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無色騎士の英雄譚(旧題:無色騎士 ニートの伝説)  作者: 浦賀やまみち
第十四章 男爵 オータク侯爵家陣代 百騎長 ミルトン王国戦線編 下
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第03話 十年一昔




「御武運を!」

「おう!」


 マイルズから手渡された槍を受け取って、開いている兜のバイザーを下ろす。

 それを合図にして、ファンファーレが勇ましく鳴り響き、行く手に背を向けて居並んでいる約五千人の横陣が俺の居る中央を起点に左右へ一歩づつ動く。


 一拍の間の後、約五千人が一斉に踵を踏み鳴らしながら、俺から見て、左列の者達は右向け右、右列の者達は左向け左を行って向かい合う。

 続いて、中央端に立つ騎士達が手前から奥へ向かって順々に抜刀。その先端を真向かいの者と交差させて、見事なアーチを形作ってゆく。


 その出来上がった花道へ歩を進めながら思う。

 出陣前、ジェックスさんが派手にやると言ってはいたが、ここまで派手にやるとは思ってもみなかった。

 花道を進んだ先で待っている敵将やその背後に控える者達、トリス砦の者達は唖然としているのではなかろうか。

 一騎打ちを申し込んだ後、このパフォーマンスを行う用意の為に少し待って貰っているだけにちょっと恥ずかしい。


 しかし、この退くに退けぬ状況が否が応でも戦意を煽ってくる。

 胸を張って敵将を真っ直ぐに見据えながら花道を進み、敵将が立つ十メートルほど手前で立ち止まると、ファンファーレが鳴り止むのを待ってから名乗りを挙げる。


「わざわざ待って頂き、その配慮に痛み入る!

 我が名はニート・デ・ドゥーティ・コミュショー・ナ・オータク!

 祖をレスボスに血を連ね、インランド王家に仕える臣にして、バルバロスが槍を継ぎし者!

 先ほど貴殿の戦いぶりを拝見させて貰ったが実にお見事! 一人の武人として、是非とも手合わせを願いたい!」


 ところが、幾ら待てども敵将から名乗りが返って来ない。

 一騎打ちは始める前に申し込んだ側がまず名乗り、それが済んだら返礼で申し込まれた側が名乗るのが古からの作法。

 妙に思っていると、腕を組みながら足を肩幅に開いて立っている敵将は空を暫く見上げた後、肩を脱力する様に落として項垂れた。


 何となく溜息をやれやれと漏らしたのが解り、兜の中で顔を紅く染める。

 俺だって、こんな恥ずかしい名前を叫びたくはないが、この名前は今はもう亡き両親との最後に残った絆だから仕方が無い。長々と続く姓もそれぞれが地名を表している以上、改名したくても出来ない。


 あまつさえ、敵将は鞘から剣を抜くと、それを肩に担ぎ、俺へ返した左手を向けて手招きした。

 その余裕綽々な態度にむかっ腹が立ち、その場で予備動作無しの薙ぎ払いをいきなり放つ。


「では、御言葉に甘えて!」


 言うまでもないが、それはどう足掻いても刃の切っ先すら届かない距離。

 だが、槍から放たれた風の刃が敵将が立っている手前の大地に斬撃を刻みつける。


 敵将の背後に離れて居並んでいる敵兵士達から息を飲む声が幾つも聞こえる。

 恐らく、俺もまた敵将と同様に高グレードのマジックアイテムを持っているとは思ってもみず、この一騎打ちを敵将があっさり勝つと疑っていなかったのだろう。


 正直に言ったら、手の内は隠しておいた方が有利に決っているが、斬り結んだ時点で付与されている互いの魔術が干渉し合い、光を飛び散らす為に正体が相手にバレる。

 敵将が持っている技量を考えたら、初撃の不意打ちによる一撃必殺はまず不可能であり、相手へ知れるのが少し早くなっただけの違いでしかない。


 それに俺の目論見は十分に叶っている。

 その証拠に敵将から余裕が完全に消えた。敵将は大地に刻まれた斬撃を暫く見つめた後、こちらへ左半身を向けて、無防備な自然体にダラリと下げていた剣を両手握りの下段に構えた。


