第二十八話
セインの海賊船に拾われてから、既に一週間が経過していた。あれから私は何をするでもなく、船の上で平和な時を過ごしている。下っ端海賊達に襲われそうになった教訓を活かして、セインやロディ、イストやアロン達の傍に居るようにして、なるべく一人にはならないようにしていた。
本当に平和だった。平和過ぎて、この世界が崩壊の危機に面しているだなんて信じられないくらいだった。だが、そんな平和も唐突に終わりを迎える。
「メースが帰って来たぞ!」
それは、一人の海賊の言葉から始まった。
現在、私はイストの部屋に居る。窓の傍にある椅子に腰掛けながら、私は部屋の中の様子を観察していた。イストの部屋は、なんというかその・・・かなりゴチャゴチャとしていた。イストが腰掛けている椅子の直ぐ傍にある小さな作業台には、様々な種類の槌や何かを挟むような器具が無造作に置かれている。床に置かれている大きな箱の中には、長細い鉄の塊らしき物がズッシリと詰め込まれていた。そしてこの部屋がゴチャゴチャとした印象を受ける最大の理由は、壁一面に様々な武器が飾られている事だった。長剣や短剣、斧などが飾られており、壁だけでは納まらず机の上や棚の中、果ては床の上にまで所狭しと並んでいる。
以前、イストは鍛冶屋だったらしい。彼は長細い鉄の塊と槌を持って、何やら作業していた。
「これは、何?」
私は作業台の直ぐ傍に置かれている壺のような物を指差して言った。壺の中は赤く染まり、かなりの熱を持っている事が分かる。
「あぁ、これか。この中には、火の魔術が施されたクォーツが入っているのさ。魔術で壺の中を鉄が熔化する温度まで上げ、この中に鉄を入れて柔らかくする。そしてその柔らかくした鉄をこの槌で叩いて、武器の形に仕上げていくんだ。」
「へぇ。」
そう言うとイストは、壷の中に入れた事により熱を持って真っ赤に染まった長細い鉄の塊を槌で叩き始めた。小気味の良い音が、部屋中に響き渡る。職人的な事はよく分からないが、真剣な表情で作業しているイストは抜群に格好よかった。良いねぇ、渋いねぇ、格好良いねぇ。大人の男だねぇ。
そんな阿呆な事を考えながら、ガン見していたのがいけなかったのだろうか。私の視線に気づいたイストが、悪そうな笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。ちょ、ちょい悪オヤジ!
「なんだ、嬢ちゃん。俺に惚れたか?」
もちろん、惚れてます!イストには、初めて会った時に大人の落ち着いた笑みを見せてもらってから、ずっとキュンキュンしてます。
勿論そんな事を堂々と告白出来る筈もなく何も答えずにニコニコとしていると、イストは仕方が無いといった感じで小さく笑った。あぁ、そんな表情も素敵です。
「そうだ、ブルークォーツ・・・前に預かった海のクォーツだがな。大まかな細工は施したんだが、後は細かい修正だな。それが終われば、完成する。」
セインから貰った海のクォーツの事だろう。ブルークォーツとも言うのか。
あ、そうか。イストは鍛冶をしているから、細かい作業が得意なのか。顔に似合わないとは思っていたが、それなら納得だ。
「まぁ、楽しみにしてるんだな。」
「うん!」
もうすぐ、完成するのか。あの綺麗なクォーツが、どうなるのか凄く楽しみだ。
再び作業を始めたイストを、何気なく眺めていた時だった。真剣な表情で作業していたイストが、突然鋭い視線を扉の方に向けたのだ。イストの突然の行動に驚き、思わず私も扉の方に視線を向ける。すると遠くの方から、誰かがこちらに向かって勢い良く走ってくる足音が聞こえてきたのだ。廊下に置いてある木箱や樽なんかに当たりながら走っているようで、物凄い音が聞こえてくる。相当慌てているようだ。
そして、その足音はこの部屋の前で立ち止まったかと思うと、激しく扉をノックしてきた。
「イストさん、大変です!開けて下さい!」
「なんだ、騒々しい。」
少し面倒臭そうな顔をしているイストが、扉を開けに行く為に椅子から立ち上がった。扉が開くと同時に転がるように飛び込んで来たのは、下っ端海賊だった。凄く汗を掻いており、本当に慌てていたようだ。
「一体、どうしたってんだ。」
面倒臭そうな顔をしていたイストも、下っ端海賊の慌てっぷりを見て只事ではないと判断したのだろう。少し真剣な顔になっていた。
乱れていた息が整い始めた下っ端海賊が、真剣な表情でイストを見ている。そして小さく深呼吸をすると、口を開いた。
「メースさんが帰って来ました!」
それを聞いたイストが、少し驚愕の表情を見せる。イストのそんな表情を初めて見た私は、これは本当に只事ではないのだと何も分からないながらに感じていた。