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ハルモニウムの思い出~アルトリウスとアルスハレア~

 北方連合成立から数日後、太陽神殿執務室


「アルトリウスから?私宛に?」

「はい、確かに宛名も宛先も間違っておりません」


 戸惑うアルスハレアへ手紙を手渡し、西方郵便協会の配達員は署名を求める。

 アルスハレアが言われるがままに署名すると、配達員は礼をしてから太陽神殿を去って行った。

 まだ他に配達先があるのだろう。

 その様子からそう推察したアルスハレアは改めて手渡された手紙を見る。

 そこには確かに太陽神殿の所在街区番地と、太陽神殿大神官代理、アルスハレア殿と記されていた。

 字は見紛う事など無いアルトリウスの字である。

 アルスハレアは逸る気持ちを抑え、静かに封を解いた。


「………」


『親愛なる大神官代理、アルスハレア殿へ


 この手紙をそなたが読んでいる頃には我は既に眠りについている事と思う。

 残念ながら此の世に干渉し過ぎた咎でしばしの眠りを太陽神様から仰せつかった。

 お主とも今生の別れとなろうが、面と向って別れを言えぬ我を許して欲しい。

 思えば長い道のりであった。

 この地に我とそなたで平和と繁栄を築き、敗れ滅びたのがつい昨日の事のように思えるが、我亡き後長く辛い年月を過ごしたそなたには詫びの言葉も無い。

手を携えてこの地にようやく繁栄をもたらしたのは我等の孫子の代の人間であったが、片方なりともそなたの流れを汲む者が関わりを持ってくれたのは望外の喜びである。

事は成ったが、我の魂はアクエリウスにくれてやらねばならんだろう、契約は絶対であるからな。

 そなたには何も残してやれなかったのであるが、我とそなたがもっと早くに会っておればどうなっていたかは分からん、我も節操なしであるな、その点については自信が無い。

 きっとそなたと添い遂げていた事と思うが、そなたはどうか?

 そういった人生もあったかもしれん、そなたと添うておれば、水を得られずに我もこぢんまりとした街を築くに留まり、アルフォードの妬心を買う事も無く、子を為して平穏な日を送ったかもしれん。

 それともそなたと添うた事で新たな妬心をかったであろうかな?

 そもそも都市が無ければそなたと会う事も無かったやもしれん。

ただ今となってはどれもこれも、それも全て詮無い事、あの時があるからこそ今があると思う。

 前にも言ったが、我は我の為した事を後悔していない。

 ただそなたには苦労を掛けたとは思うので、それだけが心残りと言えば心残りである。

 最後に感謝を送る。

 そしてそなたの残りの人生に新たな喜びがあらん事を眠りつつも見守っている。


大神官アルスハレアの守護者、ガイウス・アルトリウス』


 全てを読み終えたアルスハレアは、静かに目を閉じた。

 その瞼の間から雫がつと流れ、その手紙を濡らす。


「本当に馬鹿な人ですね…こんな手紙まで寄越して…」


 アルスハレアは手紙を目元に当て、愛おしそうにしばらく紙の感触を味わった後、静かに封を戻した。


「私も後悔などしてはいませんよ、アルトリウス。あなたと会えて良かった」


 そう言いつつ再び目を閉じ、椅子に深く掛けたアルスハレアの意識は、遥か過去のある日へと向うのだった。




 ハルモニウム陥落の10年前(ハルのシレンティウム到達より50年前)

