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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十五章 男爵 オータク侯爵家陣代 百騎長 暗雲編 上
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第01話 明日、晴れるか




「う~~~ん……。ここかな?」

「なら、ここで」

「うぇっ!? そんな所が?」


 腕を組みながら悩んでいたジュリアスの右手が伸び、盤上の駒が音をパチリと立てて進む。

 その音に手元の開いた本から視線を盤上へ移す。応手をノータイムで放つと、ジュリアスは大袈裟なまでに身体をソファーの中で跳ねさせた。


 今、俺達が行っているのはこの世界のボードゲームの一種『ユニバース』と呼ばれるもの。

 縦横が二十一マスの盤上に配置した駒を交互に指してゆき、最終的に相手のキングを打倒するゲームである。


 最大の特徴は自分の分身たるキングを除き、各種駒にコストが定められている点だ。

 ゲーム開始時に持ち点が尽きるまで好きな駒を好きなだけ選ぶ事が可能であり、それを手前四マスの自陣内なら何処にでも配置が出来る。


 無論、強い駒ほどコストは高い。

 例えば、勇者や魔術師といったこの世界ならではの強い駒ばかりを列べたら、持ち点はあっという間に尽きてしまう為、このゲームは駒選びの時点から勝負が既に始まっているのが面白い。


 他にも先手番毎にランダムで変わる天候の要素が有り、見た目は前の世界の将棋やチェスに近いが、中身は机上作戦演習を簡略化したシミュレーションボードゲームに近い。

 その為、騎士に必要な教養の一つとして数えられ、時に出世の一助になる場合もあって、多くの騎士がユニバースを嗜んでおり、王族であるジュリアスも当然の様に嗜んでいた。


 片や、俺がユニバースを初めて知ったのは遅い。騎士になってからだ。

 トーリノ関門での一年目の冬。厳しい吹雪が何日も続いて、兵舎に閉じ込められ、ジェックスさんから暇潰しの手段に教えられた。


 思い返せば、トーリノ関門時代の戦績は実に酷いものだった。

 初心者なのだから当然ではあるが、経験者のジュリアスやジェックスさん、ネーハイムさんに勝ち星を好き放題に奪われ、対等な相手と言ったらユニバースを一緒に始めたニャントー達くらいしか居なかった。


 しかし、ここ数年は違う。

 もし、ユニバースが将棋やチェスの様にルールがもっとシンプルで才能と経験、一瞬の閃きを重視するゲームだったら、俺は今もヘボな打ち手だったろうが、ユニバースは複雑な曖昧さがシミュレーションボードゲームに近いゲームだ。

 最近は趣味レベルを超えて嗜んでいる強者揃いの参謀部の面々にすら勝ちが拾える様になっていて、ジュリアス相手ならほぼ負け無し。十中八九の確率で勝てるまでになっている。


 だが、今日のジュリアスは十回やったら十回勝てるくらい打ち筋が酷い。

 その理由は明白だ。俺が仕事をしている最中に押し掛けて、ジュリアスは自分からユニバースを半ば強引に誘っておきながら対戦にちっとも集中していない。

 ゲームを始めた頃はそうでもなかったが、暫くすると俺を何やら意識し始め、何度もチラチラと盗み見ては何かを言いあぐねている様子がみえみえだった。


「さて、本を読むのも飽きた。そろそろ、本題に入ったらどうだ?」

「えっ!?」


「えっ!? ……じゃねぇ~よ。もう五手も前から詰んでいるのをまだ気づかないのか?」

「ええっ!? 嘘っ!?」


 それを指摘した上で対戦が実は既に終わっている事実を告げると、ジュリアスはビックリ仰天。

 身をソファーから勢い良く乗り出して、テーブルに広げている盤の左右に両手を突き、大きく見開ききった目で盤を真上からまじまじと凝視し始め、その様子に思わず苦笑しながら窓の外へ視線を移す。


