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第02話 罰の中に隠された真実




「駄目だな。俺って奴は……。」


 己の罪の証である手枷をぼんやりと眺めながら呟く。

 後悔をしてもしきれない。村がどうなったのか、コゼットはどうしているのかが気になる。

 なにしろ、あのブタ貴族は公爵家の嫡男。この国の王家と血の繋がりを持つ人物と後から知り、それを聞いた時はもう驚くしかなかった。

 それだけに連帯責任として、村にも累が及んでいる可能性が十分にあったが、今の俺は只の一罪人。それを知る術は無かった。


「いや、お前は正しいよ」

「えっ!? ……あっ!?」


 すると不意に隣から声が聞こえ、独り言を、それも泣き言を聞かれた恥ずかしさに思わず口を手で塞ぐ。

 そんな俺に苦笑しながら三日前に知り合った男性は即席の竈に木をくべると、胸を大きく膨らませて、竈に息を吹きかけた。

 数瞬、竈の中で炎が大きく踊り、灰色の煙を朝焼けの空に立ち上らせてゆく。


 彼の名前は『ヘクター』、赤い髪と垂れ目が特徴的な二十一歳。

 この三日間の暇潰しの雑談によると、騎士の家系だが、三男だった為に家督が継げず、騎士の家の出でありながら従士。一般兵の身分として、国軍に所属しているとの事。


 その事実はちょっとした驚きだった。

 貴族の家の事情など興味は無かったが、貴族の家に生まれたら、誰しもが貴族になるのだとばかり考えていただけに。


 しかし、それは爵位を持っているか、領地を持っていて、その領地に余裕がある上級貴族だけの話らしい。

 また、その上級貴族とて、親の財産を継ぐのは基本的に嫡子のみ。兄弟の末になれば、なるほど、財産分与は様々な面で小さくなり、一代限りの騎士位を貰えるのがやっと。

 当然、下級貴族はもっと厳しくなる。領地を持たず、役職も持たず、騎士位の世襲だけしか持たない家の嫡子以外はヘクターの様に自力で身を立てるしかないのだとか。


 それと共に驚かされたのが、下級貴族の貧しさ。

 この世界は身分が世襲なら、役職もまた世襲である事が多い。

 特に貴族の世界はそれが顕著で研鑽を幾ら積もうが、上級貴族のコネが無い限り、役職に有り付けず、出世するのも難しい。

 その為、世襲の騎士位の家だとしても、役職を持っていなければ、支給される年金だけでは家族三人が細々と暮らしていける程度でしかないらしい。


 ところが、貴族にとっての最大の義務『血の継承』が家計を赤字化させる。

 つまり、万が一に備えて、子を多く設けるが故に食費が圧迫。その兄弟数、姉妹数によっては極貧生活を強いられる。

 実際、ヘクターの家は父母と兄弟、姉妹を合わせて、七人家族だった為、子供の頃はいつも腹を空かせていたものだと溜息混じりにこぼしていた。


 その点に関しても、想像していたモノとは大違いな貴族社会。

 だが、ヘクター同様に貴族でありながら貴族になれない次男、三男が王都には数多に居り、家計を助ける為、十五歳前後になると家を出て、大抵は兵士か、冒険者になるらしい。

 これも理由があって、騎士の家だけに親から教えられるのは戦い方のみ。今更、農家や商人を始めるのは厳しく、それしか道が基本的に無いのだとか。

 無論、だからと言って、まだ人生を諦めてはいない。いつか、剣一本でのし上がってやるとヘクターは熱く語っていた。


 そんな事情を知ったせいか、今の状況が心苦しかった。

 何故ならば、ヘクターの今現在の役目は罪人である俺の護送役。この国の東にある『トリオール』という街まで俺を運ぶ事。

 その街に辿り着くまで徒歩で約二ヶ月半もかかるらしく、ヘクターは俺を送り届けた後、領主様の下に再び戻らなければならず、往復で約五ヶ月もかかってしまう計算となる。

 誰かが行わなければならない必要な役目とは言え、俺一人の為だけに半年以上も時間を拘束するのだから申し訳なくて仕方がない。


 ちなみに、目的地である『トリオール』の街で何が待っているかと言えば、戦争である。

 俺に科せられた処罰は領外追放に加えて、市民権の剥奪と共に身分が奴隷となった三点。

 つまり、戦争奴隷となり、現在の最前線後方基地となっている『トリオール』の街を経由して、もう五十年近くも恒久的に戦争している東の国との戦地へ赴く事になっている。


「正直、お前があのブタを棒でぶちのめした時、スカッとしたぜ?」

「……へっ!?」


 ところが、ヘクターは立ち上がると、おもむろにズボンのポケットから鍵を取り出して、いきなり自分の役目を放棄。俺の罪の証である手枷を外した。

 その起床した直後の突然すぎる展開に混乱しまくり。もしかして、まだ夢を見ているのだろうかと、三日ぶりに自由となった右手で古典的ながらも頬を抓り、その痛みに現実だと認識する。


