第五話
愁斗が転校して来てからというもの、私は皆から、愁斗の姉としてしか評価されなくなっていった。私の方が、この学校に先に居たにも関わらずだ。何時しか私の周りには、愁斗を目的とした人達しか集まらなくなった。友達だと思っていた子達も、心は皆私から離れていった。愁斗が本当に良い子なのを知っている私は、彼を憎む事も出来ず、それは苦痛の日々だった。
中学校を卒業し高校へと入学した私は、肩の力を下ろし自由を満喫していた。高校は、同じ中学の人が三人しか行かない公立高校を選んだ。本当は、同じ中学の人が一人も行かない高校が良かったのだが、それだと必然的に私立高校になり、費用の面で母に迷惑は掛けたくなかった。とは言え、同じ高校になったその三人は、私とは全く免疫がなく大人しい人達ばかりだったので、私はひとまず安心した。
高校は楽しかった。此処には愁斗も居なく、私に近づく人達の中に愁斗目当ての人も居ない。全てが順調だった。私が高校二年生になるまでは。
愁斗が、私と同じ高校に入学する事になったのだ。愁斗はバスケットボール部に所属しており、頭の良い私立高校からスポーツ推薦を受けていたので、私はてっきり、その私立高校に通うのだと思っていた。確かに私の高校のバスケ部も比較的強いが、その私立高校程ではない。愁斗に理由を聞くと、私立はお金が掛かると言うのだ。和彦さんも母も、お金の事は心配しなくていいと言うも、愁斗は聞かなかった。
結局私はまた、愁斗と同じ学校に通うはめになったのだ。また中学の時のように惨めな思いになるのかと、私は一人落ち込んだ。
「また、女の子から呼び出しがあったらしいわよ。あんたの弟もやるわねぇ。」
お昼休憩。私の目の前でお弁当を食べていた女の子が、呆れたようにそう言った。彼女の名前は、宮野水華。私が愁斗の姉と知っても、態度を変えなかった数少ない女の子である。サバサバとした性格で、下心ばかりだった人達の中に身を置いていた私にとって、彼女の隣に居る事はとても居心地が良かった。彼女はバスケットボール部のマネージャーをしており、私には自然と愁斗の情報が入ってくる。
「そうみたいだね。」
素っ気無く返すも、水華は特に気にした様子も無く玉子焼きを口に運ぶ。私の様子から薄々何かを感づいてはいるようだが、決して口には出さず、また愁斗の話題を避ける事もなく普通に接してくれた。私には、そんな彼女の存在が有り難かった。中学の時のように愁斗目当ての人達は後を絶たないが、彼女が傍に居てくれたお陰で、憂鬱になりかけていた高校生活も楽しく過ごせていたのだ。
「そういえば、今度の日曜日に練習試合があるんだけど・・・」
そう言った水華に、私はガバッと顔を上げる。水華はニヤニヤとしながら、こちらを見ていた。
「っ!」
「凛も見に来るでしょ?健矢出るよ。」
その言葉に、私は顔を赤らめた。
私には、好きな人が出来ていた。担任に頼まれ、部活中の水華にプリントを渡しに行った時の事だ。本当は愁斗がいるバスケ部には近づきたくなかったが、水華が困るといけないので渋々と体育館に向かった。体育館の周りには、沢山の女の子達がいた。きっと、愁斗目当ての人達だろう。体育館に近づくのが億劫になっていた時、丁度水華が体育館から出て来たのだ。私は、すぐさま水華に近づいた。特に目立つ事もなく、無事に水華にプリントを渡せ、早々に立ち去ろうとした時だった。ふと体育館の方に目をやると、私は一人の男の子に目が釘付けになった。それは、隣のクラスの立花健矢。相手のディフェンスを軽やかにかわし、華麗にゴールを決めるその姿に、私は一瞬にして恋に落ちた。
そんな私を見ていた水華には、直ぐにバレてしまった。水華は、感が鋭いのだ。それからというもの、彼女は彼の情報を私に流してくれたり、彼と話が出来るよう計画してくれたりと、色々と協力してくれるようになった。健矢君は隣のクラスだが、今では水華のお陰で、気さくに話を出来るようにまでなっていた。たまに、水華と三人で遊んだりもする。彼女には、本当に感謝だ。
未だにニヤニヤとしている水華を横目に、私は日曜日の事で頭がいっぱいになっていった。