武人の本懐~秋瑠源継の戦い~
帝国新領ク州、秋留村
続々と到着する南方派遣軍の敗残兵達を収容し、秋留村の公会堂や集会場は直ぐ一杯になった。
今は秋瑠源継の屋敷や、秋留本家の屋敷なども使って帝国兵を収容してはいるが、それでもまだ足りない程多数の帝国兵が次々と南方大陸から帝国風の櫂船に乗ってやって来るのだ。
近隣の村々に協力を呼びかけてもみたが、反応は芳しくない。
それもそのはず、帝国と群島嶼はほんの数年前まで、具体的には8年程前までだが、血みどろの激戦を繰り広げていたのである。
敗残兵とは言え、帝国兵の姿は群島嶼の剣士や兵士を屠り、村々を焼き討ちし、人々をなぎ倒した鋼の鎧兜に身を包んだ悪鬼羅刹そのものなのだ。
たとえ武を貴び、戦い敗れた者に対する寛容の精神を持つ群島嶼人とは言え、圧倒的な物量と兵器、それに道義なき戦いを遺憾なく発揮して群島嶼を制圧した帝国兵に敢て関わろうという者はいない。
秋留村のようにヤマト剣士の設立した村は群島嶼において少数派で、またその中でも特に優秀な剣士を多数輩出している村であったればこそ、帝国兵を受け入れられる精神的な余裕があったのだ。
確かに普通の村にかつて敵であった帝国兵を迎え入れろというのは少々酷なことであろうということは源継にも分かっていた。
しかし、かつての敵とは言え敗残して逃れ出でてきた者を討ち滅ぼしたり、見捨てるような心根を源継は持っていなかったのである。
現在秋留村を差配しているのは、秋留晴義と秋瑠楓の大叔父にあたる秋瑠源継である。
源継は郡司代であると同時に、ヤマト剣士の頂点に立つ総帥の地位にあるがこれは余り知られていない。
帝国との戦争で源継に比肩しうる剣士達が軒並み戦死してしまったこともあり、はっきりと継承を行った訳では無いからだ。
故に源継自身も群島嶼が戦争の痛手から立ち直り、民心が安定してから改めて総帥の選出を行うべきであると常日頃から主張しており、源継自身としては継承が切れないよう仮に引き受けただけのものと考えている。
しかし、今現在源継を差し置いて総帥に上れる見識や腕のある者も群島嶼には居ない。 またその慧眼や先見の明にはヤマト剣士達のみならず、大氏達も戦争中から一目も二目も置いていたのだ。
その源継は、現在濡縁で秋留家を支配している大氏の秋都家から送られてきた書の封を切っている。
封を切られた巻物をばっと中空で投げ広げた源継は、最初の時候の挨拶や世間話を読み飛ばし、核心部分を探し当てた。
そして書状を読み進める源継の表情がどんどん険しくなる。
「ううむ、大氏まで人手を出すことを渋るとは…」
やがて現われたその文章に、源継は呻くように言葉を発した。
「源継様、ここは帝国に仕官した晴義様に縋っては如何ですか?」
弟子の1人である、帝国の侵攻で滅びた大氏に連なる郷士の生き残り、椎葉義弘が進言するが、源継は首を左右に振ってから言う。
「…晴義か、それは無理だろうな」
「何故で御座いましょう?聞けば晴義様は既に蕃地とはいえ帝国の半分にも達する程の領地を差配しているとのこと、遠隔地で時間が掛かるにせよ、資金や物資を融通して頂くことは可能では無いのでしょうか?」
「ははは、晴義は今大戦の最中よ。故郷とは言えこの様な遠隔地にまでとても気が回るまい。またその様なことで出世頭のあ奴の心を乱してもならぬ」
義弘が不思議そうに質問すると、源継は朗らかに笑いつつそう説明した。
先日その晴義にくっついている楓から大きな戦いが始まる旨の知らせが届いている。
自らの招いた戦でも無ければ防衛戦争でも無いが、必要な戦いであると言うことが書き連ねられており、また容易な戦では無いことがその文面から察せられた。
それは源継しか知らないことであったので、義弘が晴義に援助を請うべきという提案をしたのは無理のない所ではあったが、それがまず不可能である事を知っている源継はその提案を却下する。