 その瞬間、思わず『あれ?』と間抜けな声が出かけた。

 目の前の光景を以前に何処かで見た様な既視感を強く感じて戸惑う。


「はぁっ!」


 しかし、戦いに迷いは禁物であり、状況も迷っている暇を与えてくれない。

 敵将が構えはそのままに腰を落として、やや上半身を前屈させながら大地に剣を滑らす様に駆けてくる。


 槍を持つ者が剣を持つ者と対峙した時、有利な点は武器自体の長短による間合いの広さ。

 反対に不利な点は間合いの内側に入られた場合、小回りさで剣に軍配が挙がる為、いかに相手を近づけさせないかが命題となる。


 通常なら、ここは待ち構えて突きを放つのが上策だが、敵将は今までの戦いぶりを見る限り、持ち前の素早さを生かして立ち回るタイプ。

 だったら、こちらも素早さに自信がある事を見せ付けて、今後の布石とする為、ここは敢えて死地へ向かって飛び込むとする。


 息を長く吸い込み、肺に満杯まで溜めた空気を一気に吐き出すと同時に一足飛び。

 左肩を向けた半身の体勢からの腰の捻りを乗せた突きを放ちながら敵将との距離を一気に詰める。


「まずは貰った!」


 敵将が虚を突かれたかの様に肩を跳ねさせるのが見えた。

 どうやら、こちらも間合いを詰めてくるとは考えていなかったらしい。


 それでも、何千、何万という鍛錬の果てに身体が覚えた反射行動だろう。

 慌てて急制動をかけると、即座に大地を滑らせていた剣を右下から左上へ振り上げてきた。


 兜の中でニヤリと笑い、槍を握る両手の力を緩めて、人差し指と親指が作っている輪を大きくする。

 束縛が解けた槍は前進する勢いに押されて、手の内をすっぽ抜けて突き進み、その切っ先が敵将が描こうとする斬線より奥へ征く。


 あとは槍を再び握り締めて、手首を捻るだけ。

 この今生の父親が教えてくれた唯一の技によって、幾人もの者達が間合いを狂わされて、黄泉路へ旅立っている。


 目の前の敵将の技量を考えたら辛うじて防ぐだろうが体勢は大きく崩れる。

 その隙に連続技を叩き込み、戦いのイニシアティブを取るのが俺の目論見だ。


「な、……にぃっ!?」


 ところが、ところがである。

 敵将は咄嗟の判断で上半身を勢い良く反らすと、斬線の軌道を強引に変えて、槍の切っ先を見事に弾いてみせた。


 この技は只の突きでありながら、おっさんですら初見で見破れなかった自慢の技。

 それをこうも簡単に初見で見破られた現実が信じられずに目を見開くと、何処までも澄みきった青空が見えた。

 その光景に敵将の体勢を崩す筈が逆に身体を仰け反らせるほど崩されて、自分が後方へたたら踏みながら倒れかけているのを知る。


 敵からは歓声が、味方からは悲鳴があがる。

 だが、喜ぶのも早ければ、絶望するのも早い。もし、俺が使っている武器が剣や斧、槌なら正に絶体絶命の状況でしかないが、槍には他の武器が持っていない使いみちが有る。


「ふんぬ!」


 それは槍を杖として用いた動きだ。

 慌てて我に帰ると共に両脇を素早く引き締めて、背面の大地を槍の石突きで叩きながら腰を左へ力一杯に捻じり振る。


 下半身があった場所に敵将の追撃が落ちる直前、俺は槍を支点にグルリと半回転。

 今さっき居た場所の後方へ着地すると、回転で得ている遠心力を生かして、更に腰を左へ力一杯に捻じり振り、今度は半歩下げた左踵を支点にグルリと一回転。

 振り向きざまからの薙ぎ払いを放つと、敵将はラウンドシールドを翳して難なく防ぐが、一撃を放った直後の体勢である上に遠心力をたっぷりと乗せた一撃はさすがにいなせず、身体を踏ん張りに硬直させた。