 ハルモニウム(現シレンティウム)中央広場・アクエリウス噴水前



 帝国風の鎧を纏い、緋色のマントを靡かせてやって来た筋骨逞しい帝国人の将官は、噴水の前で腕組みをして満足そうな笑みを浮かべる。


「ふむ、随分ここも奇麗になった物であるな!」


 帝国人将官が噴水に近寄り、それを形作っている削られたばかりの真新しい跡が残る大理石の縁に触れていると、噴水からすいっと青色の影が現れてその身体へと纏わり付いた。

 そして嬉しそうにアルトリウスへと語りかける。


『そうねアルトリウス、ここには私の泉しかなかったのに、ただの石を形作ってこんな物を作ってしまうなんてスゴイね』

「うむ、これで少しは見栄えも良くなったであろう」


 ちゅ


 帝国人将官、若き日のアルトリウスが返答すると、その頬に水が触れたようなほの冷たい感触がする。

 アルトリウスが纏わり付く青い影を振り返ると、照れたように身を捩りながら首にかじりついている水の精霊アクエリウスの姿がそこにあった。


『えへへ、アルトリウス大好き!』


 アルトリウスの視線を避けるようにその背中へ回り込み、再度しがみつくとそう言いながらアクエリウスは再度アルトリウスの頬に口付ける。


「…アクエリウス、ほどほどにするのである」


 呆れたように言いつつも手を後ろへと回してその頭を撫でると、アクエリウスは嬉しそうに目を細めた。

 アルトリウスが水の精霊と戯れていると、遠くから長身の女性が近づいてきた。

 クリフォナム風の白い長衣を身に着けているその女性は20代だろうが、長い銀髪を靡かせて歩いてくる姿は既に怒りの気を纏っている。

 すっと通った鼻筋にクッキリした眉も銀色で、ややもすると冷たい雰囲気を与えそうだが、大きな二重まぶたの目と、形の良い奇麗な桜色の唇が印象を華やかな物へと変えている。

 ただ今はその眉も目もつり上がっており、折角の良い雰囲気が台無しであった。


「おう、神官殿のお出ましである」

『神官が怒ってる…もう終わりね、残念…またね』


 アクエリウスは近づいてくる太陽神官、アルスハレアの姿を認めると眉を顰め、心底残念そうにアルトリウスの頬へ最後の口付けをすると、噴水の中へと消えていった。

 そしてアクエリウスが噴水に消えた正に直後、アルスハレアが怒りを含んだ声をアルトリウスへとはなった。


「アルトリウス…また水の精霊といちゃついているのですか?仕事は山のようにあるのですよ!」

「まあ、そう怒るでない太陽神官、怒っては折角の美人が台無しであるぞ?」


 アルトリウスが笑みを浮かべつつアルスハレアに応じると、一瞬でアルスハレアの顔が真っ赤に染まった。

 そして歯を食いしばり、持っていた神官杖でアルトリウスの肩や頭を打つ。


「くっ?この軟弱者っ!またその様な言葉で私をたぶらかそうとっ…!」

「なっ、何をするであるかっ?」


 殴るとは言っても、そして幾らクリフォナムの女性で長身であったとしても、軍で鍛え抜かれたアルトリウスにとっては然程打撃になる訳では無いが、鍛えてあっても痛いモノは痛い。

 腕をかざして手甲で打撃を受け止めるアルトリウスであったが、アルスハレアはなおも神官杖でアルトリウスを打ち続けた。


「精霊だけで無くっ!私もたぶらかそうというのですかっ!このっ!このっ!」  

「だ、誰がたぶらかすのであるかっ!?だあっ、落ち着けっ!」


神官杖を掴んでアルスハレアの打擲をようやく止めたアルトリウス。

 アルスハレアは神官杖を振り解いてその手に取り戻すと、憤懣やるかたない様子で口を開いた。


「…全くっ生真面目な他の帝国人を見習おうとは思わないのですかっ?」

「我は至って真面目だが?」


 その言葉を聞き、神官杖を鋭く突き出してアルトリウスの太腿を突くアルスハレア。

 鎧に覆われていない部分を突かれて悶えるアルトリウスを尻目にアルスハレアはため息を吐く。


「早まったかしら…興味本位で行動するのは誤りだったかもしれません…」


 そう言いながら腿を押さえて悶えているアルトリウスを視界の端に収めつつ、アルスハレアは少し前の日の事を思い出した。




 この日より1週間程前


 帝国人が少数の部隊でオランとクリフォナムの係争地に入り込んで何かやっているらしい。


 その噂は相争うオラン、クリフォナム両方の民の間に瞬く間に広まった。

 帝国はここ100年程の間に北辺山脈、クリフォナム人が単に山脈と呼ぶ場所より南の地を統一して勢いのあるセトリア人~北の民の間では南の小さな人と呼ばれる部族~が創設した国である。

