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その後のシレンティウム~治安官吏ユニウス・ティッロの勤務日誌2~

 秋の月23日、シレンティウム商業区、東側中通り


 街路樹の紅葉も鮮やかなシレンティウムの工芸区を南北に走る街路を、ぶらぶらと歩くユニウス・ティッロ治安官吏とマリウス・ルソ治安官吏。

 彼ら2人は本日昼間帯における巡回警戒の任務に就いていた。

 巡回警戒とは文字通り街中を巡回しながら、不法行為や揉め事の発生に素早く対処出来るよう警戒をする勤務であるが、口さがない年配の治安官吏達からは“散歩”等と呼ばれたりもする。

治安の悪い地区であれば最も気の抜けない危険な勤務となるが、平和そのもののシレンティウムにおいては治安官吏と市民達の交流の機会ともなっており、その意味合いがこの制度の生まれた帝国とは随分異なっているためだ。

 それでも仕事が無い訳ではない。

 ちょっとした相談事や何気ない困りごと等わざわざ詰所まで言いに行く程でもない事でも、通りがかった治安官吏に対しては、ついでにやって貰えればと頼みやすいと思うのが人間心理。

 そんな依頼や相談から思いがけない犯罪のきっかけを掴むこともあるし、また犯罪を防止する良いきっかけになる事もある。

 その巡回警戒に朝から従事しているティッロとルソであった。


「今日は中通りの方へ行ってみるか」

「了解ッス」


 ルソからそう言葉を向けられたティッロは即座に応じた。

 大通りは普段から人目もあり、重点的に巡回警戒されてもいる。

 しかし裏通りや生活道路にこそ治安官吏は目を配らねばならないのだ。




 ルソとティッロが商業区の中通りに入ったところで、横合いから突然声を掛けられる。


「ちょいとそこの治安官吏の兄ちゃん達!」

「はい、どうかしましたか?」


 そよ風が吹きそうな程爽やかな笑顔で箒を持ったおばちゃんに答えるルソ。

 その顔と声色に後ろに居たティッロが思わずぶーっと吹き出すと、ルソは笑顔で前を向いたまま青筋を立てて棒杖で後ろにいるティッロの脳天を叩く。

 ルソの身体で死角になっていた為叩かれたことが分からないおばちゃんは、革兜を装備した頭を押さえて悶えるティッロを不思議そうに見ながらも言葉を継いだ。


「いやね、ここの側溝にいつも落ち葉がたまってしまうのよ。雨の日は側溝に水が落ちなくてこの辺りは池みたいになっちゃうの、何とかならないかねえ?」


 見ればおばちゃんの持参したと思しき藁袋には、既に相当な量の落ち葉が詰め込まれているにも関わらず、周囲の側溝にはまだかなりの落ち葉がたまっている。

 恐らく雨が降れば落ち葉が蓋となり側溝に水が落ちないので、確かにおばちゃんの言う通りこの周囲は水浸しになってしまうだろう。

 どうやらここの側溝は雨水を下水口へ落とす為の物で、水が集まり易いように周囲より低く作られているようである。

 その為街路樹の落ち葉が水に乗って集まり、側溝の格子枠に引っ掛かって水をせき止めてしまうようだ。


「これを解決するには道の造りを変える他無いですよ」

「やっぱりそうかい?そうなると直ぐにってワケにはいかないねえ…私だって一日中落ち葉を集めていられる訳じゃないし、困ったねえ…」


 毎日のように掃除をしている為か、疲れた顔でおばちゃんは箒を動かす手を止めて盛大なため息を吐いた。