「そらっ! そらっ! そらぁぁあっ!」


 その隙を狙い、すぐさま槍を引き戻しておっさんが最も得意とする直伝の三連突き。

 初撃の突きを初見で見破られた悔しさも加わり、その後も怒涛の勢いで何度も突いて、薙いで、払ってゆく。


 だが、改めて認識する。目の前に対峙している男は強い。

 見た目だけなら、こちらが攻めに攻めて、敵将が防戦一方となっているが、俺の攻撃を剣で受けて、ラウンドシールドで弾いて、体捌きで避けて、どれも的確に防いでいる。


 打倒を本気で考えるなら、こんな手数だけ多い攻撃では到底無理だ。

 槍の特殊能力を使った全身全霊の死に半歩踏み込んだ一撃を放たなければならない。


 しかし、数秒とは言えども、その為に間合いを取って、集中する間が必要になる。

 果たして、それを許してくれるか。敵将は素早さを生かして立ち回るタイプだけにそこが難しい。


 更に付け加えるなら、もう一つ。

 剣戟を重ねて、既に二十は数えたが、最初に対峙した時に感じた既視感が剣戟を重ねれば、重ねるほどに強くなっている。

 その理解不能な戸惑いはもどかしさへと変わり、このままでは戦いに悪影響を及ぼすと感じて、右上からの振り払いを敢えてラウンドシールドに防がせると同時に大きく跳び下がって仕切り直す。


「なるほど……。『黒山羊』って、二つ名が付く訳だ。

 俺も随分と強くなったつもりで居たけど、まだまだだった様だな」


 当然、反撃の為に間合いをすかさず詰めてくるだろうと即座に槍を構え直すが、敵将はその場を動かなかった。

 兜のバイザーを上げて、目線だけの顔を晒すと、左半身を見せる両手握りの下段を再び構えて、ここで初めて声を発した。


「あっ!?」


 この瞬間、全てが一気に氷解した。

 既視感を感じて当然だった。初撃の突きを見破られて当然だった。


 俺はその声を、その目を、その構えを、その全てを知っていた。

 敵将もまた俺を知っている。初撃の突きも自分の全てを見せる為に袂を分かつ別れの挨拶代わりに見せている。


 そう、過去にこの地を一緒に訪れ、今とは逆に東へと苦楽を共にしながら旅をした親友『ヘクター』なのだから。

 まだ自分が『少年』だった頃の懐かしい思い出が脳裏に次々と色鮮やかに浮かんでは消えてゆく。このミルトン王国遠征が決まった時から、何処かで敵味方となって出会うかも知れないと心の片隅に置いていたが、それがこんな所で現実になるとは思ってもみなかった。


「我が名はヘクター・ダグネス・ヒッキー!

 ソードマスターの称号を持つ偉大なる祖、ハボリュームが子孫! ラムーズ流剣術が使い手!

