98.例えそれが
最下層でやることもなくなったので、フロア内に転がっている魔術具などを適当に回収してから戻ることにする。
何やら色々と希少なものもあったようだが、見ても良く分からないので判別はイサナに任せた。
「全部売ったらひと財産ですよ」
「じゃあ売るか」
モカさんであれば色々と使い道を知っているのかもしれないが、今は売るくらいしか思い浮かばない。
「だったら、俺達に買わせて貰えないか」
ルードが手を挙げて買い取りを申し出てきた。
イサナを見ると「いいと思います」と特に異論もないので、そのまま渡して持ち帰って貰うことにする。
「代金は王都の”緑の風”の窓口に渡して貰えれば」
「げっ……あそこの関係者か」
無意識だろうが、ルードの口から不穏な言葉が漏れ出た。
忘れていたが”緑の風”は評判が良くない冒険者ギルドだったはずだ。
別に隠していたわけでもないが、名前を出した途端に雰囲気が変わる程だとは思わなかった。
「いや、助けて貰ったんだ。偏見は良くないな。分かった、確かに代金は届けるぜ」
ついでなので、どんな風に思われているのか聞いてみることにする。
他のギルドの付き合いと言うと”白い一角獣”のシータとその関係者くらいだが、あまり”緑の風”を気にしていないようなので客観的な印象と言うのが分からない。
「素行が悪いって言うわけじゃねえんだけどよ、なあ?」
ルードは視線を仲間に向けると、皆一様に無言で頷いて何かを肯定する。
暗黙の了解で何かあるのだろうと察すると、班長が横から説明してくれる。
「荒くれ者なんていうのは”黒い巨人”にもいるし、そう珍しくも無いんだが。
”緑の風”にいる連中に関わるとロクな目に遭わないと言うのが良く言われている話だ」
「他の奴らが言ってた噂だからな」
他のメンバーも気を使ってか、あくまで聞いた噂だと強調する。
「例えば、依頼を頼む為に近くに立ってたデカい女に取り次ぎを頼んだら半日放置されたとか」
きっとイーズィさんだ。
「いつまで経っても出て来ないから、代わりに通りがかったエルフ族の女に頼んだら金を取られたとか」
多分セリアさんだ。
「仕方が無いから自分で窓口まで持って行ったら、依頼内容を一瞥して鼻で笑われ『帰れ』と言われたとか」
間違いなく窓口のお姉さんだ。
「流石に尾ヒレが付きすぎてるとは思うが、そんな話には事欠かなくてな」
尾ヒレは全くなかった。
「まあ、今回のことは俺達がキッチリと話をするし、そんな根も葉もない噂も無くなるとは思う」
根も葉もあるから噂という実が出来たのだろう。
気まずそうな顔をしているイサナと先を急ぐようにして最下層を後にした。
◆
戻る道は来た道と同じ順路を逆にたどるだけだ。
一度、途中にいる魔獣を倒しているので遭遇することもそれほど多くは無い。
しかし全くいないわけではないので、魔獣の数が多い迷宮であれば遭うこともままある。
「スクロール!」
何度目かのマッドマンを殴りつけ、後に残ったコーヒーの魔術書を回収する。
自分では先ほど飲んだので、後から出てきたのはギルド員達に渡して飲んで貰ったが、大半は苦いのが駄目なようで、口を付けて顔をしかめた後で近くにいる仲間に回していた。
班長だけはコーヒーを気にいったようで「これは美味い」とコーヒーの入ったカップを傾けている。
「さっきから妙に泥人形ばかり出てきますね」
妹が溜め息を吐きながら言う。
別に誰が怪我をしているわけでもないのだが、きっと同じ魔獣ばかりで飽きているのだろう。
「ゲーム的に考えるなら、マッドマン部屋があって、そこから大量に流れ込んでるね」
安田君が得意げに言った。有名ゲームをネタ元にして言っているに違いない。
ゲームでは、魔獣が大量に詰まった部屋に特定の種類のものだけが偏っていることがあるが、可変迷宮でそういうことがあるとは聞いたことが無い。
