僕らの大事な白雪姫!目を覚まして!!
「白雪姫ー!どうか目を覚まして!!」
「ううっ…姫~」
わんわんと泣く僕らの嘆きが森に響く。
こんな…こんなことで大好きな白雪姫が死んじゃうかも知れないなんて…!
「…まだ姫を助けられるかも知れない」
仲間たちが絶望に打ちひしがれる中、一人だけ泣いていなかった『物知り』ロゥが口を開いた。
「なんだって!一体どうすればいいんだ!?」
驚いて泣き止んだ皆の視線が『物知り』に集まる。
「この古い文献には…『魔法で眠らされた姫は王子の口付けによって目覚める』とある」
「王子の口付け!?でも王子なんて一体どうやって連れてくれば…」
…パカラッ!パカラッ!
とその時、森の奥から馬が駆ける音が聞こえてきたかと思うと、僕らの目の前に白馬に乗った男が現れた。
金髪碧眼の美形で、上等な服を着ており、周りになにやらキラキラが見える。
こ、この人はまさか…!
「もしやあなたは王子様ではないですか!?」
いちかばちかで王子っぽい外見の男に声をかける僕。
するとその男はこちらをじいっとガン見してきた。な、なんだ?なぜ睨む!?
「…いかにも。私はサンテール国の第一王子だが」
やった!マジで王子だった!!何たる幸運!何たる都合の良さ!!
皆も一気に色めき立つ。
「どうか白雪姫を助けてください!姫は王子様の口付けで目を覚ますらしいのです!!」
僕らは必死で頼み込んだ。
しかし…王子は眠る姫をチラッと見るなり、こう言った。
「チェンジで」
な、何だとー!?
「解せませんね…一体姫のどこに不満があるというのですか?」
「そうだそうだ!姫はこんなに可愛いのに!」
「このまま死んじまったら可哀想だと思わないのかよ」
「助けてくれたら…できるかぎり…お礼…する…」
「………」
「頼むよー…ふぁ~…」
『物知り』『食いしん坊』『力持ち』『のんびりや』が口々に言う。『だんまり』は相変わらず何も話さないが王子を非難するような目で見ている。『ねぼすけ』は…貴様、こんな時に眠そうにするな!
「断る」
王子はキッパリ言った。
「なぜならまず…彼女は年をとり過ぎている。私はもっと小さくて可愛い娘が好みなのだ」
えええ!?
「な、なんだって!?姫はまだ15歳だぞ」
「これは…まごうことなき変態ですね」
「助けておまわりさーん!ここに変態がいます!!」
「犯罪…ダメ…絶対…」
僕らはざわついた。まさか王子がロリコンだなんて…
「それに結婚する気もない女性に口付けするなど…そんな無責任なことはできない」
お、おう…意外と真面目だな…?
………いやいやいや、いくら真面目だからって変態は変態だからな!
「そもそも、本当に王子の口付けでないと目覚めないのか?お前達は試してみたのか?」
確かにまだ試していない。でも僕らが大事な姫にキスするなんて…何だか恐れ多いし…///
「ふむ。確かに一理ありますね。まずは私たちの誰かが口付けてみましょうか」
「なにっ…!……よ、よし、それなら俺がやってやる!」
『物知り』の言葉に、真っ赤な顔をした『力持ち』ティオが前に進み出た。
…お前、いつも姫につっけんどんな態度とってたくせに…よし、今日からお前は『ツンデレ』に改名だなツンデレよ。
「お前ら皆あっち向いてろ!絶対見んなよ!!」
はいはい。必死なツンデレが可哀想なので僕らは森の方を向いてじっと待つ。
……………
しばらく待ったがシンとしたままで、姫はおろか『ツンデレ』も何も言わない。
「おい、もういいか……うわぁっ!?」
振り向いた僕の目に映ったのは………
二体に増えた死体…!!
……いやまだ死んでないよ!
『ツンデレ』ティオは姫の隣で幸せそうな顔をして転がっていた。
口からは魂のようなものがはみ出している。…おいおい、お前が先に逝きそうだな。大丈夫か?
「何やら昇天しかけているようですが…きちんと口付けできたのでしょうか?」
「ちらっと見てみたが、できたようだぞ」
『物知り』の言葉に王子が答える。てか王子見てたの?可哀想だからやめたげて!
