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第十話

 恐怖に怯える目。食い千切られる肉。苦痛の絶叫。血で赤く染まった体。生きたいと、こちらに伸ばされた手。動かなくなった命。

「何故、助けてくれなかった?」

 目の前で横たわっていた男が静に目を開け、憎悪に満ちた目で私を見てくる。その視線に射貫かれ、私は一歩も動けなかった。



「はっ。」

 嫌な夢を見て、私は跳び起きた。全身汗だくで気持ちが悪い。

「こ、此処は・・・」

 辺りを見回すと其処は見覚えのない部屋で、私はその部屋にあるベットの上に寝かされていた。木で出来た簡易な作りの部屋に、少し不安を覚える。心なしか、僅かに揺れているようだ。ベットも硬く、背骨が痛い。

 どうして、このような場所で眠っていたのだろうか。

(確かブラックホールのようなものに吸い込まれて・・・)

 最後に覚えているのは、愁斗の顔。必死にこちらに手を伸ばしていた。愁斗はどうなったのだろう。私と一緒に、あのブラックホールに吸い込まれたのだろうか。そうだとすると、愁斗も近くに・・・

 もっと良く思い出そうとしたその時、突然私を吐き気が襲った。

「うっ!ゴホッゴホ。」

 私は口元を押さえ、大きく咳き込んだ。胃液が逆流し、咽喉がイガイガする。

(そうだ、私・・・)

 森の中で出会った男の人。私は彼を助ける事が出来なかったのだ。あの人は私に助けを求めてきたというのに、私は足が竦んで動く事が出来なかった。

(見殺しにした。)

 最悪の事実に、私は呆然とする。私が殺したようなものだ。今まで死と何の関係もなく平和に過ごしてきた私にとって、その事実はとても耐え難いものだった。

 此処は私の住んでいた世界じゃない。私の住んでいた世界にも戦争などの悲惨な出来事は存在するが、あのような恐ろしい狂気は存在しない筈だ。私はきっと、異世界に来てしまったんだ。

 動悸や震えが治まらず膝を抱えて蹲っていると、この部屋に一つしかない古びた扉が、錆び付いた嫌な音を鳴らしてゆっくりと開いた。突然の事に驚き、私は咄嗟に身構える。

「目が覚めたのか。」

 私は絶望の中に居たにも係らず、思わず息を飲んで見惚れてしまった。銀髪に蒼い目。まるで森の中で出会った、あの狼のような男が入り口に立っていたのだ。襟足だけが少しだけ長い髪を緩く縛り、肩に垂らしている。白いシャツにブーツインした茶色のズボンを穿いており、腰にある大きな黒いベルトには短剣が差されていた。その体にはしなやかな筋肉が付いており、綺麗な銀髪や蒼い目と合わせると、その様は美しくもあり悠然としていた。

 男はベットの傍にある椅子に腰を落とすと、ジッと私を見てくる。

「あ、あなたは?」

 私はその視線に耐え切れず、質問をしてみた。そんなに見ないでほしい。

「俺はセイン。このジルヴァリュコス号の船長だ。」

 じる・・・何だって?長く難しい名前に首を傾げる。とりあえず、男の名前がセインだという事は分かった。男の名前だけでも分かれば充分だろう。そんな私の様子を、セインは怪訝そうに見ている。

「という事は、此処は船の中なの?」

「そうだ。」

 船の中。揺れているような感じはしていたが、まさか本当に揺れていたとは。すると此処は、狼に連れて来られた砂浜から見えた船の中という事だろう。あの船に助けられたのだろうか。それでは狼は何処に行ったのだろうか。そんな事を色々と考えていると、今度はセインの方から質問してきた。

「お前の名は?」

「・・・凛です。」

 正直に答えるべきか迷ったが、名前くらい別にいいだろうと考え素直に答えた。

「リン・・・か。」

「はい。」

 セインは確かめるかのように、私の名前を何度か繰り返し呟いていた。

 異世界に来たかもしれないという事実に絶望していた私だが、彼に名前を呼ばれた事でその気持ちが少し和らいだ。名前を呼ばれた事で、私を知ってくれている人がいると実感したからだ。名前の力って凄い。

「何故、あの場所に居た?」

 あの場所とは浜辺の事だろうか。セインの質問に、私は少し固まる。果たして、本当の事を言って信じてもらえるのだろうか。ブラックホールに飲み込まれ、気づけば森の中。薄々此処が地球でない事は分かっていたが、目の前のセインという男を見てそれが確信に変わった。こんな雰囲気の人間は、地球にはいない。それでは、やはり此処は異世界という事になる。

 何の返答もない私に、セインは再び怪訝そうな目を向けてくる。ヤバイ、何か答えないと。

「わ、分からないんです。気が付いたら森の中に居て。変な人達に襲われたのを銀色の狼が助けてくれて、それであの浜辺に連れて来られて・・・それから意識が無くなって。」

 支離滅裂になりながらも、何とか答える。ブラックホールの事は伏せておいた。知っている人が誰一人として居ないこの世界で、最早頼れるのは目の前のセインだけだ。悪意があるようには見えないし、私を拾ってくれたという事は、少なからず私を助けようとしてくれている筈。異世界から来ただなんで、頭の可笑しな人間とは思われたくない。そうだ、記憶喪失という設定にしよう。

 異世界から来たという事だけは絶対に言うまいと密かに心に決めた私だが、セインの次の言葉でそれは呆気なく崩れ去った。

「おまえは、この世界に人間じゃないな。」

 

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