念のためにイサナにも聞いてみたが「聞いたことありません」という答えだった。
「でもマッドマンばかり多いのも気になりますね」
イサナが中空を見つめるようにして何かを探すと、「ちょっと寄り道しましょうか」と言って進行方向を変えた。
迷いのない歩き方のイサナについて行くと、そのあとも何度かマッドマンが現れてその度にコーヒーに変えてゆく。
片手で足りなくなる数を倒したあたりで、イサナが歩く足を止めて振り返った。
「この先に、魔力の淀みがあります」
最下層のようなひび割れがここにもあるのかもしれない。
そっと様子を窺うと部屋の中にはマッドマンが数体と、地層のように縞模様となった壁が視界に入った。
「何ですか、あれは」
妹が横から顔を出して部屋の中を睨みつける。
「あれ見て、壁の断層の間のところ」
安田君が指差す先を見ると、断層の色違いの隙間から液体が染み出て地面に水たまりを作っていた。
それが一定の量にまで溜まると次第に波打ち人型となって隆起する。
「ほら! 私の言った通りだった!」
安田君が得意げな顔をして腕に抱きつき胸を押しつけてくる。
「褒めてもいいよ」
腕を絡めて耳元で囁くが、褒める程でも無い。
「さっさとやっちゃってください」
妹が安田君の首根っこを掴んで引きはがすと「邪魔だから離れますよ」と引きずって行った。
「あの壁自体が魔力を持ったもののようです」
イサナが杖を構えながら言う。
壁が魔力をもったものであるなら、マッドマンも含めてこの先の部屋自体が対象と考えた方がいいだろう。
断層のある壁とマッドマン。
胃袋を意識すると力がせり上がり、いつものように右腕に光となって現れる。
次第に具現化する光は輪となり、拳を覆うように広がった。
その力の奔流を、部屋の中へと目がけて叩きつける。
「ショコラ・ミル・クレープ!」
光の中にマッドマンは吸い込まれ壁一面が激しく輝く。光を放つ壁がとろりと垂れるように崩れると光の塊が足元に集まり球体となった。
眩い光が消えれば、そこには皿に乗ったケーキが半ホールだけ残っている。
「どうして半分なんでしょうね」
イサナが近づいて首をかしげる。
元が壁の断面だったからかもしれないが、細かい条件は相変わらずよく分からない。
あまり気にするところでも無いので、添えてあるナイフを手に取り切り分けるために人数を数える。
班長が「それは甘いのか?」と聞いてきたので「そうだ」と答えると「なら俺はいらない」と言われた。
やはり甘いものは苦手なようだ。
班長の分を引いて切り分け、皆に行き渡ったのを確認してから自分の皿を手に取った。
白い生クリームと黒いチョコレートソースが何層にも規則的に重なった様は、それだけで芸術品のように美しい。
フォークを先端部分に押し当てると、くくくっと何度かに分かれた反発を手に伝えた後に分離した。
切り分けた小さい方にフォークを突き立て、それを口に運ぶ。
最上部に乗ったチョコレートムースは濃厚でありながら口に入れた途端に淡く霧散する。
ほろりと崩れる幾重のも断層からは口内の熱で溶け出すクリームが染み出し舌に塗れた。
断層になっているのはスポンジではなくクレープ生地であるが、それもすぐに形を失いチョコレートソースにぐじゅりと混ざる。
流体となったケーキが喉に流れ込むのを待たず、次のケーキを切り分けて口へと運んだ。
先ほどよりも大きく、口を広めに開けて頬張る。
上顎と舌で挟み込むと意外なほどに強く押し返してきた。
スポンジケーキよりも弾力があるように暴れるのは、クレープ生地に挟まれた生クリームが重なり合う事により生まれるクッションだろう。
一瞬の弾力はしかし、あっという間に解けてケーキの全てをさらけ出す。
