第十六話
海賊船のお風呂は、なんと猫足のバスタブだった。海賊に猫足のバスタブ!厳つい海賊達がこの可愛らしいお風呂に入っているのを想像して、噴き出しそうになった事実は一端隅っこに置いておこう。
あれから私はお風呂に浸かりながら、これまでの事を振り返っていた。健矢君や水華、母の本音に触れ一人で勝手に絶望し、そして愁斗に酷い言葉を浴びせこの世界に飛ばされてきた。
――今日は、普通に学校に行って、普通に授業を受けて、普通に友達と会話して、普通に・・・――
なんだ、全然普通なんかじゃなかった。全てが普通じゃない一日だった。狂気に狂った三人組には追い掛けられ、食い殺されそうにもなった。運良く狼に助けられこの海賊船に拾われたものの、本当に酷い目に合った。いや、当然の報いなのかもしれない。一人で勝手に絶望して、何も悪くない愁斗に酷い言葉を浴びせ傷つけた。きっと、その罰を受けたに違いない。
今頃、愁斗はどうしているのだろう。こんな私を助けようと必死に手を伸ばしてくれていたので、愁斗もあのブラックホールに吸い込まれている可能性がある。そんな事をぼんやりと考えていた私は、突如ハッとした。愁斗にあんなにも酷い事を言って突き放しておいたくせに、今ではもう愁斗に会いたくて仕方がない。そんな自分勝手な考えに嫌気がさし、私はバシャっと顔までお湯に浸かった。
(このままお湯に溶けて、無くなってしまえればいいのに。)
そんな事を考えながら、私はギュッと目を瞑った。
お風呂から出た私は、セインに連れられ船内を歩いていた。ちなみに渡された服は、クリーム色のロンTのような服とベルトで留める形の茶色の巻きスカート、そして茶色のブーツだった。このロンTのような服だが、襟刳りが非常に広く両肩が丸見えになってしまう為、これまた黒色のタンクトップのようなものを貰って中に重ね着する事にした。着ていた制服はお風呂場で洗わせてもらい、今では手に持っている。洗っても汚れが落ちずボロボロであったが、元居た世界の唯一の品である為に手放す事が躊躇されたのだ。後で、干させてもらおう。
セインに連れられ着いた場所は、彼の部屋だった。椅子に座らされ少し落ち着いたところに、突如セインから爆弾発言が落とされる。
「今日から此処で寝ろ。」
「はい!?」
私は思わず声を上げた。何故セインと同じ部屋なのか。若い男女が同じ部屋というのは、色々と不味いのではないだろうか。
「別に他の部屋でも構わぬさ。ただ一つ忠告しておくが、此処は海賊船。普通の女など、一人も乗り合わせてはいない。当然だが、女に飢えている奴等が殆んどだ。それでも良いなら、他の部屋を案内しよう。何があっても責任は取らぬ。」
「こ、此処が良いです!是非、此処に居させて下さい!」
セインのさり気ない脅しに、私は多いに怯えた。うぅ、海賊って怖い。
それにしてもセインの部屋が良いと言ってしまったものの、果たして彼は大丈夫なんだろうか。彼も男な訳で、危険でないとは言い切れない。甲板では可愛がってやろうなんて言われてしまったし、彼に襲われるという可能性も・・・
ビクビクしながらセインを見上げると、そんな私の考えを見透かすかのように彼は呆れたように鼻で笑った
「安心しろ。おまえのような色気の欠片もないような女に欲情するほど、落ちぶれてはいない。」
酷っ!なんか悔しい。襲わないと断言されて安心して良い筈だが、何故だか素直に喜べない。喜んで良いのやら悪いのやら。
「まぁ必要とあらば、相手をしてやらない事もない。」
セインの言葉に、私は思い切り赤面する。もう本当に勘弁して下さい!セインと居ると、とてもじゃないが心臓がいくつ有っても足りそうにない。
妖艶な笑みを浮かべてくるセインから顔を背け、私は虚空を仰ぎそして項垂れた。