「先輩、これは報告上げた方が良くないですか?」

「そうだな…巡回警戒結果報告書を上げるか」


ティッロの言葉に同意したルソは、おばちゃんへにこやかな顔を向ける。


「確かに直ぐは無理かもしれませんが、この道路の構造や水利対策を取って貰えるよう私達から按察庁へ報告を上げておきましょう」

「そうかい、まあそうして貰えれば助かるけどねえ…えっ?」


半信半疑でルソの言葉に頷くおばちゃんから、ティッロは箒をすっと取り上げた。

 そして驚くおばちゃんににかっと笑顔を向けて言う。


「取り敢えず自分たちが掃除を手伝うッスから、今日はそれで!」

「すいませんね、こんな事しか出来なくて。まあ、2人分の男手があれば直ぐ片付きますよ」


ティッロの言葉に続いて笑顔のルソが近くに置いてあった熊手を取り上げながら言うと、呆気に取られていたおばちゃんの顔にようやく笑顔が上った。


「そうかい、治安官吏さんにわざわざ申し訳ないけど、助かるねえ」

「任せて欲しいッス!」






「ふう、いい汗かいたッスね~先輩!」

「そうだな、街の為にもなったしな!」


 きらきらと輝く汗を満面の笑みと共に腕で拭いながら言うティッロに、ルソも良い笑顔で答えた。

結局落ち葉掃除に続いて溝浚いまでしてしまった2人は、泥まみれの埃まみれとなったが、汚れた身体に反して爽やかで気持ちの良い雰囲気を周囲に発している。

 白い大理石の建物に映える見事な紅葉も街の住民にとっては苦労の種ともなり兼ねないと言うことを知り、少し目が開いたようになった気分の2人。

 本来なら樹種を変えるなりして落葉の量を減らすべきなのだろうが、この景色もなかなかに棄てがたい物がある。

 しかし少し冬の気配を感じさせる爽やかな微風が顔を撫で、次いでその風がかさかさと音を立てて落ち葉を撫でるのを見て複雑な気持ちになった。


「まあ、何事も一面だけじゃ量れないって事ッスかね~」

「そうだなあ、紅葉も見る分には良いが、落葉は生活の邪魔にもなるって事だな」


中通りから1本裏へ入った通りを、そんな話をしながら2人が歩いていると、ふとティッロが何かの気配に気が付いて後ろを振り返った。


「どうした?」

「いや…何か気配がしたような…知りませんか先輩?」

「…何で俺に聞くんだお前、俺がお前の感じた気配を知るわけあるか」

「いや、でも確かに…」

「第一お前は武術の達人でもないし、術が使える訳でも無いだろうが…何で気配を感じられるんだよ?大体お前は…」


 いつもティッロの言う勘というヤツに振り回されているルソは、この際だと説教を始めようとしたが突然言葉を切り、ティッロの後ろを恐る恐る指さす。


「何ですか先輩?」


 ティッロがルソの様子を訝り、指さす後ろを見るが誰もいないので、もう一度ルソを見て首を傾げた。


「何も無いですよ?」

「違う、下だ」

「へ?」


 そう言われて下を向いてから後ろを振り返ったティッロの視界に、小さな子供の姿が目に入った。

 年齢は3歳ぐらいの男の子と5歳ぐらいの女の子。

 ちびっ子2人は手を繋いだまま、ぼんやりと2人を見上げている。

 2人とも艶やかな金髪に青い目、抜けるような白い肌と典型的な北方人の特徴を持っており、またその厚手の貫頭衣にズボン、皮の長靴といった服装からクリフォナムの北方諸族の者と知れた。