 こうも言いあぐねるくらいだ。

 さぞや、厄介な問題を持ってきたに違いない。話が長くなりそうなのは容易く想像が出来た。

 だったら、酒を飲みながらと考えたが、外はやや茜色に染まっている程度でまだ明るい。


「おぉ~~い! お茶を頼む!」

「はぁ~~い! 只今ぁ~~!」


 取りあえず、夕飯までの場繋ぎにお茶のお代わりを大声で頼むと、屋敷の何処からかエステルの元気の良い返事が聞こえてきた。




 ******




「なるほどね……。」


 案の定、ジュリアスの話はそう長いものでは無かったが、実に厄介な問題だった。

 腕を組んで背をソファーに深く預け、天井を見上げて眺めながら口を『へ』の字に結ぶ。


 過ぎてしまえば、月日が経つのは本当に早いものだ。

 今、俺達は四度目になるミルトン王国の夏を迎えていた。


 しかし、前線はトリス砦を降伏させた二年目以降、前にも、後ろにも進んでいない。

 俺は補給路に不安を抱えたままでの進軍を由とせず、三年目はネプルーズの街を本営に定めると、焦土地帯の復興に全力を注いだ。


 幸いにして、ネプルーズの街は大規模な港が在る。

 川を船で下りさえすれば、前線基地のトリス砦までたったの一週間の道のりである。


 もし、ミルトン王国軍が攻めてきたとしても、その報を携えた伝令官が昼夜をかけて走り、トリス砦からネプルーズの街まで到着するのが五日前後。

 合わせて、約二週間が援軍到着にかかる時間となるが、トリス砦の堅牢さを考えたら十分な時間だ。五千の兵力が常駐しており、備蓄は常に二ヶ月分の余裕を保たせてもいる。


 勿論、もう一方の前線。街道が北部地方へ繋がるヌミートル男爵領の備えも忘れてはいない。

 ただ、こちらの方面に関しては心配をあまり抱いていない。トリス砦の背面を突くにしても、ネプルーズの街を一足飛びに目標とするにも無駄に大回りとなる為、進軍ルートとしては現実的で無いからだ。


 挙げ句の果て、ヌミートル男爵領へ進む上で連続した険しい峠越えが有り、大軍を動かすのに適していない。

 一応、三千の兵力をヌミートル男爵領に常駐させているが、これは自分を含めたミルトン王国戦線方面軍全員の安心感を得る為だけの存在であり、いざという時は逃げろと命令してある。


 その上、実は峠を越えた先の北部地方領主が元領主様と懇意の仲というのが非常に大きい。

 ミルトン王国の旗を仰いではいるが、ミルトン王国宮廷に対する不満を強く持っており、ミルトン王国軍がこちらの方面から大軍を動かす時は一報を届けてくれる密約を結んでいる。


 そして、四年目。今年の春、俺は三年目と同様に作戦方針を現状維持とした。

 焦土地帯を通る三本の街道の内、南ルートの一本は順調な復興を遂げて補給路は確立したが、それに伴った別の新たな問題が発生した為だ。


 モンスターランド化した焦土地帯からのモンスター排除。

 これを実現させる為、三年目の春に戦時下で閉鎖していたネプルーズの街とレッドヤードの街の冒険者ギルドを復活させて、モンスター退治を公共事業化したらビックリするくらいに大当たり。

 特にこれといった誘致を行った訳でもないのに、通常より割増の報酬が貰えるという噂を聞きつけて、三ヶ月も経つと予想を遥かに超える数の冒険者がネプルーズの街とレッドヤードの街に集い始めたのである。


 ヒトが集まれば、金儲けの臭いを嗅ぎ付けて、商人も集まるのが世の中の仕組み。

 それも金を落とす大本が宵越しの銭を持たない傾向の者が多い冒険者達となったら尚更だ。商人達はインランド王国からオーガスタ要塞を越えて、ありとあらゆる物を競い合う様に輸入し始めた。


 しかも、これだけに留まっていない。

 今年の春、雪解けを迎えると待っていましたと言わんばかりに今度はインランド王国辺境の農家の次男、三男やミルトン王国の国家総動員令から逃れた元ミルトン王国難民までもが続々と集まり始め、その勢いは日に日に増していた。


