41.「いいじゃないか」
高校時代のクラスメイト、安田君は学校では有名人だ。
良い意味で目立つ外見と、悪い意味で目立つ行動のせいで
学年の垣根を越えて彼女を知らない生徒はいなかった。
廊下を歩けば、ある男子生徒は憧れの眼差しを向け、ある女子生徒は軽蔑の視線を投げつける。
ある日はラブレターの返事の為に体育館裏へ向かい、また別の日には同じ場所へ呼び出されて友情を交わす。
整った顔に目立つ痣を作っても飄々と翌日に登校する彼女は、
人生というものを誰よりも楽しんでいたのだと思う。
そんな奇想天外な女子生徒と同じクラスになり暫くしてから、
彼女が昼飯を自席でご食べている俺のところにやってくるようになった。
ショートカットの髪の毛に大きな二重の瞳。
夏服のブラウスの裾を短くしたスカートの上に出している。
健康的な太股と存在感を主張する胸元も相まって活発な印象はあるものの
不思議とだらしない感じはしない。
当初、クラスメイトとして名前しか知らなかった彼女が
何も言わずに俺の席に座って弁当を広げ始めたので慌てたのを覚えている。
「なにか用、安田さん」
「安田さんって呼ばれるのは嫌かな」
「じゃあ、どうしろと」
「フルネームで呼んで欲しい」
「名前なんだっけ」
「安田君。安い田んぼのYOUと書いて安田君だよ」
「なんで名前だけ英語なんだ」
昼飯のメロンパンを鞄から取り出しながら思わず突っ込むと、
賑やかしい印象とは反して、彼女は静かにクスクスと笑いながら自分の弁当に手をつけ始めた。
「水瀬心太くん。シンタって呼んでもいいかな」
「構わないけど、いきなりだな」
「シンタは、いつも美味しそうにご飯を食べていたから気になっていたんだ」
ただ、それだけの理由で俺の前に座ったらしい。
遠慮も気兼ねもしない性格を少しだけうらやましいと思った。
「お互いに名乗りあったし、これでもう友達だ。
一緒にご飯を食べたって構わないだろう」
構わないも何も、彼女は既に弁当を食べ始めている。
彼女の身勝手な理屈でいつのまにか友達になってしまった。
「ほら、そんな顔しないでさ」
そんなに不満げな顔をしているように見えたのか、
また笑いながら彼女が弁当から何かを摘んで差し出した。
片側に包丁を入れて炒めたウィンナー。通称「タコさん」だ。
「友情の印だよ」
随分と安い友情だが、貰えると言うなら貰っておこう。
メロンパンを一度机に置いて、掌を上に向けて右手を差し出した。
「手が汚れるだろう、口を開けるといい」
「いや、それは……」
「いいじゃないか。ほら、あーん」
言い返す言葉もなく、黙って口を開けた。
彼女がタコさんを箸で摘んだまま腕を伸ばしてくる。
机の上で前かがみになり生地の薄いブラウスの下から胸のボリュームが強調された。
そこに気を取られていると、ふわっと口の中に香ばしいウィンナーの風味が広がる。
「どうだ、美味しいだろう」
口に入れられたタコさんは塩と胡椒で味が付けられていた。
油で炒められたウィンナーにしっかりと味が染み込んでいる。
4つに分かれた足の部分は、しっかりと火が通ってカリカリとした食感が楽しい。
身体の側は冷めていてもパリッっと皮が破れる感触がする。
良い品を使っているからだろうか、肉の汁気が失われていない。
何度か咀嚼してウィンナーを飲み込むと、満足感と物足りなさに同時に襲われた。
「安田さん」
「安田君だよ」
「安田君、ご飯も分けてくれ」
指定された通りフルネームで呼んでご飯を要求した。
炒めたウィンナーを食べると無性に白飯が食べたくなる。
今日の昼飯はメロンパンとコーヒーなので、こちらにはご飯が無い。
安田君の弁当には当然ご飯がある。それを一口分けて欲しいと訴えた。
「ふふふ、仕方ないなぁ」
また静かに笑うと箸でご飯を取ってこちらへ差し出した。
それを口に入れてゆっくりと噛み締める。
ウィンナーの塩と胡椒の辛味が、ご飯を更に甘く感じさせる。
デンプンが糖へと分解される様を舌で感じながら、分泌される唾液と共にそれらを飲み込んだ。
「本当にシンタは美味しそうに食べるね」
安田君は何が楽しいのか、弁当を食べる手を止めて俺が食べるところを見つめている。