 髪を後ろで括っている渋い緑色の紐はロールフルトの部族色、恐らくロールフルト族の子供だろう。


「………迷子ッスか?」

「だろうな…」


 恐る恐る言うティッロに、他に何があるとでも言いたげなルソが言葉を返した。

 すると、ティッロは更に怖ろしい予測を口にする。


「しかもこの服装じゃ、まだ移住してきたばっかりッスね?」

「多分な…」


 この年齢で移住してきたばかりとあっては、街区の名前や街の場所を言葉で示すのは非常に難しいだろう。

 迷子の家探しは難航することが容易に予測出来たので、ティッロが渋い顔でちびっ子を見遣る。

 ちびっ子2人は、治安官吏というものに馴染みが無いのか、それとも他の理由からか、極めて表情乏しくルソとティッロを見ていた。

 恐らくそれに加えて不安が高じ、呆然としているのもあるのだろう。

 ルソが両方の頬に涙の跡があるのを見付けてしゃがみ込み、その跡を手拭で優しく丁寧に拭き取ってやる。


「…探すッスか?」

「この歳の子供達だからそう遠くでは無いだろう、詰所へ戻るよりも巡回警戒がてら周囲を探した方が早いんじゃ無いか?」

「そうですね、んじゃ、まあ、探しますか~」

「まあ、ダメだったら一旦詰所へ連れ帰ろう。おい、棒杖を持ってやるから2人をおぶってやれ」


しゃがみ込んでいる自分を覗き込んでいたティッロを振り返ってそう命じると、ルソは手をティッロの持つ棒杖に向けて差し出した。


「はえ?」


間抜けな顔で間抜けな返事をするティッロから強引に棒杖を取り上げると、ルソは自分のと合わせて建物の壁に立て掛け、まずは女の子を抱き上げてティッロの右腕へ乗せる。


「ちょ、ちょっとちょっと先輩!」

「うるさいぞ、子供が怯える」

「ああ、で、でも…」


 なおも言い募ろうとするティッロを手で制し、ルソは男の子をティッロの左腕に抱かせて言葉を継いだ


「2人掛かりで子供を負ぶっていたら何かあった時に対処出来ないだろうが。イイから四の五の言わずに大人しく馬になれ」

「そんなあ…」


 情けない顔で言うティッロを余所にして、建物に立て掛けてあった2本の棒杖を取りに少し離れるルソ。

 そして棒杖を取って振り返った時にあった光景を見て吹き出した。


「な、何ですか?」

「お前…嫁に逃げられて途方に暮れてるお父さんみたいだぞ」

「…せ、先輩が乗っけたんじゃ無いですかっ」


 しっかりと子供に左右からしがみつかれ、困った顔のままティッロが文句を言うが、ルソは取り合うどころか棒杖を手にしたまま笑い転げる。


「お嬢ちゃん、お名前は?」


 未だ笑っているルソを放っておいてティッロが右腕に抱える女の子に問い掛けると、意外にしっかりとした答えが返ってきた。


「わたしはエッラ、おとうとはシッポ」


 たどたどしく言葉を紡ぐエッラにティッロは眉尻を下げ、質問を続ける。


「へえ~お母さんのお名前は?」

「おかあさんのなまえは、クッカ」

「お父さんは?」

「……おとうさん、アースラク…でも、たたかいにいってかえってこない…」


 ぽつりと言って下を向いてしまったエッラに姉の言葉を聞いて泣きそうな顔をしているシッポ。

 それを見て、ティッロは失敗したと天を仰ぐ。

 そして近づいてきたルソに目配せをしてこの件には触れないようにしようと目で語り合い、頷いた。

 ロールフルトの戦士団が、義侠心を発揮してハレミア人の大群に挑んだものの、敢闘空しく敗退したことはシレンティウムにおいて広く知られている。

 その後ロールフルトの戦災家族が仕事や住居を斡旋されて多数移住して来ているのだ。

 クリフォナム人社会では母子家庭ともなると、大半が農家であることから労働力不足に陥り非常に生活が困窮する。

 それを回避するには再婚する他無いのだが、戦士団が壊滅した為再婚先が無く、近隣のポッシア族、セデニア族も同じような状態である為、北方諸族は男性不足に陥っているのだ。

 その為女性でも賃金を得られる仕事があり、生活の目処が立つシレンティウムへ多くの母子家庭が移住してきているのである。

 ルソやティッロ達治安官吏もその集団移住地を知っている。

 と言うのも母子家庭が多いことからその地域は重点警戒対象になっており、頻繁に巡回警戒に赴いている為だ。

 恐らく集団移住地である東街区3番街へ行けば、この姉弟の自宅の手がかりが得られるだろう。


「そうか…今はお母さんと一緒?」

「……うん、おかあさん、おはりこしてるの」


 どうやら多分に漏れず、エッラとシッポの母親も最近シレンティウムで盛んな縫製業か織布業に就いているらしい。

 就職して生活もそれなりに成り立っている様子である事から、まずまずシレンティウムにも馴染んでいるかも知れないと思い直したティッロがエッラに尋ねた。


「エッラちゃんは、どっから来たのかな?」

「…ひがしがいくさんばんがい」


 意外なことにエッラは街路の名前を口にした。

 思いがけない展開にルソも笑うのを止めて近寄ってくる。


「お嬢ちゃん、番地覚えてるの?エライね」

「…おかあさんが、ばんちはおぼえなさいって…」

「おお…これで探せる…」


 しっかりとした答えが返ってきたことに、ルソが感心しきりに頷きながら言うと、そっとエッラの頭を撫でた。

 少し慣れてきたのだろう、エッラは振り向いてルソに笑顔を見せ、隣のシッポも姉が馴染んできたことで安心したのか、少し顔をほころばせている。


「よし、じゃあお兄さん達が君らを家まで送ってやるからな~」

「ありがとうおにいさん…」


ぽつりと言ったシッポの頭を笑顔で撫で、ルソは棒杖を持ち直してからティッロに声を掛けた。


「ヨシ行くぞっ」


 その威勢の良いかけ声に、不信感たっぷりの目でティッロが口を開く。


「先輩…1人ぐらいお願いしたいんですが…」

「さっき言っただろ、ダメだ、お前がしっかり運べ」

「酷いッス」


 にべもない言葉にがっくりするティッロだったが、自分の腕にしがみついてニコニコし始めたエッラとシッポを見て、そう悪くないかもと思い直し、先行するルソの跡を追って歩き始めるのだった。





