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シッティウス家の夕食~シッティウス家と新任官吏~

すいません…今日はこれにて打ち止めです…

感想有り難うございます、返信はまた後日…すいません。

 シッティウス行政長官の奥さんはすごい美人らしい。


シレンティウム行政府にそんな噂が瞬く間に広まった。

 確かに、シッティウスが妻帯者であると言うことは官吏達のほぼ全員が衝撃と共に知っていることであるが、その妻や家族について目撃した者はいないのも事実。

 シッティウスも積極的に雑談をするような人間では無い上に、そもそもシッティウスに質問するという行為自体、官吏達にとっては非常に敷居の高い行為であるためだ。

 そんなミステリアスな行政長官シッティウスの妻に関する情報の一端が明らかになったのは、思いがけない事からであった。


 ある日の事、なかなかの好青年がシッティウスを尋ねてきた。

 格好こそ“これぞシレンティウムの農民”といった風情であったが、その爽やかな笑顔と声、奇麗な訛りの無い西方語に魅了された女性官吏は少なくない。

 その青年は帝都の元住人らしく、シッティウスとも旧知の仲と見え、会話が進むにつれて行政府の官吏達の驚きは増すばかりであった。

 そして、決定的な会話が交わされる。


「…そうですか、それでは宜しくお願いいたしますかな」

「シッティウス、お前も相変わらずだな…ホント良くそれであんな美人の嫁がくっついたよなあ」

「…この件と妻は関係ありませんが?何か文句でも?」

「いや、そうじゃなくてだな…」


その好青年こと、元老院議員でもある帝国の市民派貴族グナエウス・クィンキナトゥスが既に戸籍官吏のアイドル、ピエレットとイイ仲であるという情報も非常に気になるが、それ以上に彼が口にした、シッティウスの“美人の嫁”という言葉にその場にいた老若男女問わず官吏達全員の耳目を引いたのである。

 これは確かめない訳にはいかない!

 シレンティウム行政府に務める官吏達の意志が一つになった瞬間であった。


 とは言え、シッティウスの住居は既に知れている。

 行政府外不出ではあるが、シレンティウム行政府では官吏名簿が作成されており、その中にシッティウスの住居も記されているからである。

 緊急の用件がある場合は呼び出しを掛けなければならない事があるため、シレンティウムの行政府では正確な住居の登録を官吏に義務付けており、シッティウスとてそれは例外では無い。

 むしろ、緊急時に呼び出される確率が高いのは、シッティウスを始めとする各部署の長官や高位官吏達である。


 しかしながら、一般のシレンティウム市民から公募されている官吏達と違い、シッティウスら各部署の行政長官達は緊急時の参集や呼び出しに対して迅速に応じられるようにと行政区画にある官舎を宛がわれており、生活の中で偶然出会った風にすることはほぼ不可能に近い。

 逆に言えば確実にその姿を確認するには官舎の近くで待ち構える他無いのだが、記憶力、認識力共に抜群のシッティウスに万が一にも顔を見られ、下手に自宅近辺を嗅ぎ回っていることが知れれば関係した者は全員ただでは済むまい。

