7-2
商店街の坂の上に戻った。相変わらず人気は無く、坂の上から下に向かってひっきりなしに風が吹いていた。三人は商店街を見下ろした。見事なシャッター街。その上に二月の眩しい太陽が輝いていた。ちょうど白いビニール袋が一つ、路上を吹き飛ばされていくところだった。
「じゃあ転がろうや。下ろしてもらえるか」
赤ん坊が果歩に声を掛け、果歩が赤ん坊を地面に下ろした。赤ん坊は初め四つんばいになっていたが、すぐにころりと仰向けになった。
「ふふ。面白そう」
果歩がその隣でコートを着込んだまま横向きに寝転んだ。
(正気の沙汰じゃない)
明良は恥かしく、人が見ていないか改めて周囲を見回した。誰もいなかった。
「ほな行くでえ!」
そう言って赤ん坊はころりころりと坂を転がり始めた。果歩もすぐその後を続いた。二人を後押しするように風が吹く。
「きゃはははは」
赤ん坊が笑い声をあげた。
「面白い面白い面白い」
果歩もうれしげな声をあげて転がっていく。
(……やるしかないか)
明良は仕方なく、二人に付き合う気持ちを固めた。なんでこんなことをしなければならないのか全く理解できなかったが、果歩の機嫌を無闇に損なうのは嫌だった。
ちょっと悩んでから自分の鞄を果歩のハンドバッグとベビー用品の入ったレジ袋の上に重しとし、道脇に置いた。破損すると困るのでスマートフォンと眼鏡を鞄に入れた。財布だけはスーツのポケットにしまったままにした。鞄とハンドバッグには貴重品も入っているが、坂の下まで転がったらすぐ取りに戻ってくればいいだろう。そう考えた。
躊躇しながらも道路の真ん中にしゃがみ、尻をついてそれから寝転んだ。じゃりじゃりと砂がコートにつく感触があった。
(どうせ安物のコートだ)
明良は思った。風が吹いて起した砂埃が、もろに明良の顔を襲った。明良はぎゅっと目をつぶった。砂が唇の間から口の中に入ってきたので、べっ、と唾を地面に吐いた。
(もう転がってしまおう)
明良は腕を胸の前に畳んで肘先を突っ張って地面を押し、寝返りを打つようにころり、と半回転転がった。それから脚と腕を使ってころり、ころり、と転がり始めた。
びうううううっ
その瞬間一陣の強い風が坂の上から吹いて、明良を後押しした。それは明良の重たい体にも多少の勢いを加えた。明良はスピードを増してころころ坂を転がっていった。
「きゃはははは」
「面白い面白い」
二人の声が聞こえる。明良も転がり続けた。仰向けになるたび、陽射しが明良の視界の一部を焼いた。鼻から息を吸うと乾いたアスファルトの埃っぽい匂いがした。くるくるくるくる視界が回る。
(なんでこんなことしているんだっけ)
転がりながら明良は心から自分をいぶかしんだ。
そして、この坂だけでなくこれまでの人生も、こうやって流されるまま転がり続けてきたような気がした――そう、強い風に吹かれながら。
※参考文献 田崎基『ルポ 特殊詐欺』(2022年 ちくま新書)