 シレンティウム東街区3番街、小公園



「わ~ちあんかんりだ!」

「すげ~くろいかわよろいだ~」

「にいちゃんどこのつめしょなの~?」

「すてき~」

「これがぼうじょうか~かたいきだなっ」


 3番街の中に入ってすぐ、近所で遊んでいたクリフォナム人の子供達に取り囲まれるティッロとルソ。


「あっダメだよ帯を引っ張ったらダメだって…その留め金もダメ、発条式だから下手に弄ると跳ね飛んで怪我するぞっ…あ~もう…」


 未だエッラとシッポを抱いたままのティッロは良いように子供達に装備をいじくられるが、制止を聞いてくれる様子もなく、その内諦めてするがままに任せる事にした。

 子供の力で解ける程緩くは無い装備だし、子供達も弄くるのには熱心だが、取り去ったり外したりという意図はなさそうだからである。

 子供達に囲まれ辟易し、何故か腕から降りようとしないエッラとシッポに戸惑いつつ、ティッロがルソと2人で子供達の相手をしてやっていると、疲れた様子で1人のクリフォナム人と思しき若い女性がやって来た。

 ふとルソやティッロと目が合い、小さく会釈した女性だったが、顔を上げてティッロの腕の中を見るや否や、突然大声を上げた。


「ああっ!エッラ!シッポ!」

「…おかあさん!」

「おかあさああん!」


 母親のクッカも居なくなった子供を探していたのだろう、見た目にも明らかにやつれており、駆け寄ってくる姿に力が無い。


「どこ行ってたのっ!?心配したのよ!」

「ごめんなさい…」

「ごめんなさい、おかあさん」


 ようやくティッロの腕から降りた2人は、半べそで駆け寄って来た母親としっかり抱き合うが、次いで母親から叱られてしまってしょんぼりとした顔で謝っている。


「すいませんでした、ご迷惑をお掛けしたみたいで、本当に有り難うございます」

「ああ、いえ、これも仕事の内ですから。2人ともかわいかったですしね」

「そうですね、お礼を言われる程のことでは…軽かったし、大人しかったですよ」


 棒杖の受け渡しをしていたルソとティッロは、2人の母親であるクッカからそう声を掛けられて苦笑しつつそう言葉を返した。

にこやかな笑顔でそう言う2人を見ていたクッカは、少し考えた後にっこり微笑んで言う。


「では…せめてお礼を、昼の軽食はお済みですか?お済みで無ければ一緒に如何でしょうか?子供達も喜ぶと思います」

「おにいさん…もういっちゃうの?」

「………」


 断ろうと口を開きかけたティッロだったが、子供達に見つめられて言葉を失うと、傍らの先輩を見た。


「折角ですが…我々も他に任務がありまして」


 予想に違わぬ言葉を口から出す渋い顔のルソを見つつ、ティッロが密やかにため息を吐いていると、母親のクッカが子供達を離してすっと立ち上がった。

クリフォナムの北方諸族らしい長身に、長い金髪を緑色の紐で留め、じっとこちらを見つめるクッカの様子は結構迫力がある。


「是非にお願いしたいのです。子供達の恩人に何も礼をせずに帰したとあっては、私の沽券に関わります」


 こうまで言われては退くに退けない、そうならないよう母子が抱き合っている内にそっと場を離れようとしたのだが、果たせなかったのだ。

 それでなくともクリフォナムの北方諸族は名誉や体面に強い拘りを持つ。

 あまり無碍に断って関係をこじらせては今後の仕事にも差し障るだろう。

 それにクッカの剣幕も尋常では無い。

 ティッロとルソは2人で顔を寄せ合ってひそひそと話し合った。


「先輩どうしますか?何か怒ってますよ、お母さん…」

「助けて怒られるのは理に適わないが…まあ、お茶ぐらいならご馳走になっていくか…それで気が済むのなら構わないだろ…不本意だが仕方ないか」


ティッロとルソはそう結論づけ、クッカの申し出を受けることにした。


「では、お言葉に甘えて…」

「お邪魔します」


