45.「わかってない」
翌朝、目覚めると既にイサナは起床していた。
風呂上がりの姿のまま眠ってしまったので風邪でも引いていないかと心配したが、
起きぬけに少しだけ気まずそうな顔をしただけで特段不調な様子は無かった。
妹と共に朝食を取って本日の予定を確認する。
「俺はシータの所に行って仕事の内容を聞いてくる」
「私はミヅキさんと学園に行って、昨日の続きを」
シータから貰っていた手紙の内容を二人にも伝え、今日は一人で要件を聞きに行く。
わざわざ手紙まで寄越すということは、子供の使いというわけでもあるまい。
それなりの報酬が得られるはずだと密かに期待している。
イサナと妹が昨日、中途半端になった話の続きをしてくるそうだ。
俺も用事が終わったら顔を出そうかと思ったが「危ないから来てはいけません」と言われた。
イサナの顔は真剣そのもので、余程の危険が学園に待っているのだと思わせる。
「やっぱり怒ってますよね。あそこまでやって何もなかったら。
私、見限られたりしてませんよね」
「いいえ、いつも通りですよ。気にしすぎです。
あの人は甲斐性はありませんが、器だけは大きい謎の人格してますから」
危険ならなおさら俺もいた方がいいのではないかと思ったのだが、
イサナと妹がコソコソと話しているのを見る限り、何かの冗談の類だったのだろう。
それぞれ用事が終わったら”緑の風”に集合ということにして宿を出た。
シータのいる”白い一角獣”は大通りに面しているという話だった。
行けば分かると言うくらいだから、大きくて目立つ外見をしているに違いない。
のんびりと歩きながら大通りに出て、それらしい建物を探すとなるほどすぐに見つかった。
神殿を思わせるような白亜の建物に人々が列をなして並んでいる。
並んでいる人たちは皆、一様に包帯を巻いていたり杖をついていたりする傷病人ばかりだ。
最前列の人が立つ建物の入り口には、一角獣の意匠を施した紋章が飾られている。
ここが”白い一角獣”のギルドで間違いあるまい。
同じ冒険者ギルドでも”緑の風”とは大違いだ。あちらはどうみても場末の酒場だが、
こっちは大病院のような貫禄を建物からも感じ取れる。
並んでいる人たちを横目に見ながら、別の入り口から建物の中に入ると清涼な空気が流れてきた。
どこかで風の魔法でも使っているのか爽やかな風が建物の奥から吹いてくる。
建物の中も病院よろしくロビーと受付窓口が作られていた。
どこかの素寒貧ギルドとは違って、賑やかしく人々で溢れ返っている。
並んでいた怪我人たちの入り口は違うところへ通じているようで、ロビーでは見当たらなかった。
シータから受け取った手紙を持って受付に行き、丁寧な対応をするお姉さんに手紙を渡して
「ギルドマスターに用事があります」と伝えた。
お姉さんは手紙を受け取って目を通した後、立ちあがって直接応接室へと案内してくれた。
「ギルドマスターは今、別件で対応中ですのでしばらくお待ちください」
お菓子とお茶を持って恭しく頭を下げて下がっていく。
出されたお菓子はクッキーのような焼き菓子であまり甘くない味だが、それが出されたハーブティーとよく合っていた。
サクサクと食べやすい食感についつい手を伸ばしていると、いつの間にか器が空になってしまう。
お茶のお代わりを持ってきたお姉さんが「それ美味しいですよね」と笑ってお菓子のお代わりもくれた。
ここの家の子になろうか真剣に悩んでいると、「ごめんねー」と言いながら声の主が応接室のドアを開いた。
輝く銀髪と白い肌、見目麗しい美貌の乙女。”白い一角獣”のギルドマスターであるシータが元気よく現れる。
「呼び出しておいてごめんね、今日は治療番の当番日だったから」
明るく朗らかな様子は以前と変わりない。確か温泉街で一緒に迷宮に入って以来のはずだ。
あの時はシズキさんに怒られて引きずられて行ってしまい、ろくに別れのあいさつもしていなかった。
「まぁまぁ堅苦しいのは抜きにして。今日は一人なんだ?」
シータにはイサナが戻ってきていることを伝えていなかったので、この場で説明した。
今は学園に行っていると言うと「私も学園に通ってたんだよ」と返ってきた。
魔法が使える人は皆、学園に行くようだから治療魔法の使えるシータも当然通っていたのだろう。
「それで、来て貰った要件なんだけどね」
シータの手紙には個人的に仕事を依頼したいと書いてあった。
