結論付けたのではないでしょうか?
今、旗色を変えるのはリスクが大きすぎるが、五年後、十年後に旗色を変えたところで外様扱いは確実。
だったら、ジュリアス殿下の声望が極まる前に動くべきであって、そのチャンスは厄介者達が第十三騎士団として一纏めになっている今に違いない。ってね。くっくっくっくっくっ……。」
しかし、調子に乗って、興も乗せすぎた様だ。
顔を開いた右手で覆いながら肩を震わせての悪どい含み笑いの途中で気づくと、皆はドン引き状態。少し青ざめた顔をヒクヒクと引きつらせていた。
******
「ねえ……。副団長」
「は、はい?」
「第十三騎士団とうちの騎士団、戦って勝てる?」
第十五騎士団の団長は丸くさせた目を俺に向けながら黙り込んだまま。
それならと別の誰かに視線を移すが、すぐに目を次々と逸らされてしまい、居心地の悪い沈黙がたっぷりと三十秒ほど経過。
もう放っておいても大丈夫かな、俺もネーハイムさんに任せてある出立の準備に行こうかなと思いながらも待っていた甲斐があった。
「えっ!? そ、それはやってみなければ……。」
「でも、エスカ男爵との模擬戦で今まで一度も勝てた試しが無いよね?
実際の戦場で戦うとなったら、エスカ男爵の強さに参謀長の知恵が更に加わるんだよ?
俺、兵法や軍略にちょっとは自信を持っていたけど……。駄目だ。今の話を聞いて、参謀長には勝てないとしみじみ痛感したよ」
最早、我を取り戻した第十五騎士団の団長の声に敵意は完全に無かった。
俺に向けられたままの眼差しには俺達と行動を共にして、その先にある未来を見ていたいという興味が輝いて溢れていた。
「それなら、我々と……。」
「駄目、駄目。トリス砦を留守には出来ない。
最悪、ミルトン王国の軍勢とで挟撃されるだろ? 絶対に選んじゃ駄目な悪手だ」
「だったら、どうしろって言うんですか!」
「だからさ、ジュリアス殿下に付くのも悪くないんじゃないかってね」
「馬鹿な!」
「有り得ない!」
しかし、副団長の二人はまだまだ不満が有る様だ。
遂に俺が待ち望んでいた言葉を口にした第十五騎士団の団長に半ば怒鳴り声を論外と言わんばかりに張り上げる。
「だったら、想像力を働かせてみろって……。
さっきも言ったが、ジュリアス殿下を捕まえるのは無理だ。
そして、参謀長に勝つのも無理。
でも、まあ……。王都からの援軍と合流すれば、さすがの参謀長も多勢に無勢。俺達の勝利は揺るがない」
「それなら!」
「だけど、それで喜べるのは王都の連中だけだぞ?
俺達に待っているのはジュリアス殿下の挙兵を防げなかった処罰……。
命だけは奪われないだろうが、降格は間違いない。出世のチャンスはもう二度と巡ってこない。
あとはそれぞれの事情によって違うだろうが……。
例えば、俺は次男だ。元々、家では部屋住みの厄介者扱いを受けていたから、きっと家から放逐されるだろうな。
……と言うかさ。そもそも、おかしいなと思っていたんだよ。
うちの親父も、兄貴も、俺の為に何かをしてくれた試しが今まで一度も無かった。
どうして、それが急に第十五騎士団の団長なんて大役の話を俺に勧めてきたのか。
普通に考えたら、俺に話を持ってくる以前に兄貴が第十五騎士団の団長になっていた筈なのに……。
まあ、兄貴はお世辞にも痩せているとは言えないデブだ。剣も苦手なら、乗馬も苦手。
だから、恥をかきたくないのだろうと考えていたが、ようやく今回の一件で納得が出来た。親父も、兄貴も、俺を見捨てたんだ」
「そ、そう言えば……。だ、団長も……。」
だが、第十五騎士団の団長が溜息を深々と漏らして説き、その胸の内を明かすと、副団長の二人は押し黙った。
それぞれ第十五騎士団の団長の言葉に思い当たるフシが有るのか、他の者達も同様だ。反論の声は一つも上がってこず、目の前の現実から目を背ける様に視線を伏した。
「ああ、コバネンも俺と同じ。家では厄介者扱いだ。
だから、自分で身を立てようと武勲を欲して躍起になっていた。
ここに長男、或いは家長が一人でも居るか? 居ないだろ?
