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ある十人隊の日常~レイルケン十人隊の面々~

 レイルケン十人隊。


 正式名称を北方連合第21軍団第1千人隊、第3百人隊、第6十人隊という。

 隊長名を取って付けられた、俗称レイルケン十人隊は妻帯者や彼女持ちが1人も居ない隊として妙な方向で有名で、しかも隊員同士の仲が良いとあって、方向性を疑われた事もある。

 決して本人達はそんなつもりも、そんな気もないのであるが、謹厳実直を絵に描いたようなレイルケン隊長の下、日々訓練に勤しみ、隊員間の親睦を深め、率先して職務に忠実であるので、どうしてもそういうやっかみを含めた噂が立ってしまうのだ。

 彼らに女っ気が無いのは軍団の再編制期からある最古参の隊の1つであり、熟練隊員を擁する頼りになる隊として常に駆り出され続けて非常に忙しかったこととは無縁ではない。

 このお話はそんな彼らの私生活の一幕、彼らの私生活に少しばかり日が射した時のものである。




 シレンティウム行政街区、第21軍団駐屯地、訓練場


「訓練やめ!」


 激しい剣撃を繰り出し、更に追撃をかけようとしていたレイルケンは、百人隊長の号令でその動きを止めて木剣と訓練用の大盾を置くと大きくため息をついた。

 相対していたヘーグリンドは、大盾を構えたままよろよろとよろけて最後はぺたんと尻餅をついてしまう。

 未だ激しい戦闘訓練の余塵がもうもうと立ち籠める中、壇上の百人隊長が声を張り上げ、号令を再度かけた。


「双方、互いに礼!…訓練終了!解散!!」


 慌てて立ち上がるヘーグリンドを待ち、大盾を構え、木剣を掲げて礼を送り合うと、レイルケンは大盾と木剣を左手に持ち変え、駆け寄って来たヘーグリンドの背中をその大きな右手で叩いた。

