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秋瑠楓の1日~秋瑠楓と仲間達~

 ある日の午後、官営旅館の受付台で事務仕事をしていたプリミアの所へ、ふらりと楓がやって来た。


「やっ、プリミア~」

「いらっしゃい楓さん…もうお仕置きは終わったんですか?」


プリミアの姿を見つけ、ぱっと手を上げて声を掛けてきた楓にプリミアも笑顔で応じる。


「ま、まあね…それより今いいかな?」

「ええ、仕事も区切りがついたところでしたので…丁度お茶にしようかと思っていたんですよ」


笑顔のまま楓の問いに答えたプリミアは、書類綴りを閉じて立ち上がった。




 官営旅館の応接室で、他愛の無い話に興じる楓とプリミア。

 その前におかれているのはシレンティウムで最近普及し始めた東照製の陶器製茶碗と、その受皿。

 菓子皿には楓の大好物である大麦粉と蜂蜜を練り合わせて焼き上げたビスケットと、乾し葡萄が盛られている。

 官営旅館に来る前、楓が行きつけのお店で買ってきたのだ。

 ビスケットはコロニア・メリディエトで栽培されている蕎麦を少し混ぜ、風味を出している物が最近の流行である。

 お茶を飲み干し、白く軽い茶碗を受皿へ置いた楓がため息をついて口を開いた。


「あ~全く…やんなっちゃうよ」

「…どうしたんですか、楓さん」


 茶碗を置くなり愚痴った楓に、プリミアがほほえみながら応じる。

 性格は正反対の2人であるが、出会った当初から気の合う2人はこうして普段からおしゃべりしたり、遊びに行ったりする事が多い。

 今日も官営旅館へと遊びに来た楓であったが、親友とも言うべき気の置けない仲のプリミアを前にしてつい愚痴を言ってしまう。


「陰者がさあ…いきなり郷ごと300人も来ちゃったんだよ~確かに来てって言ったのはボクなんだけどさあ…」

「それは…お住まいとかは大丈夫なんですか?」

「うん、とりあえずはシッティウスさんに資材の手配もお願いしたし、元々過酷な環境で仕事をすることが多いからね、野外活動は平気なんだけど…」


 プリミアの心配そうな言葉に、頷きながら答える楓だったが、ふと思い出したように黙り込む。


「どうかしましたか?」


 プリミアの言葉に、楓は顔を上げて少し申し訳なさそうに言う。


「赤ん坊とか小さい子供も居るから、ちょっとその辺は心配かな…お願い出来る?」 

「それではお部屋を用意しておきますね」


 楓の言葉を予測していたかのようにすんなり応じるプリミアに、楓は嬉しそうな笑顔で礼を述べる。


「ありがと~助かるよっ…プリミアは話が分かるっ」

「いえいえ、どういたしまして」


からになった楓の茶碗へお茶を注ぎつつプリミアは相変わらずの笑顔で応えた。




「や~ハル兄に黙って出てきた甲斐があったよっ」


 官営旅館での楽しいお茶の時間を過ごした後、楓は再び街へと戻った。

 シレンティウムの建設や整備は一段落し、最初の頃多かった木材や石材と言った大型の建築資材を運ぶ荷車や馬車はすっかりいなくなり、代わって食料品や衣料品、家具や生活用品を運ぶ馬車が多くなっていた。

 シレンティウムで生産された家具や生活用品は周辺の村に暮すクリフォナム人達が買い込み、その時に自分の村で作った食料品や衣料品、それに毛皮や木材などの原料を持ち込んでくるのだ。