「だがやはり小人の口付けでは目覚めないようだな。…そもそも姫はどうしてこうなったんだ?悪い魔女のせいでとか言っていたが」
「それは…」
僕は姫が魔女の持ってきたリンゴを食べてからこんな状態になったことを話した。
「お前達、姫に知らない人から貰ったものを食べてはならないと教えなかったのか」
あきれた王子の言葉に、僕らは口々に言う。
「そんなこと姫はわかっている!姫は賢いんです!」
「わかっていても姫は…大好きなリンゴを食べずにはいられなかったのです」
「姫はリンゴだけは僕よりたくさん食べるよ。何せ森中のリンゴを食べつくしたからね!」
「白雪姫は…りんごしか…たべない…」
「………」
…いやいや、リンゴ以外も食べると思うよ『のんびりや』。
『だんまり』は相変わらずだんまりだ。
『ねぼすけ』は…
「zzz…」
何だとコイツ寝てやがる!
「姫は常軌を逸したリンゴ好きです。ですから私たちはまず、姫に隠して備蓄していたリンゴを使ってアップルパイを焼き、その香りを嗅がせました。それで姫が目覚めぬことなど有り得ないと考えたからです。しかし姫は目覚めなかった。そのため私たちは迷信のような話でも頼らざるを得なくなったのです。」
そう…そうなんだ…姫がアップルパイを目の前にして目覚めないなんて、ありえないことなんだ…
こんなことになるなら姫が育ててる新しいリンゴが実るまで待たずに、備蓄のリンゴも全部あげてしまえば良かった…
僕は眠り続ける『ねぼすけ』を揺さぶるのもやめて、しょんぼりした。
「…とんでもない姫のようだな。だが、そういうことなら助けられるかも知れない」
そう言うと、王子は眠る姫を抱き起こした。
え、もしかしてキスしてくれるの…!?
「ハイムリック法!!」
カッと目を見開きそう叫びながら、姫を後ろから抱きかかえた王子は姫の腹部に当てたこぶしを素早く突き上げた!
「かはっ!けほっ…」
咳き込む姫の口から、ぽろりとリンゴの欠片が落ちる。
「けほ……あら?私どうしたのかしら??」
目覚めた姫が、大きな瞳をぱちくりさせて辺りを見回している。
「「「「ひ、姫ーー!!」」」」
驚きに目を見開いた僕らの声が重なる。
『ねぼすけ』の鼻ちょうちんがパチンとはじけた。
「ひめ、ひめ~…うう…良かった…」
僕は泣きながら白雪姫に抱きついた。仲間たちも皆涙を浮かべたり、号泣したりしながら喜んでいる。
『ねぼすけ』と『ツンデレ』も、やっと起きたようだ。
「ありがとうございます、王子様!あなたのおかげで姫が助かりました!!」
僕は涙をぬぐい、そう言って王子に笑いかけた。なぜか王子はまた僕を睨んでくる…な、何故…
続いて『ツンデレ』『ねぼすけ』『のんびりや』『食いしん坊』が王子に感謝の言葉を述べる。
「お、お?あんたが姫を助けてくれたのか?…礼をいうぜ」
「むにゃ…ありがと王子様~…」
「王子…感謝…する…」
「本当にありがとう!僕の大好きなこのお肉をあげる!」
「………!………!!」
『だんまり』は無言だけど、にこにこ顔で王子の周りをぴょんぴょん跳ね回っている。
「感謝します王子。人間の知識とは素晴らしいものですね。姫を助けてくださったお礼に、私たちにできることでしたら何でもいたします。何なりとおっしゃってください」
「そうだな…」
『物知り』の言葉に、考える王子。
「では、この娘を妃に貰おう」
王子は僕を抱き上げた。
って、ええええっ!?娘?妃!?
「な、なに言ってんですか王子様!僕は男ですよっ!?」
「いいや、私にはわかる。君は女の子だろう。ひと目見た時から気になっていた。君のような心優しくて愛らしい娘には初めて出会った。不自由はさせない、私と結婚してくれ」
な…!バレ……っ!?………ってええ!?
「何だとあんた!『僕っ娘』ルーを連れて行く気か!?」
「『僕っ娘』は僕らの癒しの存在なんだよ!?」
「『僕っ娘』は…かわいい…つまり…正義…」
なあぁぁぁぁっ!みんな知ってたのか!?てか影で僕のこと『僕っ娘』とか呼んでたのかよ!!
『だんまり』もコクコクと頷いている。『ねぼすけ』は……また寝てやがる!!
うわぁーもう!バレてたとか!恥ずかしい!!