当然だ! 俺達は捨て駒! 最初からそう仕組まれていたんだよ! 厄介払いをする為にな!
だったら! だったらだ! 俺達も裏切って何が悪い!
それにジュリアス殿下は一人でも多くの味方を必要としている! 今が自分を一番高く売るチャンスなんだよ!」
そんな静寂の中、第十五騎士団の団長の怒号が轟いた。
胸の内を言葉として吐き出している内、積もり積もった憤りが爆発したのだろう。
同時に俺も一つの答えを得て、顎先を微かに頷かせる。
第十四騎士団も、第十五騎士団も上層部と中層部の構成が若いか、歳を重ねているかの両極端であり、二十代から四十代の騎士として最も脂が乗った世代が少ないのを前々から妙だなとは感じていたが、第十五騎士団の団長の言葉が正しいとするのなら納得である。
端的に言うなら、リストラ部隊。
それが第十四騎士団と第十五騎士団の正体だ。
しかし、彼等の名誉の為に明言しておくと、彼等は決して無能では無い。
俺達以前の第十一騎士団と第十二騎士団の二つに比べても規律は正しいし、練度を常に高く保って、運営もきちんと滞りなく行っている。逆に優秀だと言える。
だが、前の世界でもそうだったが、世の中はただ優秀なだけでは通じない。
特に貴族社会では世渡りの上手さが最も重要なスキルであり、優秀だからこそ、上に煙たがられている例は多い。
「そうですね。先ほどもご覧になった通り、殿下はお人好しです。
今のご時世、あまり褒められた事ではありませんが、それが殿下の魅力でもあります。
少なくとも殿下は苦境を共にした者を絶対に見捨てたりはしませんし、功績もちゃんと評価してくれます」
「それにこう言っちゃなんだが、ジュリアス殿下も厄介者だ! 俺達の境遇に近い!
なら、俺達の苦労も解っている筈だ! ここで旗色を変えたとしても理解を示してくれるに違いない!
それにジュリアス殿下が勝ちさえしたら、宮廷や軍部を牛耳っている今の主流は弾かれ、それを埋める人材が必要になる!
今まで部屋住みの厄介者だった俺が家を持ち、俺を見下していた親父や兄貴より上にいける可能性だって有れば、爵位だって上がるかも知れないんだ!」
ここが攻め時と悟り、満面の笑顔をニコニコと零す。
第十五騎士団の団長も後押しの熱弁を振るってくれ、これは決まったと握手を求めて進み出る。
「でも……。それも、これも勝てたらの話。
人生を賭けて、一か八かの勝負に出るのは悪くないですが、今の戦力差ではとてもとても……。
だから、有るんですよね? 参謀長には? 賭けにすらなっていない勝負をひっくり返す秘策が?」
ところが、ところがである。
一歩目を出そうとした矢先、第十五騎士団の団長の口調が一気にトーンダウン。
自分自身の感情を落ち着かせる様に溜息を深々と漏らした後、首を左右にやれやれと振りながら肩を竦めて問いかけてきた。
「近衛騎士団と王都防衛の第一騎士団は除くとして……。
第二、第三、第四、第五、第六の五つの騎士団を合わせて、五万。
ここに第十六騎士団の一万五千も加わるとしたら、合計で六万五千。
少なく見積もっても戦力差は三倍強。ジュリアス殿下が挙兵したと知れば、緊急徴兵も行われるだろうから、四倍はいきますよね?」
「……ですね。私もそう見積もっています」
肩透かしを喰らって笑顔が引きつるが、当然の判断であり、当然の質問でもある。
例えるなら、ジュリアスのオッズは百倍を超える万馬券に対して、第一王女と第二王子のオッズはほぼ一倍の鉄板馬券だ。
