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可変迷宮  作者:
第三部.LOVE KOME

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46.「わたしがやる」

 まだ日も高かったので街をぶらつくことにした。

 シータは忙しそうだったから尋ねるのは日を改めた方が良いだろう。

 かねてからの約束だった甘いものを食べる約束を果たす時が来たのだ。

 再度、大通りへと向かってイサナに合わせてのんびりと歩くと、横を歩くイサナが俺の手の甲に何度か手を当ててきた。

 何も言わずにその手を取って軽く握る。


「あっ」


 息が漏れるような小さい声が聞こえた。

 意図して前だけを見て脚を動かす。

 繋いだ手を強く握り返してくる小さい手を感じながら大通りの甘味処へと入った。


「……えぅっ……これでっ……これで満足かぁ……っ」

「まて、やめるんだカノッツ。わたしがやる。私が代わるから!」


 店内では昨日あった馬鹿貴族のユーラと、その従者のカノッツが床に膝をついて騒いでいた。

 二人の前には死んだような顔で腰掛けている妹が居る。

 脚を組み、浮いた方の足だけ靴を脱いで素足になっていた。

 そして、何故かその足をカノッツが口に含んでいる。


「んぅ……ぐっ」

「もういいんだカノッツ! わたしに、わたしにやらせてくれ!」


 口がふさがって呼吸が難しいのか、カノッツは涙目になりながら妹の足を舐めまわしていた。

 その横ではユーラが必死に身振り手振りを交えて「わたしがやる」と叫んでいる。

 従者を(おもんばか)るようにも見えるが、その顔は硬直して小鼻は広がりだらしなく口が開いていた。

 餌を目の前に吊るされた犬のような表情である。

 店内には他に何人かの客がいたが、店員も含めて全員が不自然に視線を逸らしていた。

 君子、危うきに近寄らず。

 そのまま店を出て行きたかったが、妹が楽しんでやらせているわけでもなさそうなので無視も出来なかった。


「ミヅキ、何してるんだ」


 死んだ魚の目をしていた妹に声をかけると、そこで初めて気づいたように俺達を見た。

 視線が俺から横にいるイサナへと移る。


「へっ……あっ! イサナさん、これは違うんです! 私がやらせたわけではないんです!」

「人の趣味は色々ありますから……でも、あんまり人前では……」

「違うんです違うんです違うんです」


 首がもげそうなほど左右に振る妹だったが、その間にも足は舐められ続けている。


「ええい、いつまでやってるんですか!」

「えぶっ」


 つま先を振るうと、そこに口を付けているカノッツが床に倒れた。


「ああっ、カノッツ。だから私にやらせて欲しいと……くっ!」


 ユーラが倒れたカノッツの身体を抱き起して悔しげに呟いた。


「違うんです違うんです」


 妹が言う事を整理すると、最初は普通にお茶を楽しんでいたそうなのだが、カノッツが席を立った拍子にお茶をこぼしてミヅキの足にかかってしまった。

 馬鹿ポニテ(ユーラ)が靴を脱がして足をハンカチで拭こうとしたらカノッツが「人前で足を拭かせて恥をかかせる気だ」と訳の分からないことを言いだして、

「ユーラ様に恥をかかせるくらいならボクが……!」と、止める間もなく足を舐め始めたらしい。

 そこから俺が声をかけるまで妹の記憶は無い。


「済まない……謝罪をするつもりが却って迷惑をかけてしまった」

「もういいです」


 妹は心底嫌そうな目でユーラを見ていた。


「それでは私の気が済まない」

「もう関わらないでください!」


 妹は背を向けると店の外に向かって走り出した。

 ユーラは「済まないがこれで」と財布ごと置いて妹追いかけて行く。

 その後をカノッツも追って行ってしまった。

 何か食べるような雰囲気では無くなってしまったので、そのまま妹達の支払いだけして店を後にする。


 ぶらぶら歩いた後で”緑の風”に行くと、妹が疲れた顔で座っていたので回収した。

 その後、普通の宿に泊まり、美味くも不味くも無い食事を腹に収めた。

 翌日から妹は学園へと通うことになる、泊るのも寮になるから暫く会わなくなるだろう。

 俺とイサナも仕事で王都を出ることを言うと「またぼっち……」と呟いて涙目になっていた。

 イサナは反対したがモカさんの所へ行って「妹をお願いします」と挨拶をする。

 面倒見のいい人だから何かと気にかけてくれるだろう。

 ついでにユーラの置いて行った財布も預けておいた。


