婚約破棄の現場に巻き込まれたので、聖女様と天使を拾いました
エムロードとヴィオーラの三作目です。
今回は、設定説明回っぽくなってます。
悪ノリした部分もありますが、そこはご容赦いただければ……と。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
※本作では執筆の補助としてAIを活用しています。AIの利用に抵抗のある方は、あらかじめご了承ください。
「ノワールなんて大嫌いだ! 婚約だって破棄してやる!!」
私、エムロード・カーマインはカオスの中に居た。
ふわふわとカールした白髪の男の子――トープ伯爵家令息、ブラン様が、ストレートの黒髪が美しい女の子――シマン伯爵家令嬢、ノワール様をにらみつけている。
……いや。
ノワール様は表情がほとんど動かない。
だから、本当ににらみ合いになっているのかは、正直よく分からなかった。
二人の周囲にはお菓子が散乱し、食べ損ねたと思われる子供たちが泣き叫んでいた。
それをなだめるように侍女たちが走り回り、その向こうでは申し訳なさそうに両手を合わせ、小さく首を傾げる聖女ヴィオーラ・ヴァレンティアの姿があった。
可愛いじゃないか、畜生め。
こんな修羅場に私を呼びつけた張本人のくせに。
――事の始まりは、一通の書状だった。
帳簿のダブルチェックを終え、ようやく一息つける――そう思った矢先、ヴィオーラが差し向けた急使が屋敷へ駆け込んできた。
手渡された書状には、たった一行だけ。
『エムロードへ。可及的速やかにマイース伯爵邸へ来るように』
いつもの控えめな誘いではない。
ただならぬ気配を感じた私は、取るものも取りあえずマイース伯爵邸へ向かったのだ。
マイース伯爵夫人は子供好きで有名で、その日も『春の祝祭』と銘打ち、貴族の子供たちを招いた親睦会を開いていた。
ヴィオーラは聖女として、教会から派遣されるメンバーの一人になっていると聞いていた。
「子供たちの笑顔にいつも癒されるんです。エムロードも来れたらよかったのに」
家の事情を話すわけにもいかず、適当に理由をつけて断った。
はっきり言った方が良かったかしら。
そうすれば、こんな可愛い……とは言い難い修羅場に巻き込まれることはなかったのに。
……。
いや、無理かな。
ヴィオーラのことだもん。
『困ったことがあったらエムロード』くらいの感覚で呼んでいるに違いない。
婚約破棄だろうが迷子だろうが、お菓子泥棒だろうが。
彼女の中では全部同じ「困りごと」なのだ。
……つまり、巻き込まれるのは必然だった。
はい、回想終わり。
現実逃避終了。
ヴィオーラは申し訳なさそうにこちらを見つめ、ブラン様たちのことを説明しようとしている。
でも、まずはそれじゃない。
聞くべきことがある。
私はヴィオーラを手招きで呼び寄せた。
「……っ!!」
ヴィオーラは、飼い主に呼ばれた子犬のように、とことこと近づいてくる。
……くっ、可愛い。
その顔を見ていると、怒る気なんてどこかへ飛んでいきそうになる。
危ない。
このままじゃ、本当に許してしまう。
いきなり怒鳴っても意味がない。
まずは、この天然聖女の認識を確かめよう。
「……ヴィオーラ。今は何月?」
「えっ? 三月だけど」
「三月と言えば?」
「春の祝福祭かしら?」
うん。
その認識は間違っていない。
でも、違う。
今、この時期に真っ先に出てくる答えがそれなのは駄目だ。
次の瞬間、私の中で何かが切れた。
「納税でしょーーーーがっ!!」
「へっ!?」
部屋中に私の叫び声が響く。
「大変なのよ! 大変なのよ! たいへんなのよーーーーっ!!」
私はヴィオーラの肩を掴んでぶんぶん揺さぶる。
「何度も帳簿を見直して、領地からの報告書を確認して、納税申告書を作るのよ! 収穫量に計算ミスがないか、税率が間違っていないか、一枚一枚照らし合わせるの! 一桁でも違ったら、公爵家の信用に関わるのよ! 絶対に間違えられないの!」
息を継ぐ間もなく叫び続けた私を前に、ヴィオーラはすっかり気圧されていた。
「エ、エムロード……落ち着いて?」
「落ち着ける訳ないでしょう!?」
私は半泣きで叫んだ。
「ようやく今期の収穫分の確認が全部終わって、これから三日ぶりに寝られると思っていたのよ! あたたかい、やわらかい、布団が待っていたのよ!!」
「……ご、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら王国警備隊はいらないのよっ!」