源継は自分の説明に一応納得した義弘に手紙を預けると言葉を継いだ。
「それよりも問題は大氏じゃ。いかな身代の大きい大氏とて人の子、先だって大戦の末に敗れた相手の手助けなどしとうも無いと言うのは人情として理解は出来るのじゃが、その様な狭い了見や面子に拘りすぎたが故に敗れてしもうたと何故気付かぬか…やれ、情けなし……どれっ仕方あるまい、出せ出さぬと綱引きをしても始まらん、我等に出来る精一杯のことをするまでじゃ…やれ、ラベリウス殿に申し開きをしてくるとしようか」
最後に苦笑を漏らし、頷く義弘と共に源継は座を立つのであった。
まだまだやれる事も、やらなければいけない事もたくさんある、ゆっくりしている時間はそう無いのだ。
秋留村郊外、鉱泉湯治場
秋留村の郊外には温泉がある。
尤もそれ程大規模に湧いている訳では無く、細々とした鉱泉が岩の間からしみ出すように湧いているだけであったが、これが傷の治療に実に能く効く。
剣士達の村がここに作られた理由の1つともなった鉱泉で、その効能は周辺にはよく知られていた。
その鉱泉を利用した湯治場が宿と付随して設けられているが、今はそこも負傷した帝国兵で一杯で、宿の外にまで天幕を張って収容している有様である。
源継はそこで今も湯治中の軍団長、ラベリウスに面会を求めた。
敗軍の将とは言え帝国軍の軍閥に連なる軍団長であるラベリウスは、源継が考えるよりも遥かに社会的地位が高く、また力を持っている。
源継の面会の申し入れに、比較的負傷が軽くて警戒に立っている帝国兵が宿の中へと伝言を持って入っていった。
程なくして面会の許可が得られ、源継は宿の中へと入り、帝国兵に伴われて1階の大広間へと向かう。
やがて到着した大広間の中央には片眼と片腕を失ったラベリウスが幕僚達と会議をしている最中であった。
「お話中失礼する、秋瑠源継ですが、少々お話があって罷り越しましたのじゃ」
「おお、モトツグ殿か…丁度こちらからも呼びにやらせようと思っていたのだ」
残った右腕を上げて源継を手招くと、ラベリウスは胡散臭そうな顔の幕僚達に源継を紹介した。
「この御仁はヤマト剣士の総帥、そして我が命の恩人である」
幕僚達の何人かとは直接顔を合わせたこともある源継だったが、こうして正式に紹介されるのは初めてである。
幕僚達の何人かは軽く目を見張っているが、おそらく群島嶼制圧作戦に参加した者達であろう。
帝国内でもヤマト剣士達の手強さとその献身的で悲劇的な戦い振りは伝わっていた。
その総帥と称する者が今ここに居るのだ。
その反応を確かめてから、ラベリウスは徐に口を開いた。
「モトツグ殿、我等に協力してくれんか?」
「軍団長!?」
驚いて帝国軍の将官の1人がラベリウスに声を掛けるが、ラベリウスは気にせず言葉を継いだ。
「今帝国では政変が起こっている、我々帝国軍閥は今回の南方大陸作戦で大失敗をして現実的な軍事力と共に発言力を大きく減じてしまった。恐らく貴族派貴族が帝都でこの隙に何らかの動きをするはずだ…現にしているという情報が帝都の第1軍団長ロングスからももたらされている」
「ほう…西方帝国の帝都で争乱ですかな?」
源継がぴくりと眉を動かして言うと、慌てた将官の1人がそうラベリウスを制止しようとした。
「…軍団長!群島嶼人にそれを漏らせば反乱の恐れが…!」
「何、大丈夫だ…モトツグ殿、これからが話の本題だ…我々に武をもって協力して貰いたい」
ラベリウスは静かにその将官を制して源継へ語りかけた。
「武力協力ですじゃと?」
「そうだ、この群島嶼には南方大陸で敗れて治療を受けている兵士が約1万5千、それに群島嶼に駐留している第20軍団7000に加えて、群島嶼の反乱防止のため、南方大陸へ向かうはずだった軍団7000の兵士がここ群島嶼へやって来る。ここに群島嶼の軍を加えて我等は貴族派貴族に対抗するのだ!」
大計画をぶち上げ、静かに興奮しているラベリウスに頷きつつ源継は冷静に質問を返した。
