第二十一話
甲板に出ると、太陽の日差しが目に入り込んできた。眩しい。太陽はもう既に、かなり高い位置にまで昇っている。きっと、今はお昼くらいだろう。これは、相当寝過ぎたようだ。
「おう、嬢ちゃん。気分はどうだ?」
太陽の眩しさに目を細めていた私にそう言って声を掛けてきたのは、甲板の手摺りに寄り掛かりタバコを吹かしていたイストだった。
「頭が少し痛いけど、大丈夫。」
「ははっ。そりゃあ、二日酔いだな。」
可笑しそうに笑うイストを見て、私は思わず顔を顰めた。
(面白そうに笑ってますけど、あなたのお仲間の所為でこうなったんですよ!)
そう思いながら恨めしそうにイストの顔を見ていると、彼は仕方がないといった感じで軽く私の頭をポンポンと叩いてきた。
「まぁ、そう拗ねるな。ほれ嬢ちゃん、下を見てみな。」
そう言ってイストは、顎を使って海面の方を示した。何かあるのだろうか。そう思って、私は手摺りから身を乗り出し海を覗き込んでみた。
「うわぁ・・・」
思わず、感嘆の声を上げる。何て事はない。眼下に広がる海が、南国リゾートの海のように透き通っていたのだ。しかし、ただ単純に透き通っているだけではない。海底まで、おそよ百メートルはあるのではないだろうか。普通の海ならば百メートル下の海底なんて、海面からでは絶対に見えないだろう。それが今、この海では見えているのである。美しい珊瑚、そして色取り取りの魚達が華麗に泳ぐその様が、船の上から見下ろせる。美しくまるで幻想のような世界に、私は呼吸の仕方も忘れ見惚れていた。
「絶景だろ?これは、この海域でしか見れなくてな。今日は風もなく、海も穏やかだ。この条件が重ならなければ、絶対に見る事が出来ない。運が良かったな。」
なるほど。私は中々、運が良いらしい。まさか生きている間に、こんなにも美しいものを見れるとは思ってもいなかった。比喩ではあるが、もういつ死んでも良いってくらい私は感動していた。
「ほら、リン。早く行くよ!」
その声に、私は思わずハッとする。ロディの事をすっかりと忘れていたのだ。彼は私がイストと話をしている間に、服を脱いでズボン一枚となっていたらしい。引き締まった身体が、惜し気もなくさらされている。うら若き乙女に、それはちょっと刺激が強すぎるのではないだろうか。何となく直視出来ない。そんな私の葛藤を知る由もなく、ロディは私の手を引いて勢い良く手摺りから身を乗り出そうする。そんな彼を、私は慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って!どうするの?」
「どうするのって、泳ぐのさ。目の前にこんなにも美しい海が広がってるんだから、泳ぐしかないでしょ。」
確かに、こんなにも綺麗な海なんだから泳いでみたいとは思うが、このまま海に引きずり込まれるなんて堪ったものではない。服が濡れてしまうではないか。居候の身である私には、服がない。セインに話せばきっと貸してくれるとは思うが、図々しく強請る気にもなれない。此処に置いてもらっているだけでも有難いのだ。
「私は、いいよ!ロディ一人で行って来て。」
「えー、何でさ。俺はリンと泳ぎたいのに。」
そう言って、顔を膨らませるロディ。ちょっと可愛いではないか。
「せっかく連れて来てくれたのに、ゴメンね。すっごく綺麗で、感動したよ。でも私は、此処で見てるだけでいいから。」
「えー。」
「ロディの事、ちゃんと見とくから。ほら、行って来て。」
そう言ってロディの背中を押すと、彼は渋々ながらも了承してくれた。
「分かったよ。その代わり絶対此処に居ろよな。」
私が頷くのを確認すると、ロディはそのまま手摺りに手を掛け海へと飛び込んで行った。
「あっ。」
このセインの海賊船、少し、いやかなり大きい為、手摺りから海面まで結構な距離がある。それをそのまま飛び込むなんて、ロディは大丈夫なんだろうか。私は思わず手摺りに駆け寄り、海面を覗き込んでロディの姿を探した。
「リンー!」
声のした方に目を向けると、海面から顔を出したロディが笑顔でこちらに手を振っていた。そんなロディを見て、私は安堵と共に笑みが零れた。