 最近は国境を巡ってクリフォナムやオランの民とも度々衝突を繰り返しているので、北の民にとっては新たな敵でもあった。


特にオランの民の内でも山脈より南の地域に住まう者達は、この帝国に征服されてしまっている。

部族ごとの自立性が強く、民族としては統一されていないオラン人であったが、この時は南の部族は一致団結して抵抗したものの帝国の大軍に敵わず、ついに征服されてしまったのだ。

 それ以降もオラン人の島や東の地域、南の大陸、更には遙か西の都市国家群を次々と征服しているという。

 最近は大人しくしていたようであるが、そんな貪欲な帝国がとうとう山脈を越えてきた。

 しかもクリフォナム人とオラン人が境目を巡って争っている地域へまるでその隙を突いたかのように現れ、そしてたちまちの内に都市を築いてしまったのである。


 入り込んできた帝国自身よりも、オラン人とクリフォナム人は互いを意識し、互いを刺激する事を避けようと、戦士を派遣してこれを潰す事をためらってしまったのだ。

都市は周辺のオランやクリフォナムの民達を手懐け、都市に住まわせて今やクリフォナムやオランの小部族に匹敵する規模となっている。

また、双方の民の間での交易を仲介する事で利益を上げ始めてもいた。

これに帝国からの文明の手による文物が加わり、派遣されてきた帝国軍の精強さと相まってすぐには手の出せない存在へと成長してしまっていたのである。


アルスハレアは大地の巡検を終え、そろそろ腰を落ち着ける場所を探そうかと考えていた矢先にこの噂話を聞いた。

 聞けば街を仕切っている帝国人将官は南の民にしては体格も良く、オランとクリフォナムの民を差別無く取り扱っているという。

 帝国人と比べてどうなのか、実際帝国人がほとんどいないので分からないが、差別意識は薄い人物であるようだ。

 しかも、太陽神殿を建設しており街に来てくれる神官を探しているという。

 アルスハレアはその噂話を逗留しようとしていたアルマール族の村の宿の主から聞いて、興味を持った。


「…それは面白いかもしれませんね」


 クリフォナムの男性が着用するような羊毛のズボンに皮の長靴を履き、上は茶色い麻の短衣を重ね着しているアルスハレアは、長い銀髪を結い直しながら言う。


「でも神官様、あの帝国人ですよ?何をされるか分かったもんじゃありません」

「今の所その様な話は出ていないのでしょう?」

「それはそうですが…」


 アルスハレアの独り言を聞き咎めた宿の主が忠告するが、アルスハレアは髪をいじるのを止め、出された香草茶を優雅な手付きで喫しながら言い返すと、宿の主は頭を掻きながら引き下がる。

 確かに悪い噂は聞こえてきていない。

 決して仲良くない帝国の人間達であるが、オラン、クリフォナム双方とも評判は悪くないのだ。

 その帝国人将官は都市を築いてはいるが、領土を欲している訳では無いようで、近隣の村が攻められたり略奪にあったと言う事も無い。

 都市周辺の開墾と街道造り、それに石材の切り出しこそ盛んに行っているが、それも係争中の土地で、オラン、クリフォナムのどちらかが所有し、または利用していた土地という訳では無いので大きな問題にはなっていなかった。


北部諸族あたりのクリフォナム人至上主義者達、主に部族の長や貴族達であるが、彼らはクリフォナム人の土地に帝国人が入り込んできたと言うだけで拒否反応を示しているようであるが、彼らが排斥しようとしているのは別に帝国人に限った話では無い。

オランだろうがハレミアだろうが、クリフォナムの民以外の部族は全部排除したいのであるから、意見としては偏っていて参考にはならないのだ。

巡検中からその術力の強さを見込まれ、アルスハレアは引く手数多の誘いがあったが、既に次期大神官としての後継指名も受けており、故郷のアルマール族の何れかの村で神殿を営もうと考えていたところへ、この噂話を聞いたのである。