 貴殿の槍さばき、侮りがたし! 更なる槍さばきを馳走して頂きたく! いざ、勝負! 勝負!」


 ヘクターが先ほどは挙げなかった名乗りを挙げながら全速力で駆けてくる。

 いつの間にか、下がっていた槍先を慌てて上げ、少し萎えてしまった戦意を再燃させながら迎撃を行う。


 お互い、やり難い相手と言うしか無い。

 親友同士と言うのも有るが、それ以上に俺達は一緒に旅をしていた頃、毎朝の朝食後に食後の運動を兼ねて手合わせを必ず行っていた。

 まだ未熟だった頃とは言え、根付いている基本は変わるものじゃない。お互いがお互いの手の内を知り尽くしている。


「ふんっ!」


 静まり返ったトリス砦前の山間の地に木霊して鳴り響く剣戟の音。

 一回、二回、三回と重ねてゆく内、敵味方から歓声が次第に湧き始め、それはいつしか溢れ返って、剣戟の音を掻き消すほどの大音量になってゆく。


 だが、その熱狂とは裏腹にヘクターの攻撃は重さも、早さも目を見張るものが有るが、肝心の殺気がまるで乗っていない。

 もしやと考えて、こちらも殺気を抑えてゆくと、案の定である。ヘクターが話しかけてきた。


「おめでとう。子供、生まれたんだってな。酒、美味かったぜ」

「ああ、ありがとう。実は二人目だ」

「しっかし……。何がどうなったら、たった十年で侯爵にまで出世するんだ?」


 一廉の武を持つ者なら一目で気づいただろう。

 俺とヘクターの二人が行っているのは鍛錬の様なもの。ただ槍と剣を撃ち合っているに過ぎず、殺し合ってはいないと。


 しかし、この戦場に一廉の武を持つ者はそう多くない。

 この戦場に居る大多数は戦争の為に戦闘訓練を付け焼き刃に施された兵士達である。

 攻守を目まぐるしく変えて、真剣勝負さながらに剣戟を派手に鳴らし合う俺達のパフォーマンスは十分過ぎる興奮を与えて、ますます熱狂は高まってゆく。


「まあ、色々とあってさ……。

 あっ!? 一応、訂正すると侯爵は奥さんであって、俺は男爵だから」

「それでも、十分過ぎる! 俺なんて、まだ結婚もしていないんだぞ! 

 この十年間、お前達のおかげでずっと戦いの毎日だ! 出会いすら無いときている!」

「うん、まあ……。ドンマイ?」


 その大歓声の中、俺達の声は掻き消され、会話を交わしている口元も兜の中で見えていない。

 数万人の目を欺く実に見事な茶番劇だが、これはヘクターが考えた策でも無ければ、偶然が産んだ産物でも有るまい。


 ヘクターは貧しいミルトン王国直臣の三男であるが故に士爵位を得られなかったが、その性根に騎士道精神を持っている。

 俺と親友関係に有り、約十年ぶりに再会したのが幾ら懐かしくても、己が持っている立場を忘れて、私心を公の場で出したりしない男だ。

 もし、これが純粋な一騎打ちであるなら、ヘクターは最後まで正体を明かさず、敵味方として戦い続けていた筈に違いない。


 なら、この茶番劇を仕掛てきた人物は誰なのか。

 それは俺とヘクターの関係を知っている者であり、その該当者はこの戦場に一人しか居ない。

 俺を奴隷の身分に落として、その護送役をヘクターに任せた俺が育った村の領主『ジェローム・ナ・ライアット・ティミング』伯爵である。

 ウルザルブル男爵から提供された情報でもトリス砦を守る総司令官が元領主様だと判明しており、二重の意味で間違いない。


 つまり、ヘクターは一騎打ちに見せかけた元領主様の使者。

 幸か不幸か、俺はミルトン王国との戦いで名が売れ、『黒山羊』という嬉しくない二つ名を得た。

 ヘクターを戦場で目立たせたら、いずれは俺がヘクターへ戦いを仕掛けてくると予想していたのだろう。


「畜生! 余裕ぶりやがって! こっちはお前が何処へ行ったのか、散々探していたって言うのに!」

「あーー……。申し訳ない」

「悪いと思うのなら、俺に奥さんの友達を紹介しろ! 男爵様ともなれば、何処かのご令嬢との見合いのアテくらい幾らでも有るんだろ!」


 剣戟を重ねて、五十合を越えた頃。

 そろそろ、腹に抱えている目的を告げてくるかなと考えていたら、それっぽい言葉をヘクターが零した。


 ティラミスの友人を紹介しろ。

 そう言われても、ミルトン王国へ一度も訪れた事が無いティラミスにミルトン王国の友人が居る筈も無い。その相手は必然的にインランド王国の者になる。


 これに加えて、ヘクターは『ご令嬢』というキーワードを混ぜてきた。

 世間一般的に平民の女性をご令嬢とはあまり呼ばない。大商家の未婚女性をそう呼んだりもするが、大抵は貴族の未婚女性を指す。 

 もし、ヘクターがインランド王国の貴族令嬢と結婚したら、その身分差からヘクターは俺同様に入婿の立場でインランド王国貴族となる。


 俺の勘違いで無ければ、これは降伏の申し込みだ。

 トリス砦の様子を見る限り、兵士達の士気は高くて、数多に翻っている旗にも気炎が感じられる。 

 どの様な理由からその結論に至ったかはまだ解らないが、この先を聞き漏らしては一大事。すぐさま撃ち合うのを止めて、ヘクターの一撃を受け止めると、槍の刀身でヘクターの剣の鍔を絡め取る。