「ええっ!?」
ヴィオーラは本気で困った顔をしている。
……うん。
この子には悪気なんて一ミリもない。
でも、せっかくの睡眠時間を奪われたとなれば、話は別だ。
「アズーロ様……。エムロードのお父様は?」
「……三月なのよ」
私は遠い目になった。
「一介の公爵家ですらこの有様なのよ。王城がどうなっていると思う?」
「……もしかして」
「お父様は年明けから一度も家に帰ってきていないわ」
「そんなに……?」
「執務室で寝て、執務室で食べて、そのまま仕事よ」
ヴィオーラの顔から、すっと血の気が引いていく。
それでも気を取り直すように、小さく息を吸った。
「家宰の方々は?」
「聞いてよ、ヴィオーラ」
私は深々とため息をついた。
「こんな時に限って、家宰をはじめ、屋敷を回している人たちがみんな病で臥せっているのよ」
「ええっ!?」
私は肩をすくめた。
もう、笑うしかない。
ここまでくると、今回のガバ設定はここだったんじゃないかって疑いたくなる。
「これはもう、カーマイン家に恨みを持つ誰かの謀略じゃないかって疑いたくなるくらいなの」
「そんなに大変だったの……」
しょんぼりと肩を落とすヴィオーラ。
怒る気力が、また少し失せた。
「……お姉様たちには頼めなかったの?」
「セレスト姉様は、領地で療養中のお母様に代わって、公爵邸を切り盛りしているわ」
「そうだったのね」
「家宰の大半が病で臥せっている今、カーマイン家で一番忙しい人なの」
「アイオラ様は?」
その名前を聞いた瞬間、私は静かに目を閉じた。
「……ヴィオーラ」
「うん?」
「一+一=田んぼの『田』と答える人に、帳簿を任せてはいけないのよ」
ヴィオーラはしばらく真剣に考え込んだ。
「……よく分からないけど、任せちゃいけないことだけは分かったわ」
「そう。それで十分よ」
私は静かに頷くと、大きく息を吐いた。
怒鳴ったせいで少しだけ気が晴れたものの、眠気と疲労は相変わらず全身にまとわりついている。
ヴィオーラはそんな私を心配そうに見つめていた。
ヴィオーラが私を気遣ってくれていることは嬉しい。
それでも、一刻も早くこの場を収めてベッドにもぐり込みたいと思うのは、薄情かしら。
そんなことを考えていると、小首をかしげたヴィオーラが、何気ない顔でこの場では決して触れては欲しくないところを突いてきた。
「ルベル様は?」
「っ!?」
「ルベル様ご本人は難しくても、少しくらい助けてもらえたんじゃありませんか?」
「た、た、た、た、頼める訳ないじゃない!」
「えっ? ルベル様は婚約者なんでしょう?」
「だからよ!」
「?」
「こんな寝不足で髪はぼさぼさ、目の下には隈までできて、インクまみれの姿で会える訳ないじゃない!」
「でも、お願いしたら来てくださるんじゃありませんか?」
「それは……来てくれるでしょうけど」
「じゃあ」
「会えるのは嬉しいに決まってるわよ! でも、久しぶりに会うんだったら、ちゃんとお化粧して、おしゃれして、一番可愛い私で会いたいの!」
……。
…………。
しまった。
勢い余って、本音を全部ぶちまけてしまった。
「……なるほど」
ヴィオーラは何度も何度も頷いた。
「女の子ですねぇ」
「あなたにだけは言われたくないわ!」
「えぇ?」
私は苦笑しながら、大きく伸びをする。
何か言い返そうと口をぱくぱくさせているヴィオーラを見ていると、さっきまでの疲れが少しだけ軽くなった気がする。
もう、怒る気力もない。
……まったく。
この子には、どうしたって敵わない。
その時だった。
「もう良い! 僕は帰るっ!!」
子どもの甲高い叫び声が会場中に響き渡る。
私とヴィオーラは顔を見合わせると、慌てて声のした方へ視線を向けた。
視線の先では、ブラン様が怒ったように背を向け、そのまま出口へ向かって歩き出している。
ノワール様が何も言わないことに、とうとうしびれを切らしたんだろう。
ああ、ダメだ。
ここで帰らせちゃいけない。
こじれたままで喧嘩が長引けば、絶対に禍根が残る。
ブラン様とノワール様が、将来結婚する設定だとしても。
その話の内容自体は朧気で、詳細も思い出せないのだけれど、彼ら二人の話は悲恋だったはず。
それでも、これ以上不幸になるのを見逃す気にはなれなかった。
見て見ぬふりなんて、もうできない。
ヴィオーラに頼まれたからじゃない。
これは、今の私自身が選んだこと。
私の矜持だ。
