第十三話
「そういう事だ。」
セインの話を聞いて、私は愕然とする。私の住んでいた地球では、考えられないような話だ。
「噛まれた者は、次々と狂っていった。まるで傷口から菌が入り、感染していくかのように。奴等の事をインフェクターと呼ぶと言ったな。インフェクター、魔術用語で感染者という意味だ。」
感染者。その言葉を聞いた瞬間、私は何故だか体がゾクッとした。
「そしてどういう訳かは知らないが、噛まれた傷口は暫らくすると瞬く間に治っていく。インフェクターになってしまうと、どんなに傷を負っても直ぐに治癒してしまうのだ。」
そういえば森の中で出会ったインフェクター達は、泥だらけでみすぼらしい格好をしていたものの、体に傷を負っているようには見えなかった。そして狼を目の前にしても、怯える事無く立ち向かって来るその様。恐ろしい、まさに不死身の狂気だ。
「ホーメロは、一体侍女に何をしたの?」
「分からない。ホーメロが侍女に、どのような魔術を施したのか。いや、ホーメロが侍女に何かをしたという証拠もない。ただ、ホーメロの部屋から帰ってきた侍女が、第一の感染源である事には違いない。あの惨劇以降ホーメロの姿が見られない以上、彼はこの騒動に何らかの関わりがある筈だ。」
ホーメロ、彼は一体何を考えていたのだろう。半年間も研究室に篭もり、何をしていたのか。
もしかしたら、ホーメロもインフェクターになっている可能性はないのだろうか。そう思いセインに尋ねてみると、その可能性も捨てきれないと返ってきた。本当に謎だらけだ。
セインは小さく息を吐くと虚空を見つめ、少し懐かしむような顔をした。
「たった二年だ。城での感染が始まってから、たった二年で世界は狂気で包まれたのだ。」
二年。長いように感じられるが、二年で世界中に感染が広がるなんて、きっと相当な早さなのだろう。
「それじゃあ、みんな感染してしまったの?王様とかは?」
「国王は自害したそうだが、後継者に当たる第一王子は王律魔術団と王律騎士団を引き連れ、早々に海へ逃げた。奴等は民を捨てたのさ。」
酷い。自国の民を守らなければならない立場にある王族が、自らの可愛さ故にその民を見捨てて真っ先に逃げるだなんて。
「その後感染に気付いた民達も、各々海に逃げた。もちろん逃げ遅れた者が殆んどだが。
人々は陸を捨て、海に出たのさ。」
「セインも?」
私がそう言うと、セインは少しキョトンとした表情になった。そして急に下を向き、クツクツと笑い出す。私は何か、変な事でも言ったのだろうか。
「俺は最初から海にいたさ。海賊が陸にいちゃあ、可笑しいだろう?」
セインの言葉を聞いて、私は固まる。セインは今、何て言った?海賊?海賊って、あの海の荒くれ者の?略奪強奪を繰り返す、あの海賊?
「か、か、海賊って・・・セインが?」
「そうだ・・・あぁ、そういえばお前は何も知らぬのだったな。先程も言ったであろう。ジルヴァリュコス号の船長セイン。この世界で、この名を知らぬ者は居ない。俺は有名な海賊なのさ。」
そう言うとセインはこちらをじっと見つめ、ドキッとするような笑みを送ってきた。私は、思わず顔を赤くする。そんな顔を見られたくなくて、私は誤魔化すかように下を向いた。
「そ、そんな、私てっきりセインは有名な魔法使いか何かかと・・・」
「魔法使いか。あながち間違いでもない。俺は魔術師だ。この容姿の通り、魔力は強い方に当たる。」
こちらの世界では、あまり魔法使いという言い方はしないらしい。そしてやはり私の想像通り、セインの魔力は強いようだ。
まあ、そんな事はどうでもいい。まさか、セインが海賊だったとは。悪意はなさそうに見えたのに、私はどうなるのだろう。疾しい奴等に、売り飛ばされてしまうのだろうか。それとも最悪の場合、殺されてしまったりするのだろうか。どうすればいい?今頃になって冷や汗が出てきた。
だんだんと青褪めていく私を見て、セインは何もかも見透かしているような微笑を浮かべた。