「具体的には?いきなり帝都へ攻め上る訳ではありますまい」
「流石モトツグ殿だな…まずは南方大陸派遣軍と連絡を取り合い、帝国領南方で我等は自立するのだ。もちろん首都は群島嶼に置こう…そこでモトツグ殿にはこの群島嶼の剣士達に我等に味方するよう呼びかけて貰いたいのだ」
得意げに計画の一端を語るラベリウスだったが、源継は平静を装いながら黙考する。
この計画が発覚しただけでもこの場に居る全員が国家反逆罪で処刑されるだろう。
そもそも自立と言っても帝国のごく一部に過ぎず、しかも南方大陸諸族と現在抗争中の領土が主体、その上技術力や工業力は帝国で最も低い地域である。
辛うじて帝国本土とは距離があり、地続きでは無いと言うことだけが有利な点であった。
そして帝国と反乱軍の戦場となるのは恐らくこの群島嶼、そんな地域で自立などしようものなら、8年前の比では無い災厄が群島嶼に降りかかる事は明白である。
辛うじて税収や武具生産が期待出来る群島嶼は、帝国本土に対する抗戦のために帝国軍閥に骨までしゃぶり尽くされてしまうことになることだろう。
ようやく平和を享受し、農業や工芸生産も復興してきた矢先に降って沸いた戦争、しかも外部の者達が持ち込んだ戦争に故郷が巻き込まれようとしているのだ。
整備の成った水田、美しく草が刈り揃えられた村々の道、立ち直りつつあった人々の笑顔が一瞬で全て消し飛ぶ。
またあの塗炭の苦しみと肉親を失ったことによる慟哭を聞かねばならぬのだろうか…
「この島の貴族…大氏は如何致するのじゃろうか?」
「大氏達は秋都家を筆頭に既に半分が味方についた。大氏達はヤマト剣士を動かすにはモトツグ殿に頼めば良いと言っていたのでな」
源継の予想とは異なる返答が返ってきた。
どう考えても大氏の企みは別の所にある、眉を思わず顰める源継。
「しばし猶予を頂きたい…」
「わかった、ゆっくり考えて貰って構わん。今すぐの話では無いからな…では、頼んだぞ」
それに気付かず、源継の返答に一応の納得をしてラベリウスは源継の退出を許したのだった。
秋留村、秋瑠源継の屋敷
湯治場から戻った源継は直ぐさま馬の支度を命じ、自身も素早く鎧装束となった。
突然の戦支度に驚く村の人々や帝国の負傷兵達を余所に、源継は黙々と弓矢を背負い、刀を腰に差す。
源継の何時に無い厳しい表情と雰囲気に恐れをなし、それを遠巻きに眺めていた者達の中から椎葉義弘が前に進み出た。
「…師匠、何処へお出かけですか?」
「大氏の秋都家の所じゃ、帰りは遅くなる!…それから全土の剣士へ戦支度をして秋留村へ集まるように伝達せよ!」
「い、戦支度!?」
思いがけない、というか、今の源継の様子からすれば至極当然の言葉が周囲に衝撃を与える。
「理由は聞くな、わしの号令じゃと申せ!お主も早う支度せい義弘、では行ってくる!」
一気にざわめくのを察しながらも源継はそう言い置いて玄関へ向かった。
今日中に大氏秋都家の城へ行かねばならない。
事は一刻を争うのだ。
帝国新領ク州、秋都家国衙院
「突然どころか戦支度とはどうしたのだ秋瑠源継?物々しいな」
「実は暇乞いをしに参りました次第ですじゃ」
「暇乞い?」
鎧装束で現われた源継を驚きながらも謁見広間へ通した秋都家の当代、秋都重武は型どおりの問いをした所思いがけない言葉を聞いて言葉を失った。
稲わらを編んだ敷物が一面に敷かれた秋都国衙院の大広間では、人払いを願った源継の要望を聞き入れた為、胡座で座っているのはその重武と源継のみである。
庭には小鳥が訪れて小さく囀っているが、それ以外に音は無い。
源継は自分より随分と若い、未だ40代半ばの筋骨逞しい重武に対して徐に口を開いた。
「はっ、我が一族の秋留晴義めが帝国で見事な昇進を遂げ、今や一国一城の主と成り果せて御座います。聞けば未だ領は落ち着かず、争いや戦も頻発していると聞きました。我等ヤマト剣士一同は秋留晴義を主君と為し、家族諸共新天地をもって新たな武勲を立てるべく勤めたいと思い、この様に罷り越しました次第ですのじゃ」