「決めました!私はその帝国人の街へ行ってみます」

「本気ですか!?」


 宿の主、実はこの村の村長は、アルスハレアの発した言葉に驚愕して叫ぶ。


「ええ本気ですとも、聞けば既に神殿は建設されているという事ですし、帝国人の考え方やその将軍の人となりが分かれば、もし敵対する事になっても対策が立てられるというものです」

「それはそうかも知れませんが…次期大神官様の神殿が帝国人の街に…はあ」


 アルスハレアの説明を聞き、一応納得はした村長であったが、やはり落胆は隠しきれなかった。

 もしかすれば、次期大神官となるアルスハレアが生まれ故郷であるこの村に腰を落ち着けてくれるかもと期待していたからである。

 そうなっていれば、参詣客で村はたいそう経済的に潤った事だろう。


「そうと決まれば早速出発します、村長さん、今までどうも有り難うございました」

「気を付けて行って下さい、場所はアルマールの開拓村から半日の所ですよ」


 村長はアルスハレアの手をしっかり握ると、道順を示す。

 この村からであれば1週間と掛からずに到達出来るだろう。


「分かりました、村長さんもお元気で」


 アルスハレアは村長の手を握り返すと、にっこりと笑みを浮かべ足下に置いてあった荷物を引き寄せ、神官杖を手にした。

 アルマールの開拓村~後のアルマール村~はここから東の方向である。

 戸口まで見送りに来た村長に手を振りつつ、アルスハレアはロバに荷を乗せ、その手綱を手に歩き出した。




 1週間後、ハルモニウム東門



「これが…帝国の…街?」


 未完成とは言え、大理石を高く積み上げたハルモニウムの東門を見上げたアルスハレアは驚いて言葉をそこで失った。

 屋根も無く装飾もまだであったが、帝国人の技師らしき者達の指揮で大型の起重機がオランやクリフォナムの民達の手によって巻き上げられ、大きな白い切り出されたばかりの大理石を吊り上げる。

 オランの民やクリフォナムの民も、肉体労働者ではあるようだが奴隷では無いらしく工事現場には活気があり、帝国人も一緒に力仕事をしている。

 その光景にも目を奪われるアルスハレアは、この地にオラン、クリフォナム、帝国の三つ巴の争いが消えている事に気が付いた。

 そうこうしている内に吊り上げられた大理石はやがて門の柱の上に到達し、縄を使って引き寄せられ、設置が行われる。

 ロバを曳いたまま、驚きの間抜け顔で起重機を見上げるアルスハレア。

 その背後に近づく影があった。


「どうかしたのであるかお嬢さん?道案内は必要であるかな?」

「はえっ?」


 ぽかんと口を開いていたせいだろう、間抜けな返事がアルスハレアから漏れてしまった。

 慌てて口を閉じて声を掛けてきた背後の人物を振り返るアルスハレアであったが、にこにこと満面の笑顔で自分の顔を覗き込んでいる、黒髪の若い帝国人将官に肝を潰す。


「ひえっ?」

「…そうあからさまに怯えられては些か傷付いてしまうのであるなぁ…ま、まあ良い、我はアルトリウスという、この街の建設を指揮している者である。お嬢さんも移住希望であるかな?歓迎するのであるぞ」


 笑顔を曇らせつつも言う帝国人将官、アルトリウスであったが、アルスハレアはそれどころでは無かった。

 魂の大きさと輝きが半端ではないのだ。

 フリードの次期王と名高いアルフォードもそれなりの魂を持っていて心惹かれたが、この帝国人将官はそんな物とは比べようも無い程の偉大な魂を持っている。

これは…こんな偉大な魂の持ち主は過去に聞いた事のある英雄以外に居ない、この帝国人将官は間違いなく英雄の器であろう。

 きっと困難を乗り越え、この地に平和をもたらすに違いない。

 逃がしてなる物かっ。

 アルスハレアは次の瞬間アルトリウスの胸に飛び込んでいた。


「おわっ!?な、なんであるかっ?」

「わ、私は太陽神官のアルスハレアですっ…あなたに会いに来ましたっ」

「はっ?」




 ハルモニウム、太陽神殿建設現場の小屋


「…落ち着いたであるか?」

「ええ、取り乱してしまってすいませんでした」


 清浄な水を汲んでもらい、その清冽な水を口にして少し落ち着いたアルスハレアは、アルトリウスにこの小屋へと案内された。

アルトリウスにかじりついて離れないアルスハレアを宥め賺し、ようやくこの太陽神殿の建設現場まで連れてきたアルトリウスは、落ち着きを取り戻したアルスハレアから早速事情を聞く事にした。