 この現象を不思議に感じて調査させると、どうやら大儲けで気を良くした商人達が更なる大儲けを企んで噂を積極的にバラまいたらしい。

 今現在、焦土地帯の復興作業に捕虜奴隷達を大々的に用いている政策を都合良く解釈して、ミルトン王国戦線方面軍が元ミルトン王国中部地方での開拓民を大募集している。そこへ行きさえしたら、自分の土地が貰えるという様に。


 あながち間違ってはいないが正しくも無い。

 こちらでも開拓民の募集を予定はしていたが、それは捕虜奴隷達の振り分けがまずは済んでからだ。

 それに移民者、難民、捕虜奴隷を一緒に混ぜての振り分けは将来的に差別を生む可能性が有る為、この辺りは慎重にならなければならない。


 それ故、移民者と難民の皆様には危険な長旅の果てに落胆が待っているのだが、我がミルトン王国戦線方面軍はいつでも優秀な兵士をウェルカム。

 冒険者ギルドとて、モンスターの討伐が可能な冒険者は勿論の事、その冒険者を支える雑務冒険者の雇用も今は溢れており、真面目に働いていれば食いっぱぐれる事はまず無い。

 今や、この好循環によって、ネプルーズの街とレッドヤードの街はあまりの賑わいに城壁の外までヒトが溢れ、バブル景気が音をブクブクと立てて湧き始めていた。


 だが、ヒトが集えば、モラルが低下して、犯罪の発生率が上がるのも世の中の仕組み。

 特に商人達の潤った懐を狙い、盗賊や山賊による被害が東部地方全域で増加傾向にあり、これを放置してはせっかく図らずとも加速している焦土地帯復興の勢いが削がれてしまうのは目に見えていた。


 当然、ミルトン王国戦線方面軍を治安回復の為に動かす必要が有った。

 問題はどの程度の兵力を振り分けるかだが、俺は最初の徹底した駆除こそがこれから先の抑止に繋がると考えて、いざという時の前線防衛に必要な最低限の兵力を除き、残り全ての兵力を投入した。


 ところが、この方針に対して、ミルトン王国戦線に一昨年度から参戦している第十四騎士団と昨年度から参戦している第十五騎士団の中で不満が高まりつつあった。

 そればかりか、ジュリアスの話によると、一部の過激な者達は参謀長である俺の罷免を声高に訴えているらしい。


 しかし、反論をさせて貰うなら、この方針の提案者は確かに俺だが、独断では無い。

 今年度のミルトン王国戦線方面軍を構成する第十三騎士団、第十四騎士団、第十五騎士団の各部門のトップ達が集った会議の場で可決され、総司令官たるジュリアスの名の下に実施されたもの。


 更に付け加えるなら、この方針は計画書に纏められて、春の年度初めに王都へ届けられている。

 もし、文句が有るなら、その返事がもうとっくに届いていて良い筈であり、それが届かないのだから国王も認めている事となる。


 百歩譲って、感情面以外での実質的な問題が何らか発生しているなら方針の変更も止むを得ない。

 だが、問題は発生しておらず、順調である。街での犯罪率は目に見えて減って、街道の治安も回復傾向にあり、商人達からは感謝の声と共に支援金まで届いている。


 もっとも、彼等の不満は解らないでもない。

 むしろ、逆に今まで良く保ったと言うべきか。いずれ、こうなるだろうとこの方針を立案した段階で俺は予想していた。


 何故ならば、国外遠征を目的とした非常設の騎士団は任期が三年と慣例で決っている。

 一年目は遠征国まで赴き、二年目は前線で戦い、三年目は予備兵力として後方へ退いて、王都へ年度末に帰還する。

 無論、交戦中などの非常時となったら話は変わってくるが、このローテションを原則として沿って動き、俺達もそうなるものだと考えて、今年の春に王都へ帰還する準備を進めていた。


