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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十六章 男爵 オータク侯爵家陣代 百騎長 暗雲編 下
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第02話 傾向と対策




「さて、あなた方はどうします?」


 皆が出立の準備に謁見の間を急いで駆け出てゆく中、俺は開け放たれたままの出入口を背に一人残った。

 当然、その目的は第十四騎士団の幹部達と第十五騎士団の幹部達が余計な悪さをしない様に釘を指す為である。


 今は良い。風雲急を告げる状況に茫然から立ち直っておらず、悪さを考えている暇も無いだろう

 しかし、時間を少し置いたら悪さを考える奴が一人、二人と現れ、それは大きなウネリへと変貌して、俺達の背中を大津波になって襲う可能性を秘めている。


「そうそう、後から聞いていないと言われるのも癪なので教えますと……。

 陛下を暗殺したのは第二王子ですが、王位に就いたのは第一王女。第二王子は軍の最高司令官になった様です。

 つまり、王権をお互いの得意分野で二つに分けた形ですね。我々としては一番厄介なパターンでして、私としては皆様に手を貸して頂けると嬉しいのですが?」


 だが、昨日の敵は今日の友。

 今なら、その大きなウネリを収め、俺達にとっての追い風にするチャンスでもある。


 第十四騎士団と第十五騎士団が持っていない情報を更に開示して手応えを探ってみる。

 王都で政変が起こった後、恐らくは俺との繋がりが有る為に監視が厳しい中、それぞれが独自に苦労して送ってくれたのだろう。この一週間の間に王都のオータク侯爵家、レスボス侯爵家、エスカ男爵家の三者から届いた確かな情報だ。


 もし、俺達がミルトン王国戦線に遠征中、王都で政変が起きたらどうなるか。

 その可能性に四つのパターンを予想して、少しでも俺達にとっての都合の良い展開を淡く期待していたが、やはり運命の女神はなかなか厳しい。


 インランド王国では王位に就く為の条件が国法で明確に定められている。

 ただ単純に現王を退けたからと言って、王位には就けない。その条件を満たす必要が有る。


 一つ目は、その銘に国名『インランド』を持つ国王の象徴たる王剣。

 二つ目は、その羊皮紙に書かれた内容が確かに勅命である証拠となる王印。

 三つ目は、インランド王国の半ば国教である光の教会の現教皇に祝福が授けられた王冠。


 この所謂『インランド三宝』は容易く揃う。

 保管されている場所は王城の宝物庫だろうし、所詮は意志を持たない道具。真贋は別として、複製は幾らでも出来るが、残りの三つを揃えるのが難しい。


 先王と宮廷と軍部、この三者の承認である。

 今回の場合、先王の意志は問題ない。暗殺された国王の意志は既に定められている王太子となるが、遺書を偽造したら済む。


 しかし、宮廷と軍部の承認は無理だ。

 宮廷は第一王女派に、軍部は第二王子派に占められている為、どちらかが王位を力技で奪うとなったらどちらかを排除する必要が有る。


 それ故、最も理想的なのが王位は定まらないままに第一王女と第二王子が争い合うパターン。

 この場合、王都内が最初の戦場になるも決着は付かず、初動に遅れた方が王都を脱出。西方領へ退き、後見人の領地を仮の本拠地と定め、それぞれが派閥の者達に総決起を促して再決戦という形になるだろう。


 だが、西方領も、中央直轄領も、第一王女派と第二王子派の派閥で混在する土地。

 戦力を集中しようにも集中が出来ず、統制もままならない。各地で小競り合いが頻発して、中央直轄領と西方領は泥沼の戦いと化す可能性が非常に高い。


 その為、こちらが付け入る隙は多い。

 第一王女派と第二王子派の両方が消耗しきった頃合いを待ち、まずは西方領を丸ごと美味しくパクリと頂き、あとは王都に駒を進めるだけ。


 次に理想的なのが第二王子が王位に就いたパターン。

 だから、今となってはぬか喜びになってしまったが、ミーヤさんから第二王子が国王を暗殺したと聞いた時、思わずガッツポーズが出たくらいだ。


 国王が明確な意志と言葉を以て、王太子を自分の後継者である貴族達を示す。

 今や、戦いの幕が切って落とされた王位争奪戦を事前に収める唯一の方法だったが、第二王子が王位を望んでいさえしたら、貴族達の派閥争いは王位争奪戦とは違う別の名目に変化して違う現在を描いていたに違いないと俺は考える。