「なにっ!!!?そ、それでは…」
続いて源継の口から出た言葉に驚愕する重武。
「は、既に群島嶼のヤマト剣士には戦支度の上秋留村へ参集するよう伝手を出しましての。我等は群島嶼から帝国北方辺境へ移住し、そこを新たな武技伝承の場とするつもりで御座いますのじゃ…ヤマト剣士総帥の地位はその時点をもって我が弟子、秋留晴義に譲るつもりですが、異議ある挑戦者が現れし時は仕合を行いまする」
源継が発した言葉に思わず座から立ち上がった重武の目は驚愕と恐怖に見開かれていた。
「そ、それは…それは困るのだ源継」
「何故で御座いましょうかのう?」
しっかりと正面から源継に見据えられ、重武は諦めたように座へ就くと話し始める。
「…帝国のラベリウス将軍から、帝国本土への対抗措置に協力して欲しいと言う話があった…まあ、はっきり言ってしまえば反乱の誘いだ。ラベリウス将軍は成功の暁には群島嶼の自治をある程度認めると言っている」
「…今でも自治は認められておりますがのう?」
「…滅びた大氏の復興、船舶交易の再開を含めての自治だ」
源継の質問に渋々といった風情で重武が口を割るが、源継はだまされなかった。
その目に卑しい光を認め、源継の疑心は確信へと変わったのである。
「なるほどのう………全部しゃべらんかあああああ!!!!」
「!!?」
突然の大喝に度肝を抜かれる重武を余所に、源継は一気に畳み掛けた。
「貴様らの魂胆など透けて見えるわ!どうせ帝国軍同士をかみ合わせて弱体化した隙を突き、裏切りの末に自主独立を果たすつもりであろうが!最後はラベリウス将軍を背後から討つのであろうっ!そんな姑息な手段ばかりを弄して恥とも思わぬ、だから貴様らは群島嶼の民の支持を最後まで得られずに破れてしまったのだ!何故気付かんかっ!」
「し、しかし独立さえ果たして群島嶼から帝国軍がいなくなればどうにか戦える…それにはヤマト剣士の力が必要なんだ」
源継の言葉を否定することすらしない重武は、半分腰を抜かした状態で何とかそれだけを言い返した。
源継はそれを聞き、苦々しい表情で言葉を継ぐ。
「愚か者が、そしてまた数年後に再興した帝国軍の侵攻を招くのか?あの時と違って今度は十分な力を持った大氏は数えるぐらいしかおらんのだぞ…そもそも内輪揉めにきゅうきゅうとして帝国の侵攻を招いたのは貴様ら大氏だ。しかも前の戦で疲弊した土地に人民、これで如何に国力の隔絶している帝国と戦うのか?やっと得られた平和を享受している人民を再び戦禍に巻き込むのか?物心両面で立ち直りつつある民を再びあの悲惨な戦いに駆り立てるのか?そんな事は勝手にやれい、わしらは北へ移住して真の、本当に人の為となる武功を立てるわい」
そう言い置いて座を立ち去ろうとする源継を、重武は押しとどめようと言葉を必死に紡ぐ。
「ま、待ってくれ源継、今ヤマト剣士にいなくなられては全てが立ちゆかなくなってしまう…ラベリウスも当込んでいるのは我等の兵士では無くヤマト剣士の実力なのだ」
「そんなこた知らんわ」
「頼む!待ってくれっ!」
にべもない源継に縋るような視線と言葉を向ける重武であったが、その目に再び卑しい光が灯ったのを見て取った源継は、釘を刺すことを忘れない。
「隙を突いて武力制圧などは考えるでないぞ…貴様らに戦支度をして集まってくるヤマト剣士5000を押さえる力は無いと言うことを思い知らせてやろうぞ。背後を突かれるラベリウス将軍より早く貴様が滅ぶぞ」
「…くっ…」
考えを再び見透かされ、重武の顔が歪む。
源継は座から立つと、重武に最後の念を押しつつ提案をした。
「…反乱の誘いは断れ。一番富強な秋都家が話から降りれば他の大氏共もすぐ降りる…群島嶼の行政と税務を握る大氏が同調せねばラベリウス将軍も反乱は断念せざるを得まい」
「…分かった、ヤマト剣士がいなくなれば我等は立ちゆかなくなる、仕方ない」
