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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十五章 男爵 オータク侯爵家陣代 百騎長 暗雲編 上
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第03話 チェックメイト 中編




「では、ご説明しましょう。

 侵攻路は二つ。ヌミトール男爵領からの北口とトリス砦からの西口が有りますが……。

 まずは北口について。こちらは論外、攻め口として検討する価値は有りません。

 何故かと言ったら、北部地方は険しい山岳地帯。

 五つの山脈が北東から南西へと手の爪を突き立てる様に伸びており、それそのものが天然の要害となって我々の前に立ち塞がっています。

 一例として挙げるなら、北口に入った段階で三つの峠を越えなければなりません。

 街道は狭くて細く、道中に小さな村が二つは在りますが、万を超える兵力を休ませる様な広さは有りません。

 当然、行軍の速度は遅々としたものとなり、敵に迎撃の余裕を十分に与えてしまう問題も有りますが、先に挙げた補給の問題にも大きく引っかかってきます。

 それにティミング卿を目の前にして、こう言うのも何ですが……。北部地方の戦略的な価値はゼロ。苦労ばかりが多くて、それに見合うだけの魅力が北部地方には有りません」


 第十五騎士団団長『ジャン・デ・シヤウユ・ヒシホー』、彼は所謂『お飾り』、或いは『お神輿』である。

 軍人としてはまだ十六歳の新人であり、このミルトン王国戦線は兵役義務よる参戦。爵位は士爵、階級は十騎長でしかない。


 しかし、団長に任命されるだけあって、その家柄は凄い。

 本人は継承権を持たない次男だが、ヒシホー家は法衣貴族の伯爵位を持ち、王都巡回使総監の役職を世襲して務めている。


 前の世界で例えるなら、王都巡回使総監は警視庁総監と言える存在。

 即ち、法務閥に属するバリバリの第一王女派であり、その中枢に位置する家と言っても過言で無い。


 ところが、本人は『お飾り』に徹しているのか、元からそう言う性格なのか。

 こちらからも、あちらからも積極的な交流を持たなかった為、一概には言えないが、これまでの会議の様子を見る限り、正に『お飾り』と例えるのに相応しいくらい自己主張がまるで無かった。


 日頃もこの街隣の湖に船を浮かべて、趣味の釣り三昧。

 俺へ対する不満を煽るでもなければ、抑えるでもない。完全に放置である。

 今日とて、第十四騎士団の副団長や周囲に尻を叩かれて、この執務室を訪れたのは難くない。訪れた時の面倒臭そうな表情がそれを物語っていた。


「ふっ……。そうですな。正しく、コミュショー卿の言う通りかと。

 前方に連なった山々が見えるのなら、その背後にも連なった山々が必ず在る。それが北部地方です。

 平地と呼べるほどの地はそう在りません。在ったとしても、そこは河の氾濫が起こり易い地ばかり。

 ですから、北部地方は麦の収穫量が少なく、林業や畜産、果樹園などで補ってはいますが、何処の村も基本的に貧しい。

 その上、二度の国家総動員令により人口が減り、行き詰まった幾つもの村が廃村となっています。残っている街や村も限界に近い」

「限界……。それほど?」

「ええ、占領するだけなら容易いでしょうが、占領後に大きな問題を抱える事になります。

 だから、ミルトン王国を守る立場だった頃の私は北部地方に兵力を割かず、兵力をトリス砦一点に集中させました。

 もし、インランド王国が北部地方へ侵攻しれくれたら儲けもの。幾らかの土地は失ったとしても十分に疲弊を与えた後に奪い返したら良い。

 今、コミュショー卿は北部地方の戦略的な価値をゼロと言いましたが、この点だけ訂正しましょう。ゼロではなく、マイナスです。それも大きなマイナスです」

 