 そして厳しい顔で注意を加える。


「相変らず後ろへひっくり返りそうになるようだな?猛撃を受けた時に反り返って受け止める癖をどうにかしろ…今度も辺境護民官殿が助けてくれるとは限らんぞ」

「す、すいませんっ!」


 しかし、レイルケンは次いでヘーグリンドの兜を拳でコンと軽く叩いた。


「だが、なかなか持ちこたえるようになってきた」

「は、はい」


 小さな笑みを浮かべてヘーグリンドを褒めるレイルケン。

 その言葉に嬉しそうに微笑むヘーグリンド。


 そして…


「おい、まただぜ…」

「やっぱ、あやしーよな?」


 よからぬ噂を立てられるレイルケン隊の隊長と最年少隊員であった。





 シレンティウム行政街区、第21軍団駐屯地、一般兵舎



 割り当てられている兵舎へと戻ったそんなレイルケン十人隊の面々は訓練用の木剣と大盾を一旦置き、出入り口で砂塵を落とし、更に鎧兜を外す。


「あっちいなあ…いや、この時期の訓練はたまらんぜ…」


 兜を取り、頭に巻いていた布を取ると金色の短髪をがりがり掻いて汗を落としながら長身碧眼のミルドが言う。

 すると同じような金髪で筋骨隆々のリンディが貫頭衣を脱ぎながら相づちを打った。


「全くだ、汗で貫頭衣が絞れる程だ」

「うわっ!?向こうでやれってリンディっ、汗がしぶくだろ!」


 そう言いつつ貫頭衣を力任せに絞るリンディに怒ったのは、その横で革の鎧を脱ごうとしていた銀髪で中肉中背のエストバリ。


「おい、盾まとめちまうぞ?」

「訓練後は手入れしなきゃダメだって」


 みんなに声をかけたのはくすんだ金髪のラーベ、それを制止したのはガッチリした体格で中背、茶髪のトーレンである。


「木剣は纏めておいて下さい、私が手入れをしときますから」


 そう言ったのは茶色の髪と目を持つ小柄ながら筋肉質なイエルム。

 その言葉に若い声が飛ぶ。


「先輩、ヘーグリンドと俺でやりますから大丈夫ですよ?」


 声を発したのは、ヘーグリンドと同じくらいの年齢の、明るい金髪をしたルンヴィクであった。

 ヘーグリンドはイエルムが集めた数本の木剣を手にして自分達の側へと移す。


「おい、兜はよく手入れしておかねえと汗で錆び付いちまうぞ」


 さらに他の兵士達から木剣を集めて回るヘーグリンドの横で、レイルケンと一緒に現れた五人隊長のノードルトが全員に注意をしながら自分の兜を脱いでいる。

 訓練には専用の盾や革鎧が使われており、また剣は木剣を使用しているがこれは全て駐屯地で保管しているもので、訓練の際のみに使うので、使用後は手入れをして再び倉庫へとしまうのだ。

 また明日別の部隊が使用するからである。

 但し兜だけは自分のものを使用しており、これは当然鉄で出来ているので訓練後しっかり汗を取り除き、油を引いておかなければ錆びてしまう。


 レイルケンも手早く鎧兜を脱ぎ、木剣をルンヴィクに、大盾をラーベに手渡すと、頭に巻いていた布で自分の兜の中と外をごしごしと擦って拭う。

 そうして置いてから別の乾いた布で再び兜を隅々まできっちり拭き、樹油の入った壺から刷毛を取り、まんべんなく油を引いた。

 そして再度布でごしごしと油を拭き取り、兵舎の中の棚へと兜を置く。

 他の隊員達も着ていた革鎧の埃を払い、乾拭きをし、解れを繕い、また兜に油を塗っている。

 また、ヘーグリンドとルンヴィクは木剣を1本1本丁寧に点検し、ささくれがあった物は小刀でそぎ落とし、ひび割れがあった物は廃棄するべく取分けていた。

 1つ先輩のラ-ベとトーレンは訓練用の大盾を同じように点検し、破損箇所で修繕可能な物は、皮を張ったり木を継ぎ足して膠で貼り付けたりして修繕し、それ以上の大きな破損については工廠へ回すべく取分けている。


 一通りの点検と修繕作業が終わって木剣と大盾を倉庫に手分けして収納し、それぞれの装備品を兵舎へ仕舞い、革鎧を陰干しし終えるとレイルケンは隊員達に声をかけた。


「よし、今日は1週間の締めくくりだ、公衆浴場へ行くぞ。その後は居酒屋で軽くやっていこう」


 隊員達から歓声が上がった。

 駐屯地にも浴場があり無料で自由に利用出来るが、公衆浴場に比べて簡素で味気ない設備しか無く、源泉に近い公衆浴場であるテルマエ・シレンティウメより湯の温度も若干低いのである。

 普段であれば駐屯地の浴場で汗を流し、兵舎で支給される麦粥主体の質素な夕食を終えて1日が終了するのだ。

 しかしレイルケン十人隊は週末に公衆浴場でゆっくりと疲れを癒やした後、居酒屋で美味しい料理と酒を堪能するのを隊の習慣にしており、今日は正に週末。

 隊長であるレイルケンの懐具合や仕事上の都合でお流れになってしまう事も多く、週末の訓練後、隊員達はレイルケンが口を開くのを今や遅しと待ち構えていたのであった。

 レイルケンの宣言を聞いたヘーグリンドが元気よく手を上げていった。


「隊長!輜重隊へ今日の夕食はいらないと報告してきますっ!ついでに全員分の外泊届けも出してきます!」

「よし、行け!」

「了解!」


 レイルケンが頷きながら承諾を与えると、ヘーグリンドはしゅたっと立ち上がり、敬礼を送ると輜重隊の入る軍団本庁舎へとぶっ飛んでいく。

 輜重隊は普段食糧の輸送や物品管理を担当しているが、平時においては駐屯地の朝夕の食事を配給する仕事もしており、外食する際は事前に申告するのが決まりになっている。

 というのも、あらかじめ外食する旨を申告しておかなければ輜重隊は正規の人数分の食事を用意してしまう為、外食に出た隊の分の食事が全くの無駄となってしまうからであった。


