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第三十二話

「わぁ!」

 海賊船の手摺りから身を乗り出し、私は感嘆の声を上げた。

 あれから三日後、私達はトラス島へと到着していた。港に到着してまず初めに私が驚いた事とは、それは人の多さであった。港にはこの船程大きなものはないが大小様々な船が停泊しており、人々が荷を積み込んだり下ろしたりする作業をしていた。この世界の殆んどの人々がインフェクターになってしまったと思い込んでいた私にとって、この人の多さはとても衝撃的だったのだ。

「気候の違いから、島によってそれぞれ特産品が異なる。島に住まう海の者達はこうして島同士を行き来して、特産品の売買または物々交換をし合っているのさ。」

 隣にいたセインが、そう説明してくれた。なるほど、持ちつ持たれつという訳だな。

 港付近は人や荷物が通れる最低限の通り道を残して、後は果物などが詰められた木箱や樽などで溢れ返っており、かなりゴチャゴチャした印象を受ける。そのゴチャゴチャゾーンを抜けた先には、人々が住んでいるだろう居住区らしき建物が見え、露店なんかも数多く並んでいた。また居住区外には、オレンジ色の果物が実った木々が植えられた畑のようなものもある。以前ロディがトラス島はマクティルの栽培が盛んだと言っていたので、恐らくあれはマクティルの木だろう。

 全体的に、そんなに大きな島ではないようだ。それでも人々の活気が溢れ、威勢の良い掛け声が響く平和な島といったところだろうか。上陸が凄く楽しみである。

 上陸の用意をしている海賊達を横目に、私は胸がドキドキして逸る気持ちを抑える事が出来なかった・・・



「セイン様、お久しゅう御座いました。」

「あん、イスト様。もう来て下さらないのかと。」

「寂しかったですわ、ロディ様。」

 ・・・筈だったのだが、港へ降り立った途端この島には似つかわしくないお色気ムンムンな妖艶美女達に取り囲まれ、そんな気持ちはあっという間に吹き飛んでしまった。一体何処から出現したんだ、この妖艶美女達は。露出の多いドレス、高価な宝石、優美な化粧、妖しい香り。彼女達のあまりの色香に、思わずクラクラしてしまった。また彼女達のあまりのナイスバディさに、思わず自分の胸と比べてしまった。寂しいな、おい。

 女の私で既にこうなのだから、海賊達にはそれはもう堪らない事だろう。寄り添ってきた彼女達にイストは手慣れた手付きで括れた腰に手を回し、ロディに至っては腰ではなく胸に手を回している。あれ、私の目が可笑しいのかな?揉んでますよね、あれ。私の見間違いじゃないですよね?それに何やら、如何わしい言葉も聞こえてきますが。エロオヤジか、おまえは!

 目の前で繰り広げられる破廉恥な出来事に恥ずかしくなった私は(なんで私が恥ずかしがらなくてはならないんだ)、すぐさま視線を反らす。しかし、それが不味かった。反らした視線の先にはセインが居て、金髪の妖艶美女と口付けを交わしていたのだ。


 ドクン


 私の心臓が、やけに大きな音を立てて鳴り始めた。心なしか呼吸もしにくい感じがする。

(どうしちゃったんだろう、私。なんか凄く嫌な気分だ。)

 セインと口付けを終えた金髪妖艶美女は、その後流れるような仕草でセインの腕に己の腕を巻き付けた。その瞬間セインと目が合いそうになったが、私はすぐさま視線を逸らす。

 私なんかがセインと並ぶより、二人はどこからどう見てもお似合いだった。ドロドロとした感情が湧き上がってくるのを感じたが、私はそれに気づかない振りをした。そうだ、今まで彼等幹部達は私に、比較的気安い態度で接してくれていた。きっと彼等の『男』とした部分に触れた事がなかった為に、少々違和感を感じているだけに違いない。きっとそうだ、うん。

 そんな事をモヤモヤと考えていた私に、突然艶やかな声が降り注いできた。

「あら、あなた。セイン様の船に乗っていたの?」

 なんと金髪妖艶美女が、私に話し掛けてきたのだ。突然話し掛けられ少し身構えるも、思いのほか優しい声色に少しだけ拍子抜けする。「こんな普通の娘が、セイン様の船に乗っていただなんて。身の程知らずにも程があるわ!」などと罵られ、蔑むような目で見られるのを想像してしまったのだ。第一印象だけで判断してしまったのがいけないのか、それともただ単に漫画の読み過ぎなのか。うん、注意しよう。

「・・・はい。」

 たどたどしく答える私を、他の妖艶美女達も興味深そうに見ている。しかしそれは値踏みするかのような嫌な視線ではなく、ただ純粋に興味があるような視線だった。どうやら海の者である彼女達も、とても気安い性格らしい。綺麗で性格も良いだなんて、羨ましい限りだ。

「その髪の色、それに瞳も。もしかして、あなた・・・」

 金髪妖艶美女はそう言うと、確認を取るかのようにセインの方へと目を向けた。セインは口元に笑みを浮かべるだけで何も言わなかったが、金髪妖艶美女はそれだけで何か解ったようだ。

 彼女はセインから視線を外しゆっくりとこちらへ歩いてくると、誰をも魅了するような優美な笑みを浮かべてこう言った。

「ようこそトラス島へ。私はリテと申しますわ。よろしくお願いしますわね、異界の乙女。」

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