「それは構わないが……。つまり、こちら側の人間になりたい? そう言う事なのかな?」


 今までの激しい攻防戦から一転して、俺は槍を上段に構えて、ヘクターは剣を中断に構えての静かな力比べ。

 歓声が少しは収まるかと思いきや、派手さは無いが見た目の攻防が解り易いせいか、熱狂は更に加速して、歓声が湧きに湧き上がる。


 苛立ちをつい感じるが、まさか『黙れ!』と叫んで黙らせる訳にもいかない。

 二度、三度、頭を後方へ強く振り、手を使わずに兜のバイザーを上げる事によって、ヘクターの声を少しでも聞き取りやすくする。


「ああ……。この戦争、俺達の負けだ。

 国を想う心は有るが……。残念ながら、国は俺に報いてくれなかった。

 なら、義理は十分に果たしたつもりだ。最後まで共にしようとは思わない。

 この辺りが潮時……。そう考えていたら、お前の名前が聞こえてきた。

 だから、ここでお前を待っていた。どうせ、売るなら買値を高くつけてくれそうな奴が良いからな」



「違いない。……で、商談はいつ、何処で?」


 この十年間、俺と別れた後、ヘクターが歩んできた苦悩の日々を感じさせる告白。

 俺と目を合わせるのが辛いのか、ヘクターは自虐的な苦笑いを漏らしながら視線を伏せると、ヘクターが妙な行動に出た。


 俺も、ヘクターも右利き。

 力比べをより有利な立場に運ぼうとするなら、右に動く筈が左に半歩動いたのである。


 これは何か意味が有るに違いないと悟り、こちらも左に半歩動く。

 するとヘクターは更に左に半歩動くのを繰り返して、五半歩目で立ち止まり、伏せていた視線を左へと向けた。


「お前の旗、あれだよな? 黒山羊の?」

「まあね……。俺としては微妙な紋章だけど、それで間違いないよ」


 どうやら、俺の向いていた視界の方向を変えたかったらしい。

 街道を間に挟み、トリス砦と対峙する様に南西の山麓に築かれた味方の陣が右手側に見える。

 遅参した俺の陣は最も南西に有り、そこに今や俺の二つ名として定着した『黒山羊』が描かれた紋章の旗が数多に掲げられている。


「だったら、丁度良い。お前が陣を張っている真向かいに山があるだろ?」

「ええっと……。あれか? 中腹辺りが山肌を見せて、崖になっている奴?」

「そう、それだ。その山に猟師小屋がある。

 元猟師だったお前なら、すぐに見つけられる筈だ。今夜、そこに一人で来れるか?」


 ヘクターが指摘した場所へ視線を向けるが、ここは山間地である。

 俺の陣の真向かいと言われても、その全てが山。どれを指しているのかが解らない。

 取りあえず、目印になりそうな場所を告げると、その山で合っていた様だが、続いた要求は考えるまでもなく頷けなかった。


 今更、罠の可能性を疑っているのとは違う。

 密談へ向かう為、明かりは使えないが、満月をつい三日前に過ぎたばかり。足元の不安も十分な月明かりで感じない。


 だが、俺の立場そのものがそれを許さない。

 俺が夜中に居ないと解ったら、それだけで大問題になる。共謀者が絶対に必要であり、その共謀者の誰かしらが一緒に付き従おうとするのは想像に難くない。


 そもそも、俺の夜は俺のものでない。

 このミルトン王国遠征中、ララノア、ルシルさん、サビーネさんの三人の間で閨の順番が取り決められており、俺の意思は殆ど存在しない。


 そのローテションから言ったら、今夜はサビーネさんの番だ。

 三人の中、サビーネさんが実は最も甘えん坊で拗ねやすい。事前に話を通しておかないと、俺の心をグサグサと突き刺すお得意の『良いんです。所詮、私は日陰の女ですから』自虐攻撃が始まり、かなり面倒な事になる。