 もちろん申告漏れは懲罰もあることは言うまでも無い。

ちなみに原則軍団兵舎での寝泊まりが義務づけられている北方軍団兵であるが、行き先を明らかにしておけば外泊は可能であった。

 ただ、作戦行動が間近であるとか、予備待機が命じられている時は外泊出来ないか、出来る場合でもシレンティウムとその近郊のみに限られている。

 そしてこちらも懲罰対象。


 無断外食と無断外泊は、厳しいようだが懲罰の対象なのである。




「隊長!外泊届けの取得並びに欠食申告終了致しました」

「おう、ご苦労…じゃあ準備しろ、行くぞ」


 意外に早く外泊届けと欠食申告を済ませてきたヘーグリンドは、レイルケンに張り切って報告する。

 レイルケンが鷹揚に応じて言うと、ヘーグリンドが申告へ行っている間に既に準備を済ませている先輩達から冷やかしを受けながら、慌てて兵舎へ戻り、着替えや財布を頭陀袋へと放り込むと隊列の末にだっと駆け込んだ。

 それを見ていたレイルケンが小難しい顔で訓示を垂れる。


「よし、揃ったな?では、第21軍団の兵士として恥ずかしくないよう、羽目は適度に外せ、それから市民には迷惑をかけないように…風呂は清潔に使う事、居酒屋では飲み過ぎない事、以上だ、では行くぞ」