ノワール様はブラン様の背中をじっと見つめていた。
相変わらず表情はほとんど動かない。
それでも、小さな手が胸元でぎゅっと握られているのを見れば、何も感じていないわけではないと分かる。
呼び止めたいのだろう。
けれど、その一言がどうしても出てこない。
彼女はただ、その場に立ち尽くしていた。
出口に向かって急ぐヴィオーラを視界の端で確認しながら、私はノワール様のそばへ歩み寄る。
そして、目線を合わせる高さまでしゃがむと、耳元でそっと囁いた。
「ノワール様。好きなものは『好き』って、苦手なものは『苦手』って言っていいんですよ」
ノワール様は何も言わない。
私の言葉を飲み込むように、黒い瞳だけがまっすぐ私を見つめていた。
「相手を思うからこそ、言えないこともあります。でも、伝えなかった気持ちは届きません」
ノワール様の睫毛が、わずかに震えた。
「……はい」
「だから、後悔だけはしないでください」
伏し目がちだった瞳に、確かな光が宿ったように見えた。
私は、そっとノワール様の背中を押した。
ノワール様は一歩前へ踏み出し、それでも顔を上げる。
大きく息を吸い込むと――
「ブラン様っ!!」
ノワール様が叫んだ。
多分、今まで発したことないような勢いで。
呼ばれたブラン様が、驚いた顔で振り返る。
ヴィオーラが変な格好で出口をふさいでいた。
どうやら、必死に時間を稼いでくれていたらしい。
ヴィオーラ、ナイスっ!!
「ブラン様。……わたし、ブラン様のことが大好きです。でも……」
一生懸命言葉を探すノワール様。
頑張れ。
そこだ。
あと一歩――
「……でも、ケーキはオペラよりもケーク・サレの方が好きですわ」
……ん?
この展開は予想してなかったぞ。
大丈夫なの?
私が戸惑っている間にも、ブラン様は静かにノワール様の前まで歩み寄った。
驚いた様子はあったけれど、その表情に怒りはない。
むしろ、何かをようやく理解したような顔だった。
真っすぐその瞳を見つめ、ゆっくりと頭を下げる。
「ごめん、ノワール」
……なるほど。
ブラン様は、ノワール様を、今ようやく知ったのだ。
「僕の好きなケーキなら、大好きなノワールにも喜んでもらえると思ったんだ」
「ブラン様のお気持ち、気付いていました。とても嬉しかったです。でも、私はあまり甘くないお菓子の方が好きなんです」
ブラン様は照れくさそうに笑って、小さく頷いた。
「……そうか」
少しだけ間を置いて、ゆっくりと言葉を続ける。
「僕は、ノワールは何でも喜んでくれるものだと思っていた。でも、それじゃ駄目だったんだね」
ノワール様は小さく首を横に振った。
「いいえ。ブラン様が私のために選んでくださったこと、本当に嬉しかったんです」
「……ありがとう。ちゃんと話してくれて」
「こちらこそ、聞いてくださってありがとうございます」
二人は少し照れくさそうに見つめ合う。
「ブラン様」
「ノワール」
お互いの名前の後ろに、私にしか見えない桃色のハートマークが飛び交っている気がする。
はいはい、ご馳走様……って感じよね。
私は砂を吐きたくなるのを我慢して二人に近づくと、ノワール様にだけ聞こえるよう、小さく笑った。
「ね。言った通りでしょう?」
「……はい」
ノワール様はこくりと頷くと、おずおずと口を開いた。
「お姉様、お名前をうかがっても……」
「私? エムロードよ。エムロード・カーマイン」
「エムロード……様。……お姉様」
私の名前を何度も確かめるように呟いてから、ノワール様はふわりと微笑んだ。
「ありがとうございました、エムロードお姉様」
――天使がいた。
その場の誰もが息をのむ。
ブラン様など、完全に魂を抜かれている。
「今度、お礼をさせてください。わたし、お菓子作りなら得意なんです。」
「……う、うん。ありがとう、楽しみにしてるわ」
その笑顔があまりにも愛らしくて、思わず頭を撫でてしまった。
「えへへ……」
……かわいい。
照れくさそうに笑うその笑顔に、連日の疲れなんて、一瞬で吹き飛んでしまった。
睡眠不足の私にとっては、ジャスミンティーよりも、眠りに誘う薬よ。
ブラン様は真っ赤な顔のまま、もじもじしている。
その場にいた誰もが、ノワール様の愛くるしさに目を奪われていた。
――ただ一人を除いて。
「むう……」
「どうしたの? ヴィオーラ?」
「もう、エムロードなんて知りません」
ぷいっと顔を背けるヴィオーラ。
……はて。
私、何かしたかしら?