色々と気になることはあったが、何も言わずに自分のメロンパンへと手を伸ばした。
そう、この日に安田君と知り合ったんだ。
◆
目を覚ますと周囲は真っ暗だ。どうやら夢を見ていたらしい。
口の中には白飯の甘さとウィンナーの肉汁が広がっていたのに、
口を開けても入ってくるのは湿った空気ばかりだ。味も素っ気も無い。
今から2年前、高校に通っていた頃の夢だった。今は会えない懐かしい顔が浮かぶ。
ほんの数ヶ月前には一緒にご飯を食べに出かけていたのに、遠いところに離れてしまった。
こっちは外国よりも遠い、魔法と魔獣が跋扈する異世界だ。
そして今は、この世界に当然のように存在する迷宮の中にいる。
迷宮の最奥にあるという”隙間”から漏れ出した魔力が、新たに空間を生み出し続けている。
次から次へと造られる空間は次第に”隙間”から遠のき、地上へぽっかりと口を開けて人間の目に触れることとなる。
今こうしている瞬間も新たな空間が出来上がり、道程の異なる迷宮へと造り変わっている。
何時の頃からか名づけられたそれは、可変迷宮と呼ばれている。
「腹が減った……」
暗闇の中で呟く。
ウィンナーとご飯を食べる夢など見てしまうから、胃が食物を要求してくる。
何か食べ物が欲しい。
魔獣がいれば食物に変えてやるのに、この6畳間ほどの空間には虫一匹いない。
「お腹、すいたね……」
暗闇の向こうからシータの声が聞こえた。
声色からも彼女が大分疲れていることが伺える。
「済みません、私が魔法を使えればこんなことには」
近くからイサナが謝罪する言葉が届く。
こちらも疲弊しているようで、少し声がかすれていた。
可変迷宮の中に入り込んで、既に1日が過ぎようとしている。
どうしてこうなったのか。
サハギンと幽霊船を撃退し、因縁のあるアイツを石像へと葬った後、惨憺たる宴会を終えた翌日に俺達は王都へと戻った。
アイツを基にしたイサナの石像は、港の魔除けとして欲しいという話だったので渡してきた。
サヴァは立派な司祭になることを妹に約束していたが、
立派な司祭がモビィさんのことを言っているなら骨格を改造しないと無理だと思う。
漁師に賑やかしく見送られて町を後にした。
記憶を頭痛へと変換したセリアさんと、いつも通りのイーズィさん。妹とイサナでデロリアンに牽かせた馬車に乗って数日で王都へと到着する。
王都に入る前に馬車を降りて二手に分かれた。
俺とセリアさんは冒険者ギルドの"緑の風"へと向かい、イサナと妹、イーズィさんは学園へ向かう。
イサナは学校に戻る手続きが必要になるだろうし、妹は帰りの道中で「学園へ通う」と息巻いていたからだ。
イサナという友達が出来たことで、失敗した高校デビューをやり直したいらしい。
「魔法は生まれながらの素質によるものが大きいのですが、ある日突然に魔法を使えるようになる人も少数ながらもいます。
そういう人にも学園は門戸を開いていますから、ミヅキさんも魔法が使えることを説明すれば入学できますよ」
そうなると妹の同級生は子供ばかりになるが、妹の存在は幼少期のトラウマにならないだろうか。
「流石に一般教養は免除されますから、受けるのは魔法関係の授業だけです。
特別クラスが開設されて、一部の実技が共同授業ですね」
少ないと言っても年に2,3人は特別クラスの人がいるそうだ。
「それに治療魔法を使える人は貴重なので、かなり優遇されますよ。
学園の他に、”白い一角獣”からも援助金が出るそうです」
王都にある人気2位の冒険者ギルド”白い一角獣”はギルドメンバー全員が治療魔法の使い手だったはずだ。
早いうちから手をかけて自分達のギルドに呼び込むのだろう。
ある意味、奨学金と言えるのかもしれない。
「教授に推薦してもらえば試験免除で入れるかもしれません」
あまりの好待遇に妹は「もう学園編でエタっても良いです」と意味のわからないことを言っていた。
せっかく通うのであれば、殴る以外で魔法を使えるようになって欲しい。
イサナ達と別れて王都の外れにある、今にも潰れそうな建物へと向かう。