 うおう


 訓練より気合いの入ったかけ声と共に、隊員達はわっとヘーグリンドに群がり、彼の持っている自分達の外出札を奪い取ると、一目散に門へとかけだした。


「わっ、先輩達ずるいっす!」


 苦笑しつつ後を追うレイルケンとノードルトにヘーグリンドは外出札を手渡すと、自分も一目散にかけだした。


そして…


「おい、また一緒に出かけてるぜ?」

「あやしーよな?」


 どうあっても噂を立てられるレイルケン隊であるのだ。





 テルマエ・シレンティウメ・大浴場



 木桶を置く高い音が浴場に響き渡り、天井にたまった水滴が湯面に落ちる。

 レイルケンとノードルトは目をつぶったまま浴槽にどっぷりと浸かり、一緒に背伸びをした。


「うあ゛~」

「おう゛~」


 生々しいうめき声とも叫び声ともつかない声が2人の口から漏れる。


「………」


 その隣で気持ちよさそうな笑顔でぷかぷかと浴槽に浮かんでいるのはミルドである。

更にその向かい側では、リンディとエストバリ、ラーベが鼻まで浴槽に沈んでぶくぶくと泡を立てている。

 浴槽に近い洗い場ではヘーグリンドとルンヴィク、それにイエルムの3人ががしがしと身体を洗っていた。


「あっ?目に石鹸の泡が飛んだっす!」

「お前…ほら、これ使えよ」

「スイマセン先輩っ」


 ヘーグリンドの悲鳴にイエルムが桶に汲み置いていた湯を貸してやると、ヘーグリンドが手探りでその桶を手にして湯で顔を洗い流す。


「慌てるなよな、ヘーグリンドはそそっかしいな」


 その様子を横で見ていたルンヴィクが笑いながら言った。


「………ふう~」


 トーレンは浴槽の縁に腰掛けてなにやら思案中、と言うか恐らく一旦休んでいるだけであろう。

 他にも結構客は入っているが、普段に比べて少ない方で、レイルケン十人隊の面々は思う存分湯を堪能したのであった。




 ほかほかと頭から湯気を出しながら、10人は行きつけの居酒屋を目指して歩く。

 程なくして彼らの行きつけである居酒屋北方辺境が見えてきた。


「お、今日は空いてるぞ?」


 嬉しそうにノードルトが店の入り口をくぐりながら言った。

 レイルケンが続いて入ると、厨房から威勢の良い親父の声が届く。


「らっしゃい!お、レイルケンの旦那、今日は定例会の日ですかい?」

「ああ、すまんないつも、奥の席借りるよ?」

「どうぞどうぞ!」


 親父に促され、レイルケンは隊員達と一緒に何時もの奥の席へと進む。

 レイルケン達が席に着くと同時に女将さんと親父が麦酒を持って現れた。


「これで宜しいんでしたよね?」

「ああ、大丈夫だ」


 ごとごとと陶器製の取っ手が付いた杯を並べていく2人、一旦引き返した親父がすぐに酢キャベツを大盛りに盛った皿を持って戻ってきた。


「料理はどうしますかね?」

「ああ、いつも通りおすすめをお願いしたい」

「分かりました!腕によりを掛けさせてもらいますよ」


 親父がにかっと男臭い笑みを浮かべて下がると、レイルケンは隊員達に向き直る。

 全員が既に杯を手に持ち、今や遅しとレイルケンの口上を待ち侘びていた。


「今週もご苦労だった、また来週も頑張ろう…乾杯!」


 うおっ


 がちこんっ


 杯が砕けそうな音を立てて打合わされ、隊員達は一気に麦酒を呷った。


 ごきゅごきゅ…


 席では麦酒が喉を通る音だけがする。

 そして…


 ぶっはっ


 全員が堪えきれないような顔で麦酒の杯を机に叩き付けるように置いた。

 ぶるぶると杯を握りしめたまま身を震わせているのはミルド。

 座っている椅子へ仰け反るようにして喘いでいるのはラーベとトーレン。

 下を向いたままくーっと呻き声を上げるイエルム。


「いやっ最高ッス!」

「堪らんっ」

「これの為に毎週頑張ってるようなモンだからな!」


 ヘーグリンドの言葉に、ルンヴィクが応じ、更にノードルトが言葉を付け足した。

 エストバリとリンディは早くも酢キャベツの皿へ手を伸ばしている。


「いや~何時見てもスカッとする飲みっぷりだね!どうぞどうぞ」


 そのタイミングを見計らったかのように親父が料理を盛った皿を両手に現れた。

 右手の皿には塩で味付けされた鶏肉の串焼きが各種大量に載っており、左手の皿にはキャベツや香草、薄く切った豚の塩漬け肉を胡麻油で炒めた物が盛られている。


「取り敢えずの品だ、存分に食ってくれ!」


 大きな木皿に盛られた料理を目の色を変えて見つめる隊員達に苦笑を漏らしながら親父が言った。

 更に笑顔の女将さんが新しい麦酒を持って現れ、空いた杯を親父と一緒に引き上げる。

 レイルケンは苦笑を親父達に返しながら、肉叉で炒め物を口へ運ぶ。

 塩漬け豚の塩味と胡麻油の香ばしさが口に広がった。

 更には香草がぴりっとした辛みを示し、旨味を引き立てている。

 お代りの麦酒が入った杯を傾けながら、今度は串焼きに手を伸ばすレイルケン。

 串焼きは脂が良くのった鶏肉を炙り焼きした物で、東照産の岩塩が粗く振り掛けられており、串から抜いて肉を噛むと熱い脂と塩が口の中で混じり合い麦酒と良く合った。


「むほ~」


 奇声を上げて串焼きを貪っているのはリンディで、一生懸命肉叉を使って炒め物を口にしているのはトーレンとヘーグリンド、更に酢キャベツに執心なのはエストバリである。

 ノードルトは隊員達の様子を見て笑いながら麦酒と葡萄酒の追加注文をしていた。

他の者達は黙々と麦酒の杯を傾けている。

 その様子を満足そうな笑みを浮かべて眺めていたレイルケンは、もう1本の串焼きを手に取り、追加の麦酒を女将さんへと注文するのだった。

 




「しかし、レイルケンの旦那もヘーグリンドの坊主も、他の奴らも何時もの事だが全く女っ気がねえな…」

「みんな良い子達なんですけどね?」


 空いた杯を引き上げてきた親父が奥の席を見ながら心配そうに言うと、食器を洗っていた女将さんが笑って応じた。


「それだけじゃ駄目なんだろうなあ…何時も連んで飲みに来るぐらい男同士で仲が良いし、きっと所帯を持つなんて考えてないんだろう?」

「良い機会が無いだけですよ、兵隊さんはそれで無くても人気があるんだから、あなたがお世話してあげたら?」


 女将さんの言葉に親父はがしがしと頭を掻きながら渋い顔で答える。


「う~ん、そうだな、考えてみるかな…出入りの娘さん達が良いかなあ」




 そうした噂を親父達にされているとは露知らず、数刻の時が経ち随分と酔いが回ってきたレイルケン十人隊の面々がそろそろお開きにしようかと首を巡らせ始めた時、それは起こった。