 そう言った2人に対し、クッカはそれまでの雰囲気を霧消させて笑顔で頷き、子供達がティッロに駆け寄る。


「おにいさんたち、いらっしゃいっ」

「おうちはこっちだよ!」


 全く様子の変わらなかった子供達に気が付き、今更ながらルソはつぶやきを漏らした。


「…何かやられた感があるな」

「そっすね」






シレンティウム3番街区、クッカの家


きっちり整理整頓されたクッカの家で、ティッロとルソは出された香茶に手を付けもせず、硬くなって机の隅に設えられた椅子に座っていた。


「おにいちゃん、どうしたの?」

「お腹痛いの?」


 冷や汗というか、むしろ脂汗に近いものをかきながら座っている2人に、エッラとシッポの2人が不思議そうに、そして無邪気に尋ねる。

 しかし返事は無く、首を傾げた姉弟はやがて友達に誘われて外へと遊びに行ってしまった。


「あら、どうしたのですか…折角のお茶が冷めてしまいますよ?」


 にこやかな顔のクッカにそう促され、ようやくルソが茶器を手に取り、香茶に口を付けたが、ティッロは事態の展開についていけずにいた。 


「こっちの彼はどうしたのかしらね?」

「きっと緊張しているに違いないわ~」

「まあ、そうなの?かわいいわね…」


 口々に言うのは近所の奥さん達である。

 ここ3番街区はロールフルトやセデニア、ポッシアの各部族が集まって暮している場所で、特にこの3部族はハレミア人大侵攻の影響で未亡人や未婚の女性が多い。

 工芸区に近く、彼女等は縫製業や織布業を中心とした軽作業産業の貴重な担い手であるのだ。

 シレンティウム行政府の戦災支援の一形態として実施された移住策であったが、それ故にここの女性達は常に出会いの場を求めてもいるのである。

 そんな女性達が、クッカの家に若い治安官吏が訪れていると知って続々とやって来たのだ。

 折しも時間は昼の軽食の時間で、仕事に行っていた者達も一旦家に帰ってきている。

 噂は瞬く間に広まり、遂にクッカの家は満員となったのであった。


「ねえ、センパイはもう家庭をお持ちなのかしら?」

「い、いえ、自分はまだ…」

「あらあ~良いわね…じゃあここの女性達ってどうかしら?子供はもう一番手の掛かる赤ん坊を過ぎてるから楽だし、まだまだ若いからこれから子供を作ることも出来るわよ?」

「あ、あのですね…」

「あなた子供好きでしょう?うちの子達もこんな短い間に馴染んでいるもの」

「そ、それはもちろんですが…その…」


 普段老若男女を問わず毅然とした態度で接するのが持ち味のルソが、隣に腰掛けてきた若い未亡人に話しかけられ、次いでクッカにそう補足されるとしどろもどろになってしまっている。


「おお…先輩がモテている上に、攻められっぱなしだ。すげ~」


 狼狽えるルソの姿を見てようやく事態を把握し始めたティッロ。

 ティッロは若すぎる為か奥様方の対象外なようで、時折話しかけられるがどちらかというと当たり障りの無い世間話ばかり。

 会話の内容から自分が狩猟の対象では無い事を悟った為に余裕が出来、珍しく狼狽え戸惑うルソの姿を眺めつつ香茶を飲んでいられるのだ。

 ルソは面倒見も悪くないし、責任感のある良い先輩であるけれども、杓子定規なのが玉に瑕で、それで随分と損もしている。

 上司受けも決して良くはないので貧乏クジを引かされることもしばしばであるが、決して逃げないので後輩達からはうるさいながらも頼りになる先輩として慕われていた。


「嫁さんに来てくれる人が居れば少し落ち着くんだろうけどなあ…今日だけじゃ無理かな、これは要相談だな」


 今日の出来事を踏まえた上でティッロは他の先輩や同期、後輩を巻き込み、ルソを何とか家庭的に片付けようと決心する。

そうして尚も攻め立てられてたじたじのルソを見ながら、美味しいお茶を楽しむティッロであった。


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