 インランド王国は大国に成長する過程で他国の侵略を重ねてきた歴史を持つ為、国王の資質に戦場で勝てる武人が古くから強く望まれている。

 第二王子は冷酷で厳しい一面を持っており、過度な残虐性を敵対者に表す難点を持っているが、それを補って余るカリスマと指導力を軍部を中心に持っている。

 派閥の奥にただ座っているだけではなくて、派閥の先頭に立ち、そう政治的に働きかけていれば、国王と宮廷もいずれは首を縦に振るしかなくなっていただろう。


 しかし、第二王子は王位に関心を持っていない。

 その関心の無さはジュリアス以上で皆無と言って良いほど。政治に関しても同様で口を出した事が一度も無い。


 第二王子の人となりを調べていて感じたが、彼はストイックなまでに『求道者』だ。

 武術と馬術、軍略の三つに天禀を持ち、その三つにしか興味を持っておらず、それ以外に関心を持っていない。


 余暇の殆どは自己鍛錬に費やして、私生活は質素そのもの。

 着るもの、食べるものは王族に相応しいものを嗜んでいるが、最低限。女性も奥さんが一人だけであり、愛人や妾は影どころか、過去にすら一人も居ない。


 何故、その第二王子が国王を暗殺したのか。

 皆目見当が付かない。その答えが解るとしたら、それはこれから始まる戦いに勝利する事が出来た後になるだろう。


 ただ確かな事は戦場で相対した時、第二王子ほどの強敵は居ない。

 個人として極めて高い武を持ち、その目は戦場の隅々を見渡して、その旗の下に集う兵達は練度も、士気も高く、厳しい規律に皆が死兵となって戦う。


 同兵力は当然として、兵力に勝っていても真正面から戦うのは下策。

 策に溺れさせる必要が有るが、第二王子は軍略に長けており、策に溺れさせる事自体が難しいときている。


 だが、第二王子は戦場の最前線を駆けてこそ輝く前線指揮官タイプであり、それを第二王子自身も好んでいる。

 これは国王としては致命的な欠点だ。どれほど勝利を戦術的に重ねようが、第二王子が戦場で討ち取られるか、捕縛されたら、それだけで戦略上の敗北が決定する。


 無論、第二王子を戦場で討ち取るのも、捕縛するのも困難を極めるに違いない。

 しかし、決して不可能ではない。第二王子もヒトである以上は疲れもするし、無敵では無い。


 まず間違いなく、第二王子は出陣を望むだろうが、周囲が必死に止める。

 第二王子が出陣する時、それはこちらに形成が完全に傾き、第二王子陣営が最後の手段として決戦を望んだ場合になる。


 なら、こちらはその時まで兵力を悠々と進めるだけだ。

 インランド王国は宮廷も、軍部も警戒を必要とする者達は居ても怖さを感じる者は居ない。


 国が成長の過渡期を過ぎ、停滞が永らく続いていた為だろう。

 嘗てのジェックスさんがそうだった様に才能を持ちながらも相応しい地位を得ていない者が多すぎる。

 血統ばかりを尊び、既得権益を守ろうと宮廷も、軍部もボンクラの巣窟になっており、そいつ等が要職を占めている。

 ボンクラ達の評価する点を強いて挙げるとするなら、それは既得権益を奪われまいとする異常なまでの警戒心の強さくらいか。


 また、第二王子派が宮廷に少ないのも弱点となる。

 政権を握った時点で第一王女派を宮廷からどれだけ排除するかに左右されるが、下手すると人手の足りなさから無政府状態に近くなるかも知れない。


 そうなったら、しめたもの。こちらは内と外の両方から攻める事が出来る。

 最高に上手くいけば、第二王子と戦わずして、その首だけを手に入れられる可能性を秘めている。


 その次に嬉しくないのが第一王女が王位に就いたパターン。

 第二王子が武術と馬術、軍略の天才なら、第一王女は謀略の天才で政治にも長けている。

 不正を許さない正義感を持ち主で過去に宮廷と軍部の綱紀粛正を何度も行っており、警戒心の強いボンクラ共を鮮やかに出し抜いた手腕は称賛を素直にあげたい。


 それだけに王都で政変がもし起こるとしたら、可能性が高いのはこのパターンだと俺は考えていた。

 この場合、正義感が強い第一王女では国王暗殺の手段は選べない。国王を退位に追い込んでのスマートな政変になっていた筈だ。


 だが、国王はまだ若くて健康そのもの。

 この理由から俺はミルトン王国戦線遠征中に王都で政変が起こるかも知れないと予想しながらも実際に起こる可能性は低いと考えていた。