 学園から出た足で”白い一角獣”へと向かい、シータへと取り次いでもらった。

 通されたのは昨日と同じ応接室で、お茶請けのお菓子も昨日と同じものが大盛で盛られている。

 それを食べて待っていると、昨日よりも早くシータがやってきた。


「お待たせー。うわっ、本当だったんだ」


 シータがイサナを見るなり驚きの声を出した。昨日の説明では半信半疑だったらしい。


「じゃあ念のために改めて説明すると、可変迷宮の【古の回廊】へと向かいます。

 行程は移動も含めて一カ月。その間の費用は全部私が持ちます」


 セレブは言うことが違う。


「お二人には一カ月分の基本費用の他に、目的である薬草を収穫できた場合には成功報酬をお支払いします」

「質問いいですか」


 イサナが挙手をしてシータが許可をする。


「迷宮内で発見した薬草以外の物についての所有権は、どのようになりますか」

「3人で等分しますが、要らないものやどうしても欲しいものについては都度相談しましょう」

「怪我や病気への補償は?」

「私が責任を持って治します。それで行程が伸びた場合は追加の費用を支払います」

「当初の予定よりも日程が短く終了した場合は?」

「日割で報酬を支払います。

 短く終了する場合は基本的に成功した場合なので、その時は成功報酬に多少上乗せします」


 聞けば聞くほど条件のいい話だ。

 古の回廊は危険な場所だと聞いているが、それを差し引いても旨みが大きい。


「シンタさん、止めた方がいいですよ。条件が良すぎます。何か裏がありますよ」

「ないよ! 私の個人的なお願いだから条件をよくしてるの!」


 シータがテーブルをバンバン叩いて抗議する。

 さっきまで大人っぽい話し方をしていたのに、一瞬しか持たなかった。


「条件面はそれで問題ない?」

「ああ、条件と言うわけではないんだが」


 ついでなので、学園に行っている妹の援助をして貰えないか頼んでみた。

 妹は治療魔法も使えるし、”白い一角獣”から援助して貰えれば多少は過ごしやすくなるだろう。


「ああ、治療魔法使えたよね。分かった、伝えておくね」


 あっさりと了承された。

 シータが一旦部屋を出て、暫くして戻ってきた。

 短い時間だったが妹のことを手配してくれたらしい。


「じゃあ、そうと決まったら早速行きましょうか」

「え、もう行くんですか?」

「時間をかけるとバレるからね」


 口の前に人差し指をもってきてウィンクをする。

 また黙って出て行くつもりだったようだ。前に散々怒られたのに全く懲りていない。


「ちゃんと言っておいた方がいいんじゃないか?」

「ちゃんと言ったらダメって言われるもん!」


 そんなことに人を誘わないで欲しい。

 イサナが横で「ほらやっぱり駄目ですよ」と俺の袖を引っ張っていた。


「何が、駄目なんだ?」


 音も無くドアが開いてシズキさんが入ってきた。

 シータは顔面蒼白になり固まっている。


「皆に黙って【古の回廊】に行くんだろう」


 全てバレていた。

 シータをみると、ちょっとやばいくらい汗をかいている。

 顔いっぱいに脂汗を垂らしながら、膝がもじもじと合わさっていた。

 緊張しすぎて近くなっているのかもしれない。


「い、いえその。何と言うか。行こうかなー、行きたいなーって思ってるだけで」

「今まで全く手を付けていなかった貯金に手を付ければ、何をするつもりかは分かる」


 貯金まで管理されているようだ。

 生活全般を満遍なく子供扱いされている。


「シズキさん、お願います。行かせてください!」

「構わないから、行ってきなさい」

「え?」


 勢いよく頭を下げたシータに対して、シズキさんから簡単に許可がおりた。

 腰を90度に曲げて下げたまま頭を持ち上げて、シータが自分の耳を疑っている。


「本当に、いいの?」

「出来れば護衛を10人は連れて行って欲しいが」


 シズキさんが俺達を横目で見た。


「君たちがいるなら平気だろう」


 どこからその信頼感が来るのか分からない。

 一回、一緒に風呂に入ったくらいしか接点は無いというのに。


「それに、親族を抑えているから悪さも出来ないだろう?」


 とんでもない腹黒発言だった。

 万が一にも妹に手出しをしたりはしないと思うが、期待されているなら応えたい。

 釈然としない様子のシータと共に街の外へと移動した。


「【古の回廊】には、どのくらいかかるんだ」

「馬車で一週間くらいかな」


 こちらの世界はとにかく移動時間が長い。

 まだ馬車があるだけマシなのだが、それでも乗っているだけとはいえ疲れるし退屈にもなる。