”白い一角獣”も冒険者ギルドなのだから、自分のところで済ませれば手間も無いだろうにと思うが、
もしかするとなるべく知られたくない内容なのかもしれない。例えばギルド内のスパイを探し出すとか。
「これは、事情を知っている人にしかお願いできなくてね。
最初は私の身近な人に頼んだんだけど、みんな色々理由を付けてやってくれないの」
自分の周りで済ませるつもりだったようだが、手が空いていなかったようだ。
ならば余り大それた内容ではないのかもしれない。
「古の回廊って聞いたことあるかな?」
「いや?」
有名なのかもしれないが、聞いたことは無い。
「古の回廊って言う名前の通り、とっくの昔に無くなっちゃった植物とか鉱物とか、
そういうのが沢山見つかる迷宮なのよ」
考えてみれば、今までに入った可変迷宮は初心者向けと言われるものばかりだった。
そんな特色のある迷宮があるというのも初めて聞いた話だ。
「ちょっと有名な可変迷宮なんだけどね、そこにある薬草が欲しいの」
「薬草?」
現在では手に入りづらい薬草を手に入れるのが目的らしい。
「そうなの、あんまり市場に出回らないから、自分で取りに行こうと思ってるんだけど、
一緒に行ってくれる人を探しているの」
「事情というのは?」
事情を知っている人にしか頼めないと言っていた。
シータの言う事情とは、もしかすると出自に関することではないだろうか。
前に”白い一角獣”のシズキさんと風呂で会った際に、シータとは腹違いの兄妹であると聞いている。
公然の秘密くらいの扱いのようだが、それでも知らない人は知らないだろう。
「うん、あのね……その薬草っていうのが……なの」
よく聞こえなかった。
「ひ、頻尿の治療薬なの」
「え?」
聞こえたが理解できなかった。
「おしっこなの! おしっこの薬!」
「わかった、聞こえたから」
バンバンとテーブルを叩いて「おしっこ」と連呼するシータと落ち着かせる。
大きな声だったからか、わざわざ何事かと様子を見に来る人もいた。
「それなら、別に人に頼まなくても自分だけで行って来れないのか」
一応、同行の必要性を聞いてみると「そこに出てくる魔獣がとても強い」という回答を得た。
「聞いたことがあるか分からないけど、ミノタウロスっていう牛の魔獣とか、石化を使うコカトリスって鳥の魔獣とか」
どちらも俺のいた世界でも聞いたことのある名前だ。特にコカトリスは一度相対したことがある。
あの時は石化毒にやられた揚句、スクロールの中身も槍になってしまって食いっぱぐれていた。
スライムやコボルトとは段違いの強力な魔獣が出てくるという話だったが、そういうことなら大歓迎だ。
「普通、ミノタウロスって一小隊で当たるような相手なんだけど、個人的な内容だからそんなに人を動かせないしね」
そこで防御力無視で相手を無力化出来る俺に白羽の矢が立ったようだ。
「勿論、危険は伴うし怪我じゃ済まないかもしれないよ。
それに見合った分の報酬を出すけど、嫌なら断って貰っても」
「いや、やる」
即答だ。これほど俺に向いている仕事もあるまい。
「そっか。ありがとうっ」
はにかむと背景に花が咲きそうな笑顔だった。
「今のところ、私とシンタさんしかいないんだけど。
他に遠距離で戦えそうな人がいたら声をかけて見てもらえるかな」
「わかった」
イサナは学園に戻るし妹は治療魔法しか使えない。
モカさんも忙しそうだから、後でセリアさんにでも聞いてみよう。
「よかったぁ。やっと来てくれる人が見つかったよ」
「そんなに見つからないものなのか」
報酬が良ければ、いくらでも人が集まるとは思う。
特に俺のことを目の敵にしていたリンギィなんかシータ贔屓のようだったし頼まれなくても付いてきそうだ。
「事情のこともあるし。それに薬草のことを話すと微妙な顔をするの」
危険度が高い割に得られるものが頻尿の薬だ。モチベーションが上がらないのかもしれない。
「リンギィなんか『今はまだ我々が皆でシータ様を支える。それで良いではないですか』とか言っちゃってさ」
娘を手放したくない親の気分なんだろうか。
それでもシータは俺と同じ年だから、もう来年には20歳だ。
いい加減、子供扱いされるのも嫌になってきているのだろう。
「皆わかってないのよ! 違うの! 支えるとかじゃないの! くしゃみするだけでちょっと漏れちゃうのが嫌なの!」
最近、知りたくない情報ばかり入ってくる。