 だが、その印象を変える積極的な問いかけ。

 俺の説明を補足する元領主様の話にも真剣に聞き入っており、話を更に聞き出そうと相槌を返してさえもいる。


 ちなみに、第十五騎士団の団長ほどの人物に問われて、代役にマイルズを立てる訳にもいかず、マイルズは既に着席済み。

 名誉挽回の機会を与えられなかった代わりに今夜はもう無理だろうが、明日は綺麗なお姉さん達がたくさん居る場所へ社会勉強に連れて行ってあげるとしよう。


「はい、ありがとう御座いました。ティミング卿、その辺で結構です。

 次は西口について。こちらはもっと論外になります。

 ……と言っても、トリス砦の先に待ち構えている兵士達はお世辞にも精強とは呼べない弱兵ばかり。

 当然、我が国の精鋭が負けるなんて有り得ない。勝ち戦の気勢に乗り、そのまま進軍したら残る三割の中部地方の土地を手に入れる事も簡単です」


 どうも第十五騎士団の団長の様子が気になる。

 まさか、やる気が急に湧いてきた訳ではあるまい。もしや、第一王女から何かを探れと指令が出ているのかも知れない。

 その真意を探る為、元領主様の発言を割り入って止めると、持論とは真逆になる功名心を煽る大きな釣り針を目の前に垂らしてみる。


「それなら、何故!」


 しかし、釣り針に喰い付いたのは隣に座る第十四騎士団の副団長だった。

 せっかく、第十五騎士団の団長が口を開きかけていたにも関わらず、熱り立った第十四騎士団の副団長が席を蹴って立ち上がった為に第十五騎士団の団長の発言は完全に掻き消されてしまった。


「しかし、それこそが愚策。そこに罠が待っている」


 胸の底から思いっきり『お前じゃねぇ~よ!』と叫びたい気分。

 第十五騎士団の団長も眉を不愉快そうに寄せており、出来る事ならやり直しを要求したい。


 だが、時は戻らない。既に第十五騎士団の団長の目から先ほどまでの熱は失われている。

 やり直したとしても、いつもの『お飾り』としてのやる気の無い反応が返ってくるだけに違いない。


 それが擬態なのか、先ほどの様子が本性なのか。

 注目して、様子を見る必要が有る。早速、明日から今まで疎かにしていた交流を深めるとしよう。


「罠くらい何だと言うのです! 罠が有るなら噛み破ったら良いだけの事!

 それに罠が有ると解っているのなら、その罠を何とかするのが参謀長たる貴方の役目ではありませんか? 慎重も度が過ぎれば、ただの臆病者だ!」


 差し当たっての問題はこいつ、第十四騎士団の副団長だ。

 まるで我慢が効かない子供の様に感情を爆発させると、人差し指を俺へ突き付けながら唾を飛ばして罵りまくり。


「その威勢は買いますが、残念ながら無理です。

 この罠の正体は中部地方の西に存在する巨大な湖。我々ではどうする事も出来ません」

「はっ! その程度!」

「この街の隣に在る湖なんて目じゃない。海と見紛うほどの巨大な湖と知ってもですか?」

「海と? 何を馬鹿な事を……。そんな湖が在ったら是非ともこの目で見てみたいものですな!」


 そればかりか、俺を鼻で笑い飛ばした挙句、ヒトを小馬鹿にしたニヤニヤとした笑みを浮かべて、これ見よがしに肩を竦める有り様。

 皆の背後、壁際に立つネーハイムさんとタムズさんが憤り、思わずと言った様子で拳を固く握り締め、半歩を踏み出したのを落ち着けと二人を目線で制す。


 しかし、困った。第十四騎士団の副団長を黙らせるだけの証拠が無い。

 俺が持っているのは情報のみ。トリス砦先に在る件の湖を含んだ地図を作らせてはいるが、まだ満足な仕上がりには至っていない。


 こうなったら、まだ未完成でも地図を皆へ公開するべきか。

 それとも、同じ情報を副官として共有しているマイルズへ助力を頼むかで悩んでいると、柏手を打つ音が鳴り響いた。


「おおっ……。そう言えば、俺も酒場で小耳に何度か挟んだ事が有るな。名前は確か……。」

「七大湖ですか?」

「そう、それそれ。真夏の乾季の間は陸地が干上がって現れ、七つの湖に別れるが、その時以外は七つの湖が一つになって繋がるとか」

「はい、その大きさは一国の領土を軽く凌駕するとの事です」


 誰かと思ったら、ジェックスさんだった。思わぬ助け舟に心の中でガッツポーズを握る。

 ジェックスさんは酒好きで知られているが、雑多溢れる情報が飛び交う酒場へ足繁く通っている事もあって、噂や流行に耳聡くて物知りとして知られている。

 ただ、その知識幅は広い一方で浅いの難点だが、ここで大事なのは俺だけが知っている知識に非ず、ジェックスさんを含む酒場へ通う多くの者達も知っている知識である背景が有るところ。


