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4-3

(大変なことになったなあ。これは大変なことであるなあ)


 そう心の中で呟きながら、これからどうすればいいのか特に良い案もなく、元いた寿司屋の前へとぼとぼ戻った。すると黒いコートを着込んだ果歩が寿司屋の店の前に立っていて、明良に気付くと駆け寄ってきた。明良のスーツのジャケットとコート、そして肩掛け鞄を持っていた。


「新城くん! どうしたの? え、何その――」


 また強風が坂上から吹いて、果歩の声を途中でかき消した。明良は赤ん坊のことを聞いてきたのだろうと思い、


「さっき、あっちから風で転がってきたんです。それが寿司屋の窓から見えて」


風に負けないよう大声で説明した。


「え? 赤ちゃんが? 道を転がってた? 嘘でしょ?」


 果歩もばさばさ風に煽られる髪を直しつつ、大声で返す。


「嘘じゃ」


 明良が返答した時、ごおーっと一段強い風が吹いて明良は背を押され、一、二歩たたらを踏んだ。


「嘘じゃないですよ。そんな嘘ついてもなんにもならないじゃないですか」


「え、何? 風で聞こえない」


「そんな嘘――」


「ああ、嘘じゃないってこと? 分かった。とりあえずこれ着なよ、寒いでしょ? 赤ちゃん預かっておくから」


 そう言って果歩は片手に持っていた明良と自分の鞄をいったん地面に置き、両足先の間に挟むと、空いた手に器用に赤ん坊を抱き寄せた。そしてもう片方の手に持っていたジャケットとコートを明良に渡した。明良はそれを着、コートのボタンを閉めると肩掛け鞄をもらって肩に掛けた。果歩はハンドバッグを拾ってその取っ手を肘に掛け、両手で赤ん坊を抱くと、馴れた手つきで赤ん坊をあやし始めた。


「果歩さんどうしましょう、この子親が見当たらないんですよ」


 果歩は明良の方は見ず赤ん坊に視線を落としたまま、


「そうなの? ふうん。じゃあ育てるしかないね、私たちで」


と言った。風はいったん小康状態に落ち着き、二人は会話しやすくなった。


「何言ってるんですか? 冗談言ってる場合じゃないですよ。坂の上もいちおう見たんですけど、親いませんでしたから、しょうがない。とりあえず警察ですかね」


「警察はだめ!」


 果歩がその大きな瞳をこちらにキッと向けて突如怒ったように言うので、明良はたじろいた。


「え、なんでですか」


「私たちの仕事考えてよ。怪しまれて、いろいろ探られて警察に仕事がばれたらどうするの?」


「いやでも他に方法が」


「絶対だめ! 警察は!」


 そこで赤ん坊が泣き始めた。始めは「えくしっ、ふぐっ……」という風にぐずりだした感じだったのだが、それはすぐに火が拡がるように「あーあ、あーっ」と本格的な泣き声に変わった。


「ああ、ごめんね、ごめん。お腹すいちゃったかな? だいじょうぶだからね」


 果歩はあやすように優しく赤ん坊に声をかけると、赤ん坊の背をとんとん優しく叩いた。


「新城くん、坂の上を右に曲がった先にドラッグストアがあったはずだから、哺乳瓶と粉ミルクとおむつ、それから赤ちゃん用のガーゼを買ってきてくれる? おむつは……(そこでまた強い風が吹き、果歩は話すのを止めて身をよじって風の直撃から赤ん坊を守った)おむつは二枚入りのお試し用パックっていうのをとりあえず二つ。ガーゼはたくさん、でも荷物にならない程度に」


「はい、哺乳瓶とミルクとおむつ、二枚入りを二つ。赤ちゃん用ガーゼをたくさん、ですね? 赤ちゃん用ガーゼってどういうものですか?」


 明良が愚直に問うと、果歩は少しいらっとした様子で、


「ああもう、ベビー用品コーナーに行けば分かると思うから。それか店員さんに聞いて」


「分かりました」


「私たちとりあえず駅前の喫茶店に入っているから。駅のすぐ前の、古い喫茶店。分かるよね?」


「駅のすぐ前の、喫茶店。古い店。分かると思います」


「じゃあお願い」


「はい!」


 明良はくるりと180度ターンして坂の上を目指した。

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