第六話
「姉ちゃん。明日の練習試合、観に来るんだって?」
日曜日が明日に迫った、土曜の夜の事。洗面所で、明日の為に念入りに化粧水を染み込ませていた私に、愁斗がそう言って話し掛けてきたのだ。おそらく、水華から聞いたのだろう。
「そうだけど。」
「どうしてまた、観に来ようなんて思ったの?今までバスケ部には、一切近づいて来なかったのに。」
愁斗は、少し不機嫌そうな顔をしていた。何故、そんなに不機嫌そうな顔をするのだろう。
それにしても、愁斗の顔を久しぶりにちゃんと見た気がする。いや、毎日顔を合わせ会話もしていたのだが、自然と私が愁斗を避けていた。話はするも、正面向き合って愁斗を顔を見ていなかったのだ。
「・・・健矢さんを観に来るの?」
愁斗の言葉に、私はカッと顔が赤くなった。何故愁斗が、その事を知っているのだろう。一体いつから気づかれていたのか、私は柄にも無く動揺した。そんな私を見て、愁斗は不機嫌さを増す。
「やっぱり姉ちゃん、健矢さんの事・・・」
「愁斗には関係ないでしょ。」
そう言って私は、愁斗から逃げるようにして洗面所から出た。去り際に見えた愁斗の顔は、少し寂しそうに見えた。
練習試合当日。体育館には休日というにも関わらず、多くの人で賑わっていた。そのほとんどが女の子で、おそらく愁斗目当ての人達だろう。皆バッチリと化粧をしていてキラキラと輝き、戦闘態勢充分といった感じだ。私もいつもより念入りに化粧をし、髪型も軽くセットしてきたが、彼女達と比べると、それはもう雲泥の差である。
(あの群れの中に、入りたくない。)
そう思うも、二階の観覧席でしか試合を観る事が出来ない為、彼女達に交ざらなければ、健矢君の試合を見る事が出来ない事に気づく。キャッキャと騒ぐ女の子達に気後れしながらも、私は負けじとその中に入って行った。
(健矢君の試合、見逃してたまるか!)
楽しみにしていた試合、絶対に見逃してはならない。意気込みだけで進んでいくも、私は香水臭さで鼻が曲がりそうだった。
人込みを掻き分けヘトヘトになるも、ようやく私は隅っこだが見渡しの良い場所をゲットした。
(健矢君は、何処にいるんだろう。)
そう思い、私はコート内を見回す。コートには試合前のウォーミングアップの為、多くの選手が入り乱れていた。愁斗が持っていたユニホームの色は黒だったので、健矢君も黒色のユニホームを着ている筈だ。黒色のユニホームを着た選手を重点的に探していると、彼はバスケットゴール付近に立っていた。ボールの感触を確かめるかのようにドリブルをしていて、そしてゆっくりとボールを放つ。綺麗なフォームで放たれたボールは、綺麗な弧を描き、気持ちの良い音を鳴らしてゴールに吸い込まれていった。
(すごい!)
無駄のない華麗なシュートに、私は暫らく見惚れていた。
その後健矢君は、近くに居た仲間とドリブルやパスをし合ったりして、楽しそうに過ごしていた。試合前だが笑顔が見られ、大分リラックスしているようだ。
(笑ってる。かっこいいなぁ。)
そうして、楽しそうにしている健矢君を見ていた時だった。ふと視線を感じ、視線の感じた方へ目をやると、ボールを手にした愁斗が静かにこちらを見ていたのだ。その表情があまりにも無表情で、私は思わず息を飲む。
(な、何なの?)
私は直ぐに、愁斗から目を逸らした。どうして、あのような目を向けられなければならないのか。昨夜の事といい、愁斗の事がサッパリ分からなかった。
一人モヤモヤとしていると、ホイッスルが鳴った。各学校で最後の確認を終えると、スターティングメンバーがコート内に入る。そのメンバーの中には健矢君は勿論、一年生の愁斗も入っていた。愁斗は健矢君の方に近づいていき、二人は親しそうに話をし出した。
(健矢君と愁斗って、仲良かったんだ。)
二人は先輩後輩という間柄だが、今の姿を見ていると、とても信頼し合っているように感じられた。
(なんだかなぁ・・・)
そんな二人を、私は複雑な思いで見つめる。
そして体育館に、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。