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婚約破棄!?どうぞ!ただし、私がいないとこの国、明日には滅びますけど?  作者: 渚月(なづき)


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9/10

第9話 私の結界は私が守る

フーゴの拘束は、静かに行われた。


調査委員会による正式な聴取の結果、事実が明るみに出た。


フーゴは五年前から、隣国の一部勢力と通じていた。結界を故意に弱め、国防の脆弱性を作り出すことで、外圧による政変を企図していたのだ。目的は王政の転覆——ではなく、貴族制度の改革だった。聖女ミレーヌは——利用されていた。


フーゴが私を宮廷に推薦したのは、皮肉なことに本心からだった。彼は当初、純粋に実力主義を信じていた。優秀な人間が身分に関係なく活躍できる社会を望んでいた。


だが五年前、貴族会議で平民出身者の昇進を阻む法案が可決されたとき、何かが変わったのだという。


「制度を内側から変えられないなら、壊すしかないと思った」


聴取の記録を読みながら、私は唇を噛んだ。


気持ちが、わからないわけではなかった。制度に阻まれる苦しさを、私は七年間ずっと感じてきた。


予算は削られ、昇進は見送られ、手柄は上に吸い上げられ。それでも結界を守り続けたのは、壊すわけにはいかなかったからだ。壊れたら、人が死ぬ。


「ヴェルナーさん。制度を変えたいと思ったことはありますか」


「あります。公爵家の当主として、何度も」


「どうしましたか」


「変えました。ただし、壊すのではなく、中から。十年かかりましたが」


「……十年」


「壊すより遅い。でも、壊れた後に残るものがある」


フーゴも同じ怒りを抱えていたのだろう。でも彼は、壊す方法を間違えた。結界を弱めれば、被害を受けるのは貴族ではなく民だ。


「フェリツィア」


ルートヴィヒが執務室に入ってきた。


「聖女ミレーヌの件だが——彼女自身に悪意はなかったようだ。フーゴに『あなたには奇跡の力がある』と繰り返し吹き込まれて、本人も信じ込んでいた」


「……そうですか」


「彼女はフーゴの指示で、修繕の現場に立ち、祈りを捧げていただけだ。光が出るのは魔法式の再接続反応であって、聖女の力ではない。だが彼女はそのことを知らなかった。自分に本当に奇跡の力があると信じていた」


騙されていた側だったのか。自分が無力だと知らされることは、残酷なことだ。


少し考えてから、私はルートヴィヒに言った。


「ミレーヌさんに、会えますか」


ミレーヌは宮廷の一室で静かに座っていた。純白の法衣は着ていない。質素な衣服で、化粧もしていなかった。銀髪は結ばれ、顔色は白い。別人のように小さく見えた。


「……フェリツィアさま。私は——」


「謝らなくていいです」


「でも、私のせいであなたは——」


「あなたのせいではありません。あなたを利用した人間の問題です。あなたは、嘘をつかれた被害者です」


ミレーヌの目に涙が溜まった。唇が震えている。


「私は、何もできないんです。奇跡なんて、本当はなかった。何もない、ただの人間で——」


「何もないことが、恥ずかしいことだと思いますか」


ミレーヌが顔を上げた。


「私も、最初は何もなかった。魔法の才能は平均以下で、学院でも底辺の成績でした。攻撃魔法は威力が出ないし、治癒魔法は範囲が狭いし。ただ、結界の保守だけは誰よりも粘り強くできた。地味で退屈な仕事を、毎日こつこつ続けることだけは得意だった」


「……」


「何もないなら、何かを一つ、見つければいいんです。派手でなくていい。地味でいい。毎日少しずつ続けていれば、いつの間にかそれが『自分の力』になっている。私の魔力焼けの指だって、最初からこうだったわけじゃない。七年かけて、こうなったんです」


ミレーヌは長い間黙っていた。涙が頬を伝っている。やがて、小さく頷いた。


「……ありがとうございます。フェリツィアさま」


「フェリツィアでいいですよ。さまは必要ありません」


「では……フェリツィアさん。私、魔法学院に入り直したいです。基礎から学び直して、何か一つ、できることを見つけたい」


「それがいいと思います。もし結界保守に興味があるなら、連絡をください。基礎的なことなら教えられますから」


「……はい。ありがとうございます」


ミレーヌの目に、さっきまでとは違う光が宿った。涙の跡が残っているけれど、もう泣いてはいない。


部屋を出ると、廊下にヴェルナーが立っていた。壁にもたれて、腕を組んでいる。


「聞いていたんですか」


「いいえ。ただ、あなたの顔を見れば何を話したかは想像がつきます」


「どういう顔ですか」


「誰かを許した後の顔です」


許す、か。そこまで大げさな話ではないと思ったけれど、彼にはそう見えたのだろう。





結界の本格修繕を完了するのに、さらに五日を要した。


三百二十八本の杭のうち、フーゴが損傷させた二十三本を優先的に書き換え、全体の連動テストを行い、可変式のパラメータを季節に合わせて設定し直した。リンデの街で開発した可変式の技術を、王都の結界にも適用した。これで季節変動に伴う劣化は大幅に軽減される。


最終日。結界の中枢に手を当てて、全体の状態を確認した。


「——修繕完了。全杭正常。結界強度、修繕前比で百二十パーセント」


以前より強くなっている。後任の魔法師たちへの引き継ぎ書類も書き上げた。保守の手順、修繕の方法、可変式のパラメータ調整、すべて文書化した。二度と、一人の人間に依存するシステムにはさせない。


「フェリツィア」


ディートリヒが立っていた。以前より少し痩せたが、目の隈は薄くなっている。


「……すまなかった」


初めて聞く謝罪だった。七年間の婚約期間を含めても、この人が「すまなかった」と言ったのは初めてだ。


「何に対してのお詫びですか」


「すべてに、だ。お前を不要と言ったことも。聖女の力を信じたことも。お前の仕事の価値を見誤ったことも」


「……殿下」


「宮廷に戻る気はないか」


以前なら、揺らいだかもしれない。認められたい、必要とされたいという気持ちは、ずっと胸の奥にあった。でも今は。


「お断りします」


ディートリヒが目を見開いた。


「結界の保守体制はルートヴィヒ書記官の下で制度化してください。手順書はすべて残してあります。後任の育成プログラムも、昨日書き上げました。三人体制で回せるように設計してあります」


「お前がいなくなったら——」


「一人の人間に依存しない体制を作ることが、殿下の仕事です」


ディートリヒは長い間黙った。それから、深く頭を下げた。


「……わかった。お前の言う通りにする」


王宮を出るとき、ヴェルナーが隣を歩いていた。


「リンデの街に帰りますか」


「はい。あちらの結界も、定期点検が必要ですから」


「では、私も一緒に」


私は横を見た。


「公爵のお仕事は」


「書類仕事は領地に送ればできます。それに——」


ヴェルナーが足を止めた。夕暮れの王都の街並みが、結界の光を受けてきらめいている。私が修繕した結界だ。安定した光だ。


「あなたのそばにいたい。それは、公爵の仕事とは関係ない理由です」


短い言葉だった。飾りのない、ただの事実を述べるような口調で。


私は前を向いて歩き出した。返事はしなかった。


ただ、半歩だけ彼のほうに寄って歩いた。


それで伝わったと思う。


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