 悲鳴と怒号が交錯し、杯が机から落ち、中身をぶちまける音がしてきたのである。

 レイルケンが酔った目で音がした方を見ると、若い帝国人風の女性が酔っ払いに絡まれていた。


「何をするんですかっ!?」

「良いじゃねえかよ…減るモンじゃ無し、ちっとここへ座ってお酌をしてくれりゃいいんだよっ」

「痛いっ、止めてよ!私はここに野菜を卸しに来ただけなんだからっ」


 シレンティウムへ入植してきた帝国人農家の娘さんだろう、同じ帝国人と思しき酔っ払いに腕を掴まれて迷惑顔だ。

 レイルケンが無言で立ち上がると隊員達もばらばらと椅子から立ち上がる。


「親父、勘定だ」


 レイルケンが金貨を数枚渡すと、不安そうな顔をしている親父に笑顔で言った。


「大丈夫だ、外でやるよ」

「すいません、旦那…あいつら最近帝国から来た傭兵崩れ共でして…」

「うん、まあ、そんな感じだろうな…」


 レイルケンは静かに酔っ払いに近づくと、その手をねじり上げた。


「イテエっ?何しやがるっ!」

「何も?…娘さん、早く行きなさい…治安官吏を呼んでくれれば助かる」


 若い女性はレイルケンの言葉にこくりと無言で頷くと外へ駆けだした。


「あっ…折角黒髪美人を見つけたと思ったのに…てめえっ!」


 名残惜しそうに女性が走り去った後を見ていた傭兵崩れがレイルケンの手を振り解き、こちらも10名程の仲間と一緒に席から立ち上がった。 


「この蛮族共が!デカイ顔しやがって!」

「デカイのは生まれつきだからしょうが無いだろう?」

「…そう言うこと言ってんじゃねえんだよ!!」


たちまち乱闘が始まった。


 レイルケン達はあらかじめ示し合わせていた通り、傭兵崩れ共を店の外へとたたき出す。

 店の客も、外を歩いていた市民達もたちまち始まった乱闘に目を丸くするが、すぐに集まって喝采やヤジを飛ばし始めた。

 喧嘩と聞いて騒がずにはおれないクリフォナム人。

 すぐに人だかりが出来てしまったのである。


「くそっ」

「ふんっ」


 外へ押し出されて悪態をつく傭兵崩れの顔面にレイルケンの拳が振われるが、すんでの所で躱した傭兵崩れが逆に隙の出来たレイルケンの腹を拳で撲った。


「ぐっ」


 しかし拳を押さえて呻いたのは傭兵崩れの方で、レイルケンは涼しい顔で言う。


「どうした?そのぐらいの腕ではシレンティウム軍に見向きもされないぞ」

「うるせえ!」


 繁華街の大通りで大立ち回りを演じ続けるレイルケン達と傭兵崩れ達であったが、それはすぐに中断される事となった。


「あそこですっ」

「ご協力感謝しますお嬢さん…かかれっ、全員一旦拘束しろ!」


 現れたのはシレンティウム治安長官のルキウス率いる治安官吏30名。

 先程傭兵崩れに絡まれていた女性が治安官吏を連れて戻ってきたのである。

 たまたま…というか、積極的に繁華街を巡回していたルキウス率いるシレンティウム治安庁の官吏達は、詰所の応援を得て現場に駆けつけたのだ。

 棒杖を構えて一斉に乱闘していた者達を取り押さえるべく走る治安官吏。

 レイルケン達はすぐに抵抗を止めるが、傭兵崩れ達は必死に抵抗し棒杖で打ち据えられ、また逃げようとした者は足を撲たれて転がった。

 そもそも酷く酔っ払っているのでそれ程早く走れはしないのだ。


「あの、治安官さん…あっちの人達は私を助けてくれたんです」

「分かっていますともお嬢さん」


 若い女性に笑顔でそう答えると、ルキウスは困ったような顔でレイルケン達に近寄った。


「あんたか…珍しいなレイルケン十人隊長、どうした今日は?酔ったか?」

「絡まれている女性を助けただけですよ」


棒杖を突きつけられたままレイルケンは両肩を竦めてルキウスの質問に答える。