 実際、第十四騎士団の副団長は勢いを失った。

 あとは簡単。ジェックスさんの言葉に補足を付け足してあげたら良い。


「そ、そんなに大きいのっ!?」


 その結果、俺の言っている事に真実味が帯び、ジュリアスが驚き叫んだのをきっかけに場がザワリと沸く。

 俺とマイルズ、ジェックスさんの三人を除き、誰もが目を見開いた顔を見合わせて信じられないと言わんばかり。


 余談だが、件の『七大湖』はトリス砦からそう遠くない。

 トリス砦の西にはこれといった難所も存在せず、徒歩でゆっくりと向かっても十日から二週間程度のところに在る。


 目と鼻の先とまでは言わないが、それほど近くに在りながら、こうも認知されていないのは何故か。

 それはこの世界に世界地図を作れるほどの地理学が育っていない点が真っ先に挙げられるが、最大の理由はインランド王国とミルトン王国が半世紀以上も戦い続けている事自体にこそ有る。


 これがロンブーツ教国領やアレキサンドリア大王国領だったら話は違っていた。

 この両国とは陸路のみならず、海路でも繋がっており、そこから人々の交流が有る。


 ところが、インランド王国とミルトン王国が繋がっているのは陸路のみ。

 それもオーガスタ要塞が造られてから約十年前に陥落するまでの長らく間、その狭い山間地が常に戦いの舞台になり続けた。


 当時、インランド王国とミルトン王国を繋ぐ唯一の陸路でだ。 

 戦いが発生する危険性は季節に関係なく有り、戦いが起こったら広範囲に渡って通行止めとなり、その最中に居ようものなら絶対に巻き込まれる様な街道を利用したがる者など普通は居ない。


 当然、人々の往来は次第に途絶えてゆき、インランド王国とミルトン王国は陸路で繋がりながらも完全にあらゆる面で隔絶した。

 地理知識もその中の一つである。中央軍司令部が保持するミルトン王国の地図の精度の低さと言ったら子供の落書きかと思うくらいだ。

 特に西へ進むに従って適当さと曖昧さが酷くなり、件の『七大湖』も西部地方の地図に描かれてはいるが、端の方に描かれている為に大事な全体図とその巨大さが解らない。湖を泳ぐ水竜の絵の方がよっぽど気合が入っていて呆れる始末。