 翌日以降どのようなお仕置きが為されるか、そう考えるとただでさえシッティウスの厳しさに震え上がっている官吏達はナカナカ行動に移せないのであった。


 しかし、その機会はまたもや意外な形でやってきた。


「君、ちょっと良いですかな?」

「は、はい」


 帰り支度をしていたい新任官吏は同じく帰り支度をしていたシッティウスから呼び止められてその執務机に近づく。

 シッティウスの執務机には、若干大きめの木箱が2つ置かれており、シッティウスはその木箱を指で示しつつ、いつも通りの怜悧な表情で口を開いた。


「済まないがこの荷物を1つ、私の家まで運ぶのを手伝って貰えないですかな?」

「あ、はい…分かりました」


 新任官吏がシッティウスの頼みに応じると、シッティウスは幾分表情を和らげて言葉を継いだ。


「申し訳ない、人を雇うほどでは無いのですが、ちょっとかさ張るので手に余るのですな…お礼はするので宜しく」

「はいっ…うげ」


 元気に返事をする新任官吏であったが、直ぐさま木箱を持とうとすると後ろから襟首を捕まれ、引っ張り込まれる。


「すいません行政長官、ちょっとこいつに指示がありまして…」

「それは別に構いませんが…?」


 怪訝そうなシッティウスにそう断わりながら新任官吏を引っ張ってゆく先輩官吏。

 ようやく少し離れた場所で解放された新任官吏は、喉がしまっていたことによって咳き込みつつ、涙目で抗議の声を上げた。


「な、何するんですか先輩っ」

「しっ…お前、分かってるのかっ?これは好機なんだぞ!」

「へ?」


 きょとんとした顔で厳しい声を浴びせてきた先輩官吏を見つめる新任官吏に、集まっていた他の官吏達もあ~っと言った顔で天を仰ぐ。


「お前…何も分かってなかったのか…くっ、いいか?これは好機なんだぞ、シッティウス行政長官の美人妻を確認する好機なんだぞっ」

「あっ…は、はいっ」 


 ようやく合点がいった新任官吏は、刻々と頷きながら返事をした。


「お前に任せるのは若干…いや、かなりの不安があるが、行政長官がお前を指名したのだから仕方ない…いいか、絶対に家族と…特に美人妻と会うのだっ!!」

「わ、わかりましたっ!」


 拳を握りしめて熱く語る先輩官吏(独身)に新任官吏(独身)は熱く頷き返すのだった。




 行政庁舎からしばらく歩いた先にある古い造りの官舎は3階建て。

 シレンティウムの前身都市であるハルモニウム時代に建設されて残っていた建物で、当時帝都で流行していた華美な装飾が施されている。

 他の抑え気味な装飾を施された建物と比べれば一目瞭然である。


「いや、助かりました、ここが私の住んでいる官舎です。どうぞ遠慮せずに上がって行きなさい」

「は、はい」


 思ったよりも簡単に家へと通される新任官吏。

 シッティウスに促されるまま、新任官吏は木箱を持ったまま玄関をくぐる。


「只今帰った」

「あら、お帰りなさいあなた…って、なあにその大きな木箱?」

「ああ、お土産だ」


 とその途端、持っている木箱の向こう側からシッティウスの声に反応して女性の声がした。

 シッティウスとの会話を聞く限り、今の声の持ち主である女性が噂の美人妻であろう。

 新任官吏はいきなりの展開に軽いパニックになる。

 その内、声が掛かる。


「あら、こちらは?」

「ああ、ウチの新任官吏君だ、荷物運びを手伝って貰ったので、夕食をごちそうしようかと思っているのだが…」

「まあ、こんな若い男の子を…どうせ脅かして使ったのでしょう?さあ、重かったでしょう、荷物を頂きますわ」


 すいっと軽く荷物を取り上げられ、驚く新任官吏。

 細身とは言え男の自分が何とか持っていた木箱を事も無げに抱えるのは、長い茶色の髪を後ろで縛った妙齢の美女であった。

 卵形の輪郭に髪と同じ色の瞳、クッキリとして細い眉に切れ長の二重瞼、小柄で細身ではあるが痩せぎすではなく、肌は健康的な白色。

 典型的なセトリア内海沿岸美人である。


「び、美人妻だ…って、ええ?」

「はい?」


 にこりと微笑む美女の手には木箱2つ。

 見ればシッティウスの手に木箱がない。

 その美女は固まっている新任官吏を不思議そうに小首を傾げて見た後、そのまま何事もなかったかのように踵を返して家の中へと入っていった。


「さあ行きましょう、歓迎しますよ」

「ハイ…」


 呆然としている新任官吏の背中をシッティウスがゆっくり押した。 




 食事は普通に美味しかった。

 シッティウスの13になる息子やその3つ年下の娘、シッティウスの父や母が同席してはいたが、独り暮らしの新任官吏は久しぶりにまともな食事を食べることが出来て喜んだ。

 新任官吏は子供達と話したり、シッティウスの父母と会話を交わして食後の時間を過ごしたが、職場で噂されているような家族では無かったことに内心ほっとしていた。


 曰く、家族はみんなシッティウスと同じ話し方である。

 曰く、あるいは家族に会話はないのではないか?

 曰く、家族みんながシッティウスと同じようなしかめっ面である。

 曰く、子供達はシッティウスとそっくり、瓜二つ。

 曰く、みんな甘い物好きで食事も蜂蜜漬け。

などである。


 やはりシッティウスの家族だけあって皆真面目で少し固い所はあるが、極々普通の家族。

 息子と娘もどちらかと言えば奥さん似で可愛らしい。

 新任官吏が抱いたのは、そんな普通の家族の印象であった。


「あなた、彼、お茶を飲んでいくのかしら?」

「ああ、頼む」


 台所から顔を出した妻に微笑みつつ答えるシッティウス。

そんな表情を見るのもこの家族を知れば違和感はない。

 ぺこりとお辞儀した新任官吏に微笑みを返しながら、シッティウスの美人妻が台所へと戻っていった。


「すいません…ただ荷物運びをしただけでこんなに良くして頂いて…」

「気にすることはありません。仕事外の時間を使わせてしまっているのだから、これくらいは当然ですな」


 新任官吏が恐る恐る礼を述べると、そう言って手を振るシッティウスであった。


 程なくしてお茶が運ばれてきた。


「あ、頂きます」

「遠慮しないで下さいな」


 シッティウスの美人妻から茶碗を受け取り、一口香草茶を口にした新任官吏はむせ返った。


「どうかしましたかな?」

「…!」


 甘いいいいいいっ!!