「それは本当ですっ」

「間違いありません」


 若い女性と居酒屋の親父が口々に言うと、店の客達も一斉にレイルケン達を擁護する言葉を発した。

 それを聞いていたルキウスは片眉を上げると、ちらりとヘーグリンド達を見る。


「お前らなら有無を言わさず一旦連行なんだがな…隊長に感謝しておけよな」


 それだけ言うと治安官吏達に隊員共々拘束を解かせ、引き上げに掛かる。


「ま、隊長からは後で事情は聞きます、そちらの女性共々ね、今日はもう良いですよ」







「さっきは有り難うございました」


 はにかみながら言う女性にレイルケンも笑顔で答えた。


「いえ、お互い何も無くて良かったですね…じゃあ」

「えっ…?」


 立ち去ろうとするレイルケンに呆気に取られる女性と隊員。

 慌てたヘーグリンドが鼻血をそのままにレイルケンに詰め寄った。


「ちょ、ちょっと隊長!女性を助けたんですよ?」

「ああ、当たり前だろう?それがどうかしたか?」

「…ダメだこりゃ」


 服を破かれたノードルトがレイルケンの言葉を聞いて歎息する。


「お嬢さん、スイマセン。ウチの隊長ちょっと鈍くてね、少し待って貰えます?」

「ええ…いいですよ」


 戸惑う女性も少しは期待があるのか、ミルドの言葉にそう笑顔で応じて頷く。

 左目に青アザを付けたルンヴィクがレイルケンの背中を押し、顔中に擦り傷を作ったイエルムが手を引いて女性から少し遠ざけた。


「何だお前ら?どうしたんだ一体?」

「それはこっちの台詞ですよ隊長っ、せっっかく、女性が好意を示しているかもしれないのにっ、女っ気の一切無い我が隊にも春が来るかもしれないのにっ」


熱っぽく言うトーレンは大きな瘤を額の上に作っている。


「…どうすれば良いんだ?」


 戸惑うレイルケンに店の親父がぬっと現れて言った。


「取り敢えず名前を聞きな、それからもう一度会う約束を取るんだな」


 顔はにやけており、その太い手でレイルケンの背中をどやしつける。


「あの娘はウチの店に野菜を卸してくれている帝国から移ってきた農家の娘さんだ。少々気が強いところはあるが気立ての良い娘だ、きっと悪いようにはならない」

「分かった…」


 ようやく同意したレイルケンに、隊員達がボロボロの姿でうんうんと満足そうに頷いていた。

 レイルケンがぎこちない様子で娘の所へ行って名前や住所を聞いている様子を見てヘーグリンドがぽつりと言う。


「これで俺たちにも彼女出来ますかね?」

「知るか…て言うか、お前んところの姉ちゃん紹介しろよ」


 ルンヴィクが言うと、ヘーグリンドは即座に拒絶する。


「嫌だ」

「…ふざけんな」


 取っ組み合いを始めた後輩達に呆れた視線を向けつつ、イエルムはエストバリの手を借りて2人を引きはがした。

 息を切らして互いを睨み合っている後輩達に、イエルムが諭すように声を掛ける。


「ヘーグリンド以外にも女の姉妹や知り合い親戚がいるヤツに言って一度飲み会か食事会をやろう、それなら良いだろう?俺も妹連れてくるから…隊長に彼女か嫁が出来れば話もしやすいだろうしな」

「そう言うことなら…」

「まあ、ウチの親戚も興味あるって言ってたし…」

「良いんじゃないか?」


 ヘーグリンドとルンヴィクが頷くとエストバリも同意した。

 にこやかに話すレイルケンと女性、時折笑いもあるようだ。

 その様子を期待して見つめる隊員達に、居酒屋の親父も温かい目を向けている。

 レイルケン十人隊に春が訪れるのはもう間もなくかもしれないし…まだ来ないかもしれない。

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