 ましてや、この世界はインターネットはおろか、新聞すら無い。

 情報伝達の手段は全てが人伝。政治や軍事に関わる機密は発表が無い限り、それを発した、受け取った人物の手の中で止まる為に知りようが無い。


 要するに知ろうと積極的に動かなければ知らなくて当然の事が多い。

 百人、千人の兵士達を率いる指揮官であるなら先の事は知っておくべきだが、件の『七大湖』が在るのは先の先。そこまで知ろうとする者はなかなか居ない。


「海の如く広大なら当然ではありますが、七大湖に接している国はミルトン王国だけでは有りません。

 私が独自に調べましたところ、その数はミルトン王国を合わせたら六つ。いずれも我が国より小国です。

 今現在、静観を決め込んでいる様ですが、我々が兵力を七大湖に進めたら明日は我が身。座視はしていられなくなる。

 単独で勝てない以上、これ等の国々による連合軍が編成される可能性は非常に高い。特にミルトン王国西のラバマ王国は真っ先に参戦してくる筈です」


 だが、これで再侵攻に伴う大き過ぎるリスクを漠然とでも理解して貰えた筈だ。

 我ながら『七大湖』を海に例えたのは良かった。海なら王都の東に広がっており、その航路の先々に数多くの国々が在るのは貴族なら誰でも知っている常識で想像がし易い。


「そうなったら、我々は負けます。それも一方的に……。

 どうしてかと言ったら、その答えは単純明快。我々は陸軍であって、水軍とは違うからです」

「なら、どうしろと言うんだ!」


 その上、非情な現実を突き付けられて、第十四騎士団の副団長は激昂した。

 これこそが現状維持を訴える最大の理由であり、その単純明快さ故に再侵攻がいかに困難かが解り易い。


 例えば、現状維持の選択を取り下げて、トリス砦から西進を選択したとしよう。

 その場合、トリス砦西の先に築かれた敵陣の突破が第一目標となるが、本命はもっと先。件の『七大湖』に接して造られた港湾都市『ヌーヨーク』を攻略しなければ意味が無い。


 何故ならば、その街が東からの街道を北と南に伸ばす交通の要所であり、北部地方と西部地方の玄関口と言える街だからだ。

 それにトリス砦西の山間を抜けると、その先の土地は扇状に広がった平野であり、防衛に適した拠点がこの街以外に存在しない。逆に言えば、この街を抑えたら残る三割の中部地方の支配権を得たも同然となる。


 しかし、快進撃はそこまで。そこからは北にも、南にも進めない。

 その理由は今言った通り、我々は陸軍だ。船は造れても、水上戦の練度は一朝一夕で培えない。


 だが、ミルトン王国を初めとする七大湖に接している国々は違う。

 歴史を七大湖と共に歩んできているのだから、それなりの水軍力を保持していると然るべきである。


 つまり、敵は七大湖の沿岸部全てに地の利を圧倒的に有しており、どんな場所も好きなだけ上陸し放題。

 それでいてながら、旗色が悪くなったら湖の奥へ逃げるだけで簡単に撤退成功。こちらは満足に追いかけられないときている。


 これでは堪らない。とても戦いにならない。

 北と南、どちらに兵力を進めても常に後方遮断の危険性が有る。

 第一、前線基地となる『ヌーヨーク』をひ弱な水軍で維持し続けられるとはとても思えない。


 だったら、トリス砦を最前線と定め、穴熊を決め込んでいるのが最良に決っている。

 第十四騎士団の副団長もそれが解ってしまったが為の激昂だろうが、これではまるで子供の駄々だ。


「その問いに答えを敢えて出すとするなら『どうしようもない』です。

 最早、一方面軍の裁量を超えています。この先は国同士の問題であって……。恐らく、陛下も、中央軍司令部も、それが解っている筈です。

 その証拠に去年も、今年も、現状維持を努力目標として伝えてありますが、中央軍司令部からは嫌味が返って来ても、文句は返って来ていませんから」


 思わず深い溜息を漏らしながら首を左右にやれやれと振る。

 それが第十四騎士団の副団長の感情を逆撫ですると解っていながらも止められなかった。

 俺にとって幸いなのはインランド王国軍の最上位機関である中央軍司令部が俺と同様の見解を持っているっぽい点である。


 いかに人々の東西往来が途絶えていたからと言えども、オーガスタ要塞が陥落してから約十年が経っている。

 これだけの年月が有ったら、俺個人が情報収集した以上の情報を得ている筈だし、七大湖に接している国々もちょっとでも未来が見える者が居るなら我が国と国交を開こうと使者を送ってきている筈だ。


 それを明確に伝えてこないのはいつものジュリアスへ対する嫌がらせなのだろう。

 第一王女派と第二王子派にとって厄介なのは平民や下級貴族に根付いたジュリアスの人気であり、第十四騎士団と第十五騎士団の上級士官は第一王女派と第二王子派で占められていても、下級士官以下の殆どは旗色を明言していない潜在的な第三王子派である。