自分一人の命が賭けの対象ならまだしも、自分の意志が大きな影響を与えて、騎士団長として預かっている約一万五千人の命にも及ぶとなったら判断は慎重を期さなければならない。
「どうするんです? 北方領と南方領も呼応して、王都を攻めるんですか?」
「そうしたいのは山々ですが、残念ながら無理です。
北は毎年恒例の騒ぎの真っ最中だろうし、南は内乱がそろそろ始まっている頃ですから」
「ああ、なるほど……。参謀長の義理の父君は数少ない陛下派でしたね。
なら、陛下が暗殺されたと知れたら面倒な事になる。だから、先手を打つか」
「ええ、身内の恥を晒すのは恥ずかしいですが、南方領も決して一枚岩では有りません。
義父を討ち取れば、南方領を統括する役目を義父に代わって与える。その甘言に乗せられそうな奴が困った事に一人居るんですよ」
それでも、頭の良い奴との会話は楽で助かる。
全てを語らなくても先を読んでくれ、こちらは足りない部分を補うだけで済む。
これが第十四騎士団の団長だったら、こう上手くはいかない。
ルシルさんが将来有望と評価する彼は武人としては頼もしい存在だが、軍略や運営に関してはまるで駄目である上に頑固でもある為、このネプルーズの街に駐留していた去年は本当に大変だった。彼一人を納得させるだけに丸一日を費やした会議があったくらいだ。
「では、先ほど第十三騎士団の列に旧ミルトン王国の者達の姿も無かった様ですが……。
もしや、未だ各地に潜伏している旧ミルトン王国軍のレジスタンスや東部地方の鉱山へ送られた者達を戦力として加えるとか?」
「ほう、そこまで読んでいる。なかなか、やりますね」
「ですが、そう数は集められないのでは?
第一、第十三騎士団の二万を超えてはまずい。下手したら、内側から崩壊しかねない」
「そうですね。でも、多くても一万程度かと……。
あとは徴兵するか、傭兵を雇うか。幸いにして、この街とレッドヤードの街は賑わっていますから」
しかも、先ほど第十三騎士団の幹部達の列にルシルさん達と同様に元領主様とウルザルブル卿の姿が無かった理由をずばり当ててきた。
どうして、これほどの才能を持つ者が厄介者扱いされていたのか。まだ付き合いは浅いが性格は悪くないし、第十五騎士団の団長の両親の心がさっぱり解らない。
「それにしたって、二倍の差が有りますが?」
「簡単な事です。こちらの数が増やせないなら、向こうの数を減らしたら良い」
「えっ!? 減らす?」
「小規模な反乱を各地で発生させて、敵の戦力を分散させるんです」
「小規模な反乱? どうやって?」
しかし、発想の逆転までは考えが及ばなかった様だ。
第十五騎士団の団長が目を丸くしながらも、その目を輝かしてオウム返しに答えを急かす。
今回、初めて出し抜けた優越感に頬が勝手にニヤリと笑みを描くが、その答えは俺が前の世界の価値観を持っているが故に発想が出来たもの。
ある意味、インチキとも言える策であり、本来の自然発生を待つなら百年先どころか、二百年先、三百年先。ひょっとしたら、千年先を待たなければならない今のこの世界で育った者の価値観では絶対に思いつきもしない策である。
「ふっ……。亜人の身分開放です」
だが、ジュリアスが俺を頼ってきた四年前のあの満天の星空の下、俺はジュリアスを勝たせると誓った。
その為ならインチキも躊躇わないし、千年先の価値観を用いた結果、世界が混乱しようと俺の手が届く範囲に平穏が有ったらそれで良かった。
本日、講談社レジェンドノベルより第一巻が発売しました。
(2018.11.05)