こんなことなら軽い気持ちで男のフリなんてするんじゃなかった…子供の時グループ内で自分だけ女だなんて仲間はずれみたいで嫌だとかそんなどうでもいいことで…
「どうされますか、白雪姫」
『物知り』が尋ねると、姫はきょとんとしてこっちを見た。
抱き上げられてバタバタしている僕の顔を見てから、王子の目をじっと見つめる。
王子も姫を見つめ返す……
白雪姫は、ニコッと花のような笑顔を僕に向けた。
そのあまりの美しさに、ぽーっとなる僕。仲間たちもぼんやりしている。
愛らしい赤い唇が開き、姫はこう言った。
「幸せになってね、ルー」
………………………………………………っは!…え?…うえええええええー!!?
「ちっ。姫がそう言うなら仕方ないか。頑張れよ『僕っ娘』」
「餞別に秘蔵のお肉あげる!」
「『僕っ娘』…元気で…」
「姫の決定は絶対ですからね。まあ『僕っ娘』ルー、あなたならどこでも上手くやっていけるでしょう」
手の平を返したように別れの挨拶を告げ始める仲間たち。この裏切り者ー!!
そしておまえら僕っ娘僕っ娘言うな!今まで『はりきりや』って呼んでただろ、僕のこと!
『だんまり』は僕の両手を握り、ぶんぶん振って別れを惜しんでいる。『ねぼすけ』は鼻ちょうちんが割れて「…はっ!?」とかやって…いやおまえはもういい。
「それでは話もついたことだし、行こう、ルー。我が愛しの花嫁よ」
そういって王子は僕の額にキ…うぎゃぁぁ何をする!!
真っ赤になって慌てふためく僕を白馬の背に乗せ、自分もその後ろに跨る王子。
やばい本格的に攫われる!どどどどうしよう~…
…………………は!そうだ!!
「お、王子様はロリコンなんでしょ!?残念でした、僕はすでに立派な大人です!たぶん王子より年上です!!」
僕はふふん、と鼻をならしながらドヤ顔で言ってやった。
が、しかし。
「なんと、この姿で大人なのか!何という合法ロリ!!素晴らしい!」
うわぁぁしくじったーー!!
「王子様!」
その時白雪姫が初めて王子に声をかけた。
出発しかけた王子が、姫に向き直る。
「その子…ルーを、必ず幸せにしてくださいね。さもなくば……あなたの国は滅びることになるでしょう」
「…幸せにする。当然だ」
姫にそう答えると、王子は馬を走らせた。
…え、なんか今姫がとんでもないこと言ったような…
パカラッ、パカラッ!
は!なんて考えているうちに馬はどんどん走っていく!
「元気でね~」
「頑張れよー」
のんきに手を振っている皆がすでに遠い!!
いやぁぁ!小人攫いっ!!誰か助けてーーーー!!!
***
…………なんてことも昔はあったけど、今ではすっかり「幸福を呼ぶ妖精王妃」とか言われてサンテール国民に親しまれている、僕改め私ことルーです。いや妖精じゃないけどね。小人だけども。
私がこの国に来てからなぜかずっと豊作続きに好景気で、年々この国は豊かになっているようだ。
私は白雪姫が王子に「祝福と呪い」の魔法をかけたんじゃないかと思っている。
ああ見えて姫は魔法使いなのだ。
私を大切に扱えば祝福を、そうでなければ呪いを。…まあだからといって本当に国が滅ぶようなことは無いと思うけど。…そう信じたい。
そして今の私はといえば………
「ルー、今日も可愛いな。愛している」
そう言って私を抱きしめる王子改め国王。
「お父さまばっかりずるい!ぼくもお母さま大好きなんだから!」
「リリもリリも~!ぎゅってして~」
次々抱きついてくる子供達。お、おおう、母さま窒息しそうだよ。
小人の寿命は長いので私の見た目は結婚前と全く変わっておらず、すでに息子に身長が追い抜かれそうだ。
…これは後10年くらいしたら、親子の見た目が完全に逆転してしまうんじゃなかろうか。
「お母様もロイとリリのこと、大好きだよ。愛してる」
負けずに子供達を抱きしめ返す。
そして私は夫をちらっと見て、すぐ目をそらした。恥ずかしい。でも言おう。
「……あなたのこともね」
夫と子供達に囲まれ、何だかんだで幸せに暮らす私、ルーなのであった。
※実際はハイムリック法を意識のない人に行ってはいけないようです。