 事実、初期の不満は現状維持案を許可したジュリアスへ向けられていた。

 それを現状維持案を発案した俺へ水を向けたのは実は第十四騎士団と第十五騎士団に潜伏させている協力者であり、その指示を行ったのは俺自身だったりする。


「えっ!? ……って言う事はさ。

 もう手詰まりで……。区切りはとっくに付いているのに……。父さんはそれを付けようとしていないって事? どうして?」

「さあ? それが解らないから困っています。

 そもそも、オーガスタ要塞が陥落してから論功行賞のタイミングは何度も有りました。

 しかし、陛下はそれ等を無視して、十年以上も戦い続けている。明らかにこれはおかしい。

 当然、何らかの理由があって然るべきなのですが、その理由がさっぱり解らず、それを明かそうともしない」


 しかし、その予想が正しいとするのなら、国王の意図がやっぱり解らない。

 ジュリアスが立てた人差し指を顎に当てながら小首を傾げて問いてくるがその答えを応えられない。


 何かを言えるとしたら、そのいつもながら可愛らしい乙女乙女した仕草は止めろと怒鳴り声を飛ばす事くらい。

 だが、それも場にそぐわない為、グッと我慢して飲み込み、ジュリアスの勉強を兼ねた意味で長年に渡るミルトン王国との戦争についての持論を説く。


「これはあくまで私個人の考えですが、戦争とは最後の外交手段。莫大な費用を費やして行う利益の奪い合いです。

 なら、パッと始めて、パッと終わらせるのが最上策。

 現在の様に明確な戦略目的を定めず、得られる利益以上の費用を費やして、十年以上も戦うのは下策。

 ましてや、オーガスタ要塞が陥落する以前も合わせたら、半世紀以上もだらだらと戦い続けているのは下の下と言わざるを得ません」

「参謀長! あなたがそう言えるのは新参者だからだ!

 俺は父も、祖父も、ミルトンの奴等に殺された! この戦いに上策も、下策も無い!」


 またもや、椅子を蹴った音が響く。

 案の定、その発生源は第十四騎士団の副団長である。


 鬱陶しい相手だが、こいつは俺が欲している反論を何故にこうもズバリと言ってくれるのか。

 ひょっとして、マイルズが気を利かせて、台本を事前に渡しているのかと考えてしまうほどであり、表情は真顔を引き締めながらも内心は嬉しさにホクホクさせながら諭す。


「そう、正にそれです。戦争は長く続けば、続くほどに憎しみの連鎖は深まってゆく。

 しかし、殺されたから、殺して、最後の一人になるまで戦い続けますか? そんなの無理ですよ。

 憎しみの連鎖は何処かで断ち切らなければならない。土地を手に入れても、そこに住まう人々の心を得られなければ意味が無い。

 事実、今ですら決して少なくない兵力が治安維持に割かれていて、我々は全力で戦えていません。強い反抗心を持った国民を隷属させたところで火中の栗を拾う様なものです」


 今にして思う。俺達が初めてミルトン王国戦線の地を踏んだ時は本当に酷かった。

 当時、我が国は東部地方を完全な支配圏に置いていたが、治安はどこもかしこも最悪だった。


 撤退時に逃げ遅れたのか、はぐれたのか。それとも、最初から思惑が有ってのものか。

 元ミルトン王国の騎士達や兵士達が人里離れた山中や森の中に潜み、これが盗賊化、山賊化。我が国へ対する反抗活動の名の下、街道を通る旅人や商人、我が国の補給部隊を襲う事件が各地で頻発していた。


 しかも、この活動を歓迎する風潮が各地の村や街に有り、支援者すら密かに居るのだから手が付けられない。

 我が国の騎士、兵士が夜道を千鳥足で歩いていた挙句に惨殺される事件など珍しくも無く、その犯人を探そうにも街や村の住人全員が何も知らないと口を揃え、迷宮入り事件として処理される事が多かった。


 しかし、もっと最悪なのは歴代のミルトン王国戦線方面軍総司令官の占領下統治方針だ。

 目の前の第十四騎士団の副団長の様にミルトン王国へ対する憎しみを隠そうとせず、虐待、略奪を半ば黙認して、逆らう者は身分を奴隷に落としての鉱山送りを奨励した。


 こんな苛烈を通り越した酷い統治で元ミルトン王国民に帰順しろと言うのは無理が有り過ぎる。

 逆に反抗心を煽る結果を生むに決まっており、ミルトン王国戦線に投入されている全兵力の三割強もが治安回復の目的の為に割かれていたのだから実に馬鹿馬鹿しい。


 治安が水準に戻り、良くなったと実感したのは一昨年の秋くらい。ジュリアスがミルトン王国戦線方面軍の実権を握り始めてから。

 今は占領地が二倍以上広くなり、焦土作戦でモンスターランド化した一帯もある為、治安維持に投入されている兵力の割合は今も変わらないが、東部地方を限定にするなら全体の一割以下にまで大きく減り、たまに盗賊化、山賊化した元ミルトン王国の騎士達や兵士達が自ら降伏を申し出に出頭したという話すら聞くようになっている。


「それなら、今まで死んでいった者達の無念はどうなる! 