セリアさんは請け負った仕事の報告の為。俺は兄と連絡を取る為にドアを開けてギルドに入った。
相変わらず閑散とした屋内では、受付のお姉さんが気だるげにカウンターに座っている。
「仕事おわったわよ」
「報告書だして」
窓口のお姉さんの態度も変わらず素っ気無い。
セリアさんの話が終わってから、お姉さんに話しかけて兄の行方を聞いてみた。
港町に行く前にも顔を出して兄への伝言を頼んでいたのだが、まだここには戻ってきていないそうだ。
今回のサハギンや幽霊船との戦いも、最終的には兄が出てくるのではないかと思っていたのだが、ついに最後まで現れなかった。
いつも逆境になると颯爽と現れて困難を解決していく主人公的な立ち位置なのに、今回はそれが無い。
窓口のお姉さんに兄はいま何をしているのか聞くと「大きい仕事」とだけ言って詳細は教えて貰えなかった。
兄の事だから死ぬことは無いだろうが、次会った時には人型の古代兵器の操縦者くらいにはなっているかもしれない。
それから俺に預かりものだと言って手紙を渡された。
女性らしい柔らかい文字で書かれているが、内容が難しくて読めなかった。
お姉さんに読んでもらうと、それは"白い一角獣"のシータからの手紙だった。
『シータ個人として”緑の風”のシンタさんに依頼を出します。
都合がついたら”白い一角獣”に着てください』
要約するとそんな内容だ。
どうやらシータから仕事を貰えるようだが、自分がギルドマスターなのに
わざわざ俺に依頼を出す必要があるのだろうか疑問に思うが、
その辺りは実際に会ったときに聞けばいいだろう。
お姉さんに”白い一角獣”の場所を聞くと、大通りの一区画だと教えられた。
”緑の風”は見るからに場末の酒場だが、あちらは劇場もかくやと思わせるほど大きい建物らしい。
そこそこに話を切り上げて書類と格闘するセリアさんに声をかけた。
「色々と助けてもらってありがとうございました。
セリアさんが請けた仕事は町の人の避難なのに」
「いいのよ。カズからお金貰ってるから」
机の上でペンを走らせていたセリアさんの手が止まる。
書類を見ていた顔を、ゆっくりと持ち上げた。
「今のは、聞かなかったことにして」
実際に聞いてしまったので唸るしかない。
こちらの世界に来て以来、兄には世話になるばかりだ。
兄には心の中で感謝しておいて、セリアさんにも再度お礼を言った。
ギルドの建物を出た足で学園にあるモカさんの研究室へと向かう。
先にイサナ達がついているはずだが、話は無事に進んでいるだろうか。
妙な不安感を覚えながら研究室のドアを開ける。
「イーズィさん、お水持ってきてください!」
「よーし、このドワーフ水を」
「それ飲ましたら駄目な奴じゃないですか!」
床に倒れたモカさんを囲んで、イサナとイーズィさんが騒いでいた。
「二人して、何をしているんだ」
「あ、シンタさん。教授が私の顔を見るなり倒れちゃって」
「『教え子の怨霊が!?』とか叫んでバターンって倒れてたよ」
ケラケラとイーズィさんは笑っているが、あまり笑っていい状況ではない。
頭を打っていたら動かさないほうが良いと聞いたことがあるが、
医療の知識が無いので他にどうしたらいいのか分からない。
「ミヅキは?」
妹の治療魔法なら外傷であれば治せるだろうと思いついたものの、その妹の姿が無かった。
この部屋に入ったときから二人しかいないから、どこか他のところに行っているのだろうか。
「ミヅキは、どっかの馬鹿っぽい貴族に連れて行かれたぞ」
「無事なのか!?」
イーズィさんに馬鹿っぽいと言われるとは、よっぽどの馬鹿だが
よりにもよって妹にちょっかいをかけるとなると馬鹿を通り過ぎて自殺志願者の沙汰だ。
急いで妹を取り押さえないと、その貴族の身が危ない。
「貴族の方が無理に連れて行ったので、教授に止めて貰おうと思って来たんですけど……」
イサナの顔を見て倒れてしまったらしい。
そうなるとモカさんには悪いが看病は後回しだ。
「俺とイサナは馬鹿貴族を探してきます。
イーズィさんはモカさんを見てて貰えますか」
「おっけー」
多分、戻ってきたら居なくなってるだろうな。と思いながらも妹を探しに駆けだした。