 シレンティウムの工芸区で生産される帝国の技術を使った日用品はその使い勝手の良さと丈夫さからクリフォナムの地では非常に重宝されている。

 包丁や小刀といった生活刃物、鉈や鋸、鑿や錐といった工具、鍬や鋤、鎌といった農具などの鉄製品はクリフォナム人の生産環境を劇的に変えた。

 そしてそれらの製品を手に入れるために、クリフォナム人達は村で作った品々をシレンティウムへ持ち込むのである。


 チーズやバター、卵といった畜産物、猟で得た獣や魔獣の毛皮に骨、山菜、薬草、木材、薪が主な物で、中には宝石原石や希少金属を持ってくる者達も居る。

 またオランやクリフォナムから商店を開きにやってくる者もいた。

 シレンティウムでは商業組合の設立を認めておらず、商業庁へ商業者登録をすれば誰でも自由に商業活動が出来るようになっている。

 店を構えない行商の類いは届けも不要で、青空市場が大盛況なことと無縁ではない。

 しかしそんな自由に甘える厄介者や不心得者は必ずいるのだ。




「らっしゃい!らっしゃい!群島嶼の産物がたんまりあるぜ!安くしとくぜ!!」


 野太いが威勢の良い声に釣られ、青空市場を歩いていた楓はその商人がいる人だかりへと首を突っ込む。


「…姫、今日は長の所へ行く約束では?そのお約束で脱出を手引き致したのですぞ」

「ちょっと見るくらいイイじゃない、群島嶼の物だって言ってるよっ」


 お付きの陰者が渋い声で制止しようとするが、楓は故郷の物を見られるという期待からその忠告を無視して群がっている人をかき分けて前へと出た。

 しかし、楓はその商人を見てまずがっかりする。


「…群島嶼人じゃないじゃん」


 癖のある毛を無理矢理結い上げ、怪しげな羽織を乱雑に着ているその髭もじゃの男はどう見てもシルーハ人。

 確かにシルーハは以前群島嶼と盛んに交易していたので、群島嶼の物品を販売していてもおかしくは無いが、その格好をみれば何を意図しているのかは一目瞭然である。

 しかし、南方人をそもそも見る機会の無いクリフォナムやオランの民にその区別が付けられる訳も無く、商人の巧みな弁舌と相まって周囲のシレンティウム市民達はすっかり彼を群島嶼人と思い込んでいるのだ。