 大体、サビーネさんは俺との関係で自分の事を『日陰の女』と嘆くが、十分に日向な非公認の妾扱い。

 俺とサビーネさんの関係は近しい者なら誰もが知っており、サビーネさんだけが俺との関係を未だにバレていないと勘違いをしているだけ。

 その非公認の扱いだって、公認にしようと今まで何度も持ちかけているが、頑なに『愛人』で構わないと拒み続けているのはサビーネさん自身である。


 ティラミスを裏切る訳にはいかない。それが拒み続けている最大の理由ではあるが良く思い出して欲しい。

 サビーネさんに俺との関係を誘ってきたのはティラミスに他ならず、三人一緒に閨を交わした回数も数え切れない。

 

 言い換えるなら、最初から公認と言っても良い。

 オータク侯爵家への忠誠心が高く、生真面目なところはサビーネさんの美徳だが、高い忠誠心を拗らせて、生真面目が過ぎるのも困ったもの。


「いや、一人はさすがに無理だ」

「だったら、二人だ。

 今、教えた小屋は狭くてな。五人も入ったら、窮屈で仕方が無い」

「OK、解った」


 ここで先ほど俺が予想した答えが確定する。

 五人で窮屈になるなら、四人までなら問題は無いという事になる。

 俺と俺の同行者、ヘクターを合わせると三人。残る一人は必然的に元領主様と考えて間違いない。


「だったら、決まりだ。続きは夜のお楽しみとしよう」

「それは良いけどさ。どうやって、この茶番のケリを着ける?」


 これで今夜の段取りは決まった。

 あとはこの話を持ち帰り、ジュリアス達と相談するだけだ。


 残された問題は俺達の一騎打ちに熱狂している敵味方をどう納得させるか。

 降伏後の事を考えたら、どちらも勝ってもいけないが、どちらも負けてはいけない。しこりが残ってしまう。


「そうだな……。お前のその槍もマジックアイテムだよな? それもかなりの業物だろ?」

「ヘクターのもだろ? そんなの何処で手に入れたんだ?」

「ああ、これな。お前の国の……。名前、何だったかな? 

 とにかく、お前の国の伯爵様から貰った。結構、苦労したんだぜ?」

「苦労したんなら、名前を覚えておけよ。一騎打ちした相手だろ?」


 しかし、この盛り上がっている中、簡単に『はい、さようなら』では済まない。

 一騎打ちを終わらせる為、誰もが納得するそれなりの見せ場が必要になる。


「とにかくだ。一番最初に使ったあの斬撃を飛ばす技をやれ。俺も似た様なのをやる」

「なるほど、悪くない。あれなら見た目も派手に出来る。……でも、加減が難しいぞ?」

「だから、手筈はこうだ。

 まずはお互いに戦い始める前くらいの間合いまで下がる。

 次に相手の様子を見ながら力を溜める。ここでのポイントは同じくらいの威力に調節する事だ。

 そして、最後は準備が整ったら、お互いの真ん中に目掛けて、一、二の三でぶっぱなす。

 ……で、俺達はその攻撃があたかも当たったかの様に吹き飛び、両者ダウン。敢え無く、一騎打ちは引き分けで終了ってのは?」

「OK、それで行こう」


 残念ながら、俺は良い手が思い浮かばなかったが、ヘクターが案を予め考えていてくれた。

 高グレードのマジックアイテムが持つ特殊能力は脅威だが、それが来ると解っていたら怖くは無い。

 まず間違いなく、間合いの真ん中でぶつけ合っても余波は届くだろうが、防御面での特殊能力である属性の力場を盾にすれば、ダメージは十分に防げる。見た目も派手で観客の敵味方も納得するに違いない。


