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第二十六話

 アロンに連れて来られたのは、清潔感のある一つの部屋だった。入ってすぐの左の壁一面に大きく取り付けられた棚には、何やら液体や粉末の入った様々な大きさのガラスのビンが並べられている。右の奥の方にはベットが三つあり、キャスターが付いている四角い台車の上には、包帯やガーゼ、ピンセットなどの医療セットが置かれていた。右の手前の方には机と椅子もあり、机の上にはカルテのようなものまで置かれてある。まるで診療所みたいだ。

「此処は?」

「私の仕事場です。」

 周りをキョロキョロと見回しながら、私はアロンに質問する。私の問い掛けにアロンは、棚に並べられているガラスのビンの中から、粉末の入っている小さなビンを取り出しながら答えてくれた。

「仕事場って事は、アロンはお医者さんなの?」

「まあ、そういう事になりますね。」

 なんと、アロンはお医者さんだったのか。確かに優しくて丁寧な言葉遣いのアロンは、お医者さんに向いている気がする。こんな先生が病院に居てくれれば、凄く安心だ。まあ、先程の氷の微笑は別として・・・

 冷淡な微笑を思い出し思わず身震いをしている間に、アロンは先程の小さなビンの中から粉末を取り出して秤のような物の上に乗せていた。重さを量っているらしい。ビンの中に入っている液体や粉末は、どうやら薬のようだ。

 その後アロンは量り終わった薬を小さな紙に包むと、コップに水を入れて薬と一緒に私の方に差し出してきた。

「リン、これを飲みなさい。」

「これは?」

「二日酔いの薬です。頭が痛むのでしょう?」

 さすがお医者さんだ!アロンの前では痛い素振りを見せていない筈なのに、二日酔いで頭が痛い事がバレている。まあ昨日の私の様子を見ていれば、誰にでも分かる事か。

 昔から私は、薬があまり好きではない。あの苦味を思い出すだけで、顔をしかめてしまう。確かに頭は少し痛いが、我慢出来ない程ではないのだ。

「飲まなきゃ駄目?」

「飲まなくても構いませんが、あの様子からするとリンはお酒を飲んだのは初めてでしょう?マクティルのアルコールは少し性質が悪いので、その頭の痛みは長引くと思いますよ。」

 アロンの言葉を聞いて、私はガックリと肩を落とす。確かに我慢出来ない程ではないが、痛みが長引いてしまうのは少し辛いかもしれない。くそ、ロディめ。本当に覚えていろよ。

 飲むか飲まないか悩みに悩んだ末に、私は渋々アロンから薬を受け取った。そしてしばらく薬と睨めっこしていた私だったが、意を決して一気に咽喉の奥に流し込む。

(苦い!)

 口中に広がる苦味に必死に耐えている私に、アロンは小さく笑った。

「口直しに、美味しいお茶でも淹れましょうか。リン、とりあえず座りましょう。」



 開け放たれた窓から、風が塩の香りを運んでくる。ベタベタするから嫌いという人もいると思うが、私はこの海風が好きだった。

「このお茶、凄く美味しいよ!」

「ありがとうございます。」

 あれから私は椅子に腰掛けて、アロンが淹れてくれたお茶を飲みながらマッタリと過ごしていた。アロンも、私の向かいに座ってお茶を飲んでいる。薬を飲んだお陰か、頭の痛みが少し楽になった気がする。アロンに感謝だな。

 しばらく二人で穏やかな時を過ごしていたのだが、潮風を身体に受け目を細めていた私にアロンが静かに話し掛けてきた。

「・・・リンは魔術が使えない事に対して、何か理不尽な思いをした事はありませんか?」

 突然のアロンの質問に、私は少し驚く。一体、急にどうしたのだろうか。アロンのその目からは、何も読み取る事が出来なかった。

「うーん、私の住んでいた世界では魔術や魔法なんかは架空の想像上のものだから、理不尽な思いはした事がないかな。だって、皆使えないから。」

 アロンの意図はよく解らなかったが、私は正直に思いのまま事実を答える。そんな私の答えに、アロンは少し目を見開いた。

「そうなんですか・・・そうか、そうですよね。」

 そう言ったアロンの表情が少し寂しそうで、私は思わず彼の顔色を窺ってしまう。そんな私の様子に気づいたのか、アロンは小さく苦笑を漏らした。そして一度何かを考えるかのように下を向いたかと思うと、すぐにゆっくりと顔を上げ真っ直ぐ真剣な眼つきで私を見つめてきたのだ。アロンのその真剣な表情に、私は息を呑む。

 そしてアロンは、静かに話し出した。

「リンは、魔力と色素の関係をもう知っていますか?」

「うん、セインから聞いたけど。」

 確か髪の毛や目の色素が薄ければ薄いほど魔力が強くて、逆に濃ければ濃いほど魔力が弱いんだったよね。私がそう言うと、アロンは小さく頷いた。

「私はこの通り、髪も目もこげ茶色で魔力が弱いのですよ。使えるのは極々簡単な魔術くらいで、それ以外はほとんど使えません。だから医者になりました。」

「魔術が使えないから、医者に?どうして。」

 魔術が使えない事と医者になる事。その二つに、何か関係があるのだろうか。首を捻って考える私に、アロンが続ける。

「魔術において癒しの魔術とは、ちょっとした安らぎを与える程度でほとんど機能を果たしません。魔術で、怪我や病気を治癒させる事は出来ないのですよ。だから医者になりました。怪我や病気を治せない魔術師達に、見くびられないように。」

 そう言ったアロンは、少し遠くの方を見ていた。それはまるで、昔の出来事を思い出しているかのような目だった。

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