第四話
少し回想シーンに入ります。
私は幼い頃に父を亡くし、母は女手一つで私を育ててくれた。父がどんな人なのか、私は全く覚えていない。私はずっと母と二人きりで生活をしてきたが、周りの友達には皆父親がいる。私は母が傍に居てくれるだけで良かったが、母は一人で大丈夫なんだろうか。幼いながらにそんな事を考えていた私は、ある日突然母に尋ねてみた。お母さんは、お父さんが居なくて寂しくないのかと。すると母は、笑いながらこう言った。寂しくなんてないよ。だって、凛ちゃんが居てくれるもの。凛ちゃんが居てくれれば、お母さんは他には何もいらないのよ。母も私と同じ気持ちだったと知り、私はとても嬉しかった。
しかし、転機は訪れる。私が中学二年生になった春の事。母が私に、こう切り出してきたのだ。
「凛ちゃん。お母さん、再婚しようかと思ってるんだけど。」
そう言って、母は少し恥ずかしそうに笑っていた。突然の事で少し驚きはしたが、今まで女手一つで私を育ててくれた母だ。これからは私が、母に恩返しをしていかなければならない。母が幸せになるのなら、私は何も構わなかった。心の奥底に芽生えた、小さな小さな闇には蓋をした。
それから暫くして、母は一人の男の人と、私と同い年くらいの男の子を連れてきた。
「凛ちゃん、こちらが堺田和彦さん。それから、息子さんの愁斗君よ。愁斗君は凛ちゃんの一つ年下で、中学一年生なのよ。」
母が私に二人を紹介し、和彦さんが私に挨拶をしてきた。
「これからよろしくね、凛ちゃん。」
「よろしくお願いします。」
そう返事はしたものの、実のところあまり聞いていなかった。和彦さんも結構な男前だが、息子の愁斗君が私にとっては、とても衝撃だったのだ。私は今まで同世代の男の子で、こんなに格好良い男の子を見た事がなかった。パッチリ二重の大きな目、スッキリとした鼻筋に、形の良い唇。身長は私よりも高く、体は程よく鍛えられていた。髪は茶色に染めていて、ワックスで綺麗に整えられている。全てにおいて、整っていたのだ。まるで、芸能人を間近で見ているようだった。
「よろしく。姉ちゃんって呼んでいい?俺の事は、愁斗でいいよ。」
愁斗君は笑顔でそう言い、私に手を差し出してきた。
「う、うん、いいよ。こっちこそ、よろしくね。」
少し緊張しながらも、私はその手を握り返した。
和彦さんは、私達が住んでいたマンションの近くに、新築の一軒家を購入し、私達四人はこれから其処で生活する事となった。和彦さんと愁斗は元々隣の市に住んでいたらしく、愁斗が転校するという形で同居問題は落ち着いた。愁斗は今通っている学校には、通い始めたばかりという事もあり、それ程執着はないらしく、転校したくなかった私にとっては、とても有り難い話だった。
堺田家は、愁斗が幼い頃に和彦さんが奥さんと離婚してから、ずっと二人きりで生活してきたらしい。母と和彦さんは、仕事の取引先で出会ったそうだ。それがきっかけで、二人は必然と会う機会が増え、そのまま再婚に至ったという。そして、私は堺田凛となった。私は中学二年生、愁斗は中学一年生の暑い夏の事だった。
愁斗は見掛けだけでなく、とても良い子だった。無垢な笑顔、素直な心、そして自分の意思に真っ直ぐな瞳で、私を見つめてきた。ずっと兄弟が欲しかったと言って、私の事をとても慕ってくれた。そんな愁斗に、私も悪い気はしなかった。
私の学校に転校してきた愁斗は、とてもモテた。それは、そうだろう。容姿端麗、性格良好。更に愁斗は、頭も良く運動神経も抜群だった。これでは、女の子が放っておく筈が無い。
「愁斗君に、渡してくれない?」
私達が義姉弟になった事は、直ぐに周りに知れ渡った。私経由で、愁斗にプレゼントを渡そうとする子が、後を絶たない。また、愁斗に近づく為に、私と友達になろうとする子まで出てきた。人気者の義弟を誇らしく思う気持ちと同時に、私の心の奥底には黒いシミが増えていった。