「それより、随分と魘されていた様だが、大丈夫か?」

「ええっと……。」

「まあ、気にするなというのも難しいだろうが、くよくよするなって……。

 ほら、これでも飲め。只のお湯でも身体が温まれば、心も落ち着くだろうからさ」


 それでも、現実と解ったが、現状は解らず、ただただ茫然と立ちつくすのみ。

 しかし、ヘクターは何事も無かったかの様に元の位置に座り戻ると、竈の上で湯気を盛んに上らせているヤカンからお湯を注ぎ、木製マグカップを俺に差し出した。


「あっ!? ありがとうございます……。

 ……って、いやいや、そうじゃなくって! これ、外しちゃって良いんですか!」


 釣られて、マグカップを受け取ろうとするが、慌てて我に帰り、足下に落ちた手枷を拾って叫ぶ。

 ヘクターは目をパチパチと瞬きさせて、不思議そうな表情を浮かべる事暫し。目を大きく見開くと、とても珍しいモノを見つけたかの様に俺をまじまじと見つめた。


「えっ!? もしかして……。お前、マゾって奴か?」

「……はっ!?」

「だって、そんなのを付けていたら疲れるだけだろ? それを……。」

「ち、違いますよ!」


 ますます訳が解らなかった。ただ言えるのは、ここで強く否定しないと、この後の約二ヶ月半に大きな影響を与えそうな事だけだった。




 ******




「だからさ、ティミンズ様は逃げろと言ってるんだよ」

「ええっ!? まさかっ!?」


 黒パンと干し肉。どちらも場所を取らず、保存食としても優れており、旅のお供には持ってこいだが、どちらも固いのが難点。

 顎が噛み疲れる朝食の最中、ヘクターから手枷を外した理由を教えられ、その信じ難い衝撃の事実に驚き、思わず目を丸くして食事の手を止める。


「まあ、確かに……。直接、そう言われた訳じゃない。だがな、そうとしか考えられないんだよ。

 だって、良く考えてもみろよ? 手枷が有るからと言って、その見張りが一人なら逃げ放題だと思わないか?

 別に俺をどうにかする必要すら無い。ちょっと隙を見て……。そうだな。用を足している間にでも逃げれば、すぐに追いかけられないだろ?」

「……ですよね」

「通常、罪人の護送と言ったら、最低でも正、副の二人、それに補佐が付くもんだ。

 何故って、旅をするなら、夜の寝ず番は絶対に必要だからな。お前、俺が寝ている間、変だとは思わなかったのか?」

「いえ、思いました」 


 しかし、干し肉を不味そうに囓るヘクターの話は十分に納得が出来るものであり、実は俺自身も変だなと感じていたものだった。

 先ほどまで両手の自由を手枷で奪われてこそいたが、目的地の街まで歩く為の足は自由なら、護送役という見張りはヘクターが一人だけ。

 特に護送初日の夜、草原のど真ん中で野営となり、ヘクターが『じゃあ、俺は先に寝るから、月が真上にきたら起こしてくれ。そこで交代だ』と告げてきた時は茫然と目が点になったほど。


