第十九話
セインの膝の上に座らされたまま、私は宴の時を過ごしていた。
「リン、これも食べなよ。美味しいよ」
そう言ってロディが渡してくれたのは、マンゴーのようなオレンジ色の果物だった。離れていてもこちらにまで甘い匂いが漂って来ており、とても美味しそうである。実はこれまでにロディに散々色々な食べ物を勧められて少々お腹がいっぱいになっていたのだが、甘いものに目がない私はついついと手を伸ばしてしまう。
「あ、美味しい。」
「でしょ?」
口に入れた瞬間に甘い果汁が広がり、思わず顔が綻ぶ。そんな私の様子を観察していたロディが、突然爆弾発言を落とした。
「リンって、なんか小動物みたいだね。」
「は?」
いきなり何を言い出すのか、この人は。
「だって小さくてチマチマと食い物をほうばってるところとか、正しく小動物みたいじゃないか。」
何、それ!誤解がないように言っておくが、私は決して小さくはない。この世界の人達が、基本的にでか過ぎるのだ。
私が少し膨れていると、ロディは軽快に笑い出した。
「まぁ、いいじゃないか。それよりも、美味しかっただろ?もっと食べな。」
そう言ってロディは、先程のオレンジ色の果物を更に勧めてくる。まぁ、いつまでも膨れていても仕方がない。確かに美味しかったし、甘いものに罪はないので有り難く頂くとしよう。
そうして暫らくオレンジ色の果物をチビチビと摘まんでいたのだが、急に少し体が熱くなってきたのだ。心なしか意識もフワフワとしている気がする。一体どうしたというのだろう。
不思議に思っていると、今まで静かにお酒を飲んでいたセインが急に話し出した。
「ロディ、そのくらいにしておいてやれ。どうやらこれはアルコールに弱いようだ。」
『これ』ってまさか、私の事なのだろうか。酷っ!というか、アルコールとはどういう事なのだろう。私は、お酒には全く手を付けていない筈だが。
思わずロディの顔を見ると、ロディはバレたかというような顔をしている。
「あー、船長バラさないで下さいよ!あともう少しだったのに。」
何が、あともう少しなのだろう。頭の中がクエスチョンマークになっていると、イストが助け舟を出してくれた。
「それはマクティルというアルコール成分が入っている果物だ。案外アルコール度数も高い。」
お酒入り!?果物にお酒って、そんな組み合わせ・・・言うなればウィスキーボンボンみたいな感じであろうか。というか、なんでそんな物を私に食べさすの!?
「恐らく酔い潰れた嬢ちゃんに何か・・・いや、からかおうとでもしてたんじゃないのか。」
今、確実に何か言い換えたよね?ロディは私に何をしようとしてたの!?
女に飢えている輩が多いと言っていたセインの言葉を思い出し、思わず身震いする。怖っ!海賊、超怖い!
「うー。」
結構食べてしまった所為なのか、体を起こしているのが億劫になりセインに寄り掛からしてもらう事にした。自分の部下が起こした失態だ。責任を取ってもらおう。酔った所為でもあるのか、少々態度が大きくなっているような気がする。
「あー!いいなぁ。船長、リン俺に下さいよ。」
私は物じゃないんですけど!
私の髪の毛を、セインが軽く梳いてくれる。それが気持ち良くて、私は思わず目を瞑った。そんな私を見て、ロディがボソッと「猫・・・」と言った気がしたが気にしないでおこう。
フワフワとした気持ちで、私はぼんやりと海賊達を見回した。そして、今まで気になっていた事を思い切って質問してみる事にしたのだ。
「ねぇ、気になってた事があるんだけど・・・」
「何々?」
興味津々といった感じで、ロディがこちらに身を乗り出してきた。
「・・・なす術もなく感染が広まったって聞いたけど、本当に止められなかったの?インフェクターになってしまった人達の中に魔術が使える人が居たとしても、思考が停止している訳だから魔術は使ってこない。ドーナ王国は、戦争で何度も勝ち続けてきた国だって聞いた。魔術の事はよく分からないけど王律魔術団も居たらしいし、本当に魔術で・・・攻撃するとかして止められなかったの?」
私がそう質問すると、辺りに静寂が響き渡った。何か聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。話を変えようと口を開きかけたその時、アロンが話し出した。
「・・・痛がるんですよ。」
「痛がる?」
「そうです。彼らは何もゾンビになった訳ではないんです。治癒機能は異常に高まってはいますが、普通の人間と何も変わらない。痛覚もあります。ただ思考が停止してしまっているだけなんです。」
痛がる。そうか、攻撃したとしてもインフェクター達は痛がる。狂ってしまったとはいえ、今まで寝食を共にしてきた仕事仲間。そんな彼等を攻撃するのを、城の人達は躊躇ってしまったのかもしれない。
そういえば森で出会った狼も、インフェクターを傷付けないようにしていた。あれはインフェクターの血で感染しないようにしていただけなのかもしれないが、もしかしたら狼も痛がる彼等を見たくなかったのかもしれない。
「攻撃すれば痛がる。しかし思考は停止し、自らの欲求のままに生きる人間達。奴等はあまりに人間らしくて、人間らしくない。」
そう言ったセインの表情からは、何も読む事が出来なかった。