第二十九話
下っ端海賊の報告を受けてから、私はイストと共に甲板の上へとやって来た。今日もとても良い天気で、青い空に真っ白な雲が気持ち良さそうに浮かんでいる。波も穏やかで、水平線には一筋の歪みもなかった。
既に甲板の上には、ロディやアロンやレス、それに他の海賊達も集まっていた。もしかすると、居ないのはセインくらいかもしれない。皆一様に同じ方角を見ており、私もそれに釣られてそちらの方角に目を向ける。どこまでも続く水平線を見渡すと、遠くの方で一艘の舟が見えた。それは二、三人乗れば一杯になってしまいそうな小さな舟で、誰かが一人乗っているようだった。舟は、どんどんこちらに近づいて来る。
(あの舟は?)
そう思い皆の顔を伺うも皆一様に真剣な表情をしており、とてもじゃないが気安く尋ねられる雰囲気ではなかった。ロディやレスのような、幹部クラスくらいだろうか。彼等だけは、少しだけ楽しそうな顔をしている。
揺らぐ事なく真っ直ぐにこちらへと近づいてきた小さな舟は、ゆっくりとこの海賊船に横付ける。どんな人が乗っているのか気になり、手摺りから身を乗り出して舟を覗き込もうとするも、その行為はイストによってやんわりと制された。
(何をするのだ!)
そう思いイストを振り返ったのだが、その瞬間私が覗き込もうとしていた辺りの手摺りにロープ付きの鉤爪が飛んできたのだ。ガシャンと勢い良く手摺りに引っ掛かった鉤爪にビクっとしてしまった私は、思わずイストの服を掴んでしまう。頭上からイストの含み笑いが伝わる。ちょっとお待ちなさい。断じて、私はビビった訳ではない。ほんの少しばかり驚いただけだ。
心の中で一人言い訳をしていると、鉤爪に付いたロープが軋み誰かがよじ登ってくるのが分かった。一体どのような人物なんだろうか。私は少しドキドキしながら、その人物の登場を待った。
手摺りを飛び越えカタっと小さな音を立てて甲板に降り立った人物は、私の想像していた人物像とは全くもって異なっていた。おじさん、もしくは精々ロディくらいの若い兄ちゃんだろうと思っていたのだが、目の前の人物は明らかにそれとは掛け離れていた。一言で言い表すのなら、少年。私よりも背が低く幼さの残るその顔立ちは、この海賊船にはとてもじゃないが似合わない。茶髪の長い髪の毛は後ろの下の方で一つに纏められており、また釣り目の青い目のおかげで幼さ残る顔立ちが少しばかり緩和され僅かに大人の雰囲気を醸し出していた。更に腰には少し短い剣が二本、クロスするように差されている。
本当に、何もかもが予想外の人物の登場だった。
「ご苦労だったな、メース。」
突然隣から聞こえてきた声に、私は思わずビクっとなる。その声の正体は、セインだった。先程まで此処には居なかったのに、急に現れるなんてビックリするではないか。気配を消して近づいてくるのは禁止だ!
そんな私の心の声を知る由も無く、二人は話を続ける。
「はい、只今戻りました。遅くなり申し訳ありません、船長。」
「いや、無事で何よりさ。」
初めて聞いた彼の声は彼の容姿の通り、まだ声変わりを終えていない少年特有の高めの声だった。
少年を見ていてまず第一に感じた事は、感情の起伏の無さであった。まだ出会ってほんの数分しか経っていないが、この少年はあまり感情が表に出ない子なんだと何故か頭の奥の方ですんなりと納得してしまった。
背が低く高めの声、釣り目で無表情。これらが組み合わさり、子どもっぽいのか大人っぽいのか分からなくなってしまう。先程も下っ端海賊とはいえ、大人の海賊に『さん』付けで呼ばれていたし。恐らくこの少年も幹部クラスで、相当強いに違いない。海賊社会の強弱は、年齢に関わらず実力で決まるようだ。
そんなこんなを色々と考えていた私は彼をジッと見過ぎていたらしく、そんな私の視線を察した彼とバッチリと目が合ってしまった。
「あんた、誰?」
無表情ながらも少しキョトンとした感じで、そう問い掛けてくる少年。私は何と答えようか思案していたのだが、その考えは彼の次の一言で一瞬にして全て吹き飛んでしまった。
「船長の新しい女?」
「違います!」
静かで穏やかな大海原に、高らかに私の声が響き渡った。