 憎しみの連鎖を断ち切れと言うのなら、それはミルトンが滅んだ時だ!」


 それでも、インランド王国民、ミルトン王国民の双方に根付いてしまった恨みや憎しみはやはり深い。

 第十四騎士団の副団長もその一人であり、こういった人物はどれだけ諭しても自身の感情を最優先して聞く耳を持たない事が多い。


「そういう事でしたら、ご安心を……。

 ミルトン王国はもうとっくに詰んでいます。余命、あと十年といったところでしょうか?」

「な、何っ!?」


 だが、憎しみの対象の滅亡を予言されては驚きに絶句するしか無かった様だ。

 第十四騎士団の副団長は目をギョギョッと見開き、言葉を何か発しようとするも声にならず、口を中途半端にアウアウと上下させるのみ。


「戦争とは剣を交えるだけが手段では有りません。剣を交えずとも戦う術は幾らでも有ります。

 それに考えてもみて下さい。ミルトン王国は国土の半分を既に失っています。

 特にこのネプルーズの街とトリス砦の間にある広大な平野を失ったのは痛いを通り越して致命的です。

 今、ミルトン王国に残っているのは西部地方と先ほど挙げた実入りの少ない北部地方の二地域。

 西部地方は商業的に栄えている地域ですが、商業のベースとなる麦が無かったら物価の高騰は止まりません。

 最早、ミルトン王国に万単位の兵力を何度も動員するだけの国力は無いと言って良いでしょう。

 しかし、こちらがトリス砦に兵力を置いている限り、ミルトン王国はトリス砦の先に万単位の兵力を常に布陣させておく必要がどうしても有る。

 今、これが大きな負担となって、ミルトン王国の首をじわじわと締め付けています。

 もし、ミルトン王国宮廷に先を見通せて、その未来を真に憂う者が居るとするなら……。

 そうですね。早ければ、今年中に、遅くても来年には停戦の使者を送ってくる筈です。そうなったら、そこから先は陛下と宮廷の外交努力次第です」


 その隙を突き、ミルトン王国が滅亡間近な根拠を理詰めしてゆく。

 しかし、何故だろうか。第十四騎士団の副団長が膝をブルブルと震わせた後、椅子へ脱力して座り戻ったまでは予想通りだったが、言葉を重ねてゆく度、ジュリアスの目が好奇心にキラキラと輝き増し始めた。


 嫌な予感がした。極力、ジュリアスと目を合わさない様にしていたが、気になって気になって仕方が無い。

 そのますます増してくる輝きを増してくる目に気圧され、思わず一歩後退。俺の発言が終わった途端、ジュリアスの右手が元気の良い声と共に高々と勢い良く挙がった。


「はい!」

「あーー……。どうぞ」


 もう言いたい事は全て言い切った。

 一瞬、無視を決め込もうかと悩むが、そうもいかない。苦渋の決断を下して、ジュリアスへ発言権を渡す。


「何もしない現状維持が一番良いってのは解ったけど……。

 だからと言って、ニートがただ黙って何もしていない筈が無いよね? 裏で何かやってるんでしょ?」

「はっはっはっ! 嬉しいお言葉ですが、それは買い被りというものですよ」

「でも、いつだったか言ってたじゃん?

 戦いとは常に二手、三手先を読むもの。現状に満足するのは思考停止であり、怠慢だって」

「うっ……。」


 嫌な予感は見事に的中した。

 ジュリアスの指摘に胸をドキリと高鳴らせながらも笑い飛ばすが、スルー失敗。ここに来て、言葉を初めて詰まらせる。


 どうして、こいつはこうも勘が良いのか。過去の発言まで出されては誤魔化しきれない。

 こうなったら、敗北者は勝者に従うのみ。明かすつもりは無かった秘策を明かすしかあるまい。


「それに『剣を交えずとも戦う術は幾らでも有ります』って、今言ったばかりでしょ? 僕はその術が知りたいな?」

「うぐぐっ……。」


 そう、俺はこのジュリアスの好奇心にキラキラと輝く目にどうしても弱いのだから。




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