 寝ず番の重要性は知っていたが、ヘクターが眠ってしまったら、誰が俺を見張るというのか。

 一応、手枷はチェーンと繋がって、その先をヘクターが持ってはいたが、そんなモノは寝てしまったら何の役にも立たない。

 その上、手枷は木製である。時間はかかるだろうが、尖った岩にでも根気よく擦り続けさえすれば、いつかは外れる。


 正直なところ、この三日間の夜は寝ず番で焚き火の炎を守りながら、逃亡の誘惑に何度も駆られていた。

 一旦、村に戻り、コゼットを連れて逃げようと考えたが、それを決断したら、ヘクターが俺を逃げした罪でどうなってしまうのかが心配だった。


 もし、ヘクターが嫌な奴なら、そんな心配もしなかった。

 だが、たった三日間とは言え、暇潰しに会話を重ねた結果、残念ながら俺達は妙にウマが合ってしまい、俺はヘクターを気に入り始めていた。


 また、それ以上に悩んだのが、他ならぬコゼットの幸せ。

 もう両親を亡くしている俺とは違い、コゼットは父、母、兄、義姉が健在。領外追放の俺と一緒に逃げるとなったら、家族とはもう二度と会えない事を意味する。

 前世で一回、この世界で二回。肉親と別れる辛さを知っているだけに、それを敢えて味わせるのはどうなのかと考えたら決断は出来なかった。


「だろ? ……と言うか、国を騒がせた大犯罪者か、よっぽどの貴族ならまだしもだ。

 単なる平民のお前一人だけを遠路遙々と護送するって理由がそもそもおかしい。有り得ないと言い換えても良い。

 お前は田舎育ちだから見た事が無いかも知れないが、罪人の護送と言ったら、牢馬車に何人もぎゅうぎゅう詰めにして運ぶもんさ」


 これまた言われてみると、なるほどと納得するしかない根拠。

 ヘクターの言う通り、単なる猟師に過ぎない俺である。どう考えても対費用効果が釣り合っていない。

 この朝食とて、そうだ。一日二食として、目的地に着くまでの二ヶ月半分。その他の雑費も合わせたら、塵も積もれば何とやらで結構の額になるが、それほどの価値が俺に有る筈が無い。


「だけど、お前があのブタをぶちのめした事実は消えない。

 しかも、あのブタは大貴族だ。それなりの罰は必要だし、見せしめも必要となる。

 でも、まあ……。お前、村から出た事が無いって言ってたし、ここまで来たら十分だろ。お前を知っている奴なんて、居ないだろうしな」


 どんどん真実味を帯びてくるヘクターの推論。

 しかし、逃げると言っても、何処へ行けと言うのか。最も行きたい場所はもう二度と戻れない。

 昨日までの三日間で既に知らない三つの村を通過。毎日、見ていた山々も随分と遠ざかって形を変えており、完全に見知らぬ地。

 幸いにして、猟師を生業としていた為、生きていける自信は幾らでもあったが、何処を目指して、何を目標としたら良いのかがさっぱり解らない。


「それとさっきも言ったが、俺はお前が間違った事をしたとは思っていない。間違っているのはあのブタだ。

 話してみて、お前が悪い奴じゃないってのも解った。逃げようと思えば、幾らでも逃げられたのを逃げなかった点も含めてな」

「……ありがとうございます」


 そんな五里霧中の中、ヘクターが俺を真っ直ぐに見据えながら断言した。

 嬉しかった。決して、自分は間違っていないという自信はあったが、それは誰にも認められず、理解されないモノだと思っていたが違った。

 思わず言葉に詰まり、涙が自然と潤む。その情けない顔を見られまいと、止めていた食事の手を再開。一旦、マグカップのお湯に固い黒パンを浸してから、その不味い味を噛み締める。