「では改めて…我はガイウス・アルトリウスという見ての通り帝国人、今は第21軍団軍団長を勤めているが、目下この街ハルモニウムの建設指揮に勤しむ者である!」

「わ、私はアルスハレアといいます。20歳の太陽神官です」


 緊張しているのか、アルスハレアが顔を真っ赤にして自己紹介する様子を好ましげに眺めつつアルトリウスが感心したような声を出した。

 アルスハレアが太陽神官であると言うことは持っている神官杖などから何となく分かってはいたが、アルトリウスとしても無理強いをしてまで都市に引き留める気は無かったので、やんわりと尋ねる。


「ほう、太陽神官殿か…どうであろう?この街に腰を落ち着けてはくれんであるか?見て分かる通り、この街の太陽神殿はもう間もなく完成であるのだが、神官殿が来てくれんのである。帝国人が差配する街とあれば仕方も無いだろうが、我はオランやクリフォナムの民にそれ程酷い扱いはしていないつもりであるのだが…如何か?大地の巡検は終えられたのであろう?」

「はい、それは城門や街の作業の現場を見て分かりました…帝国の人も北の民も一緒に働いていますから。でも、大地の巡検をご存じとは驚きました。実は私はこの街で神官を探しているというお話を聞いてやって来たのです」


 幾分落ち着いたアルスハレアの答えに、アルトリウスの顔に笑みが上る。


「ほほう、それはそれは、是非お願いしたいのである…あ、もう一杯水をどうぞである」


 アルトリウスが水差しからアルスハレアの杯に水を注ぐ。

 アルスハレアは再び顔を真っ赤にして、杯を両手で差し出しながら小さな声で質問を始めた。


「あ、ありがとうございます…それで、その…お歳は?」

「はん?25歳であるが?」

「お生まれはどちらですか?」

「…帝国北西辺境のアルビオニウス属州であるが?」

「あの、趣味は?」

「剣術の稽古と古典戦術の研究であるかな?」

「ご両親は?」

「両方とも既に他界しているのであるが…」

「そうですか、お悔やみ申し上げます…それで、奥さんは居ますか?」

「おらんであるが…神官どのは一体何を聞きたいのであるか?」


とうとう質問の内容に不審を感じたアルトリウスが眉を寄せて逆に問い質すと、たちまちアルスハレアは答えに窮してしまう。


「えっとそれはその…」


もじもじしているアルスハレアを不思議そうに見るアルトリウスの横に、突如青い女性が現れて叫んだ。


『嘘つきっ!私を奥さんにしてくれるって言ったじゃないっ』

「み、水の精霊?」


 驚くアルスハレアをきっと睨み付けた水の精霊、アクエリウスは両手の人差し指を自分の口に入れ横へ引っ張ると強い調子で言葉を放った。


『い~っだ、あなたなんかにアルトリウスは渡さないわ!』

「せ、精霊と人が結婚出来る訳も無いでしょうっ、去りなさい!」

『いやよ!私のアルトリウスは結婚してくれるって約束してくれたもの!』


 アルスハレアが立ち上がり神官杖を構えると、アクエリウスはさっとアルトリウスの背に隠れて決定的な言葉を口にした。

 視線をアクエリウスからアルトリウスへ移し、非難をたっぷり詰めてその名前を口にするアルスハレア。


「アルトリウスさん!?」

「あ、誤解であるな、これは魂の契約の結果である」


 手をひらひらと振ってごく普通に答えるアルトリウスであったが、その言葉はアルスハレアを更に驚かせた。


「た、魂の契約?まさかこの精霊と?」

『そうよ!私がきれいな水をこの街に供給する代わりに、アルトリウスが死んだら私は彼の魂と縁を結ぶのっ』


 驚いて質問するアルスハレアの言葉に応えたのはアクエリウス。

 その口調は得意げでどこかうっとりした様子であった為、アルスハレアは苛立ちを一層強くしてアルトリウスを問い詰めた。


