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第一話

 食欲者と出会えば、すぐ逃げろ。肉を喰い千切られ、貪り喰われるぞ。睡眠欲者と出会えば、幸運者。足音立てずに、その場を離れろ。性欲者と出会えば、天国行き。快楽と共に、どの道御陀仏さ。

 この世界で、この唄を知らない者はいない。誰が作ったのかは知らないが、皮肉なものだ。この世界では、この唄が絶対のルール。もし逆うのならば、待っているのは闇の世界のみ。




「はぁっ、はぁはぁ、くっ。」

 もう、どれくらいの時間を走り続けたのだろう。薄暗い森の中、私は迫り来る木々達を、覚束無い足取りでかわしながら、懸命に走り続けていた。休んでいる暇は無い。いや、そんな暇は与えられない。後ろから追い掛けてくる三人の人影が、まるでやっと見つけた獲物であるかのように、私だけを一心に見つめて追い掛けてくる。すぐ傍にあった大きな岩の陰に隠れると、三人の足音は岩陰に隠れた私には気がつかずに、通り過ぎて行った。

「はぁ。」

 思わず安堵の息を漏らすと、岩に凭れ掛かり空を仰ぎ見る。木々の隙間から微かに見える空は、厚い雲に覆われ、どんよりとしている。乱れていた息も整い始め、私は辺りを見回した。生い茂る木々の所為もあり、森の中はまるで夜のように薄暗い。


 どうして、こうなった。


 今日は、普通に学校に行って、普通に授業を受けて、普通に友達と会話して、普通に・・・。とにかく、いつもと変わらない普通の生活を送っていた筈だ。それが、どうしてこうなった。何処まで行っても、見渡す限りは木ばかり。高校の制服姿で彷徨う私。そして、やっと見つけた人影に意気揚々と駆け寄ると、なんと彼らは私に噛み付こうとしたのだ。間一髪で避けたものの、あれは尋常ではなかった。それに此処が日本の何処なのか、全く検討も付かない。いや、そもそも此処は本当に日本なのだろうか。先程、私を追いかけて来た三人組み。金髪に青い目、茶髪に緑の目と、明らかに日本人ではなかった。では、此処は外国なのだろうか。しかし、彼らは中世ヨーロッパという感じの古びた服を着ていた。現代の外国とも考えにくい。まるで、別の世界に来てしまったかのような。

(とにかく、考えていても仕方がない。何処か安全な場所を探さなきゃ。)

 果たして安全な場所など存在するのだろうか。そんな事を考えながら、私は再び歩き出した。



「もう、歩けない!」

 私は草の上に寝転がった。もう何時間歩いたのだろうか。何処まで行っても変わり映えのしない景色。サバイバル経験のない私には、何処が安全そうなのかも全く分からなかった。

(もう、どうなってもいいよ。)

 一人こんな所に放り出されて、私の精神は限界寸前だった。何時間も歩き続けた所為で、全身ドロドロ。ローファーを履いていた為、靴擦れも酷く、飛び出す草木の所為で、手足は切り傷だらけであった。このまま楽になるのなら、彼らに噛み殺されるのも良いのかもしれない。

(・・・良い訳ないか。)

 人間に噛み殺されるだなんて、絶対に避けたいところである。とても痛そうだ。しかし、もう歩けないのも事実である。私は辺りを見回した。少し離れた所に大きな木があり、その木の上の方で枝分かれし始めている処に大きな窪みがある。

(あそこなら。)

 震える足を叱咤し、私は木の傍まで歩いて行った。そして、そのまま木に登ろうとし、木に足を掛けるも、直ぐに滑ってしまう。

「くそー!舐めんじゃねぇぞ、コノヤロー!」

 自慢ではないが、私は生粋の現代っ子である。木登りの経験などまるでないが、私に残された選択肢は、登るという事しかなかった。

 そうして悪戦苦闘、気合でその木を登り切り、窪みに入り込むと、今度こそ私は本当に動けなくなってしまった。

「はぁはぁ、駄目だ。もう手も上がらないよ。」

 窪みに身体を丸めて、息が整うのを待つ。此処なら先程の連中にも見つかりにくいだろうし、野犬などの獣も上がって来れないだろう。この世界に果たして獣などいるのだろうか。そんな事を考えながら、私は眠りについた。



 遠くから声が聴こえる。その声を、私は知っていた。聴きなれた声、大切に思っていた声。私の大好だった声。


――あいつの姉だと思うと、なんかそういう事、考えられないかも。悪い。――


――凛には・・・愁斗に会えるかもしれないと思ったから近づいた。――


――愁斗は、本当に偉いわねぇ。愁斗みたいな子のお母さんになれて、本当に嬉しいわ。――



「はっ。」

 私は、結構な時間を眠っていたらしい。もう既に空は黒くなり、辺り一面真っ暗だった。嫌な夢を見て飛び起きた私は、全身汗だくだった。溢れ出していた汗を拭い、思わず手で顔を覆う。

「最悪。」

 もう何もかもが、嫌だった。このまま死んでしまおうか。そんな風に考えていると、遠くの方から人の声が聞こえてきたような気がした。

(気のせい?)

 そう思い、もう一度耳を澄ましてみるも、やはり人の声は聞こえてこない。聞こえてくるのは、風に揺られ木々がざわめく音だけ。

(空耳か。人間って窮地に追いやられると、幻聴が聞こえてくるのかも。)

 気を落とし、膝を抱え蹲る。汗をかいた体に夜風が当たり、身震いする。疲れが溜まっているのか、もう一度眠りに付こうとしたその時。


――誰か!――


 聞こえた!ガバっと勢いよく顔を上げた。確かに聞こえた。遠くの方から人の叫び声が。

(行かなきゃ。)

 私は木から降りて、声が聞こえた方へ駆け出した。ようやく、まともな人間と出会える可能性。このチャンスを逃すわけにはいかない。今度は、悲鳴が聞こえた。男の人の声のようだ。悲鳴を上げているという事は、奴等に襲われている可能性が高い。つまり、私にも危険が及ぶ可能性があるという事だ。しかし、私は駆け出さずにはいられなかった。うるさいほどに鳴り続けている心臓に、嫌な予感を抱えながらも私は走り続けた。

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