 ところが、去年度末に王都から届いた命令は残留だった。

 第十三騎士団は解散されず、直臣の騎士達と維持費の問題から五千人の兵士がこの地に引き続いて残り、それ以外の者達だけがそれぞれの故郷へと帰る事になった。


 ちなみに、残留の理由は定かでない。

 版図を大きく拡げた功績から俺達にもう少しだけ任せてみようと考えたのか。

 それとも、焦土地帯の復興を立ち上げている最中に頭をすげ替えるのは愚と考えたのか。

 国王の勅令は第十三騎士団の残留だけを伝え、それを携えてきた伝令官も政治的な背景を知らされていなかった。


 ただ確かなのは俺達の残留が今年度のミルトン王国戦線方面軍の中に歪さを生ませた事実だ。

 いや、第一王女派と第二王子派の暗躍があったと考えるなら、これこそが真の目的なのかも知れない。


 なにしろ、我等が第十三騎士団の騎士団長は王族である。

 ただソレだけで俺も、バーランド卿も、第十三騎士団の面々全てが権威が増す。

 虎の威を借る狐になるつもりは無くても相手が勝手にそう捉え、会議などのあらゆる場面で発言力が自然と増して融通が利く。


 それでいて、前述にもあるが、第十三騎士団の保有戦力は五千人。ミルトン王国戦線方面軍全体の約十三パーセントでしかない。

 第十四騎士団は一万八千人、第十五騎士団は一万五千人。俺達の約三倍の兵力を保有している。


 即ち、力は最も小さいが、実質的な主導をデカい顔で握っているのが俺達だ。

 第十四騎士団と第十五騎士団の面々としては面白い筈が無い。不満は溜まってくる。


 それに不満を声高に挙げている者達にとっての敵とはミルトン王国である。

 こんな遠い異国の地まで遥々やってきたのは偏に敵を一人でも多く打ち倒して、今より良い暮らしがしたいという出世欲からに他ならない。


 盗賊退治や山賊退治でも無難な功績は得られるが、今の暮らしを変えるほどの派手な武勲は得られない。

 例え、それを得るのが万が一、億が一の極めて低い確率だとしても、宝くじは買わねば当たらないのだから。


 しかも、この出世欲を煽ったのは俺達自身でもあるから困る。

 三年前、ネプルーズの街を攻略するまでは広大な焦土地帯を前に戦線は完全に膠着して、これ以上の進軍は自殺行為とまで言われ、軍部では少なからずの厭戦ムードが漂い始めていた。


 ところが、戦況は大きく様変わりした。

 俺達は焦土地帯を突破して、武名で名高い第二王子すら撤退を余儀なくされたネプルーズの街すら越え、最前線はトリス砦まで前進した。


 当然、誰もが夢想したに違いない。

 こちらへ機運が明らかに傾いている今、武勲は狩り放題。ミルトン王国戦線に参戦して帰ってきた暁には出世を果たして、今より良い暮らしが待っていると。


 その証拠が第十四騎士団と第十五騎士団の兵力数に表れている。

 通常は王族か、公爵が騎士団長を務めない限り、一騎士団の兵力は一万人が集められるが、それを両騎士団は大きく越えている。


 これは騎士達のみならず、多くの民衆が志願した表れだ。

 実際、第十四騎士団も、第十五騎士団も、ネプルーズの街に初めて到着した頃は士気が凄まじく高く、上から下まで誰もが鼻息を荒くしていた。


 しかし、現実は違った。

 戦線はトリス砦を降伏させて以来、下がってもいないが、前にも進んでおらず、進軍は一度たりとも行っていない。


 一方、ミルトン王国側はどうかと言ったら、まず最大の懸念材料だったブラックバーン公爵は完全に失脚した。

 調査をさせた報告によると、病床の身にあるミルトン国王の摂政を務める王太子から王都追放を言い渡され、自領で謹慎の身となっている。


 それに代わり、インランド王国討伐軍総司令官の座に就いたのが『カーワイ・ナ・カーン・ユー』なる男。

 侯爵位を持つ法衣貴族である点は解ったが、噂にすら聞いた事が無い人物の為、元領主様に人となりを尋ねてみたが、どうやらブラックバーン公爵と並べるどころか、その後釜に据えるのさえもおこがましいレベルの権力欲だけは人一倍に強い無能らしい。愚痴を延々と聞かされて後悔するハメになった。


 結果として、ミルトン王国軍は何も動いていない。

 より正確に言うと、ミルトン王国の王都を守る西部地方の兵力は動いておらず、北部地方と中部地方の領主連合軍はこちらを攻めるだけの力が既に残っていない。

 一応、トリス砦から東へ二日ほどの距離にある山間地の出入口に陣を築いて、約一万の兵力で守ってはいるが、その構成はトリス砦がそうだった様に女と子供、老人を多く含んでいるのが調査で解っており、体裁を整えているにすぎない。