「ぐぬぬ……。でりゃ!」

「ふんぬ!」


 早速、台本に従って、行動を開始。

 力比べを止めると同時に飛び退き、お互いを牽制するかの様に武器を向け合いながら更に時計回りにゆっくりと、ゆっくりと後退してゆく。


「剣よ!」

「槍よ!」


 俺は味方勢を、ヘクターは敵勢を背にしたところで歩を止め、これで第一段階が完了。

 目線を合図に交わし合い、第二段階へ移る。お互い、武器を腰溜めに引き絞ると、俺の槍からは緑の光が、ヘクターの剣からはオレンジ色の光が淡く放たれ始める。


 おっさん曰く、この時の発光色でマジックアイテムに付与されている属性が解るのだとか。

 確か、オレンジ色の場合は土属性であり、素肌は勿論の事、身に纏っている鎧の防御力を向上させる特殊能力を持っているらしく、相手を倒すのに随分と苦労したとしみじみ語っていた。

 素早さを生かして、一処に留まらず動き回り、敵中へ深く斬り込んでゆくヘクターの戦い方にはぴったりのマジックアイテムと言えよう。


 また、その通常の武器では有り得ないマジックアイテムならではの現象に観客の敵味方がどよめきを挙げて、発光が強くなれば、強くなるほど固唾を次々と飲んでゆく。

 その結果、つい先ほどまでの騒がしさが嘘の様に静まり返り、俺とヘクターは会話を交わせなくなって、威力の調整に一苦労。目線と顎先での合図を何度も、何度も繰り返す。


「今だ! 征け!」

「させるか! 疾れ!」


 そして、お互いが満足に頷き合い、それぞれが武器を前方へ同時に振り抜く。

 空を斬った俺の槍からは風の刃が飛び、大地を斬ったヘクターの剣からは斬線が伸び、その二つが両者の真ん中でぶつかり合う。


「「……あれ?」」


 緑の光とオレンジ色の光が渦を巻いて混ざり合い、大爆発。

 そうなると思いきや、逆に二色の光が小さく、より小さく爆縮してゆく謎の現象が発生。


 一拍の間の後、俺とヘクターの間に浮かぶ真っ白なピンポン玉サイズの発光体が出来上がり、思わず俺とヘクターが間抜けな顔を見合わせた次の瞬間だった。

 まるで目の前に小さな太陽が現れたかの様な凄まじい眩しさが溢れて、大々々々々々々々々々爆発。慌ててマジックアイテムの属性力場を盾代わりに発生させる。


「な、何だっ!? こ、こりゃぁ~~っ!?」

「そ、そう言えば、そうだったぁ~~っ!?」


 それと定めた訳では無いが、予定では四、五メートルほど吹き飛ぶ予定だった。

 だが、今の気分は人間砲弾。螺旋を描きながら天高く舞い上がり、本来の上下左右がどちらなのかさえも解らない中、おっさんがくれぐれも注意しろと言われた戒めを今更ながらに思い出す。


『儂等の様な大業物のマジックアイテムを持つ者はそう居らん。

 だが、そう居らん奴が集まるのが戦場だ。もし、出会ってしまったら、お前が風の刃と呼んでいるアレの使い方には注意しろ。

 相手も同種の攻撃を仕掛けてきた時、お互いの力とタイミングと角度……。

 この三つがピタリと揃い、ぶつかり合った場合、元の数倍……。いや、十倍は軽く越える威力の大爆発を起こすからな。

 しかし、まあ……。狙って出来るものじゃなければ、滅多に起こるものでは無い。儂とて、それを見たのはたったの二回だ。一応、頭の片隅にでも覚えておくと良い』


 後悔先に立たずとは正に今の状況を言うのだろう。

 ようやく勢いが弱まり始め、浮遊感が落下感へと変わる。こうなったら、天運が自分に有ると信じるしか無かった。




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