 未だ見ぬミノタウロスから出てくる料理を想像しながら馬車に揺られ、【古の回廊】へと向かった。


 ◆


「シンタ、焼き肉に行こう」

「分かった」


 高校時代のある日、安田(ヤスダ)(キミ)に誘われて焼き肉屋に行ったことがある。

 安田君から誘いに来る時は、大抵タダ券を持っているとか臨時収入があったとかで奢ってくれることが多い。

 この日も株主優待券で5000円まで無料になるとのことだったので、そこそこ高い焼き肉屋で値段を気にせずに食べまくった。

 女性に支払わせてばかりで申し訳ないと言う気持ちはあるが、焼き肉の魅力には勝てない。


 皿に乗せられた上カルビを網の上に並べながら、焼けるのをじっくりと待つ。


「シンタ、妹がいるんだよね」

「ああ、いるな」

「可愛いんでしょう? 今度紹介してよ」

「死ぬなよ」


 トングで肉をひっくり返す。

 網目の焼き色がついた肉から、脂がジュウジュウと流れ落ちる。

 網の下にひかれている炭の上に脂が落ちて、白煙が上がった。


「やっぱり下着買いに行ったりするのは、女同士の方がいいからね」

「そうか」


 俺の代わりについて行ってもらえるならありがたい。

 女性下着の専門店ほど居心地の悪い店は無い。

 焼けた肉を安田君と俺の皿の上に乗せて、次の肉を網の上に並べた。


「今度、会わせる」

「楽しみにしてるよ」


 まだ熱でパチパチと焼き目が音を立てる肉を口に放り込む。

 牛肉の濃厚な脂が口の中に流れ出した。

 噛みしめると柔らかく噛み切れて更に旨みがとろりと口内にあふれだす。


「おまたせしましたー。ライス大盛りでーす」


 店員がライスを持ってきたので受け取って、そのまま口の中に掻き込んだ。

 焼き肉のタレと肉の旨みが合わさって、白飯の甘みが強く感じられる。


 ご飯をかきこんでいる間に、安田君が肉をひっくり返していた。

 返すタイミングが少し遅かったのか、ちょっとだけ焦げている。

 安田君はそのまま網の上のカルビを寄せて、空いているスペースに豚トロを置いて行った。


 最初に焼いたカルビをタレにつけて白飯の上に乗せる。

 少し焦げた部分のあるカルビを空いた皿の上に退避させた。


 白飯に乗せたカルビを一気に噛みしめて、そのコッテリとした旨みを堪能する。

 そのまま脂を吸わせるように白飯を口に詰め込んで、タレの甘みと米の甘みを楽しみながら飲み込んだ。


 豚トロもいい具合に焼けている。

 塩タレが既にかかっているので一旦皿の上に乗せた後、トングから箸に持ち替えてから口に入れた。

 焼き立ての豚肉が弾ける。コリコリとした食感と共にカルビとは対照的にさっぱりとした旨みが味蕾を刺激する。

 レモンの酸味と塩ダレのあっさりとした味付けが食欲を増進させた。


「ねえシンタ」

「何だ」


 皿に乗せていたカルビを白飯の上に乗せて網の隅で焼いていた野菜をひっくり返した。

 かぼちゃや人参は焼けるまでに時間がかかる。


「こうして窓際の外から見える席で、二人で焼き肉を食べているのを見た人はなんて思うかな」

「焼き肉を食べている高校生だろう」


 煙の臭いがつくからと私服に着替えてからきているが、まだ大学生には見えないと思う。


「シンタは本当にシンタだね」

「そうか」


 安田君は楽しそうにクスクスと笑っている。

 焼けた肉の出す煙越しに見る安田君は、ひいき目無しに見ても美人だとは思う。

 頭も良いから、いい大学に行って優秀なイケメンを捕まえて幸せな結婚をするんだろう。

 こうやって一緒に飯を食うのもいつまで続くか分からない。

 せめて今は全力で食べておこう。


「卵のスープでーす」


 店員の持ってきたスープを手にとって、レンゲで卵をすすりながらそんなことを考えていた。


 結果から言うと、安田君と一緒の食事はそれほど長く続かなかった。


 ◆


 目を覚ますと、眼前には覚えのない街があった。


「丁度起きたみたいですよ」

「ピトロに着いたよ」


 ここが古の回廊の最寄りの街だよ、と言ってイサナとシータが荷物をまとめて馬車を降りる準備をしている。

 自分の分の荷物を担ぎ、寝ぼけた目をこすりながら二人に続いて馬車を降りた。

 最近、安田君の夢を良く見る気がするが、良く考えてみたら食べ物の夢かもしれない。

 それくらい安田君とは一緒に飯を食べていた。

 きっと、今の夢もミノタウロスに対する期待の表れだろう。

 口から垂れそうな涎を拭いながら街の中へと入った。

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