「ねえ、この際だからさ」

「駄目だ」


 お互いに黙り込み、どれくらい経っただろうか。

 視線を正面に戻して、出口の見えない考えに溜息を吐こうとしたら、俺よりも早くジュリアスが溜息を漏らした。


 どうやら、同じ考えに至ったらしい。

 だが、それは悪手でしか無い。ジュリアスが次の言葉を発しようとする前に遮り、結果だけを告げる。


「どうして? ニートが常々言っていた補給路はもう大丈夫なのだから、一度くらいはさ」


 そう、ジュリアスが不服そうに言い返してきた通り、今蔓延している不満を晴らす方法は簡単だった。

 進軍を再開させて、ミルトン王国領へ攻め入るだけで一気に解消される。


 それこそ、来年度になったら王都へ帰らなくてはならない第十四騎士団は先陣を喜び勇んで切ってくれ、獅子奮迅の大活躍をしてくれるのは間違いない。

 前述にもあるが、敵の最前線を守っているのは女と子供、老人で構成された軍勢である。負ける要素は何処にも無いし、その勝った勢いに乗じて尚も攻め込めば、あと三割を残す中部地方もインランド王国のモノとなるのは確実だろう。


 しかし、それは目先の勝利に過ぎない。

 長い目で見たら、大きなしっぺ返しを食らう可能性が高かった。


「もし、進むとなったら、トリス砦側になるが……。果たして、その一回で済むと思うか?

 戦えば、勝てるだろうが……。勝てば、士気は上がる。士気が上がれば、更に前へ出たくなる。絶対に一度で済まないぞ?