 この世界の平民にとって、貴族とは絶対の存在。その名の通り、貴き存在として、同じ人間同士でありながらまるで別種族の様に捉えている。

 それ故、エステルの身に起こった理不尽な仕打ちですら、村人達は心を痛めながらも天災にでも遭遇したかの様に『災難だったね』の一言で済ませてしまう。

 あの理知的なケビンさんや生涯の伴侶と決めたコゼットでさえ、同様だった。同じ貴族の領主様がきっと上手くやってくれるに違いないと言っていた。


 俺の贔屓目もあるが、エステルはコゼットの次に可愛い。

 女らしさの成長も早く、将来はきっとボインちゃんになり、何人もの男を悩ませるに違いない。

 しかし、その数年後にあっただろうエステルの未来を今回の事件が歪めた。この先、エステルを嫁にと言ってくる男は残念ながらまず現れない。


 なにしろ、扉が閉まった馬車の中とは言え、衆人観衆の下、ソレは行われた。

 しかも、相手は貴族。それも大貴族である。いつ厄介事がまた起こるか、誰もが尻込みするに違いない。


 挙げ句の果て、この手の噂は広まるのが早い上に根付いて消えない。

 特に今の季節は冬前の蓄えの為、普段は滅多にない往来が多くなっており、今回の一件は一週間もしたら、近隣の村々に伝わっているだろう。


 だったら、エステルはどうなるのか。

 恐らく、年齢が幼い事を考えると、一家で何処かへ引っ越すのではなかろうか。

 それこそ、今回の一件の噂が届いても、その噂の中身。エステルの名前が届かないくらいの遠くに。

 但し、俺自身も幼い頃に経験したが、一家丸ごとの引っ越しというのは難しい。受け入れ先と結構な費用が必要となってくる。


 そう、ケビンさんやコゼットが言う『領主様がきっと上手くやってくれる』とは、この受け入れ先と費用の事を言っていた。

 だが、どうしても前世の価値観が抜けきらない俺である。とてもじゃないが納得は出来なかった。そんなのは単なる泣き寝入りだと。


「ついでに言うと、護送役が俺って言うのもな……。

 昨日も言ったが、俺は王都育ちだ。つまり、あのブタと一緒にこの領地へ来た兵士の一人さ。

 最初は喜んだよ。ようやく巡ってきたチャンスだってな……。

 ところが、俺もお前と一緒さ。

 実を言うと、お前の村だけじゃないんだぜ? あのブタ、王都からティミング領へ来る道中も同じ事をやりやがってな。

 まあ、殴ったりはしなかったが、ついカッとなってさ。あのブタに意見したら、あっと言う間に冷や飯喰らいだ。

 今回、謹慎生活から逃げ出した件だって、俺だけが取り残された。朝、起きたら、誰も屋敷に居ないんだ。それはもう驚いたの何のって……。」

「ええっ!? 一人もですか?」

「ああ、一人もだ……。

 しかも、教えてやると、あのブタの周りでおべっかばかり言っている騎士達は違うが、兵士達は俺の部下だったんだぜ? 信じられるか?」

「うわっ……。」

「どうやら、あの糞野郎……。あっ!? この間まで俺の副官だった奴な。

 そいつ、俺が冷や飯喰らいになったのを利用して、あのブタにまんまと上手く取り入ったらしい。

 ティミング様とあの屋敷に駆け付けた時、ご丁寧にこう言ってくれたよ。

 隊長、そんなに慌てて来なくても大丈夫ですよ。どうせ、隊長の仕事はもう何も無いんですから、ってな」


 そして、明かされる俺とは別のもう一つの裏事情。

 ヘクターは噛み切れなかった固い干し肉を焚き火の中へ忌々し気に投げ捨て、その話途中に短い溜息を何度も挟んで語った。

 それはなかなか心にくるモノがあり、返す言葉が見つからず、嘆きの合いの手だけを入れるが、最後はソレすらも入れられずに言葉を完全に失う。


「つまり、お前の護送を終えた後、帰ったところで俺の場所は有って無いようなものさ。

 なにせ、あのブタの家は代々が将軍家だからな。

 なあ、信じられるか? あのブー、ブーと喚くだけしか能が無くて、剣を振るのもやっとのブタが将来は将軍になるんだぞ?」

「……た、堪りませんね」

「堪らないどころじゃないぞ?

 実際、あのブタが司令官になったおかげで難攻不落と呼ばれたオーガスタ要塞は落ちて、東は大騒ぎだ。

 まあ、何にせよ。将来の将軍様に睨まれたんだから、出世の望みは絶たれた様なものさ。

 ようやく百兵長まで出世したが、ここまで止まりだろうな。もしかしたら、どうしようも無い最前線行きだって有り得る」


 ところが、最悪の未来図を語りながらも、ヘクターの口調は一変。それまで暗かったものが明るくなり、戯けて肩まで竦める始末。

 それを怪訝に思っていると、その理由が笑顔と共に告げられる。


「だから、お前が逃げるって言うのなら、俺も付き合うぜ?

 ……と言うか、お前が逃げたら、俺も帰れなくなるから当然だな」

「えっ!?」


 その突然の提案に息を飲んで戸惑うが、はっきりとしているモノが一つだけあった。

 それはヘクターの推論が十中八九は当たっているのではないかという事。あまりにも符合が合いすぎていた。


「これから冬になるのを考えると、北の山越えは止めておいた方が良い。東も戦争中で混乱している。

 だから、進むなら、西か、南だ。

 ただ、西の場合、今来た道を引き返す訳にもいかないから、王都を経由して、少し遠回りになるけど……。どうする?」


 早速、ヘクターはもう俺が逃げるものだとして、逃亡先の選択を迫ってくるが、俺はあくまでコゼットとの再会を諦めてはいない。

 後ろに戻れない今、前に進むのか、横に逃げるのか、目的に最も近道なのはどちらなのか、すぐに判断は出来そうに無かった。




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