 本当は叫びたかった新任官吏であったが、シッティウスの家族が何の異変もなくそのお茶を飲んでいるのを見て悲鳴を上げるのを何とか思いとどまる。

 いつぞや胸焼けを起こしてしまったお茶の悪夢再来であった。

 今度は直接飲んでしまったが故に破壊力が半端ではない。


「甘さが足りなかったかしら…お客様用に薄くしたのだけれども…」

「ふむ…ではあのお土産を少し持ってきて貰おうかな」

「そうね、ちょっと待ってて下さいな」


 怖ろしげな会話を夫婦で交わすと、シッティウスの美人妻は急いで台所へ戻り、壺を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ」

「サックスさんから頂いた試験的に作った砂糖です。試してみなさい」


 大ぶりの木匙にごっそりとその少し茶色い砂糖を掬って差し出す美人妻に、砂糖を薦めるシッティウス。

 あの木箱の中身は試作品の砂糖だったのだ。

 そう言えば甜菜という新しい製糖用の作物の収穫が終わったと聞いた。

 新任官吏は涙目でふるふると首を左右に振って必死に拒否するが、にこやかな笑顔と共に茶碗の中へその砂糖が投じられる。


「~~!!」

「遠慮しなくて良いのよ?」


 お茶が未だ口に入ったままで飲み下せていないので、声を出すことが出来ないのだ。

 その様子を見ていたシッティウスが口を開く。


「珍しい物には違いありませんが、まだ試作段階で売り物にはならないそうです。遠慮しなくて構いません…もう1匙いきますかな?」

「!!?」


 無言で悲鳴を上げる新任官吏であった。





 翌朝、シレンティウム行政府


「うえっぷ…うっ、気持ち悪い…」


 何とかシッティウス家のお茶を飲み干し、帰宅することが出来た新任官吏であったが、破壊力抜群の砂糖漬け香草茶は未だ彼の胸と精神を痛め付け、悩ませていた。

これでは二日酔いの方がまだましである。


「おう、どうだったよ?」


 先輩官吏がニヤニヤしながら新任官吏に声を掛けると、彼は口元を抑え、各官吏の執務机を拭き掃除しながらぽつりと言った。


「甘いです…」

「なに?」

「…甘すぎますっ!甘すぎるんです~」


 わっと泣き出して走り去った新任官吏をぽかんと見送る先輩官吏。


「ま、あいつも独身だしな…気の毒なことしたかな…まあ、それが分かっただけでも良しとするか。しかし…あの長官がねえ、奥さんと、甘甘か…想像出来ないなあ」


 にやけたほほをぽりぽりとかきながら、先輩官吏は見当外れのことをつぶやきつつ自分の席へと向かった。



 シッティウスは出勤してくると、いつもと部屋の雰囲気が違う事に気が付く。


「ん?」


 いつもはシッティウスとあまり目を合せない官吏達であったが、今日はやけに、と言うか微妙な笑顔でこちらを見ているのだ。

 心なしか雰囲気が弛緩しているようでもあるが、特に仕事に支障を来すほどではなさそうである。

 昨日世話になった新任官吏は体調が悪いのか、青い顔で下を向いている。

 一応後で体調について質問しなければなるまい、気分がすぐれないようであれば休みを取らせよう。

 そう考えつつ机に向き直るシッティウス。


「まあ…仕事に差し支えなければ構いませんが」


 シッティウスは誰にとも無くつぶやき、周囲の生暖かい視線を気にせず仕事に取りかかるのだった。




 シッティウス家についての話題は、既に奥さんの美人度よりも夫婦仲が良過ぎる事へと移っていたのである。

 あの朴念仁を絵で描いたような、堅く冷徹でいつも苦虫をかみ潰したような顔をしている行政長官が、家庭ではでれでれで奥さんに甘えているのだそうだ。

 それは目の当たりにした新任官吏が、思い出して逃げ出してしまうほどの濃厚さだという。

 噂は、新任官吏が詳細を聞きたがった先輩達に連れられて居酒屋で全てを話すまでの間続いた事は言うまでも無い。


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