こんな夢を観た「花を探しに」
夜明けの森で目が醒めた。わたしの脚は、細い木の枝をしっかり掴んでいる。腕だと思って伸ばしたものは、灰色の羽毛に包まれた翼だった。
わたしは鳥になっていた。魔女の呪いか、それとも森の精に魔法をかけられたのか。
近くの木のうろで、眠そうな目をしたフクロウを見つける。
「あのう、ちょっとお尋ねします」わたしはフクロウに声をかけた。
「何かね? 悪いが、わたしゃもうそろそろ眠るところなんだ」フクロウは面倒臭そうに言う。
「それが、その……」どう切り出していいやら考えていると、フクロウの方からジーッとのぞき込んできた。
「おや、お前さん、人間だったね? さては赤い実でも食べなすったか」
「えっ、赤い実を食べると鳥になってしまうんですか?」わたしは驚く。確かに夕べ、わたしは赤い実を食べた。けれど、フルーツ・ショップで買ったクランベリーだったはず。
「そりゃあそうだよ。昔から言われていることさ、赤い実は鳥の実ってさ」
「人間に戻るには、どうしたらいいんでしょうか」
「戻りたいのかい、人間に?」不思議そうに首を傾げて聞き返す。
「はい、すぐにでも」わたしは真剣に言った。
「もちろん、方法はあるよ。花を探しておいで。赤い花だよ。それも、ただ赤いだけじゃだめさ。花びら1枚、1枚の先に水玉を付けた、王冠のような花だ。そいつを茎から摘んで、水の玉を落とさずにこの森まで持ってくるんだ。それで、お前さんは人間に戻ることができるよ」
フクロウにそう教わり、わたしは礼を言って飛び立つ。
森中を探し回り、赤い花を見つけるたびに舞い降りて確かめる。朝露でキラキラと輝く花こそ多いが、花びらの先に水玉を載せたものは見当たらなかった。
森を出て、湖のそばを飛び回る。
キャンプに来ている家族がいた。そこにいる4歳くらいの男の子は、わたしをめざとく見つけ、
「あー、鳥さんがいるよっ。ほらー、あそこ飛んでるよーっ」と可愛らしい声を張り上げる。
わたしは彼の頭すれすれまで降りていって、柔らかな巻き毛を羽風で煽った。
「わあっ、鳥さん、こっち来た。ぼくの頭、なでてった」そう言って、両手をぱたぱたと降って、飛ぶ真似をする。
わたしは再び高く上がって、湖の周辺をくまなく探す。
ここにも、お目当ての花はなかった。
日が高く登り始める頃、わたしは岩山を探索していた。
ごつごつとした石の間に、小さな花がいくつも咲いている。花達は、夜の寒さから身を守り、空気中の水分を少しでも蓄えようと、茎や葉に産毛をまとっていた。
鋭い鳥の目でもって探し続けるが、水滴で飾られた花びらの王冠を見つけることはできなかった。
岩の上で一休みをしていると、2人の登山者がわたしを指差してささやく。
「おや、あれはイワヒバリじゃないだろうか?」
「いや、違うよ。よくごらん、翼はほとんど灰色で、茶色がちょっぴりしかない。ぼくには、ヒヨドリに見えるがなあ」
「なるほど、ヒヨドリか。こんな高いところまで飛んで来るもんなんだな。ひとつ、写真でも撮っておこう」リュックからカメラを取り出すと、わたしに向かって構える。
シャッターの音が途絶えるまで、わたしはその場に留まった。
ここにも花はなさそうだ。わたしは軽く羽繕いをした後、ぱっと空へ駆け上る。
「ああ、行ってしまったな。まるで、ぼくが写真を撮る間、待っていてくれたようだったぞ」
「案外、そうかもしれないな」
2人は笑い合った。
町で咲く花に、もしかしたら望みの1輪があるかもしれない、そう思ってはるばる訪れる。
花屋の店先をのぞいてみたり、家々のベランダにとまってもみた。
「あれはセンニチコウ、こっちはケイトウ。八重咲きダリアにポンポンギク。どこも花でいっぱいだ」秋の花々は、鳥になったわたしの目をいまだに楽しませてくれる。
「あら、鳥が遊びに来てるわよ」部屋のテーブルで紅茶を飲んでいた若い女性が小さく声を上げた。
「ヒヨドリのようね」その母親だろうか。カップを置くと、お茶請けのマドレーヌを手に、窓辺へやって来た。「お腹が空いてるんじゃなくて? そら、細かくちぎってあげるから、お食べなさいな」
彼女の撒いてくれたマドレーヌを、わたしは遠慮なくついばんだ。今の今まで忘れていたけれど、そう言えば朝から何も食べてなかった。
最後の1かけらまですっかり平らげしまうと、「どうも、ありがとう」と精いっぱいの声で言う。
もっとも、それはさえずりにしか聞こえなかったに違いないが。
もう、日が傾きかけていた。町の中に、赤い王冠を見つけることはできなかった。
わたしはあきらめ、森へ向かって羽ばたく。
途中、コスモスの咲き乱れる野原に差しかかった。
「むだかもしれないけど、見ておこう」
白やピンクのコスモスが、まるで花の海のように波うつ。その中にひときわ色の濃い1輪が揺れていた。ほとんど赤と言っていいくらいだった。
「花びらの先っぽに、何かきらきら光るものが――」そっと近づいてみると、それは混じりっけのない水の玉である。しかも、8つの花びら、すべてに載っていた。
「あった、これがフクロウの言っていた花に違いない」わたしは喜び、その茎にくちばしを添える。
ふと、人間の生活に戻ったことのことを思い浮かべた。
人間って、そんなにいいものだったろうか。
「人間だった頃、『お前を鳥にしてやろう』と言われたら、とんでもない、と断ったに違いない。けれど、鳥である自分が人間になる理由などあるだろうか? 翼をもがれて、地上を這い回るなんて、今の自分に耐えられるだろうか?」
いくら考えても、答えは分かりきっているのだった。
そっとくちばしを緩めると、森を目指した。何も持たず、ただ純粋な気持ちだけを胸に。