分離していたチョコレートソースが、ここで生クリームと出会い混ざり合う。
甘ったるく感じるほどの濃密なクリームが、舌だけに飽き足らず口内を満たして埋める。
大人の味と言われる苦味は微塵も存在せず、ただ甘さを強調した味に頬の肉が緩んだ。
最後の一切れも口の中へ落とし込むと、それも儚く消失してしまう。
どこまでも甘さだけでできていたケーキを全て食べ終わると、舌から入り込んだ甘さは次第に体の中を巡り始め、そのうちに心の中まで甘い気持ちに染まる。
「あぁ、甘いなぁ」
「俺、こんなの初めて食べた」
甘いものが好きなギルド員は感極まった声を出しながらケーキにパクついている。
そのうちの一人が安田君に「いつもこんなものを食べているのか」と尋ね、何かを悩んでいる姿も見えた。
せっかくなので、先ほど作り出したスクロールからホットコーヒーを出して渡してみる。
単体で飲めば苦いだけだったが、甘いケーキ同時であれば中和されて丁度良くなったようで、ほとんどの人が手にして飲んでくれた。
「俺……ここの家の子になるわ」
「しっかりしろ、お前は疲れてるんだ。俺が代わりに行く」
わいわいと賑やかしくケーキを食べ終わると、イサナの先導で迷宮の出口へと順路を戻す。
マッドマンが出なくなると未知を遮るものもなく、すんなりと海岸の階層まで戻ってきた。
「やっと半分くらいですね、寄り道して長くなっちゃいました」
「これで長いのか」
後ろから班長のため息が聞こえる。
普段はもっと時間がかかって然るべきなのだろう。
「王都に戻ってきたら報酬とは別で奢らせてくれ。安くて美味い店を知ってるんだ」
それは是非お願いしたい。
海岸の階層を何事もなく通り抜け、そのまま森の階層も通り過ぎる。
あとは洞窟の階層を抜ければ、山の上の出口にでるはずだ。
「俺たちは近い村から歩いてきたが、あんたたちはどうするんだ」
帰り道について聞かれたので、大きい鳥に乗ってきたと答える。
「なんだそりゃ」
「季節王から借りてきたんです」
「げっ……あそこの関係者か」
どこかで見た微妙な表情をされた。
運が悪い人間は祭りの日に王のサーヴァントに攫われるので、季節を運ぶのはありがたいものであると同時にやっかいな存在として認識されているらしい。
一緒に乗って帰るか聞いてみたが、全員がそろって「歩いたほうがマシ」と答えたのでよっぽどなのだろう。
「教授のご親類ですけど、私もシンタさんがいなかったら一人では行きたくないですよ」
変に怒りっぽい爺さんなので、何をきっかけに言いがかりをつけてくるか分からない。
モカさんには甘いように見えたが、安田君があんな目に遭ったのであれば積極的に関わりたいという人ではない。
「それなりに食べ物は手に入りましたし、さっさと戻って王都に帰りましょう」
「あの城に乗るなら俺たちより先に王都に着くだろうな」
それはどうだろう。現在、専ら建築中なのだ。
人手があるとはいえ、そうそう完成するとも思えない。
「どうしてそんなことしてるんだよ、前の城はどうしたんだ。壊れたのか?」
班長が不思議そうに聞いてくるので、簡潔に「食べた」と答えた。
理解できないような表情で言葉の内容を噛みしめ、首を捻り、イサナ達の顔を見て「本当に食べたのか?」と聞く。
「食べました」
「美味しかったよ」
イサナと安田君がそろって答えると、「そうか」と応えて「そういうこともあるよな」と考えるのをやめた。
「やっと出口ですね」
妹が出口の光を見て何度目かの溜息を吐く。
安田君が「流石にずっといると飽きるねー」と言いながら最初に外へ出る。
続いてイサナと妹が出て、その後について太陽の下へと戻った。
迷宮の中と外で何となく空気の味が違うのは、気のせいではないと思う。
「おかえりぃ」