他のギルドメンバーの意向は分からないが、そもそもに問題があるようならシズキさんが行くことを禁止するだろう。
今日、他の面子を確認して明日また来ると伝えてから建物を後にした。
イサナ達はもう学園での用事が済んでいるだろうか。
今度はみすぼらしい方の冒険者ギルドへと歩みを進めていく。
変わらず吹けば飛ぶような建物のドアを開けて中に入ると、例によって窓口のお姉さん以外は誰もいない。
声をかけてイサナ達が来ているが聞いてみるが、今日は誰も来ていないとのことだった。
このギルドはどうやって運営しているのだろう。少しだけ心配になる。
一度外に出て、軽食と飲み物を買ってきてテーブルの上に広げた。
薄く切ったパンにベーコンとチーズを挟んで焼いてあるサンドウィッチみたいな食べ物だ。
中に入っているベーコンは一度焼いたものが入っていて、サクッとしたパンの中にカリカリのベーコンが入っている食感を楽しめる。
チーズも溶けていて噛みつくとニュウっと伸びてそれも面白い。
スープはミネストローネのようなトマトのスープで、酸味と野菜の旨みが溶け込んでサンドウィッチと一緒に食べると、
ベーコンとチーズの脂っぽさを流してさっぱりとさせてくれる。
一人でパンとスープを食べていると、いつの間にか受付のお姉さんが横に立っていた。
「うまそうだな、一個くれ」
もぐもぐと口を動かしながら頷いて、残っていた最後の1個を差し出すと、それを掴んで立ったまま食べ始めた。
お互いに何も言わずに口を動かしながら食べ続ける。
同時に、ごくんとパンを飲み込んだところでドアの開く音がした。
「シンタさん、もう来てたんですね」
そちらを見ると、イサナが入ってくるところだった。
窓口のお姉さんが何も言わずに、定位置へと戻っていく。
入れ替わりにイサナが俺のところへやってきた。
「何かお話されてたんですか?」
「いや、何も」
「?」
イサナが首をかしげていたが、それよりも学園の方の様子を聞いてみた。
「私は無事に戻れることになりました。
ミヅキさんも明日から学園に通うことになってます」
明日からとは、随分と融通がきいたものだ。
「シータさんは何の用事だったんですか?」
シータの言う事情はイサナも知っていることではあったが、一応隠して迷宮内の薬草を取りに行く手伝いだったと伝えた。
「”白い一角獣”の人たちについて行くんですか?」
「いや、俺とシータだけだ」
「ふたり……きり?」
目が怖い。
二人きりではなく、これから他の面子に声をかけるつもりだと説明した。
候補はセリアさんか、時間が合うようならモカさんにも聞いてみるつもりだ。
「セリアなら、今日次の仕事に出て行ったよ」
窓口からお姉さんが声を投げてくる。
兄の請けている大きい仕事が長引いているので、援軍として送り込まれたらしい。
「じゃあ、そうなると教授……うーん……でも二人きりは……」
イサナが難しい顔をして悩みだした。
暫くの間、眉根に皺を寄せて考えていたがやがてまとまったらしく口を開いた。
「私が行きます」
イサナは学園に戻るのが決まったばかりだろう。
俺の仕事の為に自分のことを投げ出すのは感心しない。
「論文の為です。ええ、そうです。その薬草とやらのことも盛り込みますから」
さも当然のようにつらつらと理由を並べる。
そういうことであれば一緒に来て貰うのも大丈夫だろうか。
正直なところで言えば、魔法の使えるイサナが来てくれるのは心強い。
「わかった、シータには明日そう伝えておく」
悩んだが、イサナに一緒に来て貰うことにした。
シータが学園の卒業生なら、論文に必要な話も聞くことができるだろう。
ならばまるで無駄になると言うことも無いはずだ。
「そういえばミヅキは?」
ギルドに入ってきたのはイサナだけだった。
学園には妹と一緒にいったはずだが、一人でオリエンテーションでも受けているのだろうか。
「昨日のユーラ先輩に、昨日のお詫びと言うことでお茶にお呼ばれされていました」
昨日の件は、向こうが謝罪してくれてカタが付いているから今さら揉めることも無いだろう。
少しだけ気になったことを聞いてみた。
「イサナは最高学年なのに、何でユーラは先輩なんだ?」
卒業後も院のような進学先が用意されているのだろうか。
「それはその……」
言いづらそうに少しだけ言い淀んだ。
「何というか、その……留年です」
なるほど馬鹿貴族だった。