 正直なところ、第一王女ほどの者が国王暗殺の企みを事前に気づけなかったのかという疑問が俺の中に有る。第二王子の国王暗殺の動機に並んで腑に落ちない点である。


 もし、王都で政変が起こるとしたら、それは王太子が急死した時と考えていた。

 この場合、国王が存命の為、第一王女と第二王子のどちらに後継を定めるかで話は変わってくるが、謀略に長ける第一王女に大きく分が有る。

 王都の混乱は王城の中だけ、或いは貴族街の中に留まり、政治的な混乱も最小、最短で済む。王都の民衆も美貌と聡明さを持つ王国初となる女性の王太子を歓迎するだろう。


 それこそ、ジュリアスが納得してしまう可能性は非常に高い。

 今回の結果以上に決起の説得は難しくなり、王妃、王太子、王太子妃、第二王女の命と引き換えになるなら、離島幽閉くらいは自ら受け入れてしまいかねない。


 しかし、王位争奪戦における貴族達の派閥争いは長く続きすぎた。

 報復人事が確実に行われるだろうし、それを恐れる第二王子派は前述で語ったインランド王国における国王の理想像を大義名分にして、第二王子を旗頭に国を割るに違いない。


 この時、内乱の勃発を防げなかった国王は求心力を著しく失い、第一王女が『摂政』として実権を振るう事になる。

 だが、軍部に力をあまり持っていない第一王女が正当性を持ち、軍部の要人を幾人か自陣に加える事に成功したとして、第二王子相手に何処まで戦えるか。


 俺達が付け入るとしたら、ここしかない。

 最初に挙げた第一王女と第二王子が争い合うパターンに似ているが、第一王女がどんな大義名分にも勝る正当性を持つ点が大きく違う。俺達にとって、これが不都合過ぎる。

 そうと知れたらジュリアスは俺を一生許さないだろうが、第一王女と同盟を結んで第二王子を共に攻めながらも第一王女が敗北する様に誘導するか、暗殺した後、第二王子に決戦を挑むしかない。


 最後に最悪なのが現状の第一王女と第二王子の二人が手を結んだパターン。

 内側から崩そうにも謀略に長けた第一王女が、外側から対峙しようにも軍略に長けた第二王子が存在する為に突き崩す隙が見当たらない。


 それでも、王位に就いたのが第二王子だった場合、こちらが事を優位に進められる策はあった。

 前述の通り、その場合は第二王子が前線に出てくる可能性が低い為、ある程度の勝ちを戦場で重ねられたからだ。


 しかし、王位に就いたのが第一王女だった場合、第二王子が最初から戦場に出てくる可能性がある。

 どんなに綺麗な大義面分を掲げようが『王位』という錦の御旗を持たない以上、こちらは何処までいっても反乱軍でしかない。


 味方達や民衆に一度の敗走で与える影響は大きい。

 一度や二度ならまだしも、三度となったら決定的。求心力を著しく失い、櫛の歯が欠ける様に旗色を変えようとする者達が出てくる。


 俺達は勝って、勝って、最後まで勝ち続けなければならない。

 それも一年の短期決戦でだ。それ以上の時間をかけたら、俺達と戦うのは第二王子に任せて、王都で政権の安定に専念が図れる第一王女は王位を名実共に確立させてしまう。


 だが、それがどんなに困難な事かは改めて語るまでもない。

 俺は負けるつもりは毛頭ないが、その実はどう勝てるかで頭が痛い。

 胸の内を明かせば、『どうして、第一王女と第二王子が手を結ぶかな?』と理不尽な不満さで一杯であり、『これがゲームならムリゲー! クソゲーだよ!』である。


 だからこそ、今は一人でも多くの味方が欲しかった。

 誘い言葉は軽いが、本音は喉から手が出るほど欲しいし、昼行灯かと思いきや実は頭が切れると再評価している第十五騎士団の団長ならと期待していた。


「う~~~ん……。質問、良いですか?」


 そして、その期待は間違っていなかった様だ。

 第十五騎士団の団長は口をへの字に結んで明確な即答は避けたが、思慮深さを言葉に含んでおり、立場が第一王女派だから俺達とは敵対するのが当たり前という短絡さを感じない。


「団長っ!?」

「ヒシホー卿っ!?」


 しかし、第十四騎士団と第十五騎士団の副団長二人にとって、それすらも意外だったのだろう。

 目をこれでもかと見開きながら非難が混じった声を揃え、その驚きは静かだった場をざわめきに変えた。




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