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元老院皇帝執務室の怪~マグヌス帝と名も無き料理人~

 私は元老院厨房に務める料理人ですが…  

 最近良くない噂を耳にします。

 もちろん今の帝都で良いお話など全く聞きませんが、それでもなお身近にあるだけに良くないと感じられるお話です。


 マグヌス陛下が既にお亡くなりになっているという噂です。


 もちろん、根も葉もない噂話に過ぎません。

 なぜなら毎日こうして私がお食事を用意して、皇帝執務室へお持ちしているからです。

 身分の低い私は直接お目通り頂けませんが、きっちりお部屋の前にまでお食事をお持ちし、そして食器をお下げしておりますので間違いありません。

 マグヌス陛下はきっちり食事を召し上がっているようで、下げる食器にはパンくず一つついていません。

 私は普段厨房に勤めているのですけれども、最近は闇の組合員の方々の監視が厳しく仕事に差し支えてしまうほどです。

 ルシーリウス卿や他の貴族派貴族の方々は毒殺を非常に恐れていらっしゃるようで、闇の組合員や私兵の方々が逐一私たちの調理に立ち会いをしているのです。

 お陰で給仕係の者達が怖がって逃げてしまいました。

 私たちは調理の仕事でしたので、逃げ遅れてしまったと言った方が良いかも知れませんけれども、帝都の市街へ戻ったところで仕事はありませんし、街に屯している無頼のやくざな私兵に目を付けられて酷い目に遭わされるかも知れない事を考えれば、ここで怯えながらでも調理や給仕をしていた方が良いと考えたからでもあります。

 そんな訳で仕事の負担は増えてしまいました。

 給仕も私達がしなければならなくなったからです。


 今日も私は自分で調理した食事を皇帝陛下の元にお運び致します。

 はあ、高貴な方に直に接しないでも良いお仕事でしたので、それなりに楽なはずが…

 まさかこんな事になるとは思いもしませんでしたけれども、これでも料理人の端くれ。

 自分の仕事に誇りを持っておりますし、その仕事を蔑ろにしたり、無駄にしたりするような真似は誇りに悖ります。

 廊下で会う私兵や闇の組合員も私たち元老院厨房の者達には特段注意を払う事はありません。

 戦う術も逃げる術も無い私たちですから、当然と言えば当然です。

 時折私の方を見てびくっと身を震わせている人が居ますがまあ、滅多に人が通る場所ではありませんからおざなりに警備をしているところを見られてばつが悪かったのでしょう。

 若しくは上官が来たと勘違いしたのかも知れません。

 いずれにしても関わり合いになりたくないのは私の本意ですから、そのままいつも無視して通り過ぎます。

 私は元老院厨房の料理人、仕事はきっちり全うしなければなりません。


 皇帝陛下の執務室に到着しました。

 何時もここまで来るのに緊張しているせいか、途中の道順も朧気にしか覚えていません。 長くは無いとは言え、既に数年間勤めた元老院、おかしな話ですが人間緊張するとこんな事も起こり得るのでしょう。

 私はいつも通り室内に声をお掛け致します。


 皇帝陛下、お食事をお持ち致しました。

 うむ、ご苦労…そこへ置いておいてくれ。いつも済まんな。

 いえ、仕事ですので…

 そうか…

 では、失礼致します。

 うむ、達者でな…それと、本当に済まんな…


 今日は珍しくお声を掛けて頂きました。

 なんという名誉でしょうか!

 高貴なお方に直接口をきけるのは、元老院厨房でも料理長や給仕長と言った上役だけ。

私のような一市民である勤め人にお声を掛けて頂ける事など殆ど無いのです。

 ああ、今日はきっと良い一日になるでことしょう!


 うきうきしながら部屋の前を離れます。

 警備の私兵は相変らず無愛想でにこりともしません。

 こんなうら若い乙女が来ているというのに、ちらりとも視線を動かさないのです。

 ふんだ、あなたなんか相手にしている暇はありませんから!