がくりと肩を落として呆ける重武に、源継はにやっと笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「群島嶼の地位向上を図るのであればわしに良い考えがあるので見ていて貰いたい」
「…それは?」
「まあお主達にとってみれば裏切りじゃろうが、我が命を懸けることにかわりは無い…それでも民の平穏と群島嶼の平和を守る為に存在するヤマト剣士の本懐は遂げられよう」
源継はそう言いながら秋都家の広間を後にするのだった。
数ヶ月後、南方大陸最前線、モースラ樹林北端
長い源継の昔語りが終わり、カトゥルスが感心して口を開いた。
一歩間違えればヤマト剣士の誇りを失い、裏切り者の烙印を押されかねなかったが、源継はこの賭に勝った。
「そうだったのか…ラベリウス将軍が突然義勇兵を送ると申し出をしてきた時には何事かと思ったが、剣士隊長の差し金だったのですか」
「差し金と言う程のこともしとらんが、まあ、そうじゃな…ラベリウス将軍に大氏から反乱には荷担出来ぬ旨の申し出が為された後、わしからこの件を持ちかけた。その頃には情勢が変わり、ユリアヌス皇帝陛下が即位されて内戦を有利に戦っておいでであったからのう、ラベリウス将軍としても戦後を睨み敗戦責任を少しでも和らげ、自分の功績を挙げたかったのじゃろうな、二つ返事で応じたわい」
源継の言葉に再びカトゥルスが感心して応えた。
「そしてあくまでラベリウス将軍の発案ということにして手柄を譲った訳ですな?」
「わはははっ、帝国から自立するという野望を断念させたにしては余りにささやかな手柄じゃがのう!…それに、アテにしておった戦力が手元に無ければ事を謀りようもあるまい」
「尤も、その義勇兵がいたお陰で今回の戦いも勝利できたわけですので…」
カトゥルスの悪戯っぽい笑みと言葉に源継もそのまま応じる。
「それはラベリウス将軍と帝都へ書き送ってやって下されよ?」
「もちろん承知しています」
ゴーラ戦士団をヤマト剣士の助力を得て撃ち破り、敗走させ、熱帯森林地帯の奥地へと追い返した後、フラウィウス・カトゥルス南方派遣軍総司令官率いる帝国南方軍は戦場の後始末と、国境画定の為の作業に入っている。
その本陣の天幕で、カトゥルスは常々疑問に思っていたこと、群島嶼の剣士が突如ラベリウスの肝煎りで義勇兵として送られてきた絡繰りについて源継へ質問したのだった。
生まれも年齢も文化も違うカトゥルスと源継であったが、戦場を見知り、戦場の過酷さとその習を知る2人は数々の戦いの中で友情を育み、戦友と呼べる間柄になっている。
その間柄であったが故の質問であり、回答であったのだ。
「…正直軍閥に連なるラベリウス将軍は怪我こそ酷かったが、群島嶼へ逃れた時点で何時反乱してもおかしくない状態だったのです。それを押し止めてくれたのみならず、義勇兵を率いて南方大陸へ渡るとは相当な覚悟があったのですな?」
「覚悟はあった…しかし、ラベリウス将軍に手柄を立てさせるだけが目的ではなかった」
「では…やはり?」
「真実は真実として捉える事が出来る、信頼出来る帝国相手であればこそ発揮出来るものじゃが…」
源継の言わんとしている事を理解したカトゥルスの言葉に、源継は頷きつつそう応じ、一旦言葉を切って胸に手を当てた。
その胸にはこの異邦の地で命を散らせたヤマト剣士達の遺髪を包んだ袋が入っている。
残念ながら、先の戦で流し尽くした涙は、もう出ない。
「…全ては群島嶼の民の平穏と平和、それに地位向上の為…我等ヤマト剣士が南方大陸で苦戦する帝国を命懸けで助けたとあれば、帝国人の群島嶼を見る目もまた違う物となろう。形は些か違えど我等は武人の本懐を為し遂げたのじゃ」
北の地で奮闘する息子同然の晴義を思い、源継は静かに言葉を継ぐ。
「我等は故郷を守る、どんなことがあってもじゃ…たとえ帰って来られずとも故郷を思う者が居る限りのう」