「……さっきからノワールちゃんばっかり。私だっているのに」
「え? なに?」
「知りません!」
しばらくヴィオーラの機嫌が治らなかった。
訳が分からん。
この日以来、ノワール様は少しずつ変わった。
控え目な性格は相変わらず。
けれど、以前のように何もかも胸の内へしまい込むことはなくなった。
ふとした拍子に見せる陽だまりのような笑顔は、見る者すべてを虜にする。
そして、もう一つ。
ノワール様が作るお菓子は、どれも極上だった。
王都でも名の知れた菓子職人たちが、その腕前を認めるほどだという。
「ぜひ、お抱えのパティシエに迎えたいものだな」
宰相であるカーマイン公爵――お父様が、焼き菓子を口に運びながら満足そうに微笑んだ。
あの地獄の納税シーズンもようやく終わり、こけていた頬には血色が戻り、目の下の隈もすっかり消えている。
今では、いつもの余裕ある宰相様だ。
「シマン伯爵には、改めて礼を述べねばならんな」
「お父様?」
「これほどの才ある令嬢を育てられたのだ。礼を失しては、宰相家の名折れだからな」
……これは本気だ。
本気でノワール様を引き抜こうとしている。
まあ、そんなことをしたら――
「ブラン様が黙っていないでしょうね。」
私が苦笑すると、お父様も「違いない」と肩をすくめた。
トープ家は代々、武勇に秀でた名門として知られている。
ブラン様も将来を嘱望されていたものの、兄弟たちと比べれば評価は今ひとつだったらしい。
けれど、あの日を境に、彼は見違えるように成長したという。
ノワール様を守る騎士として。
日だまりのように微笑む少女の隣に立ち、その笑顔を誰よりも近くで守り続ける少年。
そんな姿は、まるで天使に忠誠を誓った騎士のようだ、と王都ではもっぱらの評判らしい。
……まあ。
実際には、ノワール様の笑顔にすっかり心を奪われてしまっただけなんでしょうけど。
「ごきげんよう、エムロードお姉様っ!」
今日も陽だまりの中に天使が舞い降りる。
月に一度、ノワール様の新作のお菓子を囲んでの小さなお茶会が、私の楽しみになっていた。
純粋に慕ってくれる無垢な存在が、なんだかとってもくすぐったい。
ナティエ様もこれぐらい控え目なら、ヴィオーラに邪険にされないのに……。
「エムロード!」
そんなことを考えていたら、元気な声とともにヴィオーラが駆け込んできた。
忙しいハズなのに、どこからかぎつけたか、極上の笑みで現れる聖女。
「どうして毎回いるのよ」
「えへへ。偶然です」
「絶対嘘でしょう」
そう言いながらも、私は笑ってしまう。
……まあ。
賑やかなのも、悪くない。
初夏の風が、庭を吹き抜けていく。
そろそろ、水菓子の季節かしら。
ノワール様なら、どんなお菓子を作ってくれるんだろう。
そんなことを考えながら、私は最後の焼き菓子を口へ運ぶ。
ノワール様とブラン様の未来は、もう悲恋ではないだろう。
ヴィオーラも、きっといつかエボニー様と幸せになる。
それじゃあ――私とルベル様の未来は?
何が未来を変えた決定打だったのかは、もうわからない。
ただ、未来は確かに私の知る設定とは違ってきている。
それが良いことなのかどうかは、まだわからない。
でも、こうも思うのだ。
バッドエンドよりは、ハッピーエンドの方が、なんぼかましじゃない?
とりあえず、来年の納税時期は、私を取り巻く環境が平穏無事であることを願おう。
『可及的速やかに』なんて文言は、もうしばらく見たくない。
できれば次こそは、あたたかくて、やわらかい布団で、ぐっすり眠れますように。
書き続けるたびに、AIに頼る部分が少なくなっているような気がします。
とは言え、相変わらず相棒のように働いてもらってはいますが……。
彼女たち二人の物語はもう少し続きます。
今後とも応援の程、よろしくお願いします。