 いつも通りの負け惜しみを心の中でつぶやき、廊下を厨房へと急ぎます。

 

 只今戻りました…って、また誰も居ない…

 いつも私が出勤すると誰も居ないのです。

 ふと、嫌な予感がよぎります。

 私は急いで皇帝陛下の執務室へと戻ります。

 いつも間にか辺りは暗くなり、元老院の廊下にはランプや蝋燭で明かりが点されています。

 おかしい…こんなに遅くまで仕事をしていた覚えはありません。

廊下の角で闇の組合員と鉢合わせましたが、その方はぶるっと震えただけで何事も無かったかのように行ってしまいました。

 ああ、びっくりした…てっきりぶつかったと思いましたのに…

 と、今はそれどころではありませんでした。

 マグヌス陛下の無事を確かめなければ!

 

 幸いにも見張りの私兵は居眠りをしています。

 これ幸い。

 私はそっと皇帝陛下の執務室へと滑り込みます。

 本来であれば許されない事ですが…この非常時です、構ってなどいられません。

 部屋は真っ暗。

 中には簡素な寝台と、小さな執務机があるだけの殺風景なお部屋です。

 とても西方帝国を統べる皇帝陛下のお部屋とは思えません。

 もっとも、今はルシーリウス卿が元老院を押えて帝国を牛耳ってしまっていますので、皇帝陛下は監禁されているのですから無理もありませんが…

 私が声をお掛けしようとしたところ、寝台から皇帝陛下のお声がしました。


 …そなたか、もうここへは来るでないと申したであろう…


 え?どういう事でしょうか?


 …哀れな…迷ってしまったか、無理も無い突然の事であったからな。


 意味が分かりません、皇帝陛下は…な、なにを仰っているのでしょうか?


 思いださんか?自分の身に起こった事を…では、我が身を見るが良い。


 恐れ多いですが、今自分の身に起こっている事を理解するにはそれ以外に方法がなさそうです…意を決して寝台に近づきます。

 !!

私の視界に飛び込んできたのは、すっかりひからびてしまった、皇帝陛下の…!!


 こ、皇帝陛下っ!!そ、そのお姿はっ!!?


 …見たか…では、下を、床を見るが良い…


 驚愕で立ちすくむ私に優しい皇帝陛下の声が…

 全く動かない、ひからびてしまった皇帝陛下の御遺体から聞こえてきます…!

 しかしその優しい声に導かれるように視線を落とした私の目に映ったのは、こちらもすっかりひからびてしまった、料理人服を身に着けた若い女性…………私…………


 あああああああああああああああああああああ


「おわあっ!!?」

 部屋から突然響き渡った若い女性の悲鳴に驚いた私兵。

 居眠りしていた事を後悔しながら慌てて皇帝執務室の扉にかかった錠前を持っていた鍵で外し、近くのランプを取って中を検めるが、何も異常は無い。

 あるのは寝台に横たえられ、ひからびた皇帝マグヌスの遺体と、皇帝の遺体を発見してしまった若い料理人の死体と散乱した食器だけ。

 両方とも当然ながら動いた様子はない。

「…なんだよ、何も無いじゃないか…」

 げんなりした表情で2つの死体を見た後、兵士は錠前を再びしっかり閉めると廊下を振り返った。

「ぎゃああっ!!?」

 振り返った兵士のその顔先に、料理人服を着た女性が血まみれで食器の並べられた盆を持って立っていたのだ。

 腰を抜かした私兵を無視し、その女性はすうっと消える。

「じょ、冗談じゃねえぞっ!」


 夜な夜な皇帝執務室へ食事を運ぶ、哀れな料理人。

 彼女こそ皇帝の遺体を発見してしまい、ルシーリウス卿の命令で殺害された食事係であった。

 私兵達は皇帝執務室の警備を嫌がったが、警備はせざるを得ず、毎夜違う人間が充てられたため、噂は直ぐに広まったと言う。

夏っぽいお話をと、思いつきました。

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