「みんなボクやハル兄を見てるはずなんだけどなあ…」


 楓からすれば明らかに風貌が異なるのであるが、シレンティウム市民にとってはあの髭もじゃでむさ苦しいシルーハ人と自分達が一緒なのだろうかと落ち込む楓。

 うつむいて落ちた視線の先にある、その商人の物と思しき物品を見て楓は再び顔をしかめた。

 粗末な敷物の上に置かれているのは質の悪い獣脂で出来た蝋燭と、よれて薄くなった綿布。

 しかし蝋燭には群島嶼産木蝋製と西方語で記されており、更に綿布には群島嶼産絹布とこれまた記されているのだ。


 値段もそれなりのモノがついている。

 巧みな弁舌を振るい続ける商人を余所に、敷物の近くへとしゃがみ込んだ楓はふいっと顔を上げて言った。


「…おじさんさ、これってニセモノでしょ?」


 驚いて楓を振り返る商人の顔が引きつった。


「小娘、何を根拠に…人の商売を邪魔すんじゃない…殺すぞ!」


 楓がしゃがみこんで指さした群島嶼産と銘打った蝋燭をささっと荷物の後ろに隠しつつ、髭もじゃのシルーハ人商人が凄む。

 周囲のクリフォナムやオランの民達は2人の遣り取りを興味深そうに眺め始めた。

 楓は一緒に並べられている別の蝋燭に指先を変えると再び言う。


「根拠って…それ蝋燭だけど、ただ獣脂を固めたくっさい臭いと煙が出るヤツでしょ?」

「う、うるさいっ!」


 そう言いながらまた楓の指先にある蝋燭を隠す商人だったが、楓は更にその隣の蝋燭を示す。


「うるさいっていうけど、おじさん…それ、群島嶼の蝋燭の値段ついてるよ、間違い?ニセモノ?それとも詐欺?」

「てめえっ!!」


 絡繰りを楓のような小娘に見抜かれてしまい、にっちもさっちもいかなくなったシルーハ人商人。

 そして激高したシルーハ人の胡散臭い商人は手元にあった重そうな鉈を振り上げた。

 女子供から悲鳴が上がる。

 クリフォナムやオランの男達が色めき立ったが、楓は並べられている紛い物の群島嶼産蝋燭を1つ手に取るとゆっくり立ち上がった。

 触っただけでべたつくそれは明らかに獣脂製の粗悪品である。


「ダメじゃないのさ、こんなニセモノ売っちゃ」


 そう言いつつ楓はくるりと一回転すると同時に腰に横差ししていた刀を空いた方の手で鞘ごと抜き放ち、その商人の鉈を持った右手をびしっと打つ。


「うおっ!?」


 痛みと衝撃で商人が鉈を取り落とすと、どこからか現われた陰者がその鉈を受け止めて持ち去ってしまった。

 突然の出来事に狼狽しつつも楓に掴み掛かろうとした胡散臭い商人の首筋に冷たい物があてられる。

 冷や汗をかいて動きを止めた胡散臭い商人の耳に涼やかな声が響いた。


「おじさん、紛い物を売ったらダメなんだからね?」


鞘から抜いた刀を胡散臭い商人の首筋に突きつけて言う楓に、周囲から拍手が湧き起こる。

 得意げな笑顔で観衆と化した市民達へ手を振る楓。

 程なくして駆けつけた治安官吏に事情を説明して胡散臭い商人を引き渡し、楓は取り締まりの顛末報告をするために治安庁へと出向くことになった。


「…姫…」

「ごめんっ、長にはまた日を改めるって言っといて~」


 憮然とする陰者に手を合せて謝ると、楓は陰者をその場に残し、治安官吏と一緒に無頼商人を連行するのだった。




 シレンティウム治安庁


 取り締まり報告書を四苦八苦しながら作っている楓の元に、治安長官のルキウス・アエティウスがやって来た。


「あ、ルキウスさんっ!お願い、助けて!」

「んん?ああ、その報告書ね…良いよ手伝うからこっちへ寄越しな」


 すがるような目を楓から向けられて、まんざらでもなさそうなルキウスは、楓の手元にあった報告書を見つつ、時折楓に取り締まりをした時の様子を聞きながらささっと意外と奇麗な字で報告書を書き上げる。

 最後にルキウスは代書者である自分の署名を為し、その下へ報告者である楓に署名させた。

 そしてルキウスは報告書を部下の治安官吏に手渡し、尊敬の眼差しで自分を見る楓に頬を緩めながらも言った。


「楓ちゃんさ、いくらハルの身内だからってあんまり無茶しないでくれるかな」

「だってルキウスさん!あのおじさん酷いんだよっ、あんな紛い物売って!群島嶼が誤解されちゃうよっ」


 ぷっと頬を膨らませて言う楓。

 その様子に笑みを浮かべつつもルキウスは肩をすくめて応じた。


「…まあ、そりゃ分かるんだが…でもこの件はハルに報告しとくよ?」

「ええっ!?何でさ~ボク悪いことしてないよっ」

「悪くは無いだろうけどね、危ないし、楓ちゃんは役目が違うんだから、こういった取り締まりは俺たちに任せて貰わないと。通報するとか色々やり方はあるでしょ?…というわけで、早速呼んどいた」


 ルキウスの言葉が終わると同時に、その後ろからこめかみをひくつかせたハルが現われた。


「うう~酷いやっルキウスさんっ!」


 楓の抗議を明後日の方向を見てやり過ごすルキウス。

 そしてハルの低い声が響く。


「楓…お前また騒ぎを起こしたんだってな?」

「そ、それはそのっ」

「謹慎中に黙って出た挙げ句にこれか?」


 痛い所をハルに突かれた楓が、はうっと詰まる。


「ご、ごめんなさいっ」


 従兄によるこれからの説教を思い、早くも涙目になる楓であった。

   

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