第十五話
あれから私はセインによって、お風呂場らしき所に連れて来られていた。この世界の服も渡され、そのみすぼらしい格好を何とかしてこいとまで言われた。ひどい!確かに今着ている学校の制服は泥だらけでボロボロだが、好きでこうなった訳ではないのに。
まぁしかし、折角お風呂を使わせてくれるというのだから、ありがたく使わせてもらうとしよう。まさか船の中に、お風呂があるとは思いもしなかった。甲板に居た時も思ったが、この船はすごく大きい気がする。流石は、有名な海賊達の船である。
果たしてどのようなお風呂なのか気になった私は、ワクワクしながらお風呂場を覗いてみる事にした。そして、その中の光景に驚愕する。
「セ、セイン!」
「・・・どうした。」
外で待っていると言って出て行こうとしていたセインに、私は慌てて声を掛けた。あ、少し面倒くさそうな顔をしている。
「ちょっと来て!」
そんなセインにめげる事なく、私は彼の腕を引っ張った。面倒くさそうな顔をしていたセインであったが、自分の腕を引っ張って離さない私を見て妖しく笑い出した。
「何だ。一緒に入って欲しいのか?」
「ち、違います!」
セインの言葉に、私は顔を赤くしながら必死に否定した。破廉恥な事を言うのは禁止!
一端深呼吸をして気を取り直してから、私は驚愕の理由を精一杯伝えた。
「あのね、空中に石が浮かんでるんだけど!」
「は?」
そう言った私に、セインは呆れたような声を出した。しかし必死な様子の私を見て、何かを考えるような素振りを見せる。
「そういえばおまえは、この世界を全く知らぬ言わば赤子同然のような存在であったな。」
そう言うとセインは、空中でフヨフヨと浮かんでいる石に手をかざした。石が光ったと思った次の瞬間、天井に取り付けられているシャワーヘッドのような物から勢い良くお湯が吹き出してきたのだ。
「わっ!」
突然お湯が出てきた事に、私は驚きの声を上げる。
「これはクォーツと呼ばれる鉱物の一種で、魔術との相性が良い石だ。まずこの石に魔術を施し、そして魔力を吹き込んで魔力を蓄えておく。そうして出来たクォーツは誰でも使用する事が出来き、魔力の弱い者でも少量の魔力で楽に魔術を行う事が出来る。魔力の強い者でも直に魔術を行えば魔力の消費量は激しいが、クォーツを媒介にする事によってその魔力の消費量を抑える事も出来る。」
難しい。難しいが、とにかくファンタジーの世界である事には間違いない。
「我々は、クォーツを日常生活の中に取り入れ生活している。クォーツに魔術を施したり、魔力を吹き込む事を生業としている者も居るほどだ。クォーツが無ければ、今頃我々の生活はとても不便なものになっていただろう。」
そしてこの世界では、クォーツは無くてはならない物らしい。
「例えばこの浮かんでいるクォーツには、海から海水を引き上げる引力の魔術が施されている。海水が通ってくる配管の途中に、海水を真水に代える水の魔術、冷たい水を暖める火の魔術が施されたクォーツが設置されており、それら全てのクォーツが作用してこうして湯が出てくるという訳だ。」
魔術といっても、ただ便利で都合の良いものではないようだ。ポンと呪文を唱えると、ポンと何かが起きる。この場合、お湯が出てくるという事だが。そんなイメージを持っていた私は、少々驚いた。ちゃんとした原理や法則があるようだ。
「でもこれって、私が使えるの?」
少量の魔力で楽に魔術を行う事が出来るとは言っていたが、その少量の魔力さえ持ち合わせていない私にはクォーツを使う事が出来ないんじゃ・・・
「あぁ、魔力の全く無いおまえにはクォーツを使用する事は出来ない。クォーツを使用するには、少なからず魔力が必要になってくる・・・そうだな、おまえがクォーツに触れる事によって、魔術が発動するようにしておいてやろう。」
そう言うとセインは再びクォーツに手をかざし、そして小さく呪文のようなものを唱えた。石が呪文に呼応し、小さく光る。
「これで、大丈夫なの?」
あまりにも呆気ない感じで、少々不安を覚える。
「あぁ。おまえがクォーツに触れる事によって、魔術が発動する。魔力に関しては、クォーツに蓄えられている魔力を全て使用する事になる。面倒だが、この船の他のクォーツもそうしといてやろう。」
先程から面倒くさそうな顔ばかりしているセインに対して、私は小さく項垂れる。うぅ、なんかもう本当に何もかもすみません。
やはり異世界では、色々と勝手が違うようだ。クォーツに関しても、凄く難しいし・・・果たして私は、本当にこの世界でやっていけるのだろうか。凄く不安だ。まぁしかし、やっていくしかないのだろう。私には、他の選択肢など無いのだから。一度は、何もかも失った私だ。そしてこの世界でも、失う物なんて何一つ無い。一から頑張ると思えば良いんだ。そうだ、生まれ変わったと思えば良い。やってやろうじゃないか、私!
「不安なら、一緒に入ってやるが?」
「結構です!」
・・・本当に大丈夫なんだろうか、私。