「どうして…その様な契約を…!?」

「仕方なかろう、この町を建設するにあたって水の確保が第一の問題であったのだ。飲める水の確保が出来たからこそこの地はこれ程発展をしているのである。因みに我の死後も水は供給してくれると言う事であるから安心であるな!」


どうだと言わんばかりのアルトリウスの様子にアルスハレアは悔しさと呆れが混じった複雑な表情でその顔を見ると、悔しさの多分に含まれた言葉を放つ。


「安心であるな!じゃありませんっ、人は人と結ばれるべきですっ!」

『そんなことないわ!』


 即座に言い返すアクエリウス。

 睨み合う2人を前に、アルトリウスはため息混じりにこう言う他なかった。


「いや…困ったであるな?」




 翌日、アルトリウスの部屋


 部屋を尋ねてきたアルスハレアの決意と殺意の籠った目に若干恐怖を感じるアルトリウスであったが、平静を装って声を掛けた。


「で、どうしたのであるか?この地に留まると言ったが、本意であるか?」

「はい、本意です…私がアルトリウスさんを見張ります!」

「あん?」


 アルスハレアの口から飛び出してきた言葉の意味が分からず、片眉を上げるアルトリウスに、アルスハレアは畳み掛けるように言葉を継いだ。


「面白そうと言うのもありますが…一番は危なっかしくて見ていられませんっ!」

「そ、そうであるか?」


 少しとは言え自分より年若い女性にそう断じられ、落ち込むアルトリウスであったが、太陽神官、それも術力の桁外れに強い時期大神官候補者にこの地の太陽神殿を主催して貰えるのであれば、人寄せにこれ以上の効果は無い。

 そう考えて差し出したアルトリウスの手を笑顔で取ろうとするアルスハレアだったが、すかさず邪魔が入る。

 アクエリウスが現れたのだ。


『そんな小娘の助けなんかいらないわ。ねえアルトリウス、私ともっと深く繋がれば神官なんて必要ないわよ?どう?』


 差し出したアルトリウスの手を握り込み、そう迫るアクエリウスにアルスハレアの眦がつり上がった。


「それがダメだと言っているんですっ、人を誘惑するのではありませんっ」

『何よ!私を悪魔みたいに言わないでくれるかしらっ?私は水の精霊よ!』

「むっ…まさかそれともっ!アルトリウスさんが精霊をたぶらかしたのですかっ?」

『たぶらかされてなんかいないわ!』


「どうしたものであるかな…」


 いがみ合う2人を見てアルトリウスはやはりため息をつく他なかったのである。



 結局アルスハレアを神官として受け入れたアルトリウス、その後2人は協力してハルモニウムを発展させ、北の都と呼ばれるまでに成長させていく事になる。

 その後、紆余曲折を経てハルモニウムは滅び、40年の時を経て新たにシレンティウムとして再興した。



 現在、太陽神殿執務室

 

 思い出から戻ったアルスハレアは手の中の手紙を見つめる。


 古い思い出は新しい思い出に塗り替えられていく。

 かつてアルトリウスとともに語らったこの太陽神殿も、場所こそ変わっていないが今はハルとエルレイシアの思い出が籠る場所。

 既に自分達が過ごした場所は新たな思い出に塗り替えられているのだ。

 自分の中では色あせない思い出も、記憶も、人々にとっては遠い昔の知らない出来事なのである。


「…待たせた挙げ句に先に行くなんて…いつかとっちめてあげます」


 晴れやかな笑顔を残し、アルスハレアはそう言って手紙を文箱へとしまった。

 思い出は塗り替えられる、しかし今の自分がアルトリウスとシレンティウムで過ごし、新たに塗り替えた思い出もまたそこにあるのだから。


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