 ……と言うか、一度で済んだとして、奪う価値も無い場所を取ってどうするんだ? そこに陣を築くのか? だったら、今のままで十分だろ?」

「ん~~~……。」


 その辺りを考えて貰う為に駄目出しを与えると、ジュリアスは唸り声をあげて考え込み始めた。

 右肘を左手で持ちながら立てた右人差し指を顎に乗せて、目線を上に首をちょっとだけ傾げて。


 相変わらず、乙女チックな可愛い仕草が自然と出る困った奴だ。

 最近、威厳が欲しいと真剣に悩んでいるらしいが、本当に悩んでいるのかと深く問い詰めたい。


「……ったく、仕方ないな。少し長くなるぞ?」

「うん、お願い」


 だが、本当に問い詰めたら話が横に逸れて長くなるし、またヘソを曲げられても困る。

 視線を窓へ向ければ、外の明るみは本格的な茜色に染まりつつある。夕飯までに終わるかなと心配しながら、今後の展望に関する授業を開始した。




 ******




 後世、無色の騎士と名高いニート。

 その彼を支えた『八将軍』と称される者達の内、四人を以前に紹介したが、今回は残りの四人を紹介しよう。


 一人は、影武者・マイルズ。

 ニートとマイルズは義兄弟であって、直接の血縁は無い。目の色も、髪の色も違い、その容姿も似ても似つかないと記録に残っている。

 では、何を以って、マイルズはニートの影武者と呼ばれたのかと言ったら、それは思考や思想である。


 マイルズは異母姉であり、ニートの第二婦人である『不退転・ルシル』を通じて、ニートと幼少の頃から繋がりが有った。

 ニートもマイルズを実の弟の様に可愛がり、第十三騎士団が結成された時は持っている権力を珍しく使い、彼を強引に自分の副官にさせてもいる。


 その結果、マイルズはニートの薫陶を誰よりも強く受けて育つ事になる。

 特に戦場での奇をてらった指揮は良く似ていると言われ、ニートという虚像に恐れた敵を幾度も撤退に追い込んでいる。


 一人は、城塞・ジール。

 防衛を得意として、攻勢を不得手とする点では『鉄壁のネーハイム』と変わらないが、ジールの真価は夜戦時に有る。

 敵の勢いを受け止めるのも上手ければ、敵を引き入れて殲滅する密集と散開のタイミングを絶妙も上手く、ジールが率いた部隊はとにかく固かった。

 正面からの突破は二倍以上の兵力が必要だと敵から讃えられ、その堅固さから『まるで戦場に現れた城塞』と謳われたのが二つ名の由来になった。


 一人は、剣王・ヘクター。

 人生の半分は全くの無名だったが、その才をニートに見出されてからは武名を高め、ジュリアスから二つ名とは言えども『王』の名乗る事を許された当代随一の剣士。

 一騎打ちにおいて、現役中は勿論、引退後も無敗を誇り、その剣技は老いるほどに洗練されてゆき、誰もが魅了されたと言う。


 その姿、舞うが如し。銀閃に魅入られ、誘われ、死も踊り、血煙が舞う。

 演目が終われば、赤く染まった舞台に佇むは一人。死神は万雷の喝采を挙げる。

 これは芸事に優れたニートの第二子であるランスロットがヘクターの剣技を戦場で初めて目の当たりにした時、思わず我を忘れて詠ってしまったと言われているヘクターを讃えた詩である。


 但し、その高い武名とは逆に大軍の指揮を苦手として、敵の策を見抜く目も残念ながら無かったらしい。

 戦術的に勝ちながらも、戦略的に負けた戦いが何度か存在する。


 一人は、指し手・ジェローム。

 ニートが情の変則的な用兵家なら、ジェロームは理の正統派な用兵家。

 その大きな特徴は負ける戦いは基本的に挑まず、分が少しでも悪いと感じるや重要拠点ですら簡単に手放すところにある。


 しかし、悪かった分を逆転させるや手放した重要拠点を簡単にあっさりと取り戻してしまうのもジェロームの大きな特徴である。 

 ただ、その最終目的を遂げたら過程は問わない戦いぶりを受け入れられない者も居り、軍師としては超一流だったが、将軍達を統べる将としては不向きだった。


 ちなみに、今挙げた四人の内、マイルズを除く三人はニートとジュリアスがミルトン王国へ遠征した際に最初は敵として立ち塞がった者達である。

 いずれも捕虜となった後、ニートの強い推挙があって、ジュリアスの臣下となる道を選んでいるが、この点だけを見てもニートがいかに稀有な存在だったかが良く解る。


 何故ならば、当時のインランド王国とミルトン王国の仲は最悪だった。

 お互いの国境が接して以来、半世紀以上に渡って戦い続けており、お互いがお互いに恨みと憎しみを強く抱いていた。


 その証拠として、インランド王国は国境を長年に渡って越えさせなかったオーガスタ要塞を陥落させると、ミルトン王国へ怒涛の勢いで攻め入り、その果てに大規模な虐殺を起こしている。

 この時、犠牲となった者達の人数は数万とも、十数万とも言われ、二つの街と七つの村が焼き尽くされた事実がインランド帝国の記録に過去を戒める様に残されており、その復讐心がいかに大きかったかを物語っている。


 また、虐殺が収まった後の遠征軍による統治も随分と酷いものだった。

 常識を大きく超える税率が課されて、略奪、暴行は日常茶飯事の当たり前。逆らう者は全て鉱山労働の労役送りとされ、男爵位以上の爵位を持つ者は例外なく斬首に処せられている。


 彼等にとっての不幸はインランド王国と接していたミルトン王国東部地方(現在のインタッキー東)が当時は大陸有数の鉱山地帯であり、人手が幾らあっても不足しなかった事だ。

 逆に言ったら、その地が在ったからこそ、多くの元ミルトン王国民は過酷な労働下にありながらも辛うじて生き延びる事が出来た。


 そして、その風潮を変えたのが、ニートであり、ジュリアスである。

 但し、変えたと言っても態度を甘くさせた訳では無い。遠征軍の綱紀粛正を厳しく行い、占領下統治をまともな状態に戻しただけだ。


 だが、それが図らずとも飴と鞭の効果を生み、ニートとジュリアスの人気を大きく高めて、二人の苦境を救う結果に繋がるのだから歴史とは本当に面白い。

 ある意味、インランド王国のミルトン王国へ対する強い復讐心が無かったら、インランド帝国は絶対に生まれていなかったのだから。




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