第十一話
「え・・・」
セインの言葉に、私は思わず呆ける。どうして分かったのか。そんなに怪しい素振りは、見せていなかった筈だ。それともこの世界では、異世界からやって来る人間は珍しくないのだろうか。
私がオロオロと動揺していると、セインは呆れたように溜息を吐いた。
「何故分かったのかという反応だな。まず第一に、お前からは魔力を感じられない。この世界の人間には、少なからず魔力が生ずる。」
魔力という事は、この世界では魔法が使えるのか。魔法など存在しない平凡な世界に身を置いていた私が、魔力なんぞのファンタジーなものを所持していないのは当然である。
「黒髪と黒目が、その証拠だ。魔力の高さは、色素の薄さに比例する。魔力が高ければ高いほど髪や目の色素が薄く、逆に魔力が低ければ低いほど色素は濃くなる。しかし、魔力がゼロという事はありえない。つまりこの世界では、黒髪と黒目両方を持ち合わせている人間は存在しないという事だ。」
成る程。つまりこの世界では、黒髪黒目を持つ私の存在は異形という事になる。誰もが魔力を当たり前に持つこの世界で、魔力を持たないという事は、きっと役立たず以外の何者でもないのだろう。この世界でも、必要とされない存在なのか。そんな事実に、私は自称気味に笑みが漏れた。
「それに、ジルヴァリュコス号の船長セイン。この世界で、この名を知らぬ者は居ない。俺が始めに名を名乗った時、おまえは何の反応も示さなかった。普通の者なら、驚愕の目で俺を見る筈だ。」
なんと、セインは有名人だったのか。そういえばセインが名を名乗った時、私は何の反応も示さなかった。そんな私を、セインは怪訝そうに見ていた気がする。あれは名が知れている自分を知らなかった私に対して、不信感を持ったからか。セインの髪は、眩い銀髪だ。もしかすると彼は、この世界では有名な魔法使いなのかもしれない。
もう誤魔化しても仕方がない。そう考えた私は、セインに全てを話す事にした。此処とは違う世界で生きていた事も。突然ブラックホールに吸い込まれた事も。
「そうか。」
私の話を聞いたセインは、それ程驚いた様子もなく静かに私を見ていた。やはり魔法が当たり前のように存在しているこの世界では、異世界から来た人間など珍しくのないのだろうか。
不思議そうにしている私を見て、セインが苦笑を漏らす。
「異世界から来た人間など、恐らくお前が初めてだろう。だが、この世界には古くから言い伝えがあってな・・・」
先程から私の考えている事が、セインに筒抜けになっている気がする。今まで思考が顔に出にくいと思っていたが、もしかするとそんな事はないのかもしれない。
そんな私の考えを余所に、セインは一端言葉を区切ると小さく息を吸い込んだ。
『この世界狂気に堕つる時、異界より黒髪黒目の乙女現る。彼の者皆の希望となりて、世界を平和に導かん。』
そう言い終えると、セインはこちらをジッと見つめてきた。
「・・・え、もしかして、それが私?」
突然の話に私は驚く。人違いではないのだろうか。私は、そんな大層な人間ではない。
「俺もそんな黴の生えた言い伝えなど、信じてはいなかったさ。だが現に、この世界が崩壊の危機に面している今、突如としておまえは現れた。」
「この世界は、崩壊の危機に面しているの?」
「おまえも見たであろう。あの狂気に狂った三人を。人は皆、奴等の事をインフェクターと呼ぶ。」
この世界は、崩壊の危機に面しているのか。それには、あの狂気に狂った三人組も関係しているらしい。インフェクター。そういえば、森の中で出会った男性・・・私が死なせてしまった男性が、何かを言っていた気がする。
――・・・では、ないのか?――
あれは、「インフェクターでは、ないのか?」と聞いていたのかもしれない。
これはあまりにも現実味がなく、また非日常的な話になっていく気がする。聞くのが少し恐い。しかしきっと、これらを知っていかなければ、元の世界に戻る方法もこれからすべき事も、何も分からないままなのだろう。
そんな私の思いを察してか、セインはゆっくりと話し出した。
「おまえには、知る必要があるのかもしれないな。良いだろう、話してやる。今、この